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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
157/198

百五十七話 交渉

「先生は私にこう仰っておられました」


石英さん達がここの隠れ家に潜み、

襲撃の機会を窺う様になった直後の話らしい。

だから時系列的には……俺達が野盗の隠れ家に潜み、

折れた両腕の療養をしていた頃になるんだろうか。







「同士討ち……そのような事が本当に可能なのでしょうか?」


山腹のやや小高い場所から隠れ家を見下ろす鹿野戸の背に向かい、

石英は不安げにそのような事を聞いた。


鹿野戸の眼下には大木を円錐形に並べただけの簡素な隠れ家が三つ。

力仕事の大部分は労役で鳴らした岩童が受け持ち、

一日と経たずして完成したその三つの円錐が立ち並ぶ様は

勇壮にでも見えたのかもしれない。

その周りをうろうろとしながら思い思いに天辺を見上げたり、

木の幹を叩いたりしている子供達が見て取れた。


いつもの鹿野戸であればそうやって子供達を眺めている時は

優しく穏やかな笑みを湛えているものだが、

今は冷酷な策略家の表情のまま……

石英の方に振り向きもせずにその問いに答えた。


「……予想外の事が何も起こらなかったとしても五分、

 そういう勝負になるだろう。ただ……元より今回の反乱、

 尋常な手段でどうにかなるようなものではない」


つまり、成功の目は薄いのを承知しているが

現状これ以上の手が存在しない、という事らしい。


「それで……守護様を操ろうと、

 そんな尋常ならざるやり方を選んだという事ですか」


丹波国守護、厳容に刻む服従印が描かれた麻布を手に石英が呟く。

その複雑怪奇な紋様は石英とて軽く見た程度では

どのような命令が刻まれているのか見当もつかない。


(この服従印を……守護様に刻む)


石英は拘束魔術の研鑽を続けていたとはいえ、

それは『山嶽王』に刻まれた印を解除したいが為であって

誰かに服従印を刻む為ではない。

だから服従印を刻んだ経験も少ないし、

ましてや魔族に刻むのは今回が初めてであった。


そんな石英の不安な心情を察したか、鹿野戸は言葉を続けた。


「不安か? だがそう心配する事もない。

 石英……君の技量ならそれを刻むのに何の不足もないし、

 襲撃自体も『山嶽王』がいれば問題はない。

 もし『山嶽王』が弱者を襲撃するのを厭うようなら、

 その時は子供達を使っても構わない」


その感情を殺し切った言葉からは想像だに出来ないかもしれないが、

鹿野戸が子供達を使ってもいい……と言い切る際はそれ相応の覚悟がある。

我が子のように愛した者達だ。

それを使い捨てるとなると心中に湧き上がる罪悪感はいかほどか……。


「そうまでしても……やらねばならないのですね」


「そうだ」


そこでようやく鹿野戸は後ろにいる石英の方を振り向いた。

その身長差ゆえに石英からは鹿野戸を見下ろす形になり、

瞳が前髪に隠れてしまったせいで

そこに宿る感情を窺い知ることは出来なかった。


「守護が襲撃でもされなければ

 管領を楼京から引っ張り出す事など出来まい。

 そして……管領を前線に引っ張り出せなければ

 幕府の反乱などといった噂話に信憑性が生まれない。

 だからこれは……どうやっても成功させねばならんのだ」


なるほど、この世界で最強とも噂される管領が出てきてこそ

朝廷も警戒を強めるというのだろう。だが……。


「ですが、そうやって引っ張り出した管領様を

 『山嶽王』様が倒してしまってもよろしいのでしょうか?」


その管領を『山嶽王』と戦わせる事を条件に

石英達は鹿野戸の反逆に加担しているのだ。


「倒せるのならそれでもいい。

 それはそれで大きな戦果だ。

 もしそうなれば朝廷は幕府を吸収するしかなくなり、

 この世界に更なる混沌が訪れる事になる」


鹿野戸はそう言うが、

恐らくは『山嶽王』が管領を打倒し得るとは思っていないのだろう。


「もし管領を倒せなかったとしても問題はない。

 かの『山嶽王』であれば少なくとも痛み分けには持ち込めるだろう。

 それに……あの不死性の前では

 管領といえど新坂を守り切れるとは思えんしな」


石英の反応を待たぬまま、鹿野戸の話は続く。


「痛み分けとなれば管領はまず間違いなく天下三槍を持ち出す筈だ。

 それも恐らくは御手杵を。

 あれでなくては『山嶽王』を殺しきれぬと考えるだろう。

 ……御手杵を持った管領が山城国の隣国まで来るとなると、

 朝廷の連中といえど無警戒ではいられぬ」


……こんな風に、『山嶽王』が管領を倒せなかった場合の想定の方が

倒せた場合のそれよりもより詳細だからだ。


「そこで……操っている守護様を使って

 朝廷との同士討ちに持ち込むのですか?」


「まだまだ手順は必要だろうがな。

 山城国である程度大きな騒ぎを起こさねばならぬだろうし

 ……一人、事を起こす前にどうしても手駒に加えておきたい男もいる」


その時は分からなかったが、

鹿野戸の言う男とは『閃刃』の事であると後で知った。


「そうやって場を整えてから本格的に守護、厳容を使う。

 厳容の救援要請に応じた朝廷の軍を使って新坂を破壊しつくす。

 そして新坂にいるであろう幕府の役人、その全てを殺すのだ。

 こうなれば管領とて仲間を守るために朝廷に刃を向けざるをえまい」







「本当に……逆徒はそんな事を言ったのだな!?」


羽膳の声が怖い。

隣にいる俺が肌で感じるぐらいの怒りに、震えているからだ。


「はい。朝廷の軍を呼ぶのだと、そう言っておられました」


「だ……だが、守護様は深手を負って動く事も出来ぬと医者が……」


「それも偽りでしょう。

 見た目は派手に、しかし深くはならぬように……。

 そのように気を遣って傷を負わせました」


「となると、あの医者もいいように操られていると見るべきか」


すっかり会話の主導権を取られてしまった俺は、

不本意ながらもただ聞き役に徹していた。

そしてそうしている間にも羽膳が矢継ぎ早に質問を続ける。


「では王都へ救援要請を送る手段は聞いているか?

 俺の知る限りでは早馬の類もまだ送っていない筈だ」


「先生が言うには……守護様は伝書鳩、というものを持っているそうです。

 人間達が遠くと連絡を取り合うときに鳩に文を持たせていたそうで、

 守護様もそれを知って鳩を何羽も飼っているとか」


「鳩? そういえば守護屋敷では鳩がうるさかった気がするが……

 しかし鳩がか? ちょっと信じられんが……」


「先生が言うには、可能だとか」


「ならば……山城国で騒ぎを起こすとは、

 一体何をするというのだ!?」


「……砦の一つも落とす必要があると言っておられました。

 そしてそれを全て幕府の所業と偽って、

 討伐軍を丹波国に呼び込むというお話しでした」


「砦!? そんな事が出来るのか、逆徒には!?」


「先生の拘束魔術であれば……

 噂に聞く近衛軍でもなければ対処も難しいかと」


「それは本当か!?

 過去の報告では多少動きを縛る程度の魔術との事だったのだが?」


「多少どころではありません。

 熟達の戦士でもなければ先生の前では息をする事も叶いません」


「そ……そこまでなのか!? で、では……」

「ちょっと……ちょっと待ってくれ!」


羽膳の質問攻勢を一度遮る。


(……そもそも、

 この話を聞き出す為に俺がどれだけ苦労したと思って……!)


どうして石英さんもホイホイと聞かれるままに喋るのか。


「界武、今はお前の話を聞いてる場合じゃ……」

「そういう事じゃねぇよ!

 お前一体誰の許しを得て石英さんに質問してんだ!」


「許し……? そんなものどうして必要なんだ!?」


「必要なんだよ! 石英さんは俺が仲間にしたんだよ!

 だから今は俺の仲間! お前のじゃない!」


「仲間……ですか?」


急に始まった俺と羽膳の口論に驚いたような表情の石英さん。

なぜか仲間という言葉が気になったようで、そう聞き返してくる。


「仲間じゃないか。これから一緒に鹿野戸さんを止めるんだろ?

 あの子供達を守りたいんだろ? だったら俺達は仲間だ」


「ですが私は……

 この反乱が終われば処刑される身です」


……羽膳が極刑が免れないなどと口に出したせいで、

石英さんもすっかりその気でいるらしかった。


何だろう、俺はそれがとても気に食わない。

だから……しょうがない、俺の口調が多少荒くなっても。


「処刑させない! 絶対にだ!

 俺がどうにかする!」


「どうにかだと……?

 界武、お前何を言っているか分かっているのか!?

 お前にそんな権限が……」

「うるせぇ羽膳! 俺は今石英さんと話してんだ!」


即黙らせる。

そもそもこの野郎が変な事を吹き込んだせいなのに、

なんでこうも偉そうなんだろう、コイツは。


「なぁ石英さん。

 やった事に罪悪感を感じるのはいいよ。

 罰が欲しけりゃ貰いに行くのも止めやしない。

 だけど石英さんにはまだやらなきゃいけない事があるだろ?」


「……ありますか、私にそんなものが」


「あるよ。あれだ、あそこにいる子供達……

 あれを皆守り抜くのが石英さんの仕事だ。

 俺が頼みたいと思っていた事なんだ!」


俺が指差す先には肌寄せ合って眠る子供達がいる。

この魔族に支配されたこの世界では、これ以上ないぐらいに儚い命だ。


「でも……界武さん。あの子達は人間で……私は魔族です」


「だから?」


「はい? いえ、だから魔族と人間は異なる生き物です。

 長く接していれば軋轢も生みますし、何よりも価値観が違います」


石英さんは何当たり前の事を聞いているのかと、

俺を不思議そうな目で見ている。


(ああ……そういう事なのか)


石英さんは慈悲の心からあの子達に優しく接してはいたけれど、

深く入り込む事もまた避けていたのだ。

どうせ魔族と人間は違う生き物だからと、

無意識に自分とあの子達との間にしっかりと線を引いていたんだ。


そこを俺は勘違いしていた。

石英さんは鹿野戸さんから離れれば

無条件に子供達を守ってくれるものと考えてしまっていたんだ。


(この期に及んで魔族であることを理由に逃げるのか!)


でもそれを俺は許さない。そして何よりも……。


「アンタ鹿野戸さんの弟子だったんだろう!」


鹿野戸さんだって、それを許しはしないだろう。


「はっ……はい!」


石英さんはびっくりしたと同時にそう返事をした。


「だったら人間だとか魔族だとか……そんな事は気にするな!

 少なくともあの子達には誰かの助けが絶対に必要なんだ!

 そして石英さんはその助けになれるんだよ!」


誰かの助けになれる。

そんな気持ちのいい事は他にないと思うんだ。

だからそれを躊躇う理由は……少なくとも、俺は無いと思うんだ。


そうと気付いて欲しくて思わず口に出した言葉。

押しつけがましい……ちょっと冷静に戻れば

間違いなくそう自省してしまうだろうその言葉も、

吐き出してしまった以上はもう飲み込めなかった。


「なあ石英さん、俺は本心からあの子達を守りたいと考えてる。

 だからさ、石英さんも俺の仲間になったんだから……

 ちょっとぐらいは、俺の気持ちを汲んで欲しいんだ」


自省からか少し落ち着いた心。

その心に任せて最後は少し柔らかく自分の思いを伝えてみた。


それを聞いた石英さんは、

しばらく驚いた表情のままくりくりと瞳を動かしていた。

……多分、俺の身体をまじまじと見つめているのだろう。


この小さな体を見て何を思ったのか。

それを聞く事は出来なかったけど……それからすぐに、

何故か石英さんは俺に優しく微笑んだんだ。


「界武さん、貴方は……先生に、似てますね」


俺はそれを聞いて、不思議なんだけど……嬉しいと思った。







「……界武、お前はどうしてそうあの人間達に入れ込む?」


怪訝な表情で俺を睨む羽膳。

さっきまで大人しく黙っていたと思ったら、そんな事を聞いてきた。

俺の正体について、何らかの疑いを持ってしまったんだろうか。


……そういえば、前回会った時も子供達を守るためにコイツと戦ったんだ。

コイツにしてみれば俺のやってる事が不思議でしょうがないんだろう。


でもこればっかりはコイツには知られたくはない。

お偉い幕府の役人様には理解なんて出来ないだろうから。


だから俺はその問いに答える代わりに、羽膳と交渉を始める事にした。


「羽膳、取引をしないか?」


「取引、だと……?」


「そうだ。お前はあの子供達と石英さんに罪が及ばないように

 幕府の方で色々働きかけてくれ」


「なっ……何を、馬鹿な事を……!」


本当に怒りやすい奴だと思う。

この程度の頼み事でもう冷静さを失ってやがる。


でもそれじゃ駄目だ。この交渉を成功させる最低条件は、

ここにいる怒りっぽい男を冷静にしておく事なんだから。


「まあ冷静になれよ。

 その代わりこっちもお前の努力に見合うだけの報酬を用意してやるから」


「ふざけるな! 罪人を見逃すような事を俺がすると思うのか!?」


「するさ。報酬が何かを聞いたらな」


俺の自信に満ちた態度を見て興味が湧いてしまったんだろう。

怒りのままに吊り上げた眉が少し下がってきている。


「……一応聞いてやる。お前はその代りに何をするんだ、界武?」


「今から石英さんに解除印を作ってもらう。

 ……そうだ、守護の厳容って人に刻まれた服従印を解除する奴だ。

 で、それを使って正気に戻ってもらって反乱なんて起こっちゃいないと

 朝廷に連絡してもらうんだ。

 これで少なくとも同士討ちは避けられる……違うか?」


「それは……だが、逆徒を捕らえなければ同じような事はいくらでも起こる」


「じゃあそっちも俺がやる。

 鹿野戸さんは石英さんが俺の仲間になった事をまだ知らない。

 だから絶対にもう一度石英さんと連絡を取ろうとしてくる筈だ。

 そこを俺が捕まえてやる」


「……出来るのか、お前に?」


「少なくとも、石英さんを仲間にした俺にしか出来ない事だ。

 ……どうする、羽膳? このまま闇雲に鹿野戸さんを追っても

 事態は悪くなる一方だと思うがなぁ。

 さあ……どうするんだ?」

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