表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
138/198

百三十八話 延老と澄 その三

刀を手にしていないとはいえ、

子供の放つ矢などは素手であっても羽虫の如く払いのける事が出来る。


そんな延老だから子供達の持つ弓には微塵も恐怖を感じない。

だというのに……延老は今余裕を失いつつある。


(……目だ。あの目を前にしてどうして戦えるものか)


特に咲の瞳に顕著に現れたそれは、恐怖。

死にたくない、助けて欲しい、殺さないで欲しいと……

全身を震わせながら目で訴えている。


最初に会った時は勿論こんな瞳をしていなかった。

鹿野戸に戦えと命令されて、その行為の是非はどうあれ、

闘志と勇気に満ちた瞳で向かってきたものだ。

それが今はどうだ。あれでは碌に戦う事など出来はしないだろう。


そしてそれは延老とて同じ事だ。

命乞いをするような弱者などにどうして刀を振れるというのか……。


「ねぇ……私達は戦いに来た訳じゃない!

 それは分かるよね!?」


そんな三人の子供に対して澄は声を張り上げる。

威嚇を意図したものでは勿論ない。

だというのにその声に驚いたか、咲は番えた矢を落としてしまう。

指の震えが矢筈を持ち続ける事も許さないのだ。


「じゃあ……じゃあ一体何をしに来たんだ!?

 延老さんまで連れて来て……か、界武の敵討ちに来たのか!?」


「……界武君の?」


青の言葉に澄は困惑を隠さない。

というのも澄に会う頃には界武は既に自由に歩けるほどに回復していた。

背中を刺され川で溺死寸前まで溺れ、

生きるか死ぬかという状態だったと言われても到底信じられまい。


(界武君は……あの回復力もまた、恐ろしいと言うべきか)


それとも月陽の治癒魔術の効果か……。

とにかく気味が悪い程の速度であっという間に回復していた。


「界武君は死んではいませんよ。

 それどころか今は元気に新坂への旅を続けているかと」


運ばれてきた時の怪我の程度を考えれば、

青達が界武が死んでいると思っていても不思議ではないだろう。

ではまずその誤解から解かねばならない、

そう考えた延老は努めて優しい声色で皆に伝えた。


「え!?」


一際驚いたのは確か……鉄という名の少年だ。


「怪我……もう大丈夫なのか!?」


「はい。月陽君の魔術もありまして」


「そ、それならさ……俺の事は何か言ってなかったか!?

 お……怒ってなかったか!?」


主題とは離れた話題にも関わらず、鉄は随分と食いつく。

察するに、界武の話に出てきた後ろから刺した子供というのが

この鉄なのだろう。


「いえ全く。界武君は鹿野戸に刺された事すら全く気にも留めず、

 傍目にはちょっと理解に苦しみますが……

 どうにかして鹿野戸とそれに従うあなた達を助けてやりたい、

 なんて言っておりましたよ」


「え!? そ、そうなのか……」


まだ憎まれているとでも伝えた方が理解が及んだのだろうか。

鉄もそうだがその隣にいる青や咲すらも今の言葉に首を傾げている。

 

「えっと……私も!

 私も同じ! 皆を助けに来たの……分かる!?」


だが緊迫した雰囲気は確かに弛緩した。

これが好機と澄が再度子供達に訴える。


「助けに……どういう事?」


「私達は死ななくてもいいの! 生きてても大丈夫になる!

 だから……私の話を聞いて!」


「し……死ななくても、いいの?」


少女二人が目を合わせ、一体どんな感情を共有したのか。

共に瞳に涙を浮かべ感極まっているように見えた。

そしてその二人を見た青と鉄の両名が弓を下ろした頃には、

あちこちに隠れていた子供達がそろそろとその場に集まって来ていた。







「じゃあ……俺達は先生を裏切って

 延老さんと一緒に行動すればいいのか?」


「う……裏切る訳じゃない!

 ただ、戦いたくない子まで戦わせるのは間違ってると……思うの」


「でも、俺達は先生に命を救われたんだ。

 そんな俺達が先生に逆らっても……」


「それはそうだけど、でも……」


場所を移して今は関所にある建屋の一室に集まっている。

ここの留守を守っていたと思われる子供達が十人程度、

それが澄を囲んでその話を聞いている。


部屋の隅から遠目に眺める延老にもその内容は聞き取れる。

議論が白熱しているせいか、子供達が延老に聞かれる事も躊躇わず

声を張り上げているからだ。


話の筋は以前集落で聞いたものと大して変わらない。

命を浪費するような今の戦い方を止めるべきだと。

そして戦いを望まない子供達にまでそれを強いるのも止めようと……。


(こんな話を聞く子などそうそういないと思ったが……)


延老は澄の説得の効果を疑問視していた。

鹿野戸が率いる子供達を何度も見てきた延老だから、

そんな説得が簡単に通用するような子ばかりではない事は熟知していたからだ。


(界武君……彼のような特殊な境遇の子、その存在自体が持つ説得力。

 それこそが子供達の心に届いたのだ。

 そう考えると、申し訳ないが澄君には多少荷が重いと……)


ここで延老は気付いた。今の考えが予想というよりもむしろ願望に近い事を。

説得に失敗したとなれば、澄もここの子供達を連れて行くのを諦めるだろう。

そうすればまた鹿野戸を追う事が出来る。

ただの戦士のままでいられるのだ。

そういった思いが延老の心に眠っていたのだ。


「俺達はさ、先生の下を離れても死ぬしかないんだよ。

 そもそも魔力が違うんだ! すぐに食べられて終わりなんだよ!

 人間は弱いんだ! 俺達のような子供は特にさぁ!」


「そうだよ! だから、だから……

 やっぱり先生の言いつけを破るなんて絶対無理!」


延老の知らない少年と少女が悲鳴に近い声で訴える。

子供達の議論の内容には左程興味の無かった延老にも、

その言葉には少し引っかかる所があった。


「……なぁに、それ!」


だがそんな延老よりも強く反応したのは澄だ。

澄はこれまでは声を張り上げる事があっても怒りからではなかった。

子供達に自分の意見を少しでも分かってもらいたいという

真摯な思いから出た大声だった。

でも今のは違う。明らかに澄は怒っていた。


「人間が弱いって何!

 先生にも聞いたでしょ! 人間は本当は強いんだって!

 昔は人間がこの世界を……」

「でもそれは昔の話でしょ! 今は違うじゃない!

 私達……結局、破裂しないと毛人を倒す事なんて出来ないって……」


少女二人が取っ組み合いでも始めんばかりに睨み合って口論している。

延老としてはこの話題、澄の方がやや分が悪いように思えた。


(そう。大戦前ならともかく、このご時世に人間の……

 しかも子供が魔族と張り合おうなど……)


「それは違う! 界武君は違った!」


少女の甲高い大声に、延老は思わず声の主の方を見た。


「界武……あの、青達を連れて来てくれた子……」


澄と言い争っていた少女も界武と面識があったのか、

界武を知らない訳ではないようだった。


「そう! あの子は毛人達に囲まれてても決して物怖じしてなかった。

 強いんだ……あの子は!

 だからって、私達の代わりに戦ってくれる……

 この世界を変えて見せるって、そんな風に言ってくれた!」


「界武が……そんな事を……」


そう呟いたのは鉄。


「言ってくれたよ! 私達が食べられないようになるまで……

 私達が毛人を憎まなくてよくなるようになるまで……

 ずっと戦ってくれるって、言った!」


「そんなの……そんなの無理だよ」


その涙声は先程まで澄と言い争っていた少女のものだ。


「無理かもしれない……でも、出来るかもしれないじゃない!

 少なくとも私は、あれを聞いて期待しちゃった。

 界武君なら出来るんじゃないかって……

 そしたら私ももう辛い思いをしなくていいんじゃないかって……

 安心しちゃった……!」


「……俺と鉄、咲の三人は界武が毛人と戦ってた姿を見てる。

 強かったよ、本当に……。

 鳥の毛人に勝てるんじゃないかってくらいに追い込んでた」


その青の言葉に鉄と咲は強く頷く。


「俺達はさ、人間の子供だから毛人には敵わない。

 だからこの身を破裂させる事ぐらいでしか一矢報いれないって……

 あの時までは思ってた……諦めてたんだ」


「……今は違う?」


「ああ、澄さん。

 界武だって俺達と変わらない牧場育ちだって言ってた。

 だけど必死に魔術を磨いて、それで毛人と戦ってきたんだって……

 戦いで勝った事もあったんだって言っていた。

 それならさ、俺達も出来るんじゃないかって……」


そこで青は言葉を止め、大きく息を吸う。

その次の一言を吐き出すのにはそれ程の力が要るのだ。


「俺達も鍛えれば強くなれる……

 毛人と戦う事が出来るんじゃないかって、今は思ってる」


その言葉の後に訪れたのは沈黙。

皆々それぞれ考えているのだろう。本当に自分達が強くなれるのか。

食べられずに生きていける未来が待っているのかと。


「でもね……私は戦いたくないって子までは

 無理に強くなる必要はないと思う。

 やっぱり戦いたくなんてないよね。

 毛人に正面から戦いを挑むのなんて……私だって嫌だし」


「えっ!? で、でも……」


先の沈黙が子供達の気を落ち着かせたのか、

今の澄と少女の声などは延老も耳をそばだてないと聞こえない。


「界武君も言ってた。戦いたくない子達の代わりに自分が戦うって。

 つまり他の誰かの代わりに戦える人がいるのなら、

 その誰かは戦わずによくなるんだって……。

 でも……でもね、あれ……私、正直悔しかった」


「悔しかった?」


「うん。あれを聞いて、ああ、私はもう戦わなくていいんだって……

 そう思って安心した自分が、悔しかった」


澄は足元に置いていた脇差を掴む。

延老が預けていたそれを両手でしっかりと持ち上げて、

更に言葉を続ける。


「私は戦うのが嫌い。でも……それでも本当は、私も強くなりたかった。

 皆を守れるぐらい強かったら……そしたら、

 こうやって皆を悩ませる事なんてなかった!」


澄は脇差をその鞘から引き抜く。

息を飲む子供達の前で、その柄を両手で強く握り構えた。


「これは刀……そこにいる延老さんから預かった武器。

 昔はね、これを使って人間は戦ってたって……延老さんから聞いた」


そして澄は構えを解き、

その刀身を顔に近づけ微笑むような表情で見詰めた。


「私ね、戦いは嫌いだけどこの刀は好き。

 私みたいな臆病な子供でも、これさえ持てば強くなれる気がするから」


澄は再度子供達へと向き直る。

その表情を見た時、延老は心臓が跳ねた音を聞いた。

そこに……僅かながらも武士の面影を見たからだ。


「ねえ皆……。私はまだ弱い。

 だけどさ、これから強くなるから……

 皆を守れるぐらいに強くなるから!

 だから、私に付いてきて欲しい!」


(あの臆病に見えた少女が……ここまで言うようになるのか)


界武は鹿野戸やこの子達を助けたいと言った。

その時は難色を示した延老ではあったが、ここに至ってようやく気付く。


(そうか……。鹿野戸との戦いとは、

 奴を斬って終わりというものではなかったのか)


「勿論先生の指示に逆らうのは嫌っていうのも分かる。

 でもね……私はね、これも先生の為なんだって思うの。

 知ってるでしょ? 戦いがあって、私達の中の誰かが死んだ時、

 先生は本当に悲しそうに……私達の誰よりも悲しそうに泣くの。

 だから私は……そんな悲しい事から先生を助けてあげたい」


「助けるって……どうやって?」


「強くなる。それで私達だけでも戦えるようになって……

 それから、先生に言うの!

 助けてくれてありがとう。でもこれ以上悲しまなくていいって。

 私達は先生の魔術に頼らなくてもいいぐらいに強くなったって!

 だから私達の手で人間の世界を作ってみせるって!」


澄の持つ脇差の刀身が震えている。

持ち主の高揚をその身で受け取ったかのように。


「その為に……皆が幸せになる為に!

 私と一緒に来て……お願い!」


見れば、子供達が皆泣いている。


「しあわ……せ……」


そう呟いた咲などは、両腕で目を拭う先から

また涙が溢れてしまっている。


(この子達に救いが齎されなければ、

 反乱が鎮圧された、とは言えぬのか……!)


そうだ、たとえ今鹿野戸を斬ったとしても、

この子供達の誰か一人でも生き残れば、そこから次の鹿野戸が生まれるのだ。

そうして人間と魔族の戦いはひたすら凄惨な道を歩み続けるしかなくなるのだ。

だから……界武は自分が殺されかけても尚、助けたいと思ったのだろう。


延老はここに来て遂に覚悟を決める。


まだ鹿野戸は斬れない。癪ではあるが……

だが、この子供達を鹿野戸から独り立ちさせたその後でなければ

鹿野戸を斬っても意味が無いのだ。


(ならば、私の役割も自ずと決まってしまうな……)


一人でも多くの子供達を救い上げ、鹿野戸から引き離す。

その上で朝廷と幕府の同士討ちを防ぎきって……最後に、鹿野戸の心を折る。

それが、この反乱鎮圧のただ一つの正解であり、

延老はその為の一助に徹しなければならない。


何故なら鹿野戸の心を折れる者は延老の知る限りただ一人しかおらず、

そしてそれは延老自身ではないからだ。


「……澄君」


傍観者に徹していた延老が言った。


「えっ!? な……何ですか!?」


「その刀は差し上げます。大事に使ってください」


「え……!?」


澄も、彼女を囲む子供達もその言葉の意味するところが分かっていない。

だから延老は重ねて伝えた。


「他の皆さんも、刀の扱いでよければ私がいくらでも教えましょう。

 気にする事はありません。私の剣技は元々貴方達人間のものでしたから」


(しかし……ここからはただの力押しが通じぬ戦いとなろう。

 さて……どうしたものか……)


刀を振らずに鎮めねばならない反乱。

老いた身でそんなものの渦中にいるのだと知った延老は、

喜ぶ子供達を宥めながらも人知れずぼやくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ