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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百三十九話 御手杵

今羽膳が衛蒼に差し出した大槍こそが、天下三槍と呼ばれた名槍の一つ、御手杵。

穂の長さが四尺六寸と尋常では無い程に大きく、

その豪壮たる様は見ているだけで圧倒されるものがある。


かつての大戦にて、とある人間の若武者がこの槍を振るい

幾人もの魔族の戦士を殺めたと聞くが、それとて今は昔の話。

その使い手はおろか、自身にまつわる逸話の類も失ったこの槍は、

ただその名と己自身のみを残して幕府の持つ蔵の中に

打ち捨てられたかのように転がっていたという。


「魔族は武器を……特に人間の作ったものをぞんざいに扱うからな」


当時、自分の手に馴染む武器を求めて楼京中の武器商人を訪ねて回り、

しまいには新しいものを打ってもらおうと妖精族の里にまで

乗り込もうとしていた衛蒼である。

そんな衛蒼だからこそ、ふとした機会に蔵の中でその名槍を見つけた時は

怒るでも喜ぶでもなく、ただ唖然としてしまったという。


「別途見つけた残りの二本と合わせて妖精族の里に持ち込み

 研ぎ直してもらったが……里の長老が言うには、

 これ以上放置されていたら元には戻らなかったかもしれんそうだ」


「はあ……」


羽膳も魔族らしく武器には特に興味を持たない方だ。

鳥人族の天敵とされた弓については警戒感を持っていたものの、

それ以外の刀槍の類については正直ただの棒と大差ないと考えている。

だから上司がしみじみと話す当時の苦労などへも

そんな気の抜けたような返事しか出来ない。

楼京から空を飛んでその御手杵を運んできた羽膳の感想としては、

只々重かった……それぐらいだ。


「……ちなみにな、これと同じものを作れるかと妖精族の長老に

 聞いてみたんだがな」


「何と答えたのです?」


「作れないと言われた。こと武器に関しては人間は偏執的だと。

 妖精族とてこれと同じものを作れるようになるには……

 どうだったかな、後五十年とか、百年とかかかると言っていたな」


「それ程ですか……」


「当然、人間もその百年を遊んでいる訳ではないだろうしな。

 つまりは……武器の製作に関してはだ、

 魔族は人間に未来永劫敵わないという事だ」


呆れる。人間の業とはそこまでのものなのかと。


羽膳が知る妖精族というのは鍛冶に優れた種族だ。

かつての反乱に加担した代償として、手先が不器用な他種族の代わりに

この世界の鍛冶仕事の殆どを無償で担っていると聞く。

つまりは、この世界で最高の鍛冶職人の集団である妖精族がだ、

百年以上前に作られた武器の複製すらも出来ないという。


「もしかつての大戦で魔王様が人間共を倒していなければ、

 今頃奴等はこの世界を破壊しかねない程の

 武器をも作っていたのかもしれないな……」


その衛蒼の独り言を大袈裟だと笑う事も出来なくなった羽膳は、

ただ神妙な面持ちで黙し、次の言葉を待つ事にした。


「……退屈だったか?」


「些かも」


ばつが悪そうに聞く衛蒼の言葉にそう答えた。

別にこれは気を遣っての事ではない。

確かに武器の蘊蓄などには興味が薄い羽膳ではあるが、

それでも次に始まるであろう仕事の話よりはずっとマシだったからだ。


「ならいい。では話を戻すか……幕府からの援軍はいつ来る?」


「早ければ翌日には。遅くても後三日はかからぬかと聞いております」


「陣容は?」


「右衛門佐殿が百余名の魔王軍を率いて来るとの事です。

 士気に多少の不安はあれど、職務は十分にこなせるかと」


「それは何よりだ。では……他に幕府で得た情報などはないか?

 どんな細かいものでもいい」


「であれば……先程の武器の話の続きではありませんが、

 廃砦で手に入れた弓矢を落葉に調べてもらいました」


「ああ……あれか。何か分かったのか?」


「それが……ですね……」







「弓なんて見る機会自体が殆ど無いですからねぇ……」


そんな頼りなげな言葉と共に表情を曇らせる。

それが羽膳が弓矢を渡した際の落葉の反応だった。


それは侍所の詰所にて他の面々と情報共有をしていた時の事だ。

廃砦から持ち出した逆徒に繋がる唯一の手掛かりである弓。

だというのに落葉のこの反応で、羽膳も少々気落ちしていた。


「落葉に分からないようなら、他に誰に調べてもらえばいいんだ?」


「幕府に来てる妖精族ならまぁ、僕よりは詳しいかと思いますけれど……」


「……けれど?」


「羽膳さんも知ってるかと思いますが、妖精族はずっと昔の反乱から

 自分達の意思で武器を作るのは禁止されています。

 幕府や朝廷からの依頼があってはじめて、

 武器を作るのを許されているんです」


「勿論知ってる……ああ、そうか」


落葉が持つ懸念に思い至った。


「つまり、妖精族の誰もここ五十年近くは弓矢なんて作っていないのか」


「そうです。魔族はこういう複雑なの、苦手ですからね……。

 誰も注文しないんです。だから今はもう若い職人さんなんかは

 弓の作り方すら知らないんじゃないでしょうか?」


人間の次に巧みに弓が扱えるのは妖精族だったと聞いている。

『三大罪人』の一人、『百戎王』などは特にその技に秀でていたとか……。

その技も、そういう事情で既に失われて久しいという事になる。


「つまり……この弓について詳しい事が分かる者は

 魔族の中には誰もいない、という事になるのか」


「妖精族の長老ならまだ何か知っているかもしれませんが、

 それだけの為にわざわざ里まで出向くのもですね……」


「だなぁ……この忙しいのにそんな面倒なのはなぁ。

 もし行くとなっても羽膳に飛んで行ってもらうしかねぇよなぁ」


今の相槌は虎鎧のものだ。

虎鎧は確か妖精族の里まで行った事があると言っていたから、

大体の距離が分かるんだろう。

つまりは……虎鎧がもう一度行きたくはならない程度に離れている、

という事らしい。


「アンタはどんだけ羽膳にばっかり負担をかけるつもりなの!」


隣に座る虎鎧の頭に容赦なく平手を叩き込んでの言葉。

花南なりに羽膳の体調を気に掛けてか、虎鎧への当たりが強い。


「いってぇなぁ……分かってるよ。

 羽膳はこの後すぐ丹波国に戻るんだからそんな時間はねぇんだろ」


「ああ。こうしている間も逆徒が何をしてくるか……

 そう考えると一刻も早く丹波国に戻りたい」


まだ負傷の目立つ体で羽膳がそのように言うからか、

虎鎧も軽口を慎むように口を噤んで腕を組む。


「それならまぁ……今の時点で僕が分かる範囲でよければ、

 この弓から分かる事を言いますね」


弓の弦を弾きつつ、落葉は話す。


「何か分かるのか?」


「ああ、あんまり期待しないでくださいね。

 さっき言ったじゃないですか……

 弓なんてここ五十年はまともに作られてないんですよ」


落葉はもう一度弦を弾く。

ブゥンと大きく鳴る音が、その弦がまだ強く張られている証だ。


「だというのに、この弓は新しい。

 少なくとも五十年前に作られた物じゃないですね」


「ああ……確かに」


言われてみれば、である。

だが羽膳は弓というものの現物を見たのも初めてだからか、

その新しさにまでは疑問を抱けなかった。


「だとしたらこれは誰が作ったのか。

 逆徒が人間に作らせた……のかもしれませんが、

 つい最近まで牧場で農作業ばかり、弓なんて作った事もない子供達が

 こんなものを幾つも作れるものですかね……?」


「つまり何が言いてぇんだ」


「虎鎧さん、怖い顔で急かさないでくださいよ……。

 でも確かに時間もないので最後まで言っちゃいますね。

 我々魔族以外で最近まで弓を作っていた、と思われる人達がいるんです。

 いや、もしかしたら今も……沢山の弓を作っているのかも」


「えっと……それって、もしかして長門国の?」


「あ、花南さん、正解です。

 僕の仮説だとそうなります。長門国の人間の反乱でも、

 やっぱりこういった弓が沢山使われるもんだから

 魔王軍の皆様も随分と手を焼いてるんだそうです。

 恐らくこの弓もそういったものの中の一つだと思います」


「……逆徒は長門国の反乱と繋がりがある、と?」


もしそれが本当ならば、これまで逆徒の戦力を過小評価していた事となる。

たった一人の罪人の凶行ではなく、

組織だった反乱軍からの支援を受けているという事になるからだ。


だが、その後に落葉が語ったのはそれよりも更に恐ろしい仮説。


「というよりも、そもそも今回の逆徒の事件……」







「そもそも今回の事件は、長門国への援軍を阻止するために

 反乱中の人間達が引き起こしたものだ、と言うのだな?」


羽膳からの報告を受けた衛蒼は、そう言うと思わず頭を抱えた。

 

「はい。俺達はそもそも最初から間違えていたんです。

 長門国の反乱と今回の事件、偶々同じ時期に重なったんではなく、

 両方ともこの時期を狙って、起こるべきして起こっていたんです」


「とすれば、逆徒は長門国の人間達と面識があると」


「落葉の仮説だとそうなります。という事は……ですね」


「後は聞かずとも分かる。長門国には逆徒の持つ拘束魔術の知識が齎され、

 逆徒は人間達の持つ集団戦の知識や権謀術数の類を学んでいると」


「そういう事に……なります」


「なるほどなぁ……」


衛蒼は大きなため息を吐く。


「道理で、だな。

 今回の事件……分かりにくいと思っていたのだ。

 何故わざわざ人間の子供を盗むのか……それも百人も。

 何故『山嶽王』などという死者も同然の老人を呼んだのか。

 そして……何故逆徒当人は潜伏し

 街や守護殿に被害を与えるような事をしていたのか」


「魔族ならそんなまどろっこしい事はしませんからね」


「そうだな……どれも普通の魔族ならやらん。

 幕府や朝廷に文句があるなら直接殴り込むのが魔族のやり方だ」


「ですねぇ……」


昔ほどではないが、魔族……特に力の強い者はそういう傾向がある。

そんな風だから、魔族の法には濫りに力を振るう事を禁ずると

何度も何度も書かれていたりする。


「これは逆徒という魔族が起こした反乱ではなく、

 人間達が起こした反乱だと。

 そう考えればこれまでの疑問点にも答えが得られる。

 なるほどな……流石は落葉、侍所の知恵袋、と言ったところか」


「その言葉、新坂に戻ったら直接言ってやってください。

 きっと凄く喜びますよ」


「そうか、なら是非そうしよう」


そこで衛蒼と羽膳は笑い合う。

上司と部下、師匠と弟子の関係ではあるが、

楼京での二年間の生活で、この二人には友情に近い絆も生まれていた。

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