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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
160/198

百六十話 絶望の魔力

(こいつは……おかしい。

 何をどうしたら……こんな奴が生まれるんだ?)


あの翼を見て、羽膳の中の界武評がまた大きく揺らぐ事となった。


羽膳は焚火の前に深く腰を下ろしている。

そこでもうじきに来るであろう夜明けを待ちながら、

静かに先程見た光景を、そしてこれまでの界武との会遇を思い出していた。


何度も言葉を交わした。

いや……言葉だけじゃなく、拳を、そして魔術をも交し合った。

それで界武という男の強さについては凡その評価を下せた。

その為人についても……まぁ、ある程度は掴んできていると思っていた。


(原始魔術と強化魔術を組み合わせた独創的な戦い方をする。

 その強さは……不思議と大きくムラがあるがその最も強い状態を

 長時間維持できたとしても俺には及ばない。

 というか、侍所の誰だろうと今の界武に負ける事はないだろう)


実際に戦ったのは二度しかないし、

しかもその内の一回は中途半端に終わっていたが。

それでも戦士の端くれとして戦った相手の強さを見誤ることはない。

今の界武は、間違いなく羽膳の足元にも及ばない。


……そこまではいい。

次はその為人だが、直情的でならず者を自称していたりもするが、

羽膳の見立てでは卑怯者や悪人ではない。


(むしろみだりに暴れるような事はなく、

 弱き者の為に自身が傷つくのを厭わない)


これだけを聞けば信頼に足る若者と言える。

……ただし、一つだけどうしても不可解な点がある。

何故か界武が守ろうとする弱き者の中に人間までもが含まれているのだ。


(……楼京にもいるな、人間を食べずに愛玩動物として飼ってはどうか、

 などと軟弱な戯言を言っている奴は)


羽膳も何回か見かけた事がある。人間はか弱い生き物だと。

それを食べてまで強くならねばならない必然性もまた、この太平の世には無いと。

そんな事を言って屠殺場を取り囲んでいた魔族の群れを。


(……不思議な事に、ああいう軟弱な事を言い出す輩に限って

 裕福だったりするのだ。あれは贅沢からくる病だと虎鎧なんかは言っていたな)


世間知らずだった羽膳には

そんな虎鎧の意見に言い返せるだけの知見がある訳もなく、

まあそういう事もあるんだろうなと思いつつただ聞き流していた。


(だが……界武はどう見ても裕福ではない。

 むしろ逆、金に縁が無い野生児の類だ。

 そして……アイツは人間を愛玩動物としてなど見てはいない)


仲間だと、そう思っているだろう。

だからこそ人間の為に自身を盾にする事も厭わぬのだ。

楼京で声を張り上げているだけの惰弱な魔族達にあのような事が出来るのか。


(……出来る訳が無い。結局は愛玩動物と下に見ている人間達の為に、

 ああまでする奴など一人だっているものか)


そこで羽膳は昨日見た光景を振り返る。

『山嶽王』と『同族殺し』の一戦……

間違いなく格闘戦の一つの到達点と言えるほどに壮絶なものだった。

あれを間近で観戦出来た事を羽膳は僥倖だと感じている。


ただ、その僥倖にありつけた者の多くはただの人間の子供達だった。

それも、逆徒が魔術を使って使い捨ての武器に仕立てただけの者達だ。

だというのに……あの場の一体感はなんだったのか。


(……使い捨ての武器でしかない。そう思っていた人間達がだ。

 ああも思い思いに声援を送っていた。

 恐らくは、あの場にいたのが魔族であったとしても同じようにしただろう。

 つまりはあの時だけは、人間と魔族には何の違いもなかったのではないか?)


例えばだ、界武は牧場で働いていたとかで、

人間と接する機会が多かったのではないだろうか。

そして……あの時のような体験を何度もしているのだとすれば……だ。


(人間に仲間意識を持つという事も……有り得なくはないのか?)


唐突に思い付いた仮説ではあるが、意外と正解に近いような気がしていた。

それに牧場の中には人間により大きな魔力を身に付けてもらう為、

原始魔術の訓練を施している所もあると聞く。


(界武はそういった原始魔術の指導をしていた者の一人だと考えれば、

 ああまで巧みに原始魔術を扱えるのも不思議ではない気が……

 いや待て、あれはそんな安穏とした経歴から身に付くものじゃあない!)


真に迫るかと思われた仮説であったが、ここで大きな穴が見つかった。


あの界武は、原始魔術で翼まで作ってのけたのだ。

そしてよりにもよって、鳥人族である羽膳の前で飛んで見せたのだ。

今思い出しても天空から地へと叩き落されたかのような衝撃を感じる。

そしてその衝撃に羽膳はたまらず腰を上げる。


(あれは……才能ある戦士が原始魔術に鍛錬の時間を全て捧げたとして

 それでも身に付くかどうかという絶技の筈だ!

 それをどうして……あのような子供が手足のように扱える!?)


見れば、ちょっと前までは何やら一人で体を動かしていた界武だが、

場所こそは動いていないものの、今は何やら一人手の中で何かを光らせている。


(また何かを……作っているんだ)


捨て台詞を吐いてあの場から去ってから左程時間が経ってもいない。

だからまたあの場に戻る事に抵抗はあったが、それでも好奇心が勝ってしまった。







「また……何をしているんだ、界武?」


近付いて声をかける。

界武は興味なさげにこちらを一度振り向くと、また目線を手のひらに戻した。


「……模型を作ってる」


「も……模型とは、何だ?」


馴染みのない言葉。

というか、揚力などという言葉も界武の口から以外聞いた事はない。

一体何処でこのような知識を身に付けたというのか。


「ああ……さっき作った翼があっただろ?

 あれの完成度を上げるためにな、こうして小さいのを作って色々試してる」


そう言うと界武は薄く光る細長い板のようなものを羽膳に向って投げた。


それが攻撃ではないと分かってはいるのにどうしても身構えてしまった羽膳だが、

目にしたものにまたも驚愕する事となる。


その薄い板は……羽膳の肩幅程度の大きさだろうか。

それが小さな石ころをぶら下げてゆっくりと飛んで来ていたのだ。

羽膳の手前で勢いを無くしたそれは……

石ころの重みに耐えかねたかのようにストンと地に落ちかき消えた。


「さっきとあんまり変わらねぇなぁ……

 やっぱり三角形の形に拘る必要はないのか。

 どちらかというと翼は横に広げた方が良くて、

 そうすると安定させるためには中央を縦長に……

 いや、翼は一つと決めつける必要はない……

 とすると後ろにもう一つ小さな……」


ブツブツと呟きながら界武が次に作ったのは、

蜻蛉の尻に小さな羽を付けたような奇怪な形の何かだった。


その蜻蛉の胴の部分に拾った石を取り付け、

界武は何やら満足したのか一人頷いていた。


「そ、それが……新しい翼、なのか?」


「だな……試作品第七号だ。まあ見てな」


そう言うと界武は今度は羽膳とは反対側、

山の麓へと向かってその蜻蛉を投げた。


「あ……」

「おお……良く飛ぶ」


蜻蛉が飛んで行く。

その細長い翼に風を受けてゆっくりと……だけどしっかりと。

まっすぐ麓を目指してそのまま進み続けるかとも思えたが、

急に吹いた横風に流されたか、

徐々に左へと流れ側の林へと突っ込んで消えた。


「……まあ、あの程度の風なら俺が飛ぶ時は

 重心操作で立て直せるとは思うし……こんなものか」


その新しい翼の出来に満足したらしく、

界武は模型作りを切り上げて羽膳の方へと振り向いた。


「羽膳、今の見てて分かったかもしれねぇけどな。

 俺の翼で空を飛ぶ際は短い距離ならどうとでもなるけど、

 長く飛ぶ為には一つだけ条件がある」


「条件? それは……なんだ?」


「いや、簡単な話なんだけど……揚力の話はしたよな。

 揚力を生むのに大事なのは翼の大きさと速度だ。

 で、俺は翼を大きくするのは容易いんだけど、

 生憎と空中で加速する手段が無い。

 いや……正確にはあるにはあるけど、

 位置エネルギーを犠牲にして運動エネルギーにするしかない」


「……えね……何だそれは?

 いや待て、説明は要らん。煙に巻かれるだけになりそうだ。

 それに……空中で加速したかったらその翼で羽ばたけばいいではないか」


「お前と同じように言うなよ……。こっちは初心者なんだよ。

 あの翼にそんな複雑な動きをさせるのはまだ無理だ」


歩くように空を飛べる羽膳にとってはなかなか想像し難い話だが、

確かに飛んだ事の無い者がただ翼を与えられ、さあ羽ばたけと言われてだ、

ちゃんと飛べるかとなると無理かもしれないとは思った。


「……それは分かった。ではどうするというんだ?」


「石英さんに縄を借りようと思う」


「縄……?」


「ああ、それで引っ張ってくれ」







日が昇り始めると次々と眠っていた者達が起きてくる。

人間の子供達はいつの間にかいる羽膳にどこか怯えた風ではあるが、

別に騒ぎ立てるような事はなく黙々と朝食の準備をしている。


「……食べていくか?」


親切心……なのだろうか、界武がそんな事を聞いてくる。


「いい、時間が無い。そろそろ発つ」


人間の作ったものなどを平気で食べられる界武の神経が信じられない。

少なくとも羽膳の感性だとそうなる。

……何が入れられているのか知れたものじゃない。


「あっそう。じゃあ俺はちょっと遠鬼達に留守を頼んでくるわ。

 ……ちなみに、新坂に行って帰ってくるとなるとどれくらいかかる?」


「特に何事もなければ、今日の夕方にはここに戻ってきてやれる」


「じゃあ……大丈夫か。それぐらいなら月陽も怒らないだろ……」


まだ眠りこけている『同族殺し』の方へと、界武がそろそろと歩いていく。

あの三人の間でどのような会話が行われるのか、

興味が無くはないが羽膳としては他に話を聞いておきたい者がいた。


「石英、まだ少し聞いておきたい事があるのだが……」


子供達の食事の準備を監督していたと思われる石英に声をかける。

昨晩ずっと話を聞いてはいたのだが、まだ聞いていない事がいくらでもあった。


「えっと……ですが、どうやら界武さんの許可が必要なようでして……」


その巨体の割には小さな声で、石英がそう言い淀む。


「それは……大丈夫だ。昨日の話し合いで、

 俺は界武の奴としばらく共闘する事となっている」


「そうなの……ですか?」


「ああ。お前とそこの子供達に罪が及ばないよう俺なりに手を尽くしてやる。

 だがその為にはまだまだ情報が必要なのだ……分かるな?」


こうまで言っても、石英はまだ言葉を躊躇うばかりで

界武の方をチラチラと見ている。


(俺は信頼されていないのか……まあ、この巨人族の女性からすれば

 分からない話でもないが)


それでも何か心に引っかかるものを感じる。

幕府の役人よりもあの界武の方が信頼に足ると石英は考えているという事だ。

それだけの影響力が、あの界武にはあるのだ。


(癪ではあるが、間違いなく俺自身もその影響下にある。

 でなければどうして法を曲げかねない界武の誘いになど

 乗ったりするものか……!)


衛蒼の部下として二年間も楼京で法の守護者としての職務を全うしてきたのだ。

それがどうして……と思わなくもない。

だがもう決めた事だと割り切ってもいる。

何よりも優先すべきは逆徒の企みを阻止する事だと確信しているからだ。

だから、今の羽膳にはこういう妥協も出来るのだ。


「ならば話は界武が来てからでいい。

 そこで界武がいいと言ったならば、何を聞いても答えてくれるか?」


「は、はい、それならば……」


「ならば、いい」


それだけ伝えて引き下がる。

それは界武の影響力に屈して自分の意志を曲げたと

言えなくもない妥協であったが、

不思議と羽膳は悪い気がしていなかった。







「……悪い、少し説得に時間がかかった。

 時間厳守という事で、何とか許してもらえたわ……」


それから少しだけ待つと、

今から旅立つというのに既に憔悴している界武がやって来た。


(……一体どんな会話が繰り広げられていたんだ?)


聞きたい気もしたが、やはり今は時間が何よりも惜しい。

好奇心を抑え込んでそんな界武を連れて石英の前に立つ。


「界武を連れてきたぞ。

 新坂へと発つ前にいくつか教えてくれないか?」


「……界武さん、質問に答えてもいいですか?」


律儀に子供の界武に確認する大人……しかも巨人族の石英。

何も知らぬ者が見れば滑稽と笑うだろうか。

勿論羽膳は笑わないが。


「ん? ああ……羽膳、まずその質問を教えてくれ」


「分かった。まず一つは……当然、今の逆徒の居場所だ」


界武は石英の目を見て頷く。答えてもいいという事だろう。


「先生は本当に神出鬼没です。ですから詳しい場所までは分かりません。

 言えたとしても山城国か丹波国のいずれか、程度です」


何の参考にもならない返事だった。だが一つ推察出来た事がある。

この石英は恐らく今現在の逆徒については何の情報も持たない。


(であれば……聞けるとすれば今までの逆徒の情報か)


時間は限られている。その中で一番聞くべき事は何か……。

少し考えてから、羽膳は口を開いた。


「では、あと一つだけ答えて欲しい。

 逆徒の拘束魔術については色々と教えてもらったが、

 あと一つ逆徒の使う魔術があった筈だ。

 ……人間を破裂させる魔術について何か知らないだろうか?」


破裂、その言葉を聞いた界武は一瞬で深刻な表情となる。


「石英さん、それは俺も知っておきたい。

 あの魔術はいったいどういった仕組みでああなるんだ?

 そして……解除する手立てはあるのか?」


「……解除する手立てはあると聞いています」


そこで石英は少し離れた場所にいる子供達に気を配ったのか、

少し声を落として話を続けた。


「一つは先生自身です。

 魔術をかけた先生ならばその解除も出来ると聞いています。

 そして……もう一つは先生がその命を失う事です。

 それでもう子供達が破裂するような事はなくなります。

 何故なら……」


後に続く言葉は悲嘆に染まり、さながら嗚咽のようにも聞こえた。


「あれは絶望の魔力が生んだ魔術……

 その魔術をかけられた者が死んだ際に術者が感じるであろう絶望が

 そのまま破壊力に転化される破滅の魔術なのです。

 ですから当然……絶望を感じるであろう術者が亡くなれば、

 無害なものとなるでしょう……」


これから旅立とうという時にどうしてこんな声を聞いてしまったのかと、

羽膳は心底後悔する事となる。


「分かりますか……想像出来ますか、界武さん。

 あそこまでの破壊力を生む絶望がどれほど深いのかを。

 先生はその本心から……自分の子も同然と愛している子供達を、

 使い捨てて、いるんです……」

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