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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百五十四話 適応

『山嶽王』は遠鬼が武の頂と言うだけあって、

その格闘術の技量たるや今まで見た誰のものよりも優れていたと思う。


延老さんのとも、遠鬼のものとも、そして勿論羽膳の奴のとも違う。

というかこの三名の格闘術はそれぞれ特色と違いはあれど

根っこは皆同じというか……

格闘術という大きな木があったとして、

その三名の咲かせた花は枝葉の高低や左右の違いはあれど

全ては同じ太く大きな幹に繋がっている。そんな風に思えた。


それと比べて『山嶽王』の格闘術はどうだ。

あの巨人が咲かせた格闘術の花は同じ幹に繋がっているようにすら思えない。

ただ巨大な花だけが宙に浮いたまま咲き誇っているようだった。


遠鬼の格闘術は俺の目から見ても卓越している。

足運び、対捌き、素早い牽制に力強い連撃と……

その全てが俺が何となく脳裏に描いていた理想の格闘術、

それを体現したかのように見えた。

少なくとも俺だったらあのたった一撃とて

絶対に捌けないと自信を持って言える……悔しいけど。


それがだ、一撃たりとて当たらない。

しかもただ当たらないんじゃない。なぜ当たらないのかも分からない。


(……当たる筈だ。そして……たった一撃でも当たってしまえば、

 それで遠鬼の勝利となる筈なんだ)


『山嶽王』に残された体力を思えば間違いなくそうなると思う。

遠鬼もそれは分かっているんだろう。

破壊力を増す通常の強化魔術ではなく、

瞬発力を強化する魔術を駆使している。

つまりは、壊すのではなく当てる事を重視しているんだ。


そして……それでも、当たらない。

遠鬼の攻撃が届くよりも先に

『山嶽王』の拳が遠鬼を打ちのめしているせいだ。

その拳が……速くて見えないとかそういう感じでもない。

ただ、いつの間にかそこに置いてあるんだ。

遠鬼がそれと気付かずに自分からぶつかりに行っている……

そんな感じの戦いだった。


「どうして……

 何をどうしたら『山嶽王』はあんな風に動けるんだ?」


思わずそんな事を口に出していた。

勿論それは独り言として終わるような言葉だったんだけど、

この時はどうしてかは分からないけれど

そんな俺の小さな呟きすらも聞き漏らさない男が側にいた。


「……躰々の先だ」


「たいた……って何だ、それ?」


返ってきた言葉が羽膳のものだと知ってちょっと驚いた。

だけども好奇心には勝てずに、躊躇しつつも聞き返す。


「詳しくは知らん。俺も昔ちょっと聞いた事があるという程度だ。

 だが……敵がどのような攻撃をしてくるのか、

 それを完全に読みきった際に先手を取る方法と聞いた。

 敵がどう動くか分かっているのだから、

 その攻め気に応じて先に攻撃を出してしまうのだ。

 そうすれば勝手に敵の方からその攻撃を受けに来るというが……」


「……いうが?」


「それを魔術も使わずにだ、

 あれ程の精度、あれ程の速度でこなせる奴を俺は知らない……。

 『山嶽王』の技量の凄まじさ、お前ではその片鱗も理解出来んだろう」


何故この男は毎度欠かさず俺を挑発してくるのか。

多少の苛立ちを覚えはしたが、今回はタイタイノセン、

とやらを教えてくれた事もあるからとどうにか胸に収めた。


「……つまり、遠鬼は攻撃が完全に読まれちまってるっていうのか?

 あの速さで動いているのにか?」


「そう考えるしかない。でなければ説明がつかん。

 『同族殺し』とてそれと分かって幾重にも牽制を加え、

 意を読ませないように立ち回っているが、

 『山嶽王』にはまるでその効果がない」


「……アイツ、そんな事をしてんのか」


俺はまだそこまで目で追えてなかった。

幾重にも重ねたという牽制……見えるのは精々一つか二つ。

それほどに速く、壮絶な戦いだったからだ。


(遠鬼からは『山嶽王』の技を盗めって言われたんだけどなぁ……)


だけど羽膳からそんな事を聞いてしまったから、

俺はそんな遠鬼の挑戦を少しでも理解したいからと、

『山嶽王』ではなく遠鬼の背中をずっと見つめていた。







辺りが夕闇に沈んでくる。

陽が沈み始めたころに始まったこの戦いも既に一刻は過ぎているのだろう。

眼前では変わらず二人の戦士が戦いを繰り広げ、歓声が止む事は無い。


ただ……始まった時からその戦いの形が少しずつ変わってきている。

遠鬼の纏う強化魔術が特に分かりやすい。


「遠鬼……あんまり魔術を使わなくなったね」


声援を送る合間に月陽が聞いてくる。

月陽の言う通りで、遠鬼の全身から迸る様に放たれていた紅の稲妻、

今はもう時折遠鬼の肌を小さく走る程度に細くなっている。


「……消耗を抑えようとしてるんじゃないか?」


自分よりも強い相手に魔力の消費を抑える理由などそれぐらいだろう。

そう思って答えてみたが、予想もしない所から駄目出しが入る。


「馬鹿か界武、『同族殺し』は魔術師だ。

 この程度の強化魔術で消耗し切る筈が無いだろう」


あれから何故か俺の側でずっと観戦している羽膳の奴からだ。


「……じゃあお前は理由が分かんのかよ」


「一目瞭然だろう。ほら、今の攻防をよく見ろ」


羽膳が言う攻防だが……まずは遠鬼の突進から始まった。

……遅く感じた。そりゃあ全力で瞬発力を強化していた以前のものとは

速度は全然違うだろう。

そして、以前ならばそのまま返り討ちにされるのだが、

当然のように進行方向に置いてあった『山嶽王』の拳を遠鬼は躱す。

躱した先にあった『山嶽王』の蹴りを防ぎ

その蹴り足を潰そうと放った肘の打ち下ろしが空振る。


「ぐっ……!」


隙を見せた次の瞬間に何が起こるか遠鬼は身をもって知っている。

急に飛んできた掌打に胴を打ち抜かれ、そこで大きく退いた。


そう……こうやって攻防が続くのは今回が初めてじゃない。

まだ一撃と入れられていないのは変わらないが、

一方的に返り討ちにされていた始めの時とは違い、

今の遠鬼は『山嶽王』の格闘術に順応しつつある。


「ああやって攻防が続くのは勿論『同族殺し』が

 速く動けるようになったからじゃない。

 ……『山嶽王』の反応が遅れている」


「……遅れてんのか、あれで?」


少なくとも俺の目では分からなかった。

ただまぁ、理屈で言えばそうなるだろう。

遠鬼が速くなったのではないのなら、『山嶽王』が遅くなったという事だ。


「で、『山嶽王』の反応が遅れだしたのと、

 遠鬼が魔術を使わないようになったのとにどんな繋がりがあるんだ?」


「人間達は魔術の事を意志の力だと言っていた、らしい。

 これはあながち間違いじゃない。

 魔術というのはよく術者の意志を反映するんだ」


「その話は遠鬼から聞いた事はあるけど……」


という事は、遠鬼の纏っていた強化魔術もその意志を反映していたのか。

そこまで言われれば羽膳が何を言いたいのかはある程度察する事が出来る。


「つまり……『山嶽王』は遠鬼の行動をその魔術から読み取っていた、のか?

 で、それに気付いた遠鬼は敢えて魔術を小さくする事で対策したと」


ずっと見ていた俺にはそんな事は分からなかった。

だがもしかしたら、あの紅い強化魔術は遠鬼が攻撃せんとした瞬間

大きく火花を散らしていたのかもしれないし、

右拳で殴りつけようとする直前、

右手に幾重もの雷光が走っていたのかもしれない。

そしてそんな僅かな魔術の動きを、

『山嶽王』は読み取っていたのだと羽膳は言うのだ。


「そうとしか考えられん。そして『同族殺し』ならそれが出来る筈だ。

 しかし……」


「何だ? 他にまだ何かあるのか?」


「いや、どうして俺はお前とこんな話をしているんだ?」


(そういや……どうしてだろう……)


その言葉に何も返せず、俺はただ羽膳の困惑気味な顔を眺める。

……俺も多分同じような顔をしていたと思う。


いやそもそもだ、どうして……そしていつから、

羽膳の奴はこんな所にいるんだろうか?


「ねぇ、ほら見て!」


その時月陽の声が俺達の耳に同時に届き、

我に返った俺達は至高の格闘戦を食い入るように見やる。


眼前で繰り広げられている格闘戦はこれまでと完全に異なっていた。

『山嶽王』の連撃をいなし、躱し、振り払い……

暴風が吹きすさぶような連撃の嵐の只中で

遠鬼は一歩たりとて退かずに留まっていた。


「『山嶽王』の格闘術に……追いついたのか!?」


俺の言葉だが、奇しくも羽膳が同じような事を言っていた気がする。

ほんの一刻前には拳が届く気がしないと言っていた遠鬼がだ、

武の頂にあるという格闘術に適応してのけたのだ。


「『山嶽王』様っ! 頑張って……頑張ってくださぁい!」


この日一番大きな声援は石英さんからだ。

遂に成長著しい若武者に押され始めた『山嶽王』を

支えたいという気持ちが俺達にもひしひしと伝わってくる。


「応っ!」


『山嶽王』がその声援に応える。

今まで立ち位置をほぼ変えずに迎撃一辺倒だった『山嶽王』が、

遂に足を使い始める。


(は……はやっ!)


決して整ってる足場じゃない。

むしろ茨の魔術が散々荒らしまわった後だ……。


それを滑るように足を運び、時に近付いて鉄槌を打ち下ろし、

また離れては蹴りを繰り出す。


遠鬼もそれを体捌きだけで紙一重に躱し、次を防ぎ、

次は跳んで躱しつつ間合いを詰める。


立ち位置を変えず戦っていた二人が今、

荒野を縦横無尽に飛び回っては拳を交し合う。


その二人が遂にこの場で最も目立つ泥山に辿り着き、

打って躱してを繰り返しながらその山を登っていく。


(二人とも……笑ってやがる……!)


それはあたかも泥で遊ぶ子供達のように……。

はね跳ぶ泥に汚れるのも構わずにただ山の頂を目指す。

そして……その泥山の頂で二人がぶつかり合い、

組み合ったままゴロゴロと泥山から転がり落ちてきた。


声援の大きさもまさに最高潮だ。

見れば子供達の誰の顔にも怯えなんてない。

皆笑いながら、手を叩いて哄笑しながらも両名に声援を送っている。

隣にいる羽膳は声援こそ送らないものの、

両拳を固く握り体を震わせながら戦いを見つめている。


「これで……また、『同族殺し』が強くなった」


悔しそうにそう呟いたのだけは聞き逃さなかった。







『山嶽王』と遠鬼らしき大きな泥の塊が泥山から転がり落ちると、

弾けるように二つに分かたれた。


この薄暗闇の中、泥人形が二つ立っている。

それは戦いが始まった時とまるで変っていないかのように、

同じ間合い、同じ構えで対峙している。


「『山嶽王』……ようやく、届いたぞ」


小さい泥人形……遠鬼がそう言って笑う。


「らしいな。全く……よくやる」


大きい泥人形が右胸の辺りを撫でている。

泥に塗れて分からないが、今『山嶽王』の右胸には

遠鬼の拳大の痣があるのに違いなかった。


(泥山の山頂でぶつかり合った時……か?)


遠鬼も一撃貰ったんだろうけど、負けじと打ち返したのだろう。


「そろそろ……越える」


そう言うと遠鬼は構えを解き、『山嶽王』と似たような自然体に移行する。

『山嶽王』の格闘術を模倣し、なおその上に行くというのだろうか。


「そろそろ……なるほど、丁度いいかもしれん」


それを見た『山嶽王』も、同じように両手を下ろして自然体となった。


「丁度とはなんだ?」


「私の命数もそろそろ尽きるという事だ。

 ……次が最後。分かるな」


『山嶽王』の言葉に、観戦していた全員が緊張に強張る体を震わせた。


「次が、か……」


遠鬼の惜しむような言葉。


「そうだ。故に次でお前が私を越えられねば私の勝ちとしたい」


勝敗に拘る訳でもないだろうが、

『山嶽王』はここで勝ちという言葉を使った。

ちらりと石英さんの方を振り向いたところから察するに、

その最後の勝利を玄孫へと捧げたくなったのか。


「それでいい。なれば次を最高の一撃とする」


自然体のまま、遠鬼は軽く視線を落としたようにも見えた。

……楽しかった戦いが終わる。その寂寥感に浸っているかのように。


観衆は今誰もが声援を止めた。

そして次の瞬間……次の一撃を見逃すまいとただ目を凝らす。


ただ歓声が止んだとて静寂が訪れる事は無く、

虫の音が小さく、優しく辺りに響き渡っている。


(ああ……終わるのか)


俺はこの一時の狂騒を思い、

胸を締め付ける何かに涙を流しそうになってしまう。

だけど今は駄目だ。

涙で滲む視界では、最後の一撃を見逃してしまうから。


だからと一度強く瞼を閉じる。

願わくば滲み始めた視界が元に戻りますように。

そして……次の一撃を、見逃しませんようにと。


覚悟を決め……俺は目を開けた。

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