百五十一話 同士討ち
元々これは『同族殺し』と界武を探す為の捜索ではあった。
だからその目的を果たせたという意味では羽膳は何も慌てる必要などない。
だというのにあの時こうも狼狽えてしまったのは、
よりにもよってその二人を見つけたその場に『山嶽王』までもがいて、
更にはその『山嶽王』が『同族殺し』と争い始めた……
始めてしまったからだった。
『山嶽王』が巨木を拾っては『同族殺し』に叩き付け、
それをまた『同族殺し』が手に持つ金棒で打ち払う。
それを続ける事数度、そこでようやく状況を理解した羽膳は
少しの干渉もする事出来ずにその場を離れた。
(あの二人はどうして……
こうも面倒事を次から次へと量産していくのだ!?)
あの予想不能な行動しかしない鬼人族の二人組が
これ以上事態をかき回さない為にと捜索に出かけたというのに、
よりにもよって既に最悪の形で場をかき乱した後だったからだ。
羽膳がこうも頭を抱えるのも止む無しだろう。
そして羽膳だけでも界武一人ならどうとでもなるだろう。
だが、『同族殺し』に『山嶽王』……この両名共に羽膳の手には大いに余る。
だからと不本意この上ないが羽膳は踵を返してその場を飛び去った。
(衛蒼様に……衛蒼様に一刻も早く来てもらわなければ……!)
だがそこで問題がある。
今からここまで衛蒼を連れて来ようにも
どう急いだって一日以上はかかるのだ。
その間にあの戦いが終わって三名共に雲隠れ……では不味い。
(だから……まずは付近の村で言伝を頼んで……
それでもう一度、あの山へと戻らねば……!)
とにかく、しなければならない事は山積みだった。
羽膳は魔力で起こした風を自身の翼に叩き付けて高度を上げると、
そこからの急降下で速度を稼ぐ。
目指すは近郊の村……この場所の事を教えてもらったあの場所が適当だろう。
そう考えて羽膳はただ急ぐ。
(しかし……『山嶽王』と『同族殺し』……
両名本気で戦ったとして、勝つのは一体どちらになるのだ……?)
その戦いを己が目に焼き付けたかった……
その誘惑に駆られながらも。
ふと思い出したのは援軍を頼みに楼京に戻った際の打ち合わせでの一幕だ。
「そういえば……あれから『同族殺し』の事についても調べてみたんですよ」
羽膳からの報告を一通り聞き終えた後の落葉の言葉、
聞いた花南はあからさまに顔を歪め、虎鎧も小さく舌打ちをする。
この辺りの反応で『同族殺し』がいかに侍所の面々から
嫌われているかが分かる。
「聞こう……とはいっても俺達は既に『同族殺し』の噂の多くを知っているし、
当人にも会った事はある。いや……俺と虎鎧は共に戦った事すらあるが、
ご存じの通りに返り討ちだ」
『同族殺し』の為人や戦い方については十分理解しているつもりだった。
だから羽膳はそう言って他に新たな情報があったのかと問う。
「えっとですねぇ……その噂ですよ、その真偽をちょっと調べてみました」
「噂……あの生まれ育った村を滅ぼしたとか、
その村の生き残りを殺して回ってるとかのか?」
虎鎧が苛立つ感情を隠さずに聞く。
「はいそれです。まず……前者の方ですが、
これが一分の誇張もない事実だそうです。
備中国の山奥にあったというその鬼人族の村には、
もう僅かな数の墓標が残るのみだとか」
過去の反乱の罪滅ぼしの為にずっと兵役を課され続けている鬼人族の村。
魔術を封じられたとはいえ未だ絶大なる力を持ち、
村民からの敬愛を一身に受けていた『悪鬼王』の治めるその場所を、
『同族殺し』はその通り名の示すままに滅ぼしていたという。
「……ちなみに、動機は?
いや……そもそもそれが事実なら、何故『同族殺し』は罪に問われない?」
今度は羽膳が問う。これらは噂が事実であるならば
当然のように出てくる疑問である。だから落葉はその答えを持っていた。
「動機も罪に問われない理由もたった一言で説明がつくんです。
『同族殺し』はですね……ただ掟に従ったと、それだけしか言わなかった。
だから彼を裁こうとした誰もが何もする事が出来なかった」
「魔族の掟か? それが魔族の法を蔑ろにする理由に……」
「なったんです。少なくともその鬼人族の村ではまだ掟こそが絶対でした。
それをずっと黙認してきた備中国の守護様は、
ならば今更魔族の法によって罰を科すのも無理があろうと見逃されたとか」
当人に罪の意識が無い以上、罰は戒めにも償いにもなりはしないというのか。
いや……そもそも罰を科そうにもだ。
「あの『同族殺し』が唯々諾々と罰を受け入れる事も無いだろうしな」
「その通りです。備中国に僅かに残ったその村の生き残りが
必死に罰を科すよう申し出たらしいのですが、
『同族殺し』は自分より強い者の言う事なら聞いてもいいが、
そうでないなら聞く耳持たんと鼻で笑ったとか」
「ああ……言いそうよねぇ……嫌だ嫌だ……」
本当は『同族殺し』の話題など耳にも入れたくないんだろう。
花南はずっと青い顔のままだ。
ただ花南には悪いがこれでこの話題を終わらせる訳にもいかない。
……噂はもう一つある。
「……それならもう一つの噂、
村の生き残りを殺して回っているというのは?」
村を滅ぼしたとの話が真ならこちらの噂もさもありなん……
というのはやや短絡的ではないかと羽膳は思っている。
それは、実際に『同族殺し』と戦った後に生まれた考えだった。
「それがですねぇ……そっちの方は多少は尾ひれが付いているみたいなんです」
落葉の返事も羽膳の考えに沿ったもので、生まれ育った村での一件を除き
『同族殺し』は過度な殺戮をしている訳ではないというものだった。
「まずですね……さっきの話に村の生き残りが出てきたじゃないですか。
守護様に罰を科すよう申し出たっていう……。
彼等は皆『同族殺し』に殺されてなどいないそうです」
あの『同族殺し』ならそうするだろうと羽膳も思う。
というか……いざ戦うとなったら流石に凄みを増すが、
普段のあの男はその逆で……
ぼうっとしていて何を考えてるのかもよく分からない。
そんなだから誰も彼もに喧嘩を売ってまわるような事はしていなかった。
(それどころか……子供二人の保護者紛いのような事をしていたな。
それも鬼人族のだ……)
鬼人族を見つけては殺すという件の噂とはかけ離れている……
羽膳はその考えを言葉で皆に伝えた。
「それは俺も思う。丹波国での印象を考えるに……
『同族殺し』は言われるほど同族を殺してないんじゃないか?」
その通り名は『悪鬼王』を殺し村を滅ぼした際に付いたとされていた筈だ。
だとしてもその後からは通り名の示すように動いてないのではないだろうか。
「だけど『同族殺し』に殺された奴もいるじゃねぇか。
ほらよ……あの鬼衝だ!
『狂風』の長で滅茶苦茶やってやがった……」
「ああ……将軍様拉致未遂の時の、ですか……」
将軍拉致事件……去年の冬頃にここ楼京で起きた大事件。
これまでの調査でこの事件でも逆徒が暗躍していた事が明かされているが、
奇しくもその時『同族殺し』も大暴れしており、
この虎鎧もそこで文字通りに叩き潰されていた。
それ故だろうか虎鎧は『同族殺し』の話題となると敵意剥き出しである。
「虎鎧、お前が『同族殺し』を敵視するのは分かる。
だけどあの時はここ楼京も酷い有様だったし……
鬼衝の奴も大悪人には違いなかった。
事実『同族殺し』も暴れはしたが功績の方が大としてお咎めなしだ」
「そうは言うがな羽膳、鬼衝だけじゃねぇ。
『狂風』ってのはなぁ……兵役崩れが集まって出来た組織よ。
だからあそこの幹部連中は鬼人族……『同族殺し』の同郷ばかりだった」
(兵役崩れって……兵役に就いたものの素行に問題ありとして
軍からも追い出された者か……)
そういう者達は決まって強すぎるが故に軍内で軋轢を起こし追放されている。
だから『狂風』の幹部というのは誰もが恐ろしく強かったと聞く。
「……虎鎧さん。そういえばその幹部連中はどうなったんでしたっけ?」
「鬼衝を含めて十ぐらいか……半分程度が『同族殺し』に殺されてる。
残りは捕まったり地下に潜ったりだ」
「……言われるほどに同族殺してますねぇ」
羽膳はその呆れるような落葉の感想に思わず苦笑する。
「強さは疑いようが無い筈の兵役崩れをものともせず、か……
そういえば『同族殺し』自身には兵役の経験は?」
「えっと……あると聞いています。
ただその時の評判は良くもなく悪くもなくで凡庸そのものだったとか」
「だろうなぁ……。多分、それが俺の知る『同族殺し』その人だ」
「凡庸なのが……ですか?」
「そうだ。その見た目の厳つさからは想像しにくいかもしれんが、
『同族殺し』からは戦士としての闘争心みたいなものが
殆ど感じられなかった。兵役時もあのままの男であったなら、
その評価は凡庸なものになるだろうと思う」
噂や第一印象に寄りすぎると『同族殺し』の評価を
見誤ってしまうと羽膳は考えている。
その考えが落葉の調査により補完されたと知り、
思わず笑みをこぼした。
「何だ羽膳。
お前、奴と戦って負けたと聞いたにしちゃあ、
随分とよ、『同族殺し』の印象が良くなってんじゃねぇのか?」
虎鎧は羽膳が妙に『同族殺し』の肩を持っているように見えるのが不満のようだ。
だが……羽膳は別にそんなつもりはなく、
というか実際は全くの逆。
「印象が良くなったんじゃない。
認識を改めはしたが、決してそれはいい方にじゃあない」
「じゃあ悪い方にか?」
「それも違う。
というか虎鎧……『同族殺し』と戦った時、奴が魔術師だと気が付いたか?」
侍所の面々には既に羽膳と『同族殺し』の戦いの一部始終を伝えている。
『同族殺し』が接近戦を得意とする戦士ではなく、魔術師であった……
それを最初に聞いた時の虎鎧などは全く信じる気が無かったくらいで、
何度も説き伏せた今ですら半信半疑だ。
「……気付く訳ねぇだろ。あのガタイに金棒持ってたんだ。
纏う強化魔術も一級品ときたら誰だって格闘家か何かだと考える」
「だろう……俺だってそうだった。
で……虎鎧はその意味もちゃんと分かってるんだろう?」
その言葉を聞いた虎鎧……その右拳が固く固く握り締められた。
「……あの化け物は、実力のほんの一端程度しか見せずに
俺や羽膳を叩きのめした」
分かってはいた事だが、
実際に言葉にされると羽膳すらも悔しさに歯を噛み締める。
「そういう事だ。『同族殺し』はただのならず者じゃない。
本当の……疑うべくもない程の化け物だ。
だというのに……俺達は奴の噂と雰囲気に騙されて
ただのならず者……もしくはその延長程度の相手だと考え……
その強さを見誤った。結果が……これだ」
羽膳は傷だらけの羽を見せつけるように広げた。
手当は済んでいるとはいえ、その見た目の痛ましさはそのままだ。
「……もう絶対にアイツと戦っちゃ駄目よぉ。
その羽毟れなくなったら私はどうすればいいのぉ?」
それは花南の言葉……心配してはくれてるんだろう。
嬉しいが羽はあんまり毟らないで欲しいと思う羽膳。
「……分かってる。少なくともあの強さに届いた確信を得るまでは
戦っても意味がない。というか……『同族殺し』の方も
これ以上俺と戦う気は無いと思う」
「……戦う気が無い? それはまたどうして?」
落葉の疑問にはっきりとした根拠のある回答を示せない。
だがそれでも羽膳の中には確信があった。
「多分俺が……『同族殺し』の目的に合致する相手ではないからだ」
「……目的?」
「『同族殺し』の旅の目的だ。
奴は何らかの目的に沿って旅を続け、
その目的に合致した相手を選んで戦っている」
「……そんなもんあんのか?
ただ地元に居辛くなったから方々で暴れてるだけなんじゃねぇのか?」
虎鎧の言葉にも以前の羽膳なら頷いていたかもしれない。
ならず者なんていうのは基本ただ日々を享楽的に生きているからだ。
「……『同族殺し』がただのならず者ならそれでもいいと思う。
だけどな、今言った通り奴はそんなんじゃない。
『悪鬼王』を殺し、自分の生まれ育った村を滅ぼし、
ここ楼京では犯罪組織を一つ潰して王都では左衛門佐にまで出世した」
この話もそもそも変だと思っていた。
幕府の役人である羽膳と戦う事を厭いもしなかった男だ。
恐らく自分が魔王軍の末席であるという自覚なんぞ全く無いだろう。
(それがどうして、左衛門佐なんて官位を貰った?
強さにしか興味の無いならず者だというのなら、
そんなものは突っぱねた筈……)
そうしたかったのは恐らく理由がある。
(官位を貰う事自体が、『同族殺し』の目的に必要だったからだ)
少なくとも今羽膳はそう考えている。
勿論まだその目的が何かまでは分からない。
だがそれ故に恐ろしくもあるのだ。
「分かるか、皆。
『同族殺し』はただ好き勝手に暴れているだけのならず者ではない。
そんな男ならこうはなったりしない。つまりは……」
虎鎧や落葉は勿論、『同族殺し』の話題は聞きたくないと
そっぽを向いていた花南までもが
いつの間にか羽膳の言葉に聞き入っていた。
「『同族殺し』は俺や虎鎧なんか歯牙にもかけない強さを持っていながら、
そのよく分からない目的の為に動いているんだ。
そして、その目的の障害になるのであればだ、
恐らく……俺や衛蒼様、幕府や魔王様も含めて……
何と敵対する事も厭いはしないだろう……そんな、危険な男なんだ」
これこそが羽膳が『同族殺し』を脅威だと感じた最も大きな理由。
ただの無法者ならまだ良かった。
勝負を挑まれなければ暴れる事もない朴念仁なら尚良かった。
だが違う。集められた情報が、戦った経験が、
そして何よりも羽膳の勘が告げている。
「つまり……もしその目的の為に幕府を排する必要が出てきたら……」
羽膳の懸念を理解したか、その落葉の言葉にも震えが混じっている。
「ああ、その時『同族殺し』は逆徒よりも更に危険な敵となる」
静まり返る侍所の詰所。
各々『同族殺し』が敵に回った際に取るべき対処法を
検討でもしているのか、その沈黙はしばらく続いた。
「ねぇ……そんな奴ならいっその事さぁ、
丹波国で死んでもらった方がいいんじゃない?」
心底嫌そうに、というよりむしろ泣きそうなぐらいに
顔を歪めた花南が言ったその言葉で沈黙は終わる。
「……殺すにしても、それが出来るのは衛蒼様だけだ」
簡潔にそう告げたのは虎鎧。
衛蒼は将来の禍根になり得るからという不確かな理由で
誰かを殺めたりしない。
だから『同族殺し』を討伐するに足る
確かな証拠が必要だと暗に伝えたのだ。
「衛蒼様に頼めなくてもさぁ……
そ、そうだ……多分もう一人、
それが出来るのがあの丹波国にいると思うのよ!」
「もう一人……誰かいましたっけ……?」
「……『山嶽王』」
花南の答えに皆の視線が集まる。
「『山嶽王』と『同族殺し』をさぁ……
こう、何とか上手い事して同士討ちさせるのよ!
それがさ、一番いい手なんじゃないのぉ!?」
ちなみに、花南に視線が集まったのは
その意見が素晴らしいものだったからではない。
どちらかといえば、『同族殺し』怖さ故にか
滅茶苦茶な事を言い出した花南の正気を疑ったからであった。
こちらの言う事なぞ聞きもしない二人の無頼漢を
どうやって戦わせるのか。
というか、そもそも悪人を討つのは侍所の仕事である。
それを放り投げるような発言、いかがなものだろうか。
そう色々と思い悩んだ三人の男達は、
ただ視線を交わすに留めてこれ以上の発言を避けた。
花南はこれでも仕事には真面目に取り組む方なのだ。
それなのにこの発言……どうやら『同族殺し』の話をし過ぎたようだった。
しばらく『同族殺し』の話題を避けよう。
花南の心理的負担を和らげるために、次はもっと楽しい話をしよう。
そう考えた男達の努力が実ったか、
次に議題に上がったのは楼京で最近流行りの甘味処についてであった。
(……奇しくも花南の言う通りになってしまったか)
さあ……果たして花南の思い通りに事が進むのだろうか、
それとも……。
そんな事を考えていた時である。
羽膳の前方に薄っすらと村の影が見え始めた。
羽膳はそこで思考を中断し、着陸の準備を始める。
(事がこれからどう転ぼうが、俺達は出来る最善をするしかない。
まず衛蒼様を呼んで、それからあの戦いを監視する。
そして……)
そしてそれからどうすればいいのか。
分かる者がいるのなら今すぐ教えてくれはしないかと
羽膳は心中嘆くのだった。




