百四十一話 一日の猶予
魔族……特に古強者となれば賊であろうと
決して戦いから逃げたりなどしない。
相手が誰であれ自分が勝つに決まっているという根拠の無い自信を持ち、
討伐に来た者を迎え撃つ……。
羽膳もそれを当然と思っていたが、
楼京に来てからはそんな場面に出くわした事が無い。
理由は至極単純で、ただ衛蒼が強すぎるからだ。
楼京の近隣は勿論、隣接する他国にまでその武勇は響き渡っており、
どんな悪名高い賊であろうと衛蒼現るの報を聞くだけで
裸足で逃げ出す有様だった。
そんな衛蒼だから賊退治をする際に好んで使ったのが
天下三槍が一つである、この御手杵だ。
衛蒼がこの槍を持ったならば
相手が山中の何処に潜んでいようが、
また何処に向かって逃げていようが関係ない。
その名槍の一振りから放たれる斬撃は最早壁崩しどころの威力ではなく、
眼前に城があればそれを瓦礫に、森があるのならばそれを草原に、
そして山があったとしてもそれを更地にしてしまう。
つまりは、賊が潜んでいると思われる土地を丸ごと吹き飛ばしてしまう、
それが衛蒼の賊退治だった。
今回の逆徒討伐でも衛蒼がその成功を微塵も疑っていない理由がこれだ。
逆徒が見つかるまでに、この丹波国の山林を更地にし続ければいいと、
衛蒼はそう考えているのだ。
(その討伐出立の日を一日だけは伸ばしてもらえたが……)
羽膳の必死の訴えの結果、衛蒼は一日だけ討伐を延期する事とした。
事の重大さを鑑みればそれ以上は待てないという判断だ。
その一日が過ぎれば、たとえ羽膳が新坂に戻って来なくとも
逆徒討伐に向かうという。
その一日でどうにかして界武と『同族殺し』を見つけねばならない。
いや……見つけるのが無理だとしても、
せめてその所在の手掛かりだけでも掴んでおきたい。
残された時間を思えば気が急いて仕方がない羽膳だった。
だったのだが……何故か、思いもかけない者に声をかけられ、
足止めを食らっていた。
「ですから右衛門佐殿、この旅の出立の延期はそのような理由でして……」
「そんなもの信じられんからこうして重ねて問うている。
一刻とて惜しいこの現状で、どうして一日も出立が伸びるのか。
正直に話せ。管領様は何を考えている……?」
いざ界武達を捜索せんと新坂を飛び立とうとした矢先、
羽膳は楼京からの援軍の長、臣錬に呼び止められてしまった。
わざわざ新坂まで頼んで来てもらった手前、
その声を無視する事も出来なかった羽膳はつい丁寧に対応してしまった。
それが、良くなかった。
臣錬はつい先程逆徒討伐延期の報を受け、
その理由を羽膳に確認したかったらしい。
それならばと羽膳はありのままを正直に話した。
そう、嘘偽りなく界武達の捜索の為だと伝えたのだが、
臣錬はそれでもなお食い下がる。
臣錬の中では予め結論が決まっており、
その結論をどうやって羽膳の口から吐き出してもらうか……
そればかりを執拗に狙っているかのようだった。
「そもそも……だ。
そんな新参の左衛門佐と小僧が一匹、
何処で何をしてようが関係無いではないか。
嘘を付くならもう少しまともな嘘を付けい!」
「いや、だから嘘ではないと……!」
掴みかからん勢いで臣錬は羽膳を問い詰める。
そのあまりのしつこさに詰め寄る臣錬を羽膳は翼で振り払った。
勿論位階が上の相手には失礼な行為ではあるのだが、
こうも信用されないとあっては苛立ちもする。
「チッ……」
臣錬の舌打ち。苛立っているのは臣錬も同様。
味方に見せるそれとは思えぬ敵意の籠った視線を向け、
臣錬はまだ尋問を続ける。
「私が何も知らぬと思っているのか?」
「……右衛門佐殿、何を知っているというのだ?」
「魔王軍には魔王軍なりに諸国に情報源がある。
そこから受けた報にはな……幕府の朝廷への反逆、
更には既に朝廷から討伐軍が差し向けられた、
などというものもある」
「それはただの噂だとも報告を受けている筈だ、右衛門佐殿」
「……他にもある。管領様は朝廷への反逆を諫めた丹波国守護を
ここ守護屋敷に軟禁しているという」
「それこそ偽りではないか!
守護様は逆徒の襲撃を受けて深手を負い、今に至るまで面会謝絶だ!
私は勿論、衛蒼様ですらもお会いできていない!」
「その逆徒とやらの存在自体がただの狂言という……」
「もう結構だ、右衛門佐殿!」
ここ新坂に着いた当初はまだ協力的に見えた臣錬であるが、
あれから碌でもない噂の類を耳に入れすぎたか、
疑心暗鬼に陥っているように見えた。
「右衛門佐殿。私のような端役を捕まえても聞き出せる事などありません!
もしどうしてもというのなら……
その噂の一つ一つを自身で調べてみるがいいでしょう!」
「ほう。では例えば何とする?」
「それこそ幾らでも手段はあるでしょう!
特に先程の話、衛蒼様は守護様を軟禁などしていない!
どうぞ面会を要望してはいかがでしょうか?」
「……なるほど。ではそうさせて頂こう」
ひとまず納得してもらえた、そんな風にはとても見えない。
臣錬は相変わらず険しい視線を羽膳へと向けている。
「……では俺はこれで発たせてもらう。
まだ話があるのでしたらまた次の機会にお願いしたい」
もうまともな議論は期待できないと羽膳は無理矢理話を打ち切った。
そして踵を返し翼を広げた直後、臣錬の最後の言葉が届く。
「ああ、左衛門佐に会いに行くらしいな。
私の知る者とは既に別人らしいが……
何と言ったかな、その新参者は?」
「……確か、遠鬼という名だったかと。
西国では『同族殺し』の名で知られた無頼漢です」
「ああ……なるほど。魔王様が好きそうな輩か。
私も名すら知らぬ者が新たに左衛門佐になったと聞いたが、
そういう事ならあり得る話だ」
「えっ……と、魔王様は無頼漢が好き、なのですか?」
気になる情報に思わず翼を下ろして振り返る。
「そうだな。魔王様は昔気質の者を好んでおられてな。
市中にそのようなものが現れたと聞く度、
お忍びで見に行かれたものだ」
「そうなのですか……」
顔を見た事もない魔王の話は羽膳にとって新鮮ではだった。
「ではその左衛門佐に伝言を頼めるか?」
「右衛門佐殿がですか……?
まぁ、もし会えたならばお伝えしますが……」
「幕府の反逆が白日の下に晒されたその日には、
共にあの管領を討ち果たしましょうとな」
冷笑を浮かべた臣錬の顔を見て、馬鹿にされていると羽膳は知った。
「……失礼する!」
怒りに任せて地を蹴って空へと飛び立つ。
羽膳はもう振り返りもしなかった。
(右衛門佐殿はどうしてこう……!)
悪人でないことは重々承知している。
だが……若くして右衛門佐にまでなった臣錬だ。
その自尊心も相当なものなのだ。
それが赴任地である楼京でいきなりその鼻をへし折られた訳だから、
衛蒼との実力差を未だに認められていないらしい。
(しかし……貴重な時間を浪費させられた。
猶予が一日しかないとなると、
せめて昼までには何か手掛かりだけでも……!)
一度空へと飛び立ってしまえば速さで羽膳に敵う者はいない。
先の不快な思いをかき消さんばかりに速度を上げる。
速く、速くと……それだけを思いながらただ東へと飛ぶ。
そして眼下に村が見つかれば降り立って、
『同族殺し』と界武らしき人物の話を聞き回る。
「ああ……言われたような鬼人族、ちょっと前ですが見かけましたよ」
三つ目の村での聞き込みの最中だ。
偶々近くを通りかかったという旅人がその行方を知っていた。
「ほ……本当か!? 何時、何処で見かけたのだ!?」
「あ、ああ……あれは半月ほどは前かなぁ。
街道ですれ違って、それで……ちょっと揉め事があって」
「揉め事? アイツ等は一体何をしでかしたのだ……?」
「あ、ああ。それは別に大した事じゃないよ。
それよりもその鬼人族だがな、ここから東にちょっと行った所にある、
林の方に行ったと思う。
あそこにはな、どうも賊に襲われたらしい旅人の遺体がいくつか……」
その旅人の話を聞いてみれば、事の概要が容易に知れた。
まず、この旅人が界武達と出会ったのは
界武達が『閃刃』を助けに向かっている最中の事だった。
そこで界武達は……恐らく、守護が襲われた現場へと立ち寄ったのだろう。
その意図はよく分からないが、もしかしたらそこにまだ逆徒への
手掛かりが残っているかもしれないと考えての事なのかもしれない。
(本来は俺が調査に行きたかった場所ではあるが、
生憎と新坂を留守に出来なかったから、
結局放置したままだったな……)
なんとなく、羽膳が為すべき事を界武に先にやられてしまった、
そんな考えに妙な苛立ちが生まれる。
まぁそれはそれとして、やっと見つけた手掛かりではある。
だが……。
(手掛かりには違いないが……それにしても、情報が古い。
今そこに立ち寄っても、恐らくは何も残ってはいないだろう)
そして残念ながら他に手掛かりなど残っていないのも確かだ。
羽膳は駄目で元々とその襲撃現場に自分も立ち寄ろうと決めた。
「……死者の遺品をさらうのは罪とは言わんが程々にな」
その旅人はそう告げておいて、羽膳はさらに東へと旅立った。
襲撃現場には一刻もせずに辿り着いた。
そこは上空からも見つけるのが容易な程に荒らされており、
薙ぎ倒されたり引っこ抜かれたりした木々が散乱し
この場で起きた戦いの凄まじさを思い起こさせた。
(だが……これは、一体誰と誰の戦いの跡だ?)
その場に降り立ってみても、
ここで一体何が起きたのか杳として知れない。
(聞いた話が真ならば、ここで人間が破裂した、との事だが……)
守護の襲撃、それも半月は昔の話だ。
だからその跡も残っていないのかもしれないが……。
(それにしても、骨の一つも残っていようものだが、
軽く見渡した感じだと、骨片すらも見つからない……か)
野生の獣が食べて行ってしまったのか、
それともこの半月の間に降った雨に流されてしまったのか、
戦いに被害者の痕跡は何も残っていなかった。
遺体を探すのを諦めた羽膳は、
引っこ抜かれたと思われる一本の大木に目を付けた。
その大木、引っこ抜かれた後に縦に綺麗に真っ二つにされている。
大木を引っこ抜くという所業は巨人族の馬鹿力なら可能であろう。
だが、その大木を縦に断ち切るなどと言う離れ業となると、
一体誰が出来るというのか。
(……心当たりは一つだけ、ある)
殺傷魔術。あの魔術師『同族殺し』の得意魔術と思わしきそれならば、
このような業も可能なのではないだろうか。
(とすれば、これは『同族殺し』と巨人族の誰か……との戦いの跡、
なのではないか?)
ただ、その誰かは恐らく『山嶽王』ではない。
『山嶽王』と衛蒼の戦場跡は羽膳も見たのだが、
あの荒れ様はここの比ではない。
つまりは、『同族殺し』と『山嶽王』の部下の巨人族、
その二人の戦った跡ではないか……
羽膳はそのような考えに至った。
(いつ戦ったのかは分からない。
半月前かもしれないし、つい最近かもしれない。
だが……もしこれがつい最近の戦いの跡ならば、だ。
『同族殺し』がこの付近に潜んでいる事に……ならないか?)
どの道今のところの手掛かりはこれだけだ。
それならここの周りを重点的に調べるのも悪くないのではないのか?
そう考えて再度空に飛び立とうとしたその時、
小さな地響きに木々が震えているのを感じた。
「……何だ? この近くで何があったのか?」
急いで助走をつける。
両翼を大きく二度三度と羽ばたかせ空高く飛び上がる。
眼下に広がるは先程の戦場跡、そしてその少し向こうに見える山中、
その森の一画に……人が立っている。
この空の上からもはっきりと見える人影は、間違いなく常人のそれではない。
何故ならそれは、ただの人にしてはあまりに大きすぎるのだ。
「……『山嶽王』か!?」
話に聞く巨大化した老齢の巨人。
衛蒼と互角の戦いを繰り広げたというその伝説の悪漢が、
再びその蛮勇を振るおうとしている。
その視線の先に映るのは、一体誰なのか……。
それを知る為に羽膳は空を駆けるのだった。




