十三話 御守
更に五日後。そろそろ右手を動かしても大丈夫、
との事だったんでおっかなびっくり右肩を小さく回してみた。
肩が回る度にゴキリゴキリと小さく関節が鳴るが、
外れるようなことは無さそうで安堵した。
ただ、右の手首から先は触感こそあるものの動かないのは変わらなかった。
ここに至ってまだこの状態というのなら、
もうこのまま一生右手が動かないことを覚悟すべきだろう。
利き手がそれなら使える武器が制限されそうで、人間なのに勿体ない、
とは遠鬼の弁である。
人間はその器用さで多種多様な武器を扱えるのが種族特性で、
それを活かせないのが残念、ということらしい。
「種族特性ってなんだ?」
新しい言葉が特に説明もなく使用された時は、
忘れないうちに確認することにしている。記憶を失った者の知恵だ。
「大雑把な話だから例外もあるが、人間や狼人族、鬼人族など、
全ての種族は何か一つ他より抜きんでた個性を持っていたりする。
それが種族特性だ」
「へえ……それで人間の特性が器用であらゆる武器を扱える事だと」
「そうだ。大戦では特に弓で多くの戦士が倒された。弩というのもあった。
人間にしか作れぬ武器で手を焼いたらしい。
そういう訳で、人間の種族特性は恐らく誰でも知っている」
「弓とか……弩とか、言われてもどんな物か分からん」
そう、そもそも俺は武器、なんて物を見た事もない生活をしていたんだ。
遠鬼の金棒ぐらいなら武器としての用途も見れば分かるけど、
複雑なものになるとさっぱりだ。
「弩は見た事ないが、弓ならこんな感じの物だ」
遠鬼の説明を受けて、大体どんなものか把握する事が出来た。
しなる木に紐を付けて、その木のしなりを利用して矢という名前の
細い木の棒を飛ばす武器、という事らしい。
確かにこれは両手が使えないと扱えはしないだろうが、
俺はそれより他の事が気になった。
「これで、普通に手で投げるより速く矢が飛ぶんだな?」
「でなければこんな物は作らんだろ」
という事はだ、普通に投げるよりも弓の方が矢に働くえねるぎーが
大きいという事になる……筈だ。
恐らくそのしなる木とやらに秘密がありそうだが、
今はちょっと思いつかない。またいつか姉さんの事を思い出せた時に、
それとなく思い返してみよう。
「まあ弓については分かったよ……
それなら、鬼人族の種族特性って何だ?」
ついでに聞いてみる。こっちの特性がもう知られてるんだから、
教えてもらった方が公平というものだ。
「それほど有名でもない。知ってる者は知ってる程度だ」
「じゃなくて……教えてくれたりは……」
「特性を知られるというのは、戦い方を読まれるということだ。
理由もなく吹聴する馬鹿はいない」
「まあ……そうだよなぁ……」
普段は天然だが、こと戦闘に関しては結構しっかりしている遠鬼だった。
それからしばらくして、荒れ果てた林道と小さな廃村を見つけた。
魔族が世界を制して百余年、戦も減って魔族の数が増えはしたものの、
それまでの人間の版図を埋めるにはまだ少なすぎるため、
こうした廃村が至る所にあるそうだ。
無論百年以上放置されてきた家屋が大半を占めるため、屋根は落ち壁は崩れ、
旅の助けとなるようなものは殆ど残されてなさそうだ。だがその中に数軒、
どう見ても最近まで補修されていたように見えるあばら家があった。
「……何かあったか? 遠鬼」
家探しは遠鬼の担当で、その間俺は見張りをしている。
「水瓶に綺麗な水が入っているな。誰かいたのは間違いない。
ただ、今はいない」
「他には何か無いのか?」
「ああ……服というか、防具の修繕道具が一通りある。
使い込んで壊れた武器もだ」
「……それって、普通の家に転がってるもんなのか?」
「普通の奴はこんな所に住まん。
大方野盗のねぐらにでもなってるんだろう。よくある話だ」
「野盗ねぇ……あの集落にいた魔族達とどっちが強い?」
「強さか? 例外がいなければ恐らく大差ない」
「……例外?」
「例えばあの集落だと鋼牙という狼人族だ。
あれはあの中では例外的に強かった。
ただ経験が無かったからか、お前に負けた」
「ああ……確かに」
壁をぶち破る程の剛力の持ち主だ。まともにやりあったら
俺の体もあの壁のように木っ端微塵と化しただろう。
(それなら俺でもどうにかなるか。あれから新たに考案した
原始魔術がいくつかあるし……)
防御に使える布に、攻撃の威力が増す石を掴んだ打撃。
この二つを身に着けた事により、攻撃力も防御力も上がってる筈だ。
「あ……そういや服はあるんだよな?
俺今は猿股だけしか履いてないし、何か上着とか無いか?」
野盗と会っても勝てそうな予感に余裕が出来たのもあって、
見張りを切り上げてあばら家の中に入る。
……というか、この廃村は当然開けた場所になっているんで、
日差しが強くてつらい。出来れば日陰で涼みたい。
「うわっ……ちょっと汚れが酷い服が多いな」
「野盗の着るものだ。仕立てのいいものなど無い」
そう言いながら二人で野盗の上りを物色する俺達……。
どう考えても、俺達の方が野盗も同然の所業だった。
「なあ……これ、やってる事野盗と変わらなくないか?」
「変わらないな」
「それは……どうなんだ?
いや、別に襲ってくる奴には遠慮する気は無いが……
襲われる原因をこっちから作るのも何か間違ってないか?」
「間違うも何も魔族の法は盗難を罪としてる。もう立派な罪人だ」
「……ま、いいか。俺人間だし」
考えるのは止めた。俺はこの中では比較的仕立てのいい上着を取り出し
羽織ってみて着心地を確かめる。
(う~ん……匂いはするがこの際仕方ないか)
一応見てくれを確認した方がいいだろうと、水瓶に映る自分を眺めてみる。
すると服よりまず、あれだけの怪我にかなり長めの療養を挟んでおきながら、
不思議と壮健な見た目の自分に驚いた。昔よりもたくましくすら見える。
猪肉の成果だろうか……単純だが、少し気分が良くなる。
(しかし……やっぱり多少たくましくなっても、この見た目、
どう見ても人間の子供だな……ん?)
あれ……と、そこで大変な事に気付いた。
「遠鬼、ちょっと聞くんだけど。もし人間の子供が村とか歩いてたら
どうなるんだ?」
「……さっき魔族の法の話をしたが、服従印の無い人間は
有無を言わさず処分するという事になっている」
「……処分されるんだな」
「そうだな」
駄目だ、遠鬼の天然に引っ張られてか、
本来はすぐ気付くべきことに今更気付いてしまった。
これは拙い……何かしら対策が必要だ。
「何か……そう、変装だ! 魔族に変装するなりすればどうにか……」
「変装? そうだな……」
遠鬼は自分の荷物袋をひっくり返し、入っている物を取り出して床に並べた。
変装に使えそうなものが無いかと探しているのか。
(あ、これ……)
なんとなく、俺は並べられた荷物の中にあった小さな白いものを手に取った。
御守になるからと遠鬼が預かっていた猪の牙だ。
手慰みにと左手でその肌触りを確かめていたが……。
「それだ」
その遠鬼の言葉に気を取られ、手を滑らせて落としてしまった。
転がる牙を手に取って、遠鬼はまたこのあばら家を物色し始めた。
布の切れ端、薄い金属の板、何かの小瓶。他にも色々、
とにかく沢山持ってきた。そして盗ってきた物を並べて俺に背を向け、
何かカチャカチャと作り始める。でかい図体で細かい作業に四苦八苦してる姿が
妙に面白かった。手伝う事があるか聞いてみようとも思ったが、
何となく断られそうなんで結局何も言わなかった。
四半刻……多分それぐらい過ぎてからだ。
出来た、と言って遠鬼が何かを持ってきた。
「付けろ」
「……何だこれ?」
細長い布、その中央に何かが付いている。それはよく見ると二本の猪の牙。
触ってみればその中央部分は硬い板のようなものが入っており、
それに牙がくっついているようだった。
「鬼人族が良く付けてる形の額当てだ」
なんでも、鬼人族の角というのはそうそう折れるもんじゃないけど、
それでも激しい戦闘で折れたりする事もある。
で……鬼人族にとって角を折られるっていうのは非常に不名誉な事らしく、
それを防ぐ為にこういった額当てで角を守る者もいるんだそうだ。
その事を思い出し、それを模して作ってみたのが今ここにある額当て。
確かに人間と鬼人族は、外見だけ見れば角の有無程度しか差異が無い。
用途が分かったので言われた通り額に巻いてみる。
額に当たるひんやりとしたものがくすぐったいが、
着け心地は別に悪くはない。
「……どうだ?」
「鬼人族の子供にしては貧弱すぎる」
「それはどうにもなんねぇよ! とにかく、貧弱以外は鬼に見えるか?」
「俺の横にいれば多分疑われんだろう」
「……本当に大丈夫か?」
「俺なら気付かん」
(……それは、当てにならなさそうだ)
側に魔族がいる間だけ誤魔化せればいい。
そう思って鬼人族の子供で通す事に決めた。これも全てこの世界が悪い。
人間が人間として生きられないこの世界こそが問題なんだと。
「あ……そういや、服従印だ」
さっきも話題に上がった服従印。俺の後ろ首のそれは、
誰が見てもすぐ破られてると気付かれてた。ならこっちも隠した方がいい。
でもそれは難しくはない。もう一度野盗の服を物色し、
そこそこ厚めの布地を破り取って首に巻いた。
夏に首巻きは目立つかもしれないが……世界が悪いんだから仕方がない。
何もかもを世界のせいにして、上着と変装道具を手に入れた俺だった。
これで少しでもかかる火の粉が減ればいい。払うのだって大変なんだ。




