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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百五十三話 応援

『山嶽王』の身体は外傷こそないものの酷い状態だったと思う。

体の何処にも力が入っていない……いや、入らないんだろうか。

とにかく突風でも吹けばそのまま薙ぎ倒されてしまいそうな程に

ふらふらとよろめいているように見えた。

四肢は巨大化してた時の隆々とした面影はなく痩せこけており、

ひょっとするとそれは俺の子供の足よりも細かったのかもしれない。


そして……それだけじゃない。

『山嶽王』はほんの先程まで激戦を繰り広げていたんだ。

その際に遠鬼の魔術によってその魔力は限界近くまで

吸い上げられており、

もうどんな魔術行使も不可能な状態に違いなかった。


齢九十を超え、呆けたとまで言われた曖昧な記憶のままで、

幽鬼のように衰えた体で、魔力の全てを失っていて……

それでもなお……『山嶽王』は遠鬼を前にして笑っている。

必勝の自信を漲らせ、あの遠鬼を見下ろし笑っていたんだ。


「そうだ『同族殺し』、先程の魔術は使わぬのか?」


強者の威圧感こそ些かも失っていない『山嶽王』、

そう言ってあの遠鬼に魔術を促すまでに余裕を見せている。


「どれの事だ?」


「茨の魔術……いや、殺傷魔術でもいい。

 こちらが死の間際だからと手加減されては困るのでな」


(……あ、死にそうだっていう自覚自体はあるんだな)


そこは何故か少し安心した。


「手加減をする気は無いが……待ち望んだ……

 やっと掴んだ機会だ。俺は楽しみたい」


遠鬼は構えをとる。それは延老さんがよくやるような

腰を少し落として片手を腰だめに引き絞る、

攻撃的な構えとはまた少し違う。

右足を肩幅程に前に出し、

固く拳を握った両腕を胸の上あたりまで持ち上げている。

それは、攻撃にも防御にも対応したような構えに思えた。


つまり遠鬼は『山嶽王』に対して魔術戦ではなく

格闘術による接近戦を挑みたい……らしい。


「殴り合いが好みか……なるほど、悪鬼の奴とは違うな。

 まあいい……ではそれで、受けてたとう」


何がどう『悪鬼王』とは違うのだろうか。

その辺は傍から聞いているだけの俺には分からないけれど、

『山嶽王』は格闘術もいけるらしい。


しかし……『山嶽王』は特別何か構えをとるという事は無く、

ただ足を肩幅程度に開いただけ。

自然体とでも言えばいいのか、

とにかく格闘術をかじった程度の俺にとっては

ただの棒立ちにしか見えないようなものだった。


「いくぞ」


そう言う遠鬼の表情は……少し笑っているようだった。

若者らしい精悍な、勇ましい笑み。


「……いつでも」


そう答えた『山嶽王』も笑っている。

その笑みは……一瞬だけかもしれないけれど、

俺には不思議なことに、優しげなものに見えたんだ。


その直後に遠鬼の全身を巡る紅の雷。

強化魔術……それも、瞬発力を特に強化するものだ。

魔術も使えないだろう老人に対して、

遠鬼は手加減する気など全くなかった。


俺の視界から遠鬼が刹那の間に消えてしまう。

後に残る紅い残光から、遠鬼が一直線に『山嶽王』へと

突っ込んでいった事が分かる。


その光を追って視線を『山嶽王』に向けようとした刹那、

突風が俺の横を吹き抜ける。

まるで何かが吹っ飛ばされたような……。


(ってあれ……遠鬼だったか!?)


「遠鬼っ……!」


月陽の叫び声だ。ここで俺は確信する。

今飛んできたのは遠鬼だ。

しかも……月陽がああいう悲鳴を上げたって事は、

遠鬼が自分から後ろに飛んで距離を取ったって訳じゃない。


(『山嶽王』に……迎撃されて、吹っ飛ばされたのか!?)


まさか、と思う。

半死半生の『山嶽王』にどうしてそんな事が出来るのかと。

だが実際に月陽の悲鳴の先に目を向けてみれば、

鼻から伝う血を腕で拭う遠鬼がいた。


「……見えなかった」


『山嶽王』へと鋭い視線を飛ばしたまま、遠鬼は言う。


「だろうな」


いつ動いたのか、『山嶽王』は遠鬼を迎撃したであろう態勢で

そう答えた。


深く腰を落として巨大な右拳を前に突き出している。

恐らくはあの拳で遠鬼を殴り飛ばしたんだろうけど……。


(一体……いつ、どうやってだ!?)


少なくとも遠鬼が突進する直前までは棒立ちでいた筈だ。

それがどうやって……そこで俺は気付く。


(いや……そもそも、

 『山嶽王』は半死半生なんじゃなかったのか?)


余力を残していた風にはまず見えなかった。

そして……俺の見立ては多分正しい。

つまりは……。


(山嶽王』は半死半生のままであの遠鬼に抗し得る……

 いや、それ以上の格闘家だっていうのか!?)


「そうだ……それでこそ『山嶽王』だ!」


月陽や俺には目もくれず、遠鬼はそれだけ言って

再度『山嶽王』に飛び掛かる。


結果は変わらない。

またもいつ繰り出したのかすら分からない左の掌打が

遠鬼の進撃を拒む。

さりとて遠鬼も二度も吹き飛ばされるような事はなく、

踏み堪えては『山嶽王』の攻撃を掻い潜ろうと

低い姿勢で再度挑み……今度は踏み潰すかのような

右の前蹴りをまともに食らって後退を強いられた。


恐ろしいのは、今の攻防時も遠鬼は紅雷の魔力をずっと纏っていた。

だからその速さはもう俺が目で追うのもやっと……というか、

目で追えなかったのも多分幾つかあると思う。

それほどの攻防だった。


それを、『山嶽王』は……魔術も使わずに、捌き切っている。


「……こうなると、その長い手足が邪魔だな」


格闘術で挑もうにもこちらの拳が届かないのならどうしようもない。

攻めあぐねている遠鬼はそうこぼしながらも構えを取りなおす。


「他の魔術を使えばいいではないか」


それを受けて呆れたような『山嶽王』の言葉。


「冗談を……!

 最後まで楽しませろ、『山嶽王』っ!」


そうして笑ったまま……遠鬼は突っ込んでいって……

そして殴られ蹴られ元の場所へと帰ってくる。

それを何度も何度も繰り返す。それはもう、楽しそうに……。


「『山嶽王』様っ! 凄いです! それです……それです!」


上がる大きな歓声は石英さんからだ。

儚げな笑みを湛えてばかりだった頃からは思いもよらない。

その嬉しそうな表情から察するに……。


(つまりは、あれが石英さんの言っていたもう一つの戦い方、か……)


迎撃主体の格闘術……なのだろうか。

俺が延老さんから学んだものとは全く違う。

とにかく攻撃の出だしが見えないんだ。

遠鬼が攻撃の為に移動したその場所に

いつの間にか『山嶽王』の拳が置いてある……そんな感じだ。


「遠鬼……ねぇ、大丈夫!? 大丈夫なのっ!?」


治療を受けた矢先に傷だらけになっている遠鬼を心配しての月陽の声。

二人の戦いを眺め立ち尽くしていた俺のすぐ真後ろから聞こえてくる。


(周りの子供達は……どうなんだ?)


ふと周りを眺めてみれば、その凄まじい格闘戦に目を奪われてる子、

怯えて他の子の陰に隠れてしまっている子と多種多様だ。

ただ……その誰もが怯え故にか一言も声を上げていないが。


(そりゃあ……そうだよな。

 こんなの見せられて……全く怯えない、なんて事はないよなぁ)


そう考える俺の眼前では今も遠鬼が左の手刀をまともに右肩で受け……

反撃の左拳を振り回すも逆に飛んできた前蹴りで横腹を突き出された。


「ぐっ……!」


その二連続の迎撃に流石の遠鬼も大きく吹き飛ぶ。

そしてぼうっと眺めていた俺のすぐ近くに着地した。


「遠鬼っ!」


俺が思わず上げたその大声に、戦いに没頭していたであろう遠鬼も

こちらに視線を向けた。


「何だ?」


「なあ……あの……」


何かを言いかけた俺の腕をぎゅっと握ってくる感触。

月陽が抱き着いているんだと思う。

多分遠鬼に大丈夫かと聞いて欲しいんだと……そんな気がする。


「遠鬼、お前……楽しいのか?」


だというのに、俺は何故かそんな事を聞いていた。


「……楽しい。まるで拳が届く気がせん」


ボロボロの顔。鼻血は勿論、殴られ過ぎたか右瞼も腫れてるように見える。

そんななのに……やっぱり、遠鬼は笑っていた。


「それが、楽しいのか」


「そうだ。あれは武の頂だ。俺は、あれと戦いたかった」


「いただき……」


「……界武、お前もよく見ておけ。そして盗める限り盗んでしまえ。

 役に立つ……必ず」


それでもう言いたい事は言ったからか、

遠鬼はまた楽しそうに『山嶽王』へと向かう。


その頂を前にして、越えたいという気持ちを抑えきれないのか。

何度も何度も拒まれようと……足が勝手に前へと進むんだろう。


「ねぇ……界武君。どうしてあんな事を聞いたの?」


俺と遠鬼二人にあったある種の共通認識を共有出来ていないのだろう。

月陽は心配そうな、そして不思議そうな表情で俺に問うてきた。


「いや、あれでいいんだよ。心配しなくていいんだ。

 あれが……遠鬼なんだ。優しいだけじゃなくてな……

 ああやって、戦いに全てを賭けて生きているのが遠鬼なんだ」


少なくとも、それが俺の知っている遠鬼だった。

誰かを守る為に戦うでもなく、誰かを倒す為に戦うでもなく、

ただ、強くなる為に戦う……そんな男だった。


「そう……なの?」


その立場からか遠鬼の優しい側面ばかりを見てきた月陽だ。

それでもまだ飲み込めてはいない。

そこで、俺は一つ思いついた。

今、俺と遠鬼が感じている気持ちを共有してもらうための方法を。


「いいんだって……。ほら、石英さんを見てみろって。

 あんなに楽しそうに応援してるじゃないか」


俺が指差す方には、

今も嬉しそうに『山嶽王』へと声援を投げる石英さんがいた。


「あれぐらいでいいんだよ。楽しそうじゃないか。

 それにさ、遠鬼も『山嶽王』も多分……あれ以上に楽しんでいるんだ。

 だからさ、ほら、月陽も応援してやらないと!」


「お、応援……?」


「そうだよ。それとも月陽は遠鬼に負けて欲しいのか?」


「嫌……それは嫌!」


遠鬼が負けてしまう、それを想像してしまったのか。

月陽は少しだけ顔を歪めると、俺の前に出て大きな声援を送った。


「とおきっ! 負けないでっ! ちゃんと勝って帰ってきてぇ!」


その声援が後押ししたのかは分からない。

遠鬼の纏う魔力の迸りが更に激しさを増したように見えた。


「いけぇ! やっちゃえ遠鬼っ!」


月陽の言葉に応えたかのように……

遠鬼はまともに食らった筈の『山嶽王』の蹴りで一歩も退かなかった。

逆に、蹴った方の『山嶽王』がその衝撃に後ろに三歩と下がる。


「まさか……受けきったか」


余程の驚きだったのか、『山嶽王』が思わずそんな事を口にした。


「これだけ食らえば慣れもする。

 次は、もう少し強めに蹴ることだっ」


そう言ったと同時に、遠鬼は間合いを詰めに行く……。

多分、あの頂を越えるまで死んでも遠鬼は歩みを止めないだろう。


(そりゃあ……あんなに、楽しそうなんだもんなぁ)


俺はあそこまで戦いを好きにはなれないだろうけど、

それでも好きな事にああも没頭できる遠鬼を少し羨ましく思っていた。


「……が、頑張れ……! 鬼人族の方、頑張れっ!」

「石英さんのお爺さん……負けないでっ!」

「ど……どっちも、頑張れぇ!」


……いつの間にか、そんな声が四方八方から聞こえてくる。

子供達だ。鹿野戸さんに連れられて来た子供達が……

声援を送る石英さんと月陽に感化されたのか、

それともただあの戦いを見て湧き上がってくる気持ちに押されたのか、

遠鬼と『山嶽王』、双方に声援を送り始めていた。


(……なんだ、これ?)


戦いが凄惨である真実は変わらない。変わりようがない。

誰かが傷つき、誰かが死ぬ。

あの子供達だって……それを何度も見てきた筈だ。

だけど……それは変わらない筈なのに、今この戦いは……。


(魔族も人間も違いなく……気持ちを共有して、

 楽しんで……いるのか?)


鳴り響くような声援に囲まれ、愚直に戦い続ける二人を見て、

俺も不思議な程の激情に声援を送らずにはいられなくなった。







「……界武っ! 今、ここで何が起こっている!?」


声援を送るのに必死な俺の耳に聞き慣れた声。

いつの間にか俺の隣にあの羽膳の奴がいた。


驚きはあった。なぜここにコイツがいるのかという疑問は当然のものだ。

だけど……今の俺はそれどころじゃなかった。

多分ここにいる誰もがそうだったように。


「馬鹿か羽膳。ここでやってる事なんて一目瞭然だろうが!

 戦ってるんだよ! 遠鬼と『山嶽王』が!

 なあ……興奮するだろ、高揚するだろう!

 これが……応援せずにいられるかよ!」

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