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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百四十二話 二度目

「この私を前にしてよくもそうまで吠えた!

 その糞度胸だけは褒めてやる!」


そういう間にも『山嶽王』はその名に相応しき巨人へと変貌していく。

この木を粗雑に組んだだけの円錐屋敷にはちきれんばかりに膨れ上がり、

その両腕を広げた際には壁と屋根を兼ねていた全ての木々が吹き飛ばされ、

唐突に刺さる光に巻き上がる砂埃が重なり、思わず目を閉じてしまう。


後に続くのは音だ。吹き飛ばされた木々が地に衝突して上がる轟音に、

辺りにいたと思われる子供達の悲鳴が重なる。

潜伏中という事もあって比較的静穏と言えたこの隠れ家周辺が、

今は混沌の極みにあった。


その騒めきに急かされるように、無理矢理に閉じた瞼をこじ開けた。


(何だよこれ……この巨人は……!)


視界に映ったのは巨大な足指に踝……『山嶽王』の巨大な足の一部分だ。

人の背丈に尺の十倍……丈なんて単位を使った事はないけれど、

こいつは普通にそれを使わないと追いつかない。

そんな文字通りに桁外れな巨体。ついさっきまでは痩せ衰えていた筈なのに

ここにそびえ立つ巨人は『山嶽王』の名に相応しく、

遠鬼に勝るとも劣らない隆々とした筋肉で全身を覆っている。


「さあどうだ! 『同族殺し』とやら……

 この巨体を前にしてもその太々しい口を開けるかぁ!」


遥か上空から叩きつけられるような大声。

思わず委縮してしまいそうなその音圧にも、

俺に背を向けて立つ遠鬼の姿は変わらない。

この嵐の中心……その凪に佇む一本の若木のように、

その枝を揺らす気配もない。


「石英さ~ん! 助けて……助けてくれっ!」


聞き覚えのある声。確か京とかいう名の少年のものだ。

見れば子供達の住処となっていた方の円錐屋敷、

先程の『山嶽王』の巨人化でふき飛ばされた木が当たりでもしたのか、

崩れそうになっている。


「と……遠鬼! 俺は月陽を連れて子供達を助けに行ってくる!」


ここにいても出来る事は無いからと、

そう声をかけて遠鬼の背から離れようとする。


遠鬼からの返事は無い。

聞こえてないなんて事は無いだろうけど、

とにかく遠鬼は『山嶽王』を見上げたまま微動だにしない。


……俺はふと思う。

それなら何と声をかければ遠鬼は反応してくれるのか。

今からこの常識外れの巨人と戦う男に向けて、何を言ってあげられるのか。


「遠鬼っ!」


考えが纏まらないままに、それでも俺は脇に抱えたままの月陽の事も考えて

急ぎ足にその場を離れる。


「勝てよぉっ!」


そう叫んだ時には背を向けて駆け出していたから、

遠鬼がどんな反応を示したかなんて分からない。

でも……なんとなく、あの戦闘狂なら不敵に笑ってくれたのではないか、

そう思うのだ。







「私の側……離れないでください!」


そして今は石英さんの先導の下、

子供達を連れて小高い場所へと逃げ出している。


先程の円錐屋敷は結局倒壊してしまったけれど、

その前に俺と石英さんで木々を支え、子供達をどうにか助け出せた。

そしてそれからは争い合う二人の戦士を尻目に

安全そうな場所へと避難している訳だ。


「『山嶽王』様は私には絶対に危害を加えられないようになっています。

 だから……私の側にいれば多分、大丈夫ですから……!」


逃げる前にそう子供達に諭したからか、

子供達は石英さんにしがみ付かんばかりに寄り添っている。

石英さんは動き辛そうではあるけど、それで嫌な顔一つしていない。


「……界武君、遠鬼……大丈夫かな?」


そんな時も月陽は石英さんではなく俺の腕にしっかりとしがみ付いている。


「何だ月陽、遠鬼の強さが信用出来ないのか?」


「出来るよ! 出来るけど……あのおじいさんは……!」


その月陽の声が轟音にかき消される。

後方で『山嶽王』と遠鬼が戦っている……その余波がこんな風に音として

ここにまで届いてくるのだ。


「あれ……あの音! どうなってるのか分からなくて……!」


……月陽の言いたい事も分かる。

さっきからああいう轟音に加えて、

『山嶽王』の勝ち誇るような大声が響き渡るのみだ。

肝心の遠鬼の声は全く聞こえてこない。


それなら……せめて、

俺達だけでも戦いを見届けられる場所にいけないものだろうか。


「……石英さん!」


「ど、どうしました、界武さん?」


「俺は……俺達は魔術が使えるから自分達の身ぐらいは守れる!

 だからさ、あの二人の戦いが見渡せるような場所に行きたいんだ!」


「え!? で、でもそれは……」


「石英さんは避難を続けてていいから!

 俺達だけでもどうにか……!」


いきなりのこの俺の言葉に石英さんも狼狽し始め、

その周りに集まる子供達も、一体何を言い出してやがるんだ、

とでも言いたげな険しい視線を向けてくる。


「ここはまだ近いです。

 せめてもうちょっと離れてからではないと……」


「大丈夫! いざとなったら遠鬼もいるから……多分!

 アイツだって俺達に危害が及ぶような戦い方はしない筈だから!」


俺達は石英さんと違って、『山嶽王』じゃなくて遠鬼の戦いを見たいんだ。

だからこれ以上離れてしまうと『山嶽王』はともかく、

遠鬼の姿が豆粒のようになってしまうんじゃないかって懸念もあった。


「ですが……」

「あっちの方だ。もうちょっと行けば湧き水が流れてる場所がある。

 あそこだと開けてるから隠れ家の方まで見渡せる筈だ」


まだ渋る石英さんを見かねたのか、

その後ろ、少し距離を取って付いて来ていた京が

進行方向から少し外れた藪を指差して言った。


俺達の意図を汲んでくれたのか、

それとも自分達の避難の邪魔をして欲しくなかったのか……

その辺のところは分からないけど、今の俺達にとってはどっちでも良かった。


「ありがとうな、京!」


それだけ伝えると月陽を背負って透明の腕を伸ばす。

枝から枝へ、原始魔術を使って林の中を跳び回って移動するのは

最早手慣れたものだった。







「さあどうだガキ!

 これでも私が弱いと抜かすか、ああっ!?」


視界が開けた場所に出たからか、

さっきまではよく聞こえなかった『山嶽王』の声、

それがこうもはっきりと聞こえる。


「……ねぇ! あれ……あれ、遠鬼だ!」


俺の背中から指差す月陽のその指の先を見れば、

確かにそこには遠鬼がいた。


「ああ遠鬼だ。でも……何やってんだ?」


てっきり凄惨な戦闘になっているのかと思っていたけれど、

遠鬼は別に怪我を負っているという感じじゃない。

さっき別れた時と同じ姿で仁王立ちのまま『山嶽王』を見上げている。

その『山嶽王』の方も然り。さっきから後方で聞こえてきた轟音を思えば、

不思議なくらいに二人には戦いの痕が無かった。


ただ……別れた時と大きく違うのはその遠鬼の周りの状況だ。

あの二人が戦ってる隠れ家には二日程度いたきりだけど、

それなりに落ち着いたいい場所だった……と思う。

それが今はへし折られた木々が辺りに散乱していて酷いものだ。


「もう一度受けてみるかっ!?」


ああも折れた木が作られた理由がすぐに知れる。

『山嶽王』が足元の木を拾っては遠鬼に叩きつけたからだ。

その遠鬼は巨木の一撃をいつもの金棒で打ち返し、

結果また一本へし折られた木が増える事となった。


「フン……では、次はもう少し力を入れてみるかぁ!」


そう叫んだ『山嶽王』、今度は三本の木を一気に抱え込み、

その巨大さを誇示するように掲げた。


「三本同時なら……どうだ、打ち返せるかっ!」


そのまま三本の巨木を一気に振り下ろす。

流石の遠鬼もこれは迎撃出来ないらしく、

金棒を頭上に掲げて防御態勢をとった……までは見えた。

その後は地響きを伴う鈍い衝撃音に一斉に飛び立つ野鳥の群れ。

そして……激しく巻き上がる土埃で遠鬼は勿論

『山嶽王』すらも腰の辺りまで隠れてしまう有様だった。


「遠鬼……遠鬼っ!」


そういえば、月陽は遠鬼が戦っている姿を見るのは初めてだ。

強い強いと周りに聞かされていたからか、

その強さを微塵も疑ってはないんだろうが、

それでもさっきの一撃を見ればこんな悲鳴を上げたくなるんだろう。


「……大丈夫、遠鬼の奴は平気だよ」


背中の月陽を下ろしてその肩を抱く。


「きっと……大丈夫だ!」


月陽を安心させようとその言葉を繰り返す。

だけど……そういう俺だって一片も不安が無い訳じゃない。


(大丈夫だよな……遠鬼!)


そう思って戦場を見詰めていたら、

急に巻き上がったつむじ風が土煙を一気に晴らした。

そのつむじ風の下には、金棒を横薙ぎに一閃した後の遠鬼。

金棒の一振りで土煙を吹き飛ばした……みたいだ。


先の一撃は流石に無傷とはいかなかったらしく、頭や腕からは流血が……

そしてその上着は見るも無残に破られてしまっている。

ただそれでも平然と立ち続けるその姿を見れば分かる。

この程度の負傷は遠鬼にとっては何でもない。


「さっきから何を警戒している、『山嶽王』。

 棒を振り回すばかりで俺に勝てると思ってるのか?」


遠鬼の声は俺達のいる場所からも良く聞こえた。

『山嶽王』の声ほど大きくはないのは勿論だけど、

あの巨人に声を届ける為か遠鬼も声を張り上げているのだ。


「……警戒? 己惚れるな、多少攻撃を凌いだ程度でよくもまあ」


『山嶽王』は抱える三本の巨木を再度振り上げる。


「では……これなら、どうだ?」


今度は……その巨木全てが青白い空気を纏っているのが俺ですら分かる。

そしてあの色の魔術には見覚えがあった。


(確か……武装強化魔術!)


「あれ……あれは駄目、遠鬼っ!」


届く筈のない声を、それでも月陽は叫ぶ。

その声に応えた訳ではないだろうが、

遠鬼は振りかざされた巨木の束に向けて金棒を持たぬ左手を掲げた。


『山嶽王』がそれを振り下ろすよりも早く凝縮される漆黒の魔力。

そして放たれたのは巨大な漆黒の半月。

振り下ろされた巨木の束は遠鬼に届く前に根元から断ち切られ、

あらぬ方向へと飛んで行った。


遠鬼の遥か後方で三度鳴る轟音。

根元で断たれすっぽ抜けた木々が地に落ちた音だ。

後方で吹き上がる三本の土煙の柱を一瞥すらせず、

遠鬼は尚も吠えた。


「ただの木を強化した所でその強度はたかが知れている。

 そんな事も忘れたのか、『山嶽王』。

 それともこうして斬られた事は無かったのか?」


その挑発に『山嶽王』は激昂する事もなく……

いや、むしろその表情の変化から冷静さを取り戻したようにも見えた。


「……今の、殺傷魔術だな」


それは『山嶽王』の真剣そうな声。

目を覚ましてからの『山嶽王』は俺達の前では怒りっぱなしだったから、

あんな声は初めて聴いた。


「そうだ」


「……それで悪鬼の奴を殺したのか?」


「どうしてそこであの男が出てくる」


「答えろ!」


凄みを増す『山嶽王』の声。

その迫力たるや観衆でしかない俺でも寒気が走るぐらいなのに、

それでもやっぱり遠鬼にはまるで通じていない。


「答えん。どうでもいい話だ」


「……そうか」


その問答から明らかに『山嶽王』の雰囲気が変わっている。

どちらかと言えば遠鬼を侮っていたように見えた『山嶽王』だが、

遂に敵と認めたのか。


「多少真面目にやってやる。

 『悪鬼王』の血族……その底力を見てやろう!」


『山嶽王』の全身を走る紅い稲妻。

……その魔術を遠鬼に聞いた事がある。

力そのものではなく、速さを強化する事に特化したその魔術は……!


「瞬発力強化……!」


その瞬間、『山嶽王』のあの巨体が消えたように見えた。

そんな訳は無いのに……それでも俺にはそう見えたんだ。


遠鬼のいた場所が吹き飛んだ。

遠鬼諸共地面を削り、何かに吹き飛ばされた。


「なっ……遠鬼はっ!?」


「上っ!」


月陽の声に空を見上げれば、遠鬼が空を飛んでいる……いや、違う!


(飛ばされたのか、あんな高さまで……!)


何をどうすればそんな事が出来るのか。

その原因に思い至る間もなくその遠鬼の身体が影に覆われてしまう。


『山嶽王』の巨体が、遠鬼の浮かぶその更に上に突然現れたんだ。

まだ稲妻を纏ったままの『山嶽王』が、そこから遠鬼に向けて右掌を振り下ろす。


俺達が遠鬼の身を案じて声を上げる時間なんてなかった。

パン、という妙に軽い破裂音が鳴ったと思ったら遠鬼の身体が宙から消え、

すぐに地面に何かがぶつかったような、

もう馴染みつつあるあの轟音が鳴り響く。


それが遠鬼が地に叩きつけられた音だと気付かぬ内に、

『山嶽王』の巨体が空から降ってくる。

今日一番の凄まじい地響きが鳴り、『山嶽王』が地に降り立つ。

『山嶽王』は何かを踏み潰すかのように三度、四度と地を踏み均し、

今度はそれを俺達の方へと向けて蹴飛ばした。


「いやあああっ!」


その悲痛な月陽の叫び声に、

今さっき『山嶽王』が踏み潰し蹴飛ばしたものが遠鬼である事を悟る。

その遠鬼の身体が……俺達のいる湧き水の流れ、

その少し下流に叩きつけられて一連の『山嶽王』の連撃が終わった。







……これは、駄目だ。どう考えても死んだ。

あんな凄まじい攻撃を受けて、一体誰が生きていられるものか。

その深い絶望に力を失い、

俺の手を振り払って駆ける月陽を追う事すら出来なくなっていた。


「あの『閃刃』とかいう名の小僧に腕を斬られてからか……

 次は許さぬと思い身に着けた瞬発力強化魔術だ。

 どうだ……まさか、この程度で死んだりはせんだろうなぁ!?」


既に勝負は決したというのに、『山嶽王』がまだ吠えている。

というかここでまさかの名前だ。

確かに延老さんが『山嶽王』の手を斬った云々の話は聞いていたけど、

そのせいで『山嶽王』がこうも強くなってしまった……ていうのは初耳だ。


「延老さん……強くしたんなら責任持って止めも刺しておいてくれよ」


そう誰にも届かぬ愚痴を零す。

どうしてだろう。俺自身が窮地に陥った時でもこうはならなかったのに、

今の俺はかつて無い程の絶望に打ちひしがれていた。


「遠鬼っ……!」


月陽の泣き叫ぶ声が聞こえる。

辛い……その声を聞く事すら堪えられない。

だというのに、俺は月陽を宥める事も、

遠鬼の代わりに『山嶽王』と戦うことも出来ない……。


「まさか。この程度で俺が死ねるわけがないだろう」


もう聞く事のないだろうと思っていた声が、聞こえた。

俺は跳ね起きるように駆け出し、走って走って走って……

前を走る月陽の背中すらも追い越し、その男の背が見えるまで走った。


それは酷い姿だった。

その全身に刻まれた大小の傷跡は痛々しく、

自慢の金棒は真ん中でへし折れ短刀のようになってしまっている。

そして上着は勿論、下の脚絆までも膝から擦り切れ

傷だらけの脚を晒していた。


だが……それでも遠鬼は平然と立っていた。

短くなった金棒を放り投げ、その手で額の血を拭う。

後はその血を振り払うかのように右手を横薙ぎに振る。

地面に描かれた鮮血の一文字が傷の深さを物語るが……

それでも、遠鬼の態度は先程までと全く変わらない。


「真面目にやってこれか……。

 それならやはり今のお前に見るべきものなど何もない。

 ……興醒めだ」


本日二度目の興醒めが、半死半生にしか見えない遠鬼の口から出てきてしまった。

そしてそれは当然、次の衝突の合図でもあったのだ。

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