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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百四十七話 背丈

「私ねぇ……こういうの、良くないと思う」


『山嶽王』に治癒魔術を使っている時、月陽がこっそりと俺に言った言葉だ。


「……こういうのって?」


俺の我儘に付き合ってもらう形で

再度『山嶽王』に魔術を使う事になった月陽だ。

言いたい事の一つや二つ、当然あるだろう。


(何しろ、今治療している相手は

 月陽自身を食べようとしていた魔族だ……)


その辺り、俺にもそれなりに後ろめたい気持ちはある。

だから月陽に何と言われようと平謝りするつもりでいたのだが……

ちょっと予想外の言葉が続いた。


「今回みたいにさ、女の人にいい顔しようって色々するの……

 界武君に何にもいい事無いと思うんだけど」


「は……はい? 俺が、女の人にいい顔しようとしてる……のか?」


「じゃないの?」


月陽の表情を見るに、どうも冗談を言っている風ではない。

つまりは、月陽の目からは俺が、女性の歓心を買いたいからと

頑張っているように見える……らしい。


(まあ……そういや、春夜さんに澄、そして今回は石英さんか……

 月陽の前では女性の頼みばっかり安請け合いしているように

 見えてしまうのかもなぁ……)


勿論俺自身にそんな気は微塵もない。

だからと頭ごなしに否定するのもまた違う気がする。

実際月陽の目からはそう見えている以上、

俺なりに気を遣わねばならないとも思うからだ。


「まぁ私は界武君のお姉さんだから、

 界武君の我儘を聞いてあげてもいいけどさ……」


「あ、ああ……そうだよな。

 月陽には今回ずっと迷惑かけっぱなしだよな。

 ごめん……」

「駄目! 謝るのは駄目!」


思わず謝ろうとする俺を月陽は止めた。


「私はお姉さんだから迷惑かけていいの!

 私が言いたいのはそういう事じゃないんだけど、分かる?」


「えっと……いや、分からない」


それを聞いての返事代わりか、月陽がため息を一つ。

そしてしょうがない弟だ、と言わんばかりの表情で言葉を続けた。


「私は界武君のお願いだから何でもしてあげられるの。

 でもね、澄ちゃんや石英って人の為に何かをしたい訳じゃないの」


その返事の意味を俺はすぐには読み取れなかった。

澄や石英さんの事情が色々と関係しているのは確かだけど、

今までの俺の行動は全部俺の意志で決めた事だ。

それだけは絶対に確かな事だった。

だから俺から月陽へのお願いについても、

俺と月陽以外の誰かの意図が挟まる要素なんて無い。


(だけど月陽には、別の誰かのお願いを

 俺を経由してやらされてるって感じなの……かな?)


誤解だと思う。

そうちゃんと言えば月陽も分かってくれるような気はする。


(でも多分、俺がここでするべきは弁明じゃあないんだろうなぁ)


月陽に色々とお願いをしているのは確か。

言われる通りで迷惑をかけっぱなしの自覚はあった。

ならどう返事すればいいか、答えは決まっている。


「分かったよ。今後は女の人の頼みを聞くような事は控えるよ」


そう素直に従う事にした。

元々女の人の頼みばかりを選んで聞いてきたつもりはないんだ、

ならここで月陽の言葉を素直に聞いておいても

俺は今後何も困らないに違いないと……そう思っての事だ。


「そう? それなら私は嬉しいな!

 今後もどんどんお姉さんに頼ってくれていいからね!」


そう笑って機嫌よく魔術を使う月陽を見て、

自分の判断が間違っていなかった事を心中喜ぶ。


……ただ俺はこの時、

何故俺が女の人の頼みを聞くのを月陽が嫌がっているのか、

もう少し深く考えるべきではあった。







『山嶽王』をもう一度起こすにあたって、

まずここから運ぶべきではないか、という意見が出たには出た。


先程まで遠鬼と『山嶽王』が戦っていた荒れ果てた山腹だ。

怪我人にとっていい環境とは言えないし、

あれだけ暴れた後ならば

幕府の連中が様子を見に来るかもしれないという危惧もあった。


「『山嶽王』様の御身体の事を考えると、

 ここから運ぶにも負担が大きすぎるのではないかと思います」


だけどそういう石英さんの気持ちを俺達は優先した。

だからさっきの戦いから場所を移さずに、

月陽に『山嶽王』の治療をしてもらっている。


ちなみに先程の月陽との会話もその時にあったものだ。

その時は少し離れた場所に遠鬼が座っているだけで、

他には誰もいなかった。


周りにいた子供達はかつて隠れ家だった瓦礫の山から武器や食料を

取ってくるため一時的にこの場所を離れており、

石英さんも子供達だけでは不安だからと

その子供達の護衛をしに行っていたからだ。


そんな石英さん達がこの戦場跡に戻ってくる頃には、

日が傾いて夕方に差し掛かろうとしていた。


「『山嶽王』様は、まだ目覚めませんか?」


心配そうな石英さんの声。

俺はそれに答える事が出来ないから、

どうなんだろうかと月陽に視線を向けた。

月陽は両手を『山嶽王』の胸部に当ててじっと治癒魔術を使い続けており、

余程集中してるのか、返事もすぐには来ないように思えた。


その眠るように仰向けに倒れている『山嶽王』だが、

最初に会った時身体の至る所にあった痛々しい幻の傷が殆ど無かった。

遠鬼と『山嶽王』の戦いはあれだけの規模で行われたのだから、

その戦いの後はまた傷だらけなのだろうかと思ったのだけど、

精々胸の中央にあった赤黒い傷跡が目立つ程度でしかなかった。

そして、それとて今は綺麗に治っている。


(遠鬼との戦い、魔力は吸い尽くされたけど、

 身体にはそこまで負担がかからなかったのか?)


もしくは、この更に前に行われた管領と『山嶽王』の一戦が

さらに激しいものだったか、だ。

まあとにかく『山嶽王』はそんな感じで、

素人目には今にも目を覚ましそうにも思えた。


そしてちょっと間をおいて返って来た月陽の言葉も、

その俺の予想と似たようなものだった。


「もうそろそろだと思うよ。

 だんだんこの人を治すコツも分かって来たから」


ただ、この微妙によく分からない表現で。

こういう所はちょっと月陽らしい気がする。


「え? 人を治すコツとか……あるのか?」


「うん! だから分かる、この人はそろそろ起きるなって……」


その月陽の自信たっぷりの言葉に、石英さんは嬉しそうに笑った。


「そうですか、それなら……良かったです」


その笑顔に俺は少し思う事がある。


(石英さんは今、俺達の事を人間だと知っている訳だけど……

 どうなんだろうな、実際。

 その事で反応とか何かが変わったりしたのか……?)


今のところはそんな感じはしないけど、

実際どうなのかなんてのは聞いてみないと分からない。

そして今は聞く時期だとは思えないし、

月陽からついさっき注意を受けた事もある。

そんな感じでちょっとした心の距離を感じたままで

石英さんとは前と同じように会話出来ていなかったりする。


「あ、ちなみにね、界武君を治すコツはもう完璧に分かってるよ!

 この辺をこうすれば良くなるかな……っていうのがね、

 もう手に取るように分かるから!」


そんな俺に比べれば、今の月陽はとても機嫌がいい。

だからこんな風に聞いてもいない事をポンポンと口に出してくれる。


「……そっか。そりゃもう随分と治してもらってるからなぁ。

 そういう事もあるんだろうな」


どうやら俺の身体の事は月陽の方がよく分かっているらしい。

その事自体は当然と受け入れてしまっていた俺なんで、

そうと知っても特に驚きはなく、すんなりと流してしまう。


「……お二人は、本当に仲がいいんですね」


ただ石英さんにしてみれば、

そんな俺達の間柄がそういう風に見えているらしい。


「当然! それは当然!

 だって私お姉さんだからね!」


機嫌がいいからか、

遠鬼以外の魔族である石英さんの言葉にもちゃんと反応する月陽。


「……お姉さんでしたか。

 一応私も弟がいるのでお姉さん、なのですが……」


「そうなの? もしかして……仲、良くないの?」


「いえそうではないのです。

 ただ私達は魔族、しかもその中でも古い考え方をする方でしたので、

 仲が良いとしても、そういう風には振舞えなかったのです」


「……そうなの。それは勿体なかったね」


月陽の素直な返事に、

石英さんは大袈裟な程に深く考え込んでしまう。


「勿体ない……そうですか。

 やっぱり私は損をしていたのですかね」


「そうだよ! 今度会ったら優しくしてあげなよ!

 私もその時一緒にいればまた腕の怪我見てあげるから」


「その時は是非……ああ、そういえば忘れてました」


「……何?」


「岩童の傷を治そうとしてくれたと聞いてました。

 その感謝がまだでした……月陽さん」


「う……うん」


「ありがとうございます」


何故かそこで恥ずかしそうに縮こまってしまった月陽は、

それからはもう何を聞いても

『うん』としか返してこなくなってしまった。







そろそろ起きるという月陽の予感は確かなようで、

陽が落ちる前には『山嶽王』は目を覚ました。

それは本当に静かな目覚めで、

俺と月陽などは『山嶽王』の目が空いている事すらも

暫くは気付かないままで、石英さんの声を聴いて

ようやくそれを知ったほどだった。


「さ……『山嶽王』様、御身体は……」


「身体……? そんな事はいい、魔王よ」


戦士としての誇りがそうさせたのか、

目を覚ましてすぐだというのに倒れたままではいなかった。

最早死んでも不思議ではない程に弱り切った『山嶽王』は、

それでも上体を起こし、

痩せ細った両手で地を押しては俄かに立ち上がった。


「あのガキ……『同族殺し』は、何処だ?」


「ここにいる」


何をするでもなくただ泥の山の側に座っていた遠鬼が、

そう言って立ち上がった『山嶽王』へと近づいていく。


その待ちくたびれたと言いたげな程に眠そうな眼から、

遠鬼にはもう微塵も戦意が無い事が分かる。

だからだろうか……『山嶽王』の側にいた俺と月陽、

それに持ちだした荷物の整理をしていた子供達も、

特に緊張する事もなく二人の戦士の接近を見つめていた。


「……あの魔術は、悪鬼の奴が編み出したのか」


「そうだ」


「フン……そういえばそういう奴だった」


「……そういう奴?」


「そうだ。奴は仲間はおろか同胞すらも全く信用していなかった。

 敵は勿論味方の技まで目ざとく調べていたものよ……」


『悪鬼王』がどんな奴かは知らない。

この場でそれを知るのは『山嶽王』と遠鬼の二人だけだ。

ただ、その『山嶽王』に遠鬼が異論を挟まないというのなら、

『悪鬼王』とは即ちそういう奴、なんだろう。


「知っているか?

 奴は反乱から逃げ出そうとした味方をも好んで殺しまわっていた。

 相手が同胞、鬼人族であろうとお構いなしだ」


「……あの男も昔はいい事をしていたのか」


「……いい事?」


「そうだ。戦いから逃げようとする鬼人族など死んだ方がいい」


「なるほど……鬼人族ならそう考えるか」


「お前は違うのか、『山嶽王』?」


「……違うな。同胞を守れずして王は名乗れん」


「そうか」


俺個人としてはまだ『山嶽王』の言い分に親しみを感じる。

というか遠鬼は相変わらず無茶苦茶言っている。

あれで嘘が無いんだから恐ろしい。


「……で、何故殺さん?」


不思議と呑気に昔語りをしているなぁと思っていたが、

『山嶽王』はやっぱり気付いていた。

同胞の死すらも軽く考える鬼人族と戦って負けた筈の自分が、

何故か生かされている事実に。


「殺す?」


「そうだ、私はお前に負けた。あの悪鬼の魔術に負けた。

 だというのにどうしてまだ生かしている!?」


生かされている、というのが不本意なのだろう。

『山嶽王』は怒りを隠さず遠鬼を問いつめようとする。

するが……その遠鬼は眠たげな瞳のまま俺を指差した。


「その界武が、お前に用があるんだそうだ。

 だからまだ生きている」


「……この、人間のガキがか!?

 『同族殺し』よ、一体何を考えている!」


その『山嶽王』の怒号に、俄かに辺りが騒がしくなる。

だがその喧騒に気を取られる『山嶽王』ではなく、

『山嶽王』の眼光に臆するような遠鬼でもない。


そんな二人は視線を交えたまま微動だにせず、ただ睨み合っている。

遠鬼としては俺に話を振った以上はもう話を続ける気はないし、

『山嶽王』にしても人間の子供なんかに興味は無いからか、

さっきの一瞥の後はこちらを見てもくれやしない。


(……いや、違うか。俺は子供だからと

 誰かが視線を合わせてくれるのを待ってるだけじゃ駄目なんだ。

 自分の意志で……遠鬼達と対等になるって決めたんだからな)


そう心に決めても俺とこいつ等では物理的な高さの壁がある。

このままでは俺の視線が『山嶽王』と交わる事はない。


……こういう時、原始魔術を鍛えてきて良かったと思う。

背が低いのなら高くすればいいと……そういう事が出来るからだ。


「おい、『山嶽王』!」


腰から伸ばした透明の腕……いや、今回は足か。

その透明の足で『山嶽王』の背丈に届くまで身長を伸ばした俺は、

遠鬼と『山嶽王』の視線が交錯するその中央に飛び出した。


『山嶽王』は少し表情を歪めたぐらいで、

俺に何かを言う事もなく、それどころか視線を合わせようともしない。


「そうやって目を背けるのは勝手だけどな。

 遠鬼の言った通りお前を生かすように言ったのは俺だ!

 分かるか!? 俺以外の誰に聞いても

 お前を生かした理由は教えちゃくれねぇからな!」


『山嶽王』の眼光の恐ろしさたるや、

正直俺の方が目を背けたいくらいだ。

だけど俺はそうやって挑発を続ける。


(……どうだ!?

 ここまで言えば流石に俺の言葉に耳を貸すか!?)


俺の心は期待と不安が半分……

いや、正直大部分が不安に占められてたと思う。


だけど……どうにか、届いた。

嫌そうに、本当に嫌そうにだけれど、

『山嶽王』は怒気に満ちた視線を俺に向けてくれた。


「……そこまで言うなら聞いてやろう。

 鬼人族のふりをした人間のガキ……お前はどうして私を生かした?」


そしてここからが最後の挑戦だ。

俺はここで『山嶽王』へと言葉を尽くして訴える。

せめて……石英さん達が今よりちょっとだけでも

報われる……そんな結末に辿り着くために。

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