十六話 治癒
「本当に少年が手伝ってくれて助かりました。
その人間は守護様へ届けられる最高級品ですので、
正直傷も付けたくはなかったのですよ」
その老人はそう言って笑った。その笑顔が好々爺然として好印象だったのに、
言葉の内容に行き場のない怒りを感じ、俺は結局どんな表情も作れなかった。
(最高級品……つまり、この少女はそういうものな訳だ)
そして少女に服従印がある以上、自分が商品である事に
疑問を持っちゃいないだろう。最高級である事を、
栄誉と感じてすらいるかもしれない。……本当に、ふざけた話だ。
しかし……結局、俺が倒した二人は止めを刺しただけとはいえど、
全ての野盗をこの老人が一人で片付けた事となった。
見た目の頼りなさと合わせて考えれば、正に詐欺じみた強さだ。
「じいさん……すっごい強いのな」
結局、そんな当たり障りのない言葉を返した。
どうやら額当てによる変装が上手くいっているんだろう。
俺の事を鬼人族だと誤解してるみたいだし、
ならそれはそのまま通しておきたかった。
今の感情のまま怒りを吐きだしたところで、何も好転しないんだし。
「いやいや、こんな愚物共の処理に時間がかかりすぎましたわ。
やはり年には勝てません」
老人はそう言って哄笑した。
十人近く殺しておいてこの笑顔だ。間違いなくこの老人は百戦錬磨。
見た目通りの好々爺だなんて思わない方がいい。
「ほれ、娘よ。さっさと荷台に戻りなさい」
その老人の言葉に合わせ遠鬼が小脇に抱えてた少女を下ろす。
地に立った少女はまず、何か感心してるような、
でもちょっと恥ずかしがってるような……
とにかくそんな表情をして遠鬼を見上げた。
それから遠鬼の正面までトコトコと歩き、ぺこりと頭を下げた。
そして顔を上げた少女の目が、今度は俺に向けられた。
その視線にさっき感じた自己嫌悪がぶり返してきて、気まずい。
たまらなくなって一歩後ろに下がったその時……。
「いたっ!」
左足首からの激痛に、思わずしゃがみ込む。
「どうした?」
「いや、左足が……」
あの集落から逃げる際に痛めた左足。もう治ったものだと思ってたが、
今回の無理、特に野盗の頭を踏み潰した時だろうか、また捻ったらしい。
「またやったのか?」
その遠鬼の指摘は正しいんだけど、また、って言われると
ちょっとカチンとくる。俺が考えなしに暴れて
不必要な傷をいつもこしらえてくるみたいじゃないか。
「またって何だ! 治りかけで無理したから
ちょっと痛みが戻ってきただけだよ!」
「……そうか」
「そうそう、そうなんだよ。これぐらいなら一日二日休めたら
すぐ治る! お前の世話にはなんねぇよ!」
「ならいい」
強がってはみたが、その左足首……結構赤く腫れあがっている。
うんざりしつつ、それでも俺は強がりを捨てない。
気合を入れて立ち上がろうと前を向いた時、少女の顔がすぐそこにあった。
「うわっ!」
驚いて尻もちをつく。どうやら痛みでしゃがみ込んだ俺を心配して
少女もしゃがんでいたらしい。
少女は相変わらず何も喋らない。
ただ俺の顔をじっと心配そうに見つめてくる。
その様子に、俺は少女の第一印象を思い出した。
(……何故だろう。やっぱり綺麗だと感じる。この少女は……可憐だ)
顔立ちで特徴的なのはその大きな瞳だ。鼻や口など、
それ以外の部位が小さめである為に更にそれが目立つ。
最初にその眼を見た時は、不吉だとすら感じたりした。
それは多分、彼女を構成するそれ以外の要素が、服も、肌も、髪でさえも、
あまりにも白く清らかだったからだ。その白と相反するような紅い瞳を
良くないものだと感じてしまっても無理はないと思う。
だけど、今の少女の目は年相応に無垢で可愛らしい。
その少女が今度は視線を俺の左足に向けた。途端に、その表情が曇る。
理由は少女の視線の先を見れば一目瞭然。
腫れ上がった足首を自分の責任と感じたか。
「し……心配しなくていいから!
本当に大した事ない! ちょっと休めば治る!」
心配されるのには慣れてない。姉さんくらいだろう、
親身になって俺の相手をしてくれたのは。
だから少女が腫れた足首に両手を添えたというのに、
俺はどんな反応も返せなかった。
そして少女は触れた両手をそのままに、静かに目を閉じた。
淡く優しく、少女の手が光っている。最初は少し驚きもしたが、
少女に害意が無い事は見て取れるので振り払おうとも思えない。
この光は一体なんだろうかと、不思議に思いながら
少女のするがままに任せていた。
(何だこれ? ちょっと暖かいような……)
なんとなく、左足の痛みと腫れが少しずつ収まっていってるように感じた。
こういった捻挫の類は痛みに波があるというか、
痛くなったりならなかったりを繰り返すが、
その波がだんだんと穏やかになっているようなのだ。
「慈愛の魔力……。治癒魔術か」
それを見た遠鬼の少し驚いた声。
(治癒……魔術? もしかして、傷を治そうとしてくれてるのか?)
少女の手を包む光が徐々に小さくなっていく。そしてそれが完全に消えた後、
少女は添えた両手を離し、汗が滲む自分の額を手で拭い、また俺の顔を見た。
どうです、痛くないですか?
……視線から、そんな風に思っているであろう事が伝わる。
だけど相変わらず喋りはしない。もしかして……喋れないのだろうか?
「痛く……なくなった。ありがとう、もう大丈夫だ」
俺が黙ったままだと少女の不安が消えないだろうと、
俺はそう言って立ち上がった。実際、腫れはそこまででもないけれど、
痛みは随分と引いている。無理は出来ないだろうけど、
それでも気を遣えば普通に歩くことだって出来るだろう。
その言葉を聞いてにっこりと笑う少女。
そして少し頬を染めてから急いで荷台に戻っていった。
「なあ……遠鬼?」
今された事が何なのか、教えて欲しかった。
「治癒魔術だ。傷をたちどころに治す、というほど万能でもないが、
それでも痛みを取り除き、完治までにかかる時間を短くする」
「それってさ、誰でも使えるもんか?」
「魔族は基本好戦的だ。そんな意志で身に着けられる魔術じゃない。
使える奴は少ない筈だ」
「そっか……」
つまり、かなり貴重な治療を受けたという事か。
二人の野盗から助けた行為と、果たして釣り合うのか……どうなのか。
「驚きました。こんな魔術が使えるとは聞かされていませんでしたな……」
少女を運んできた老人もそんな事を言っている。
(最高級品……か)
老人の言葉を思い出す。
なるほど、食料としての人間の質はその魔力に依存する。
その事実を今更ながら実感させられた。
俺を癒そうと発揮されたあの魔力が……少女を美味しくしてるのか。
(本当に……ふざけてる!)
沸き上がる怒り。振るう相手が定まらないその憤りを持て余し、
固く握られた左拳が震えた。




