百三十一話 熊と猪
適当に森を探し回っては見つけた猪を魔術で仕留める……
遠鬼と一緒に猪を獲った経験しか無い俺には、
それが狩りというものだった。
だがこうしてここの子供達の狩りに付き合ってみれば、
俺が遠鬼に教わったものなんかよりもよっぽど洗練しており、
これまでの俺のしていた狩りが少し恥ずかしく感じるくらいですらあった。
「京、連絡に来たぞ。一匹中くらいの猪を見つけた」
先程こっちに走って来た少年がそう報告する。
キョウ……というのはその報告を受けた方の少年の名前だ。
この京がここでの狩りを統率しているらしく、
狩りの指揮全般や獲物を仕留める役を担っており、
その獲物を探すのはまた別の者の仕事、なんだそうだ。
「それはいいな、陣。雪の方も一匹見つけたってさっき連絡が来た」
「大きさは?」
「かなり大きいってさ」
「じゃあ大が一匹に中が一匹か……。
弓足りるか? 仕留めるの大変そうなら俺もこっち回ろうか?」
「いや大丈夫。大変そうならここの界武さんが手伝ってくれるんだそうだ。
だから陣は追い立てる方をしっかり頼む。
しばらくしたら雪の方と合わせて一斉にこっちに追い込むんだ」
「分かった。じゃあ合図頼むな」
それだけ言葉を交わすと、連絡役のジンと呼ばれた子が
足早に元いた場所へと去っていく。
その小柄な体躯のお蔭か、この道とも言えぬ野山の木々の間を
軽々と走っていくのはちょっと驚いた。
「……ここに追い立てるって?」
陣が去ってから、俺は何となく京に話を振る。
猪をわざわざこの場所に集めて狩るというのも、
俺としては少し変な気がしたからだ。
「ああ。この辺は木が少ないから矢が通るんだ。
だけど向こうの方はまだ木がびっしりだからさ。
ここに追い込んでから矢を射かける」
「なるほど、確かにここは……木が少ないからなぁ」
あの円錐を作る為の木をここからも調達して来たらしい。
だから確かにこの辺りは山林の中でも見通しが効く。
そしてこの子達は弓で猪を仕留めるから、
ここまで追い込む必要があったのだ。
(俺は原始魔術、遠鬼の奴は……金棒を一振り、だからなぁ)
猪の仕留め方なんてあんまり気にした事のない俺からしたら、
この子供達の狩りはとても新鮮だった。
「二人一組で何組か作ってここを中心に左右に広がって、
それで見つけた猪や鹿を追い込んで倒す。
そうやってな、ここに来てからずっと食糧調達して来たんだよ」
「……大したもんだなぁ」
俺は素直に感心することしきりだ。
ただ……その俺の感嘆を皮肉だとでも取ったのか、
京はつまらなそうに返事をした。
「俺達にしてみれば、一人で弓も使わずに猪を狩れるっていう
界武さんの方がよっぽど凄いんだけどな」
ここまで組織だって大掛かりにやらないと猪の二匹も狩れない。
そんな自分達の弱さを俺と比較して自嘲している。
魔族のお前なら武器も要らずに一人で猪を狩れるっていうのに、
どうしてこんな人間の子供の狩りを大したものだと嘯けるのかと。
「……そんな風に言うなよ。
実際大したもんだよ。俺に同じ事やれって言われても出来ねぇよ」
俺はあの廃砦にて、矢の一本もまともに撃つ事が出来なかったんだ。
「でもそれは……」
「でもじゃない。大したもんだ、誇っていいよ」
「……じゃあ、ありがとう、界武さん」
俺の強引な称賛を、ようやく京は受け入れてくれた。
「……後さ、そのさん付け、しなくていいって言ってんのに」
京は俺よりも背が高く、その落ち着きのある態度から察するに、
俺と同じか……ちょっと上、ぐらいの歳だと思う。
そんな俺よりも年上かもしれない子に
さん付けで呼ばれるのはちょっと落ち着かないからと何度かそう言ったのだ。
だけども今も変わらず界武さん呼びが続いている。
「……悪いけど、やっぱり毛人だから。
悪くない人だってのは分かったけど、それでもそんなに仲良くは出来ない」
「ああ……そっか」
だけど今度はそんな風に返されて、そうなるとしょうがないかと納得した。
やっぱり人間である事を明かしてないからか、
この子達にまだ壁を作られているらしい。
そうして京が指笛を一吹きすると、しばらくして
左右からの騒音に追い立てられた二頭の猪が姿を見せた。
大きいものと中くらいが一頭ずつという事だったが、
大きい猪の方は、確かに結構な大きさだった。
「来たぞ、京!」
「……よし、矢を番え!」
その指示に三人の子供が一斉に矢筒から取り出した矢を番える。
「構え!」
そう号令をかける京自身も、矢先を大きな猪に向けて弦を目一杯に引き絞る。
「射線確認!」
「よし!」
「大丈夫」
「誰も居ません!」
「では撃てっ!」
四本の矢が一斉に大きな猪へと撃ち放たれ、その内の三本が突き刺さる。
当たった箇所は頭と首、それに……前足の腿か。
「三本命中……どうだ!?」
「あんまり暴れてない……」
「頭か首の一撃が効いてる!」
「……どうする? もう一度大きい方を狙う?」
「いや、あれで多分放っておいても大丈夫だと思う。
じゃあ次は中くらいの方……矢を番え!」
そうして京の指揮の下、二頭の猪は見事に撃ち取られた。
俺の手助けなど何一つなくとも、この子達は狩りを完遂したんだ。
「……血抜きとか、解体はどうするんだ?」
何本もの矢が突き立った猪の身体を見ながら京に聞く。
ちなみに、京達の狩猟があんまり見事なものだったから、
あの後俺はつい興奮気味に褒めそやしてしまったのだが、
京と子供達はそんな俺にちょっと胡散臭そうに対応していた。
……もしかして、あんまり褒め過ぎると逆に怪しまれるもんなんだろうか。
「ここからもうちょっと山頂側に登った所に水が湧き出てる。
いつもはそこで解体して、それで家まで持って帰ってる」
「じゃあそこまで、運ぶのぐらいは手伝わせてくれよ」
「別にそこまで……」
「いいから! 別に客って訳じゃねぇんだから、
それぐらいは手伝わせてくれよ!」
気を遣わなくていいと言いたかったんだろうが、
ここは俺が押し切った。
だが……強化魔術を使わない俺の腕力は、
ここの子供達とそう変わるものでもなく、
そんな所もちょっと胡乱げに見られてしまった。
「……毛人って言っても、子供の内はそこまで体力変わんないのな」
猪を担いで歩く道中、京に言われた言葉だ。
そんな期待外れ、みたいな言い方に俺はちょっと傷付いたりもした。
「い、いや、これでも結構鍛えてはいるんだけどなぁ……」
そう言う俺だが、正直ただ歩くのも大変な獣道を猪を担いで登っているんだ。
腕もそうだが重さを支える足腰もまた限界近くまで酷使している。
どう頑張ってもこれ以上の膂力は出よう筈が無く、
京達の期待値が下がるままに任せるしかなかった。
そうして湧き水の近くまではどうにか進んだ頃だ。
先行していたと思われる子供達が走って降りて来ていた。
「どうした? 湧き水の方で何かあったか?」
「ああ、熊がいる。結構大きい。
今は湧き水使わない方がいいと思う」
「熊かぁ……じゃあしょうがないか」
どうやら湧き水には先客がいるらしく、今は使えないらしい。
(っていうか、熊か……)
牧場にいた頃、遠目に見かけた事ぐらいはあるのかもしれない。
俺はその熊という野獣を知っていた。
「……音を鳴らして追い立てれば逃げ出すんじゃないか?」
そう京に聞いてみたが……。
「それで大抵大丈夫なんだけど……偶に気性の荒い奴がいるんだ。
そういうのは逆に向かってくるんだよ。そうなるとこっちが困る。
熊は弓もあんまり効かないからな。
だから、俺達は熊はあんまり刺激しない事にしてる」
「なるほどねぇ……ちなみに、熊って……食えるのか?」
「え? 多分大丈夫だとは思うけど……今の話、聞いてたのか?」
「大丈夫、そっちは俺に任せてくれ。
こっちもこっちでちょっとぐらいはいい所見せねぇとなぁ」
先導されて水が湧くという野山の一画に向かってみれば、
確かにそこには大きな黒い獣がいた。
先程の狩猟で獲った猪も大きかったが、こちらはその三倍はありそうな、
そんな巨大な熊だった。
「……本当に、大丈夫か?」
ここまであまりいい姿を見せられていなかったからか、
京は俺と熊とを見比べて、ちょっと不安げだった。
「大丈夫……野生の獣は魔力を使えない。
それなら別に恐れるような相手じゃねぇよ」
あの体躯で強化魔術を使えれば、そりゃあ俺でも手こずるかもしれない。
でも……そうじゃないのなら多分、相手にもならない。
俺はその巨大な獣に無防備のまま近づくと、
相手が警戒するよりも早く透明の腕を伸ばして上空の枝を掴んだ。
「よっ、と……」
その腕で自分の身体を引っ張り上げる。
目の前の熊は勿論、後ろで見ている子供達にも俺が何の予備動作もなく
宙に浮きあがったかのように映ったかもしれない。
巨大な熊の背丈よりも遥か高くへと跳び上がった俺は、
そこで静かに魔力を集中する。
作り出すは勿論銀の魔腕。
……これまでの鍛錬は勿論、羽膳との戦いなんかもあった。
そこで練り上げたこの魔術、別に重たい物を持たせて威力を上げなくとも、
魔術に対する対抗手段を持たない野獣の類なら仕留める事なぞ造作もない。
「じゃあ……なっ!」
魔術を発動する。雷に似た破裂音が空を切り裂き
銀の一閃が一瞬の間に叩き落された。
魔術の稲光は巨大な熊の眉間を綺麗に撃ち抜き……
その頭蓋を叩き割った。
「おかえりなさい、子供達……って、あらぁ、まぁ……」
狩猟から帰って来た子供達に混ざり、
巨大な黒い獣を引きずる俺を見た石英は
そんな驚きとも呆れとも取れる声で出迎えてくれた。
「えっと……おかえり、石英さん。
月陽と遠鬼は? まだ治療中?」
「今は休んでもらってますけど……これ、熊ですか?」
「そう、熊。腸だけは取っておいたけど、
後は処理の仕方が分からなくて……」
「はあ……じゃあ、後は私がしましょうか?」
「え? 出来るの、石英さん」
石英さんはあの優しそうな目を更に細めて笑う。
「はい。もうちょっと寒くなってくると熊肉はもっと美味しいんですが、
この時期でも調理の仕方次第で美味しく食べられますよ」
「じゃあ……お願いするな。
ここの子供達も、猪ならともかく熊は捌いた事が無いって言うからさ」
その言葉に俺の後ろに控えていた子供達が一斉に石英さんの下に走る。
「石英さん! あの……界武さんの魔術凄かった! 雷を使えるんだ!」
「えっと……雷?」
「そうそう! ふわっと宙に浮きあがったと思ったら、
空の上からバリバリバ~ン、って音が鳴って、
小さな雷がね、熊の頭を叩き割っちゃった……!」
「畜生……やっぱ、毛人の魔術ってすげぇなぁ……!
ねぇ、石英さんはあんな魔術使えるの!?」
そんな子供達の興奮にたじろぎながらも、
石英さんは優しそうに応対していた。
「えっとね、雷は雷獣族の得意魔術ね。
巨人族の私はちょっと使えないかなぁ……。
それより子供達、今度は食事の準備、手伝って頂戴?」
「は~い……」
石英さんに宥められた子供達は、
それでも収まらぬ興奮を抱えたまま食事の準備へと動き出した。
(……魔族と、人間が、あんなに楽しそうに生活してる)
その仲睦まじさを俺は眩しい気持ちで眺めていた。
俺が実現したいと思っていた優しい世界が、
小さいながらもこの山奥には存在していたのだ。それがただ嬉しかった。
「……帰って来てたのか」
遠鬼の声に後ろを振り向く。
眠る月陽を背負う大男が近づいて来ていた。
「ほら……遠鬼、見ろよ」
「何だ?」
「あれだよ! ほら、人間と魔族があんなに仲良くやっていけてるじゃないか」
「そうだな」
「この山の外も、こんな風にならないもんかなぁ……」
遠鬼はちょっと考え込んででもいたのか、すぐには返事をしなかった。
ただ……石英さん達を眺める俺に向かって、静かにこう言った。
「ならん事はないだろう。だが……」
「だが、なんだよ」
「『山嶽王』が死んだ後は、この場も終わってしまうだろう。
覚悟は、しておけ」




