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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百四十六話 提案

「御武運を……」


そう言って戦いに赴く『山嶽王』を送り出したのも、

今の石英にとっては随分昔の事のように思えていた。


『山嶽王』が対峙するは幕府管領、衛蒼……。

石英が知る限り、この世界で一、二を争う程の強者。

これが『山嶽王』にとって最後の戦いになろうとも、

決して不足の無い相手。


(先生は『山嶽王』様にこれ以上ない程の舞台を用意してくださった。

 実際、管領と戦う『山嶽王』様は楽しそうだった。

 泣いてばかりの昔とは比ぶるべくもない程に、

 生き生きとしておられた……)


だから例えそれが先生にとっては

捨て駒を軽く振るう程度の差配であったとしても、

石英には感謝の念こそあれ、恨みは勿論、不満などもある筈が無い。


……だというのに今思い返しても、

あの御武運を、という言葉……自分のものでありながら

石英にとっては申し訳ないぐらいに白々しく聞こえたのだ。







(だって私は……『山嶽王』様の御武運など、

 これっぽっちも祈れてはいなかったのだから……)


たった今も『山嶽王』が戦っている。

その相手は『同族殺し』と呼ばれる稀代の殺戮者。

自分の生まれ育った村を滅ぼし、

その生き残りをも見つけては殺す冷酷無比な殺人鬼だと聞いていた。

そんな恐ろしい男と『山嶽王』を戦わせる……そんな提案も、

石英は不思議な程すんなりと受け入れてしまっていた。


(岩童から聞いた話が件の噂とかけ離れていたのもある。

 その『同族殺し』が連れていた界武さんが優しい男の子だったのもある。

 だけど何よりも……私が少しでも早く解放されたがっていたのだと思う)


……結局の所、石英はとうの昔に受け入れてしまっていたのではないか。

彼女達の知る強く優しい『山嶽王』は既に死んでいるのだと。

呆けて彼女達を忘れてしまったあの時にもう、

『山嶽王』はいなくなってしまったのだと。


「……さん、石英さん!」


「は……はい! 何ですか、どうかしましたか……?」


避難の為に連れ立っていた子供達の一人に声をかけられる。

この子は確か……京という名の男の子。

彼等の中では年長者であり、責任感も人一倍のしっかりした子だ。


「石英さん! さっきからさ、戦いの音が小さくなってる……

 というかさ、静かになってるんだ。

 もしかして……終わったんじゃ、ないのか?」


「……終わった?」


言われてみれば、あれほど激しかった戦いの余波が届いてこない。


「一体……いつから?」


「ちょっと前からだ。あのもの凄い大きな蔦が沢山出てきて……

 それで、それから少ししてから……」


京が言うには、たった今戦いの気配が消えた、という訳ではなく、

少なからず時間が経っていたらしい。

逃げ回りながらも考え込んでいたせいか、

そんな事に気が付きもしていなかった。


『山嶽王』が自分の指示で戦っていたというのに……

そう思うと、石英は圧し潰されるような罪悪感と喪失感に

どうにかなりそうになる。


(でも……まだ駄目。

 まだ何も終わっていないのに、

 私が潰されてしまっては、駄目……!)


そう念じて心を強く持っていなければ、

もう自分が持たないであろうことも十分自覚していた。


『山嶽王』が呆けてからもう何年経ったのか……

『山嶽王』の為にと何もかもを犠牲にし、拘束魔術などにも縋り、

鹿野戸の手駒になって魔王に反旗を翻してまでも……結局何も得られなかった。


(そして……結局、『同族殺し』と戦って頂いても、

 あの頃の『山嶽王』様には……)


「石英さん、どうするんだ……?

 俺達は、どうすればいいんだ?」


未だ考え込む石英を急かすように、京が石英の腿を揺らしながら言う。

周りを見ると、他の子供達もじっと何かを言いたそうにこちらを見ていた。

その視線に石英の心の底から責任感のような何かが沸き上がってくる。


(そうだ、この子達の為にも……

 私が決断をしなくては)


だから石英は言った。

子供達を安堵させるよう……ゆっくりと優し気に。


「皆さん、少し危険だけど『山嶽王』様の下に戻りましょう。

 多分……戦いが終わったのだと思いますから」







この時の石英にとっては、戦いの結果は正直どうでも良かった。

『山嶽王』が勝っていようと負けていようと、あの戦いの規模だ。

『山嶽王』は満足したに違いないと思っていた。


……だというのに、倒れ伏す『山嶽王』と

その傍に涼しげな顔で立つ『同族殺し』を見て、

石英は誰かに殴られたかのような衝撃に思わずよろめいた。


「あ……石英さん。丁度……呼びに行こうと思ってたんだけど……」


そんな石英に最初に気が付いたのは界武だ。

何となく歯切れの悪いその言葉にばつの悪そうな表情……。


「ご……ごめんな。石英さんの知る『山嶽王』の戦い方、

 引き出す事が出来なかったみたいで……」


そうして界武は石英と『同族殺し』、

そしてその生死も分からぬ『山嶽王』とを交互に見た。


(『山嶽王』様は……負けてしまわれたのか?

 そして……もう、亡くなられてしまったのか?)


何度喉に息を通してもかすれるような音しか出てこない。

だから石英は、意識して腹に力を籠める。


「あの……『山嶽王』様は……」


そして、どうにかそれだけ口に出せた。


「あ……ああ! 遠鬼が言うにはまだ生きてるよ。

 魔力を吸い尽くされて昏倒してるって話だ」


『山嶽王』が生きている。

そうと知っても尚、石英は自身の頭がまるで回っていない事を悟る。


何も考えられない……。

この時を待っていた筈なのに……『山嶽王』がその全力を尽くして戦い、

その命数を使い果たし戦士として死ぬ。

その日を待ち望んでいた筈なのに。


「許せ、きょじ……いや、石英だったか。

 一応努力はしてみたが、この老人は結局……

 最後までもう一つの戦い方を見せる事は無かった」


先程界武が自分の名前を出したのを話を振られたとでも解釈したか、

『同族殺し』が謝っている……らしき事を言った。


その言葉を聞いても石英に失望は無い。

未だ回らぬ頭をそのままに呆けたように立ち尽くしていた。


「うわっ……森がボロボロになってる……」

「何だこれ、この泥の山……」

「あれ、あのもの凄い大きな蔦は何処に行ったんだ?」


その石英の後ろに隠れるように集まっていた子供達だ。

石英と界武のやり取りでこの場に危険は無いと分かったらしく、

一斉に散らばって荒れ果てた戦場跡を見て回り始める。


「えっと……界武さん。

 その大きい鬼人族の人、凄い怪我だけど……大丈夫、なのか?

 あ、いや……なのですか?」


その子供達の一人、京が『同族殺し』の様子を見ながら界武に聞く。

『同族殺し』本人にはとてもじゃないが怖くて聞けなかったのだろう。

それでこうして界武に聞いたというのに、

その声すらもおどおどしている。


「なのですかって何だよ……。

 まあいいや、アイツさっきは大丈夫だって言ってたけど……

 おいっ、とお……」

「あっいや! 聞かなくていいよ!

 だ、大丈夫ならそれでいいんだ!」


「……そうか?」


血だらけの鬼人族はやっぱり怖いのだろう。

京は失言を恥じるが如くじりじりと、まるで逃げるように後ずさる。


「多少血が出ただけだ。

 治療も受けたからもう何ともない」


だがその京に『同族殺し』は丁寧に返事をした。


「あ……ああ、そうですか」


その言葉に唐突に返せる言葉がなかったのだろう。

京はそんな気の抜けた返事をする。

ただ、何となく話が通じる相手だと感じたのか、

速やかに立ち直った京は、

今度は界武を通さずに『同族殺し』に言葉を投げた。


「えっと……あなたが『山嶽王』様と戦ったんですよね?」


「そうだ」


「あの……おっきな蔦もあなたが出したんですか?」


「そうだ」


「それで……『山嶽王』様を倒したんですか?」


「そうなる」


そこで京は一度石英の方を見る。

石英はそれに気づいて何となく視線を向けたが、それだけだ。

それ以上反応を返せない。


京は一つ大きな深呼吸をすると、

『同族殺し』の方に向き直りこんな事を聞いた。


「『山嶽王』様は……やっぱり、とても強かった……ですか?」


『同族殺し』の返事はこうだ。


「弱かった……期待外れだ」


「お、おい遠鬼! お前……言い方ってもんがあるだろ!」


「事実だ」


界武がその言い方を咎めようと『同族殺し』は変わらない。

いや、そもそも何故言い方を気にする必要があるのか。

界武の意図が分からずに

ぼうっとその少年の背中を眺めていた石英だが、

その視界が何故か、急激にぼやけてきた。


(何が……どうして、目がぼやけているのだろう?)


「あ……ああ……」


何者かの嗚咽のような声が聞こえる。

これは一体誰の声か。

ただその声がとても大きく、とても耳障りに聞こえたので

石英は音の出ている場所を手で塞いだ。


(あれ? 私は……どうして、自分の口を塞いでいるの?)


分からない。だけど……あの嗚咽は少し小さくなった。


「ほら遠鬼! 俺はお前に言ったよな!

 もっと他の人を慮れってさぁ!」


「……強くなかった。期待を少し外していた」


「変わらねぇよ!

 何でいっつもそうなんだよ……!」


ぼやける視線の先で界武が慌てている。

しかし変な話だ。一体誰を慮れというのだろう。


……いや、あの界武の反応を見れば分かる。

あの子が誰を慮っているのか。


(……ああ、そうか。

 私は……泣いているんだ)


『山嶽王』の横に立つあの『同族殺し』を一目見て、

それで分かってしまったのだ。


かの男は、見た目は痛々しくはあったが……

恐らくは、さほどの深手を負ってはいない。


つまりはそういう事なのだ。


「あ……あの、『同族殺し』さん」


まだ嗚咽の混じる声で、ぼやけた視界のままで、

それでも口を塞ぐ手を取り払い石英は言った。


「何だ?」


「『山嶽王』様は……満足、なされたと思いますか?」


「……どうだか」


「で、では戦士として……強く、誇り高く戦えたのでしょうか?」


「と……遠鬼。分かってるよな!」


界武が口を挟もうとする。

石英の事を想って言葉を選べと言いたいのだろう。


「界武さん。いいのです。

 ……言ってください、『同族殺し』さん」


だけと石英は聞きたかった。

『山嶽王』の最後の戦いを、その果てにあったものを。


「誇りも何もあったものか。

 弱い奴がそれを自覚して敗れた。それだけだ」


その言葉には不思議と蔑みなど微塵も感じない。

ただ悔恨の念が深く籠っていて……

それが、壊れかけた石英の心に優しく響いた。


「そう……ですか……」


結局、何もかもを果たせぬままに終わってしまった。

『山嶽王』の為にと流した汗と涙の全てが徒労と帰してしまった。

そう思い知ってしまった石英は、それからしばらくの間、ただ泣いた。







大勢の前で小娘のように泣く自分を恥ずかしいとは思わなかった。

少なくとも、石英本人はこの涙を笑おうとは思わなかった。

涙を流すだけの事があったのだ……少なくとも石英にとっては。


だけど……それでも、ずっと泣いていればいいというものではない。

終わり方は不本意なものであったかもしれないが、

それでも自分で始めた事だ。それを終わらせる義務が、石英にはあった。


「……すいません、『同族殺し』さん」


「何だ?」


泣き止みつつあった石英の言葉に、

『同族殺し』はそれまでと変わらぬ態度で答えた。


「最後にもう一つ、お願いをしていいですか?」


「何をだ?」


「……『山嶽王』様を、死なせてあげてください」


「ちょ……石英さん!?」


その言葉を予想していなかったのか、

界武が酷く慌てている。


「分かった」


だが『同族殺し』の方は十分予想していたのだろう。

石英の頼みに異議を挟む事は無く、

半ば義務的にすたすたと倒れ伏す『山嶽王』へと近づこうとした。


その歩みを……誰かが防ぐ。

『山嶽王』を庇い立てるように立ちふさがっているのは……。


「界武、どうしてそこに立つ?」


「駄目だ、遠鬼!」


界武だ。そもそも『山嶽王』と『同族殺し』を戦わせる為に

ここまで来た筈の少年が、『山嶽王』を殺すなと叫んでいた。


「……戦いにこうまで負けた以上は死ぬべきだ。

 だから邪魔をするな」


「それが……魔族の戦士だからか!?」


「そうだ」


「嫌だね!」


魔族の間では不文律。

戦って負けた以上は命乞いをしてはならないのだ。

それをしてしまえば戦士は名乗れなくなってしまう……

だというのに、それでも界武は拒む。


「……ここで俺が殺さずとも

 あの馬鹿辺りがすぐに『山嶽王』を殺しに来る」


「馬鹿? ああ……管領って人か」


「そうだ。だからむしろ今殺しておいた方がいい」


「そういう事を言ってんじゃねぇんだ!」


『同族殺し』はその言葉に深く考え込んでいる。

不思議な話だ。あんなものはただの子供の我儘で、

『同族殺し』が意に介する必要などない。

その小さな体を払いのけてしまえばいいのに、

何故かそれをやろうとしない。


「……分からん。つまり何を言いたいんだ?」


しまいには、『同族殺し』は界武に答えを聞こうとしてしまう。

まるで問いの答えが分からないからと、教えを乞うかのように。


(……何? どうして『同族殺し』はそうまでして

 界武さんの意を汲もうとするの……?)


二人の関係性が分からない石英は、

この突然始まった問答をただ眺めるだけになってしまう。

そしてそれはこの場にいる子供達も同じなようで、

皆きょとんとした目で眺めている。


「こんな終わり方じゃあ……誰も幸せにならないだろうが!

 少なくともさぁ……石英さんも、岩童の奴も、

 全っ然報われないままじゃねぇか!」


界武は何を言っているのかと、石英すらも思ってしまう。

だからそれを聞いた『同族殺し』は石英以上に混乱していただろう。


「幸せに……? 戦いの後にこうなる事はよくある。

 むしろ幸せな奴が出てくる方が稀だ」


「だとしてもだ!

 『山嶽王』を倒したお前自身も全然喜んじゃいねぇだろうが!

 だったらやっぱり間違ってんだよ!」


『同族殺し』は反論しない。

ただ……少し考えた後に攻め口を変えた。


「……石英や岩童も報われたいと思って

 やって来た訳じゃないだろう。

 そして、この結果も不本意だろうが受け入れている。

 それを部外者のお前がひっくり返すのか」


「思ってようがなかろうが、

 報われないより報われた方が絶対いいだろうが!

 だから終わらせる前にまだ出来る事をしようって言ってんだ!」


よく口が回る子だと他人事のように石英は思った。

勿論それでも界武の言葉は子供の我儘の枠をはみ出てはいない。

ただ……不思議と、石英の目には界武の姿が眩しく映り、

その言葉に何かを期待するようになってしまう。


「……界武。ならお前は一体何がしたいんだ?」


その期待を『同族殺し』も共有しているのだろうか。

心なしかその声色が楽しそうだ。


「……『山嶽王』に起きてもらう」


それが界武の提案。

その意図は未だ知れないが、それでも石英は縋った。

石英に報われて欲しいと言ってくれた界武の意志に。


「それでどうする? もう一度戦わせるのか?」


「そうじゃない……もう決着はついた。そうだろ?」


「……じゃあ何故起こす?」


「分からないのか? 簡単な話だって……」


そして界武が言ったのは、確かに簡単な話だった。

その場の誰もが思いつきもしなかった……簡単な話。


「服従印の事があるから難しいかもしれないけどさ、

 試す価値は絶対あるんだ!」


「何をだ?」


「……『山嶽王』に全部話して分かってもらうんだ。

 石英さんはあなたの玄孫だと。

 今まであなたの為に頑張ってきたんだってな。

 それを知らないままに『山嶽王』に死なれるのは、

 やっぱり違うだろう。そうは思わないのか!?」

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