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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百三十五話 興醒め

「……熊は?」


「えっと……それがな、熊……いなかった」


今夜の夕食も昨日と同じ御馳走にありつけると思っていた月陽、

ご機嫌斜めである。


というか……あの甘い味の大本は石英さんが提供してくれた

お酒なんだと思うんだ。だからあれさえあれば猪の肉でも同じ味が……。

だが肉食派の月陽は俺のそんな理屈を歯牙にもかけない。


「あ~! 私は山菜こんなにいっぱい取ったのになぁ!

 山菜こんなにいっぱい取ったのになぁ!」


二回言われた。重要な事だったようだ。

月陽が言うように、確かに山菜はかなりの量が採れている。

私がこれだけ頑張ったのにお前は何をしていたんだ、という事らしい。


「いやでもさ、一応猪は一匹捕まえて……」

「熊獲ってくれるって言った!」


月陽は頬を膨らませる。

……うん、今回は全面降伏以外の選択肢は無さそうだ。

今後は安請け合いは絶対に避けよう。特に、月陽からのはだ。


「ああうん、言った……かもなぁ」


「でしょ!?」


「うん……ごめんな。また今度頑張るよ」


「絶対ね!」


「……絶対はどうかなぁ。でも、全力で頑張るからさ」


その後は終始言葉を濁して会話を終えたんだった。

それが今日の夕食前……。『山嶽王』が目を覚まし、

状況が緊迫しつつある筈なのに、月陽はあまりにいつも通りだった。


もっとも、後にして思えばこれは不安そうにしていた俺を励まそうと

無理に明るく振舞っていたからなのかもしれない。

月陽はそんなところがある。自分が自分らしく振舞う事で

俺達の心が和らいでいくんだと本能的に知っているかのようだった。







だからその次の日、朝食を済ませて『山嶽王』の治療を

再開するという段になっても月陽はいつものようにと振舞っていた。

既に『山嶽王』が意識を取り戻していて……

自分が人間だと看破されているのにだ。


「こんにちは石英さん。じゃあまた治療するねぇ!」


その元気な挨拶に、石英さんは戸惑いの表情を浮かべるばかり。

そりゃあそうだ。昨日俺達が人間だとバレて一悶着あってから

石英さんは夕食にも顔を見せなかった。

つまりはあれから一度も顔も合わせていないんだ。


そして『山嶽王』はというと……

胡坐をかいてこの円錐屋敷の中央に鎮座している。

地べたに何も敷かず座っているだけというのに、

ここが王座だと言わんばかりの迫力だ。


目を合わせたくない……。

そう思いながらも俺は仕方なく顔を上げる。

月陽の安全の為にも、ここで目を逸らす訳にはいかないんだ。

そうやって見上げた『山嶽王』の視線は……

俺の後ろの偉丈夫に向いていた。


「……お前、『悪鬼』の奴の血族らしいな」


『山嶽王』の低い声がこの屋敷内に響く。

俺は勿論、流石の月陽も作った笑顔を維持出来なくなっている。

だが遠鬼は……心臓三つあるんじゃないかってぐらいに動じていない。


「生憎と、そうなっている」


この男は嘘を付かないんだから、本当に『悪鬼王』の血族である事を

良くは思っていないらしい。

しかし、そうは言っても『山嶽王』にしてみれば『悪鬼王』は

戦友のようなものじゃあないんだろうか?

それをそんな風に悪し様に言うのは挑発にも繋がる……

とは考えないんだろうか?


(いや、もしそう思っていたとしても

 相手を挑発するのなんて何とも思わねぇ奴だったなぁ……)


太々しいにも程があると思う。

いや……でも俺だって大抵の魔族相手なら動じない自信はある。

だけどここにいるのは、その魔族の中でも最強、

最悪と呼んで差し支えない実力者だ。

誰であっても多少の動揺ぐらいはするだろうに……。


(まあ……この神経の太さの理由も

 何となくは分かってるんだけどな……)


経験があるんだ。『山嶽王』と同等、

もしくはそれ以上の相手と対峙した事が。

どうしてだろう……今はそれが無性に羨ましい。


「で、『悪鬼』の奴はどうしておる?」


昔の記憶しか残っていないからか、

『山嶽王』はここにいる俺達よりも『悪鬼王』の事を聞こうとする。

俺と月陽はそんな奴の事は全く分からないからと遠鬼を見上げる。


「死んだ」


「……まさか。奴を殺せる者などおらん。

 何故死んだ……病か?」


「……殺した。俺が」


その言葉には遠鬼には珍しく感情が乗っていた。

どことなく怒っているような……そんな口調だった。


自分の住んでいた村を滅ぼした、そこまでは俺も聞いている。

だから遠鬼が『悪鬼王』を殺したと聞いてもそこまでの驚きはない。

だけど……。


(こいつ、自分の家族まで殺してたのか……)


俺はそこで今更ながらに思い知る。

この世界は強さの為になら親兄弟でも殺す奴がいる。

それが……魔族の戦士とかいう度し難い生き物で、

そんなのが睨み合うその場に二人、俺と月陽は立っているんだと。


「お前如きに奴が殺せるのか?

 あれは私とて殺し方が分からんような奴だぞ」


「……あの男の事はどうでもいいだろう。

 お前が何と言おうが既に死んでいる。で、今はお前の件だ」


「私の……? 何の事だ?」


「そこの巨人族の女から聞いていないのか?

 ……さっさと怪我を治せ。で、俺と戦え」


『山嶽王』が不服そうに遠鬼を見下ろす。

あの遠鬼といえど『山嶽王』の前では子供のように見えてしまう。

だからだろうか、我儘盛りの子供を持て余す大人のように見えなくもない。


「……何故お前の為に怪我を治さんといかん。ふざけるな」


そして遠鬼に貼り付けていた視線を石英さんに戻した。


「こんなガキの相手をしろというのか、魔王よ」


「いえ、あのその……この方は『同族殺し』と呼ばれている

 高名な戦士なのですが……」


「『同族殺し』!? そんな物騒な名は聞いた事が無いわ!

 本当か、魔王よ……!」


「ほ、本当です!」


「……どうにも信じられん。こんなガキがか」


その若さからか散々な言われようの遠鬼ではあったが、

別段気を悪くしたような反応は見せない。


「……とにかく怪我を治せ。それからでないと何も始まらん」


手負いの相手に無理強いはしたくないのか、

遠鬼もそこまで強くは出ない。そうやって月陽に治療を促す。


「あ、じゃあえっと……治療始めたいんだけど、

 石英さん……おじいさんに近づいて大丈夫?」


明るい表情を作ろうとしてはいるが

不安を隠しきれない月陽を見て不憫に思ったか、

石英さんは月陽に笑顔を返してから神妙な声で『山嶽王』にお伺いを立てる。


「……『山嶽王』様、よろしいですね?」


月陽が人間ではあるが、治療の為に危害を加えるな、

という事なのだろうが……。


「それよ、魔王」


『山嶽王』は月陽が近づくのを制するかのように、

自分の膝をバシンと平手で叩き、そう大声を出した。


「な……何が、ですか?」


慌てて問い直す石英さんを尻目に、今度は遠鬼を睨みつけた。


「この『同族殺し』とやらはなぜ人間の子を連れている?

 ただ食らう為に連れてるようには見えん。

 そうだ、それならあんな額当てを付けてまで守ったりするものか」


「え!? えっと……いやそれは……」


狼狽える石英さん。

そりゃあそうだ、石英さんはその問いへの答えを持たない。


(ちなみに、月陽に額当てを付けたのは俺なんだけどな……)


この場の混迷を更に深めようとも思わないので口には出さないが。


「『山嶽王』、俺が人間を連れていたとして、

 何故お前がそうも気を荒立てる?

 大人しく治療を受けろ」


遠鬼は相変わらず言いたい事しか言わない。

そのぞんざいな言葉に『山嶽王』は更に怒りの度合いを増していく。


「そういう所だ……!

 何故魔族の戦士が人間と慣れ合うのだ!?

 どうして人間の治癒魔術など受けねばならぬ!?

 そんな腐った考えでいるからお前の強さを信用出来んのだ!」


……なるほど。『山嶽王』は治癒が必要だとは理解していても、

人間の手を借りたくはないのか。


「腐っている? 何を馬鹿な事を。

 俺は掟に従い弱者を敵としないだけだ」


「人間を庇う愚か者が掟を口にするか……!

 ふざけるな! 人間は掟の通用しない狡猾で残虐な生き物よ!

 あれに情けをかけるような恥知らずが、掟を語るな……!」


「……『山嶽王』、お前の時代はそうだったかもしれんが、

 今の人間は生憎とただの弱い生き物だ」


「私の時代だと!? 何を訳の分からぬ事を……!」


「訳の分かってないのはお前だけだ、『山嶽王』」


一触即発。まさにそんな感じに遠鬼と『山嶽王』が睨み合っている。

俺と月陽は治療に来ただけだというのに……

どうして、こんな場に巻き込まれなきゃならないのか。


「これは埒があかんな……そうだ、魔王よ」


「はっ……はい、何ですか、『山嶽王』様?」


「人間の治療なぞ受けずともこの傷をたちどころに癒す術がある。

 いやそれどころか、私が今よりも更に強くなる……そんな術がな」


「それは……まさか」


石英さんが『山嶽王』に向けていた笑顔が引き攣る。


「まさか? 何故まさかなのだ?

 魔族なら誰しもが思いつく当たり前の術だ。

 ……そこの小娘を食わせろ。治癒魔術の効果を見れば分かる。

 あれは……潤沢な魔力に満ちた最高の馳走よ」


その言葉に、俺は勿論遠鬼からも不穏な空気が立ち上る。


「これを食らえばあの衛蒼の奴も力で押しきれるかもしれん。

 それ程に強くなれる可能性がある。だからこの小娘を食わせろ、魔王。

 あの他の人間達と違って死んでも爆発せぬのだろう、これは……」


石英さんから食べるなとは指示されているんだろうが、

危害を加えるな、とは言われていないのかもしれない。

『山嶽王』はその痩せ細っていながらも巨大な右手を

月陽の下へと差し向ける。


銀の稲妻が一閃。『山嶽王』の右手を弾き飛ばす。

空いた左手で月陽を脇に抱え込むと、

俺は後ろに大きく跳んで距離を稼いだ。


「か、界武君……」


月陽の涙ぐむ瞳が俺を捕らえる。

気丈に振舞おうと頑張っていたんだろうが、

流石にあの場で涙を堪えられるほどには月陽は気が強くない。


「……何をした、小僧?」


その表情から見て取れる。

俺の渾身の一撃をその痩せた右手に受けながらも、

『山嶽王』はそれを痛がってすらいない。

ただ月陽を捕まえるのを邪魔された苛立ちを示すのみだ。


……『山嶽王』は強い。

俺の全力でも足止め程度も果たせない。

だがそれでも、月陽を泣かせたあの巨人を許す気は毛頭無かった。


次弾を打ち込もうとした俺の視界を遠鬼の背が遮る。

その広い背を俺は何度も見てきた筈だ。

だけど……それは今まで見てきたどの背中とも違っていた。


異常なまでの筋肉の隆起に、

そのボロボロの上着がはちきれん程に引っ張られている。

背中の筋肉が、まるで別の生き物かのように膨れ上がっていて……

一目で分かる程に、眼前の男は臨戦態勢だった。


「……『山嶽王』よ。お前は月陽を食えば強くなり、

 あの衛蒼にも勝てると言うんだな?」


遠鬼の声色は普段と変わらない。

だというのに……その背中が怒りに震えている。


「勝てるな。勿論お前も相手になどならん。

 だからそこをどけ。その小娘を食わせろ!」


『山嶽王』が吠える。

それを聞く月陽が可哀想になるくらいに震えて涙を流すもんだから、

俺は思わずその耳を塞いだ。


「……あの男からお前の事を聞いていた。

 戦う機会があるのならと楽しみにもしていたが……興醒めだ」


「……何だと!?」


遠鬼の怒りに呼応してか、『山嶽王』も怒りに震え始めている。


「衛蒼……あんな馬鹿野郎に勝つ為に人間を食わねばならんというのなら、

 『山嶽王』、お前は弱い。そのままなら戦う価値すら無い」


世界最凶の大罪人を前に、遠鬼はとんでもない事を言い放つ。


「私が、弱いと、言うのか……!」


反乱まで起こしたという『山嶽王』だ。その自尊心も相当なものだと思う。

それがこうまで罵倒されては……もうその怒りに地まで震えているかのようだ。


(いや……ようだ、じゃねぇ! 実際に地が震えてやがる……!)


そして震えているのは地だけじゃない。

木を縦に並べて簡素に組み上げただけの円錐屋敷も

ピシピシと悲鳴を上げていて、今にも崩れてしまいそうだ。


「弱い。断言するがお前は俺に勝てん。絶対にだ。

 そうと知ってそれでも俺を倒して月陽を食べるというのなら……」


遠鬼が担いでいた金棒を掴み、無造作に振り下ろす。


「やってみればいい。だが無理だ。何も出来ない。何も為せない。

 ……何だその顔は? ひょっとして理由が知りたいのか?

 さっき言ったんだがな……ただ、お前が弱いからだ、この木偶の坊が」


「お前は……魔王よ! もういい! 今ここでこの男を殺す!

 いいな……!」


「えっ!? あ、あの……!」


石英さんの困惑の眼差しが遠鬼に向けられる。

一瞥もせず、遠鬼は言う。


「構わん、命令しろ。その木偶の坊に俺を殺せと言えばいい」


その遠鬼の言葉で闘争が始まる。


……そして俺は思い知る事になる。

地を震わせていたのは、はたして『山嶽王』の怒りだったのか。

それとも……遠鬼の闘争心ではなかったのだろうか。

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