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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百三十三話 裏切り

石英さんとの会話から一晩明けたその朝の事だ。


「相変わらず……難しい事を考えるな」


胡散臭いと冷ややかな視線を俺に向けて遠鬼が言う。

その難しい事を考えさせた本人がそれを言うのだから

俺とて文句の一つも言いたくなる……だけど、ここは我慢だ。

一応、頼みごとをしているのはこっちの方だから。


「難しい事なんてないと思うけどなぁ……。

 お前が言った通り、『山嶽王』が倒されたら石英さんは子供達を

 これ以上世話する理由がない。だから理由を俺が作るんだ。

 石英さんを鹿野戸さん陣営から引き抜いて、俺達の仲間にするんだよ!」


「……どうして?」


「そりゃ当然……ここの子供達をこの後もずっと守ってもらう為だよ。

 巨人の村じゃ村長も同然の立場だったそうだから、

 その辺の知恵もあるしさ。何より人間に対する差別偏見が無い!

 これ以上ない適任者だろうが」


「適任者かどうかは分からん。

 だがあの女は鹿野戸とかいう奴の弟子なんだろう?

 それをどうやってお前は引き込む気だ?」


「それもさっき言っただろう。

 石英さんは鹿野戸さんに従って『山嶽王』を戦わせる事には成功した。

 だけどさ、今の『山嶽王』は昔の事しか覚えてないってさ。

 戦い方も昔のままで石英さんが知ってるのじゃないっていうんだ」


「……だから?」


この辺りの事を説明したのはこれで三度目だが、

それでも遠鬼はよく分からないと首を傾げる。


「だからじゃねぇよ。そこでお前の出番だよ!

 遠鬼、お前がどうにかして石英さんの知る

 呆けてない時の『山嶽王』の戦い方を引き出すんだ!」


「……何故?」


どうやってとは聞かず、何故と問うのは遠鬼らしい。

やろうと思えば出来る気でいるのだ。そういう所はちょっとだけ頼もしい。


「石英さんはなぁ、石英さんの事すらも全く覚えていない、

 しかも全く知らない戦い方をする『山嶽王』を見て

 おかしいと感じてるらしいんだ。

 石英さんが戦って欲しかった『山嶽王』はこんなんじゃないってさ」


「……まだよく分からんが、つまりは何だ。

 『山嶽王』の戦い方が二つあるんだな?

 一つは反乱時にやっていたような巨大化して戦う方法、

 もう一つは反乱後、巨大化の魔術を封じられた後に身に着けた、

 巨人族の女が知っている方法」


「そう……そうだよ! 『山嶽王』にはな、

 その反乱時の戦い方と反乱後の戦い方の二つがあるんだよ!

 何だよ遠鬼、何度も聞き返すから不安になってたけど、

 そこまではちゃんと理解してるんじゃないか」


「これだけ聞いて、やっとそこだけは分かった」


遠鬼は疲れ果てたという感じにぐったりと項垂れた。

分かってはいたが、遠鬼は考えるのを苦手としているようで

そこまで理解するのにも相当頭を酷使したらしい。


「繰り返すけど……石英さんはさ、その反乱後の戦い方をする

 『山嶽王』しか知らないんだ。

 だから今の巨大化して戦う『山嶽王』に違和感を持ってる。

 もっと言うとがっかりしてる。

 だからここが俺達のつけ込む隙だ」


「隙……ねぇ」


「そう……隙だ。反乱後の戦い方をする『山嶽王』が戦ってさ、

 それで……死んで、初めて石英さんは満足出来るんだ。

 だから俺はそういった戦いが出来る相手としてお前を推薦する。

 そしてその条件として、鹿野戸さんから離れて俺の側に付いてもらう。

 それでこの後もずっと子供達を守ってもらうんだ!」


「分かったような……分からんような……」


そう言いながら首を左右に傾げる遠鬼。

……これは分かっていないな。

でもそれでも構わない。俺と遠鬼の利害は一致してるんだから、

後はとにかく言葉で押し切るんだ。


「石英さん側の事情が分かりにくいのかもしれないけどさ、

 お前はとにかく『山嶽王』と戦ってくれればいいんだ。

 そして、どうにかして『山嶽王』のもう一つの戦い方を引き出すんだ。

 俺はそこまでする理由、よく分かんないけどさ……

 強くなるために相手の強さを全部引き出すんだろ?

 それがお前の戦い方なんだろ!?」


実際に目にした岩童との戦い、後から遠鬼自身から聞いた羽膳との一戦。

どちらも遠鬼は相手の最強の一手を引き出して

尚それを打ち破るという戦い方をしていた。


俺が期待したのはそこだ。

話に聞く幕府管領はそんな事をする気は無いだろう。

延老さんも……出来たとしても今の怪我が癒えていない状態じゃ難しい。

だけど遠鬼ならどうだ。こいつなら必ず……

『山嶽王』の強さの全てを引き出して、それでも勝とうとするだろう。


「だからこそ、次の『山嶽王』の相手にはお前は打ってつけなんだ。

 お前だって『山嶽王』と戦いたくてここまで来たんだろ?

 だったら俺の言う事に反対する理由は無い筈だろうが」


「言われてみれば……そうかもしれんが……」


遠鬼は混乱している。言い包めるまでもう少しだ……。

そう感じた俺はさらに追い打ちをかける。


「それにな、石英さんとしては『山嶽王』にはまず幕府管領と戦い、

 その後は……どうも延老さんと戦って欲しいって言われてるらしいんだ。

 分かるか? このままだとお前はその後……三戦目の相手となっちまう」


「……それは困るな」


遠鬼としては自分の番が回ってくる前に『山嶽王』の命数が尽きる、

なんて事はどうしたって避けたいだろう。


というか、そもそも遠鬼はここに来てから

石英さんに『山嶽王』と戦わせろとは言っていないらしい。

いや、石英さんも岩童からその事を聞いてはいるから

遠鬼が戦いを望んでいる事自体は知っていたのだが、

そんな調子だと先約の方を優先するだろうに……

遠鬼はそんな当たり前の事をよく分かっていなかった。


「だろう? ここで俺の出番だ。俺は石英さんにお前の事を推薦する。

 お前ならきっと『山嶽王』の反乱後の戦い方を引き出してくれるってな。

 するとどうなるか分かるか?」


「……俺が最初に戦えるようになるのか?」


「そうだ! どうだ遠鬼、お前にとってもいい話だろう!」


「そうだな……それは確かだ」


そこまで言って、遠鬼は諦めたかのように大きく息を吐いた。


「分かった、異存はない。

 界武、お前のやりたいようにやれ。

 俺は『山嶽王』と戦えるなら他の事はどうでもいい」


そして遠鬼は考える事を放棄した。







その話し合いの後朝食を挟んでから、

俺と遠鬼立会いの下で月陽の治癒が再開した。

場所も昨日と変わらずの木で作った円錐の中。

日差しがあまり入らないので昼だというのに薄暗いが、

それでも『山嶽王』の横たわる巨体はちゃんと見える程度には明るい。


『山嶽王』の枕元には昨日と変わらず石英さんが座っている。

その眼差しは昨日と比べれば不安が晴れているようだ。

確かに、『山嶽王』の身体の至る所に刻まれていた実体のない傷跡が、

その数を半分程度まで減らしている。

普段からその恩恵を受けている俺は分かっているつもりだったが、

こうして実際にその効果を目の当たりにすれば、

月陽の治癒魔術がいかに効果が大きいか、それが良く分かる。


「月陽、昨日から続けてだけど……疲れていないか?」


正確にはここに来るまでにもずっと俺に治癒魔術を使っていた月陽だ。

その疲労が残っていないか少し心配だった。


「ううん、大丈夫! 界武君が昨日熊を取って来てくれたからね」


「そういえば……結構食べてたな」


甘い煮汁と熊肉の組み合わせは月陽にとってもご馳走には違いなかった。

その肉好きを知っていた俺でもちょっと食べ過ぎを心配するぐらいには

月陽は食べていた。


「そう! だから大丈夫!」


にこりと笑うその歯の隙間に熊肉らしき肉片が見える。

……どうやら朝も食べていたようだ。


「なら……任せたぞ。『山嶽王』を治してやってくれ」


一つ頷いて月陽は『山嶽王』の胸元に座って両手をかざす。

そしてそのやり取りを聞いていたからか、

石英さんが俺達に向かって小さく目礼をしてくれた。







「……石英さん」


月陽による治療が数刻と過ぎた。

月陽の集中力を散らすまいと黙してそれを見守っていた俺達ではあるが、

流石にそろそろ話をしたくなってきた。


「何ですか、界武さん?」


石英さんなりに小声で話そうとはしているんだろうけど、

それでもやっぱり俺にしてみればその声は大きい。


「昨日の話……遠鬼は承諾してくれたよ。

 石英さんの知る『山嶽王』を引き出せるように戦ってくれるって」


石英さんが驚きの表情で遠鬼を見た。

遠鬼はそれに全く反応を示さず、ただ黙々と月陽を見守っている。


「……本当、なのですか?」


遠鬼のあまりの無反応に不安になったのか、石英さんが聞いてくる。


「本当だって……そうだな、遠鬼」


「そうだ」


遠鬼は石英さんに視線を向ける事すらせずに、ただ言葉で肯定した。


「そう……ですか……」


そんな煮え切らない返事が来たが、石英さんの表情や声から察するに、

多分……凄く喜んでいると思う。

垂れがちなその目尻が頬がほころんだせいで上がっているし、

小さくしようと努めていた筈の声が、大きくなっているからだ。


「では私は、『山嶽王』様の傷が癒えたら……

 先生の指示に逆らって遠鬼様と戦うように計らえばいいのですね」


「そうなる。後……昨日も言ったけどさ」


「分かってます。先生の下を離れて子供達を守ればいいのですよね。

 これ以上戦いで命を落とす事のないように……」


「そう……だけど……大丈夫?」


鹿野戸さんへの裏切りを唆すような……いや、実際その通りなんだけど。

そんな自分の行為に後ろめたさを感じてそう聞き返しては見た。


だけどそんな俺の不安を払しょくするかのように、

石英さんは優しい笑みでこちらを見返した。


「私はそれで構いません。

 先生に恩はあります。その宿願を叶えてあげたいとも思います。

 だけど……」


石英さんは遠くを見るかのように視線を上げる。

……思い出しているんだ。守護を襲撃したその時を。


「だけど、あれは人の死に方じゃあありません。

 あんな死に様を何も知らぬ子供達に強いるような戦いは……

 私は、賛同出来ないのです……!」


石英さんの眉が上がる……怒っているんだ。

その無惨な死に方と……多分、そうせよと指示した自分自身に。


そして、その怒りからか思わず上がった大声に、

月陽がちょっと驚いた、という風に石英さんを見上げ……

その時、聞いた事のない声がこの円錐の中に響いた。


「……うるさいぞ。おちおち寝てもいられんわ。

 そして……ここは何処だ、魔王よ」


初めて聞くその暗く重い声。その元を辿って視線を下げる。


『山嶽王』。ここに横たわる伝説の罪人の眼が……開いていた。

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