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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百五十九話 空を飛ぶ

以前姉さんが作ろうとしていた物を再現するだけでいい。

そう思って両手を空に掲げた。思い描くは大きな二等辺三角形。

右手が相変わらずだけども原始魔術を作るだけなら不自由はない。


(作ってみたけど……どうなんだろう?

 これがもし揚力を生んで空を飛べたとして……

 俺の体重を支え切れるのか?)


目の前に作られた薄く光る大きな三角形を眺めながら思う。

透明の原始魔術は強度の面で大いに不安が残るが、

かといって銀色の原始魔術でこれを作るとなると俺の魔力が心許ない。


(……一部だけ太くして、強度を保てないかねぇ)


姉さんはこれを作るのに木の骨組みを使っていたと思う。

それを思い描きつつ三角形の外枠を太く厚く、

さらに中央にも太い支柱を作ってみた。


(これだけだといざ体重が乗ると俺の手から剥がれそうだな……)


支柱は作ったものの俺の両手は相変わらず三角形の中央、

薄い膜程度の厚さしかない場所に張り付いている。

これだともし空を飛べたとしても手から剥がれてしまいそうだと、

その手と接触している二点にも三角形の各頂点から支柱を伸ばして繋げ、

補強を試みる。


最後にバサバサと揺り動かして強度を確認……うん、大丈夫そうだ。


「……一体何を作っている?」


今作った大きな三角形を見ただけの羽膳になら

何を言っても馬鹿にされそうな気がした。

だからその問いにはちゃんと答えない事とする。


「まあ……ちょっと見てろ」


丁度いい事にここは開けた山腹だ。

……まあ、開けたというか、

開けてしまったのはここで二人の戦士が暴れ散らかしてしまったからだが。

ともかく、そんな訳でここを駆け降りるだけでこの不格好な翼が

俺の体重を支えられるぐらい、速度が……揚力が得られるかもしれない。


……東空がようやく少しだけ明るくなり始めたぐらいの時間だ。

そんな時に足場の悪い山の斜面を明かりもなく走り抜ける。

これが意外と勇気が要る。


それでもだ、羽膳の奴が見ている前で

やっぱり怖いなどとは口が裂けても言えない。


「行くぞぉ!」


周りで寝ている皆の迷惑を顧みず、自分を鼓舞するつもりで掛け声を上げる。

そして……走る。駆け降りる。

両腕は上に掲げ三角形の翼を持ったままの不格好な姿で……。


五歩も進まぬ内に普段の全速力以上の速度に達する。

首筋を通る風がぞっとするほど寒い。風音が耳をくすぐり、

それに次第にバサバサと何かがたなびくような音も混ざってくる。

その音は俺の作った魔力の翼が風を捕らえようとしているから

鳴るのだと……そう感じた瞬間だった。

地を蹴ろうと前に出した足がそこにある筈の地面を見失い……

俺は自分の作った大きな三角形に吊られるように、空を飛んだ。







それは本当に僅かな時間だった。

ただ飛んだという事実だけを残して、

俺はあっという間に魔力の翼をかき消し地へと転がり落ちた。


急に浮き上がったのに驚いたのもある。

両腕に一気に掛かった自重に狼狽えたのもある。

ただそれよりも……下を見てしまったから。

真っ暗な夜の闇に覆われた地表を見て、

早く……取り返しのつかぬ高さまで俺の体が浮いてしまう前に

降りてしまわないと不味いという生存本能に急かされたからだ。


幸い怪我はなかった。

感じた恐怖程は高く飛んでなかったんだ。

二回ほど斜面を転がったせいで土汚れは付いたんだろうけど、

これはもう今更な話で今着ている服はもう汚れが無い場所を探す方が難しい。


「……飛べた、んだよな」


地にへたり込んだままそう呟く。

地面が冷たいのは分かってるのに腰を上げようという気にはなれず、

俺は震える四肢をそのままにただ虚空を眺めていた。


「おい……おい界武! 大丈夫か!?」


後ろからそれは聞こえた。俺をさんざ痛めつけた事もある羽膳の奴が

どうしてか心配そうな声を上げていた。


その声に俺は自分の中に僅かに残った勇気と意地を総動員し、

無理矢理立ち上がった。

羽膳にはなめられるのも嫌だっていうのに、

心配されるなどはもっての外だった。


「大丈夫……大丈夫だ!

 ただ初めてだったからな……ちょっと大事を取って早めに降りたってだけさ」


そう言って強張る顔をどうにか緩めて笑顔を作る。

たとえその下手な笑顔に強がりを疑われようと、

証拠を掴ませない限りそれは強がりではないのだと

自分に言い聞かせながら振り返る。


「ど……どうだ!? 今ちょっとだけだけど飛んだだろ?」


もう俺のすぐ近くまで走ってきていた羽膳は、

それを聞いてどう思ったんだろうか?

何とも言い難い……不思議な表情を見せた。


「飛んだというか……ふわっと、浮いたようには見えた」


喜ぶとか怒るとかそんな単純な感情じゃあないんだろう。

何かが喉につっかえてるような……。


(不味いものを食わされたのに作った人を慮って

 美味しいと言わなきゃいけない……みたいな顔だな)


そんな、本心を極力隠そうとしてる時の顔に見えた。


まぁ、今は羽膳の本心がどんなものかなんて推測する必要なんてない。

とにかく俺が飛べるという事実は提示できたんだ。

これを交渉の材料に加えて、もう一押ししておきたい。


「今はちょっと暗いから……もう少し明るくなれば、

 ここから麓に降りるぐらいは飛んでみせてもいいけどな……」


「そんな事が……出来るのか?」


「出来るって……今見ただろ? 肝心なのは大きな翼と十分な速度だ。

 それで俺一人程度なら十分飛べるんだよ」


「鬼人族が……空を飛ぶのか」


羽膳的には鳥人族以外が飛べる、という事実が色々と衝撃だったらしく、

独り言のようにそう呟いていた。


「おい羽膳……話進めていいのか?」


「は、話とは……何だったか?」


「おいおい……お前から言い出した事だぞ。

 一刻も早く新坂に帰りたいけど俺達を置いても行けないって」


「あ、ああ……それは、そうだ」


「……お前こそ大丈夫か?

 まあいいや、そういう訳でだ。

 俺ならお前と一緒に空を飛んで新坂まで行ける。

 つまりは、これでお前の悩みは全て解決する……違うか?」


偉そうに言ってはいるけど、

実はこのやり方で空を飛ぶとなると一つ大きな問題がある。

……それを交渉途中の今に言う気は無いけれど。

事が全て上手く運んでからこっそり伝えればいい話だ。


「……違わないのかもしれない。

 それなら……確かに、今すぐにでも新坂に行ける」


羽膳が妙に素直だ。

空の独占権を失った動揺からか、本調子ではないように見えた。


(なんかぼんやりしてんだよな……。

 まあ……いいや。こういう時に言質を取っておくってのも、

 交渉事には必要なんだろうし)


それを好機と俺は見た。


「なら羽膳、次に俺が言う事は分かる筈だ。

 俺との取引に……応じろ、いいな?」


「取引……石英や人間の子供の助命に力を尽くせ、という奴か」


「そうだ。俺はお前の為に一緒に新坂に飛んで行って

 守護の服従印を取り除いてやれる。

 そして……俺が新坂に行っている間は当然、

 遠鬼や石英さんは勝手な行動を取れない。

 ここで待っていてもらう事になるから俺達が逃げる心配もなくなる」


「……お前が、人質になっているからか?」


「人質ってなんだよ……違ぇよ! 仲間だからだよ!

 仲間を置いてどっかに行ったりしねぇだろ、普通は!」


「仲間……?

 ……いや、だがしかし……」


羽膳はまだ迷う。その煮え切らない態度に

いい加減俺もイライラしてくる。


思わず羽膳の胸ぐらを掴む。羽膳は動揺のせいか抵抗すらしない。


「いいか、羽膳! お前も多分そうだろうけど、俺はお前が大嫌いだよ!

 でもなぁ……それでもだ!

 お前ならまだ交渉の余地があると思ってこう何度も言ってんだよ!

 鹿野戸さん……逆徒を止めるんだろ!?

 これ以上犠牲を増やしたくないんだろ!?

 そこに限っては俺もお前も変わらねぇんだよ!

 ならこの取引に応じるか否か……分かんだろ!? 簡単な話だろうが!」


叱りつけるように言ってやった。


……どうだろうか。ここまできつく言うと逆効果になりはしないだろうか。

湧き上がる不安を表に出す訳にもいかず、

胸ぐらを掴んだまま羽膳を睨んでいると……。


「……離せ」


低い、怒気を含んだ声で、そう言ってきた。


(……怒らせたか?)


言われた通りに左手を離す。俯いていた羽膳が顔を上げ

睨みつけたままだった俺の目が、羽膳とそれと合う。


「……いいだろう」


羽膳も俺と同じように俺の瞳を睨みつけたまま、確かにそう言った。


「逆徒の企みを阻止する。他の何を達成したとしても、

 それを果たせなければ俺はただの穀潰しだ。

 ……だから乗ってやる。お前の企みに乗ってやるとも」


大事の前の小事には全て目を瞑る。

羽膳もついにそう決めてくれたらしい。


「……ただし! 一つ条件を加える!」


「……何だよ?」


「この件が終わるまでは決して裏切るな!

 もしお前が裏切ったのなら今の取引は全て破談だ!

 逆徒を捕らえたその後に、ここにいる石英と人間達を全てひっ捕らえる!

 いいな!」


「……上等上等。俺はそれで構わねぇよ」


「ならば、いい」


羽膳はそれだけ言うと後ろを振り向きスタスタと立ち去っていく。

焚火まで戻るつもりなのだろう。


「夜が明け次第ここを発つ! 行先は勿論新坂だ。

 ただ途中で衛蒼様と合流出来る場合はそのようにする、いいな!」


「……おうよ」


羽膳はあの性格だから、

こうまで言った後に振り返って俺を見ようとは思わないだろう。

だから気付かない筈だ……俺が笑顔でいる事に。


(よし! これで……石英さん達を助けられる可能性が出てきた)


話を聞く限りではあの羽膳、

子供とはいえ幕府で二番目に偉い人の直属の部下なんだ。

ならばその言葉にもそれなりの重さがあるに違いなかった。


(これで……後俺が気にすべきはなんだ?

 そうだな……破壊印で服従印を破る事の危険性、ぐらいか)


いくら服従印を破れたとしても、それで守護が死んだら心証最悪だ。

だけど……これに関してはもう俺に出来る事は何もない。

石英さんが言う七割の生存確率を信じ、事を成すしかないだろう。


(頼む……ここまでやったんだ。

 だから……全て、上手くいってくれ……!)


後は祈るしかない、そう思って俺は新坂の町がある方……

西の夜空を眺める。


(今日は色々あって夜更かしして、

 更にこんな時間に叩き起こされたのになぁ……)


今はちっとも眠くなかった。

これはもう眠れそうにないと思った俺は、

その場で一人静かに体操を始める事にしたのだった。

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