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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百二十八話 強情

偽の墓に埋められていた麻布、それに達筆な文字で書かれた救難要請。

何でも……『山嶽王』が大怪我をしたとかで助けて欲しいとか。


「……これ、どう思う?」


ちょっと予想してなかったその内容に、遠鬼と月陽にそう聞いてしまう。

俺一人ではどう扱えばいいか計りかねたからだ。


「……新坂に攻め入って、返り討ちにでもあったか」


遠鬼の予測はなるほど、と思わせるものだ。


そういえば俺達は『山嶽王』が新坂を破壊せんと

攻め入ったという話だけを聞いていて、その結果については知らない。

澄がそこまで聞き及んでいなかったという事もあってだ。

だから何となく、話に聞く『山嶽王』なんだから、

当然新坂が破壊されてしまっているんだろうなぁ……程度に考えていたのだが。


「じゃあ新坂は大丈夫だっていうのか?」


「分からんが、『山嶽王』が怪我を負って山奥に隠れているというのならば、

 まあそういう事だろうと思うが」


「……だよなぁ」


勿論新坂に行ってしまえばはっきりする事ではあるが、

それにしたって少し肩透かしだという気もする。


「怪我を治して欲しいって……私に言ってるのかな」


その月陽の疑問にも、悩む間もなく首肯した。


「だろうなぁ。岩童の奴が怪我を治してもらったから、

 月陽の魔術については知っている筈だし」


「……だとしたらさ、私、その人を治してもいいの?」


「それは……どうなんだろうなぁ」


勿論傷付いている人を助けるのは尊い行為だと思う。

だけど怪我人なら誰でも治せばいいというものじゃなく、

今回の場合などはそれの最たるものだ。

『山嶽王』について聞き齧った限りでは、

怪我で寝込んでいるならそのまま寝ていてもらった方が良さそうな男なのだ。


だが……そもそも『山嶽王』に用事があったのは遠鬼だ。

その遠鬼ならば恐らく……。


「……遠鬼?」


「治すしかないだろう」


「……そう言うと思った」


遠鬼は『山嶽王』と戦いに来たのだ。

その対戦相手が負傷中というのならそういう結論になるだろう。


「でもさぁ……いいのか?」


「何がだ?」


「いやさ、『山嶽王』を治療して……そしたらまた戦えるようになるよな?」


「そうだな」


「その後また新坂を壊しに行くとか言い出したら……」


「それもいいが、出来ればその前に俺と戦って欲しいが……」


「いや、それは良くねぇだろ。

 それによ、もしお前が勝てたならそれでいいかもしれねぇけどさ、

 ……負けたらどうするんだ?」


「ああ、なるほど……」


俺としても考えたくはないけど、これは真剣に考えなきゃいけない事だ。

下手に『山嶽王』を治療して、その『山嶽王』が遠鬼を倒し

更に新坂を破壊してしまったというのであれば、

月陽は一体どうその責任と向き合えばいいというのだ。


「そうなったらお前達だけでも逃がしてもらうように取り計らわんとだな」


「いやそうじゃねぇだろ……!

 それも大事だけどさ、月陽の気持ちを考えろって言ってんだ!」


「……気持ち?」


(いつもの事ながら、どうしてこうも考え方がズレてんだ……!)


俺が何を悩んでいるかになど思い至ってすらいない大男に説教を食らわす。

そもそも『山嶽王』を治療するという事の危険性をこの男はどう考えているのか。


「……そうか、人間はそんな風に考えるのか」


説教を大人しく聞いた後の遠鬼は、そんな感想を漏らした。

俺の言っているその内容は理解したが、

どうして俺達がそう考えるのかはよく分からない。そんな所なんだろう。


「そんな事はどうでもいいと思うんだがな……」


「いや、そればっかりはどうでも良くはないぞ……なあ、月陽?」


「うん」


即答。そりゃそうだ。


「……だがな、ここまで来た以上は『山嶽王』と戦えんと困る」


あの遠鬼にしては珍しく、本当に困り果てた……

というような表情でそう独り言ちる。


「……ねぇ、遠鬼?」


「なんだ、月陽?」


「どうしてそんなにまでして戦いたいの?」


俺は魔族はそういう生き物だと思い込む事で納得していたのだが、

純粋な月陽はそこで納得できなかったのか、

俺が聞こうとしたけど結局聞かなかったその問いを口に出した。


「どうして……?」


「そう。誰かが怪我するし、もしかしたら死んじゃうかもしれないのに……

 どうしてそんな事をするの?」


「それはな、強くなるためだ」


「強く……?」


「ああそうだ。魔族は強さを求める」


「強くなって、どうするの? 何がしたいの?」


「より強い相手と戦う。勝っても負けてもそれは変わらない。

 生きている限りずっとそうだ」


「え!? えっと……じゃあ、遠鬼は他の事をしたくはないの?」


「……他の事?」


「そう! 楽しい事や、幸せな気持ちになれる事……」


「相手が強いと楽しいが……」


「そんなんじゃないの! 好きな人と一緒にご飯食べたり、

 走り回って遊んだり、畑で食べ物を作ったりとか……そんな事!」


月陽なりに遠鬼を心配してか、

身振り手振りを交えて必死に自分の思っている事を伝えようとする。

その想いが通じたのか、俺とこの手の話をする時はいつも仏頂面なのに、

今の遠鬼は少し困ったかのように頭を掻いている。


「……それはな」


「楽しくなかった? 私と一緒にいた時……楽しくなかった!?」


「いや……楽しかった」


「でしょ!? でも戦って怪我したらそれも出来なくなるかもしれないよ!?」


「……そうだな」


あの遠鬼が言いくるめられている。

俺は珍しいものを見るかのように二人の言い合いを眺めていた。


遠鬼は口が上手い訳ではないが、

自分の意志にまるで疑いを持っていないかのように喋るもんだから

どうしても相手側が気圧されてしまう。

だから……実際この光景は珍しいのだ。


「……月陽」


「うん」


「お前達といるのを俺は楽しんでいるのかもしれない。

 いや……楽しんでいる」


「だよね!」


俺は少し驚いた。

遠鬼が戦い以外の事に感想を言うのを聞いたのは初めてかもしれない。

そしてその返事を聞いて月陽も嬉しそうだ。


「だがな、俺にはそれよりも楽しみにしている事がある。

 だからそれでも戦いたいと思っていてな、

 それが……『山嶽王』と戦う事が出来れば叶うかもしれないのだ」


「私達と一緒にいるよりも……楽しみにしてる事?」


「そうだ」


月陽の嬉しそうな表情が一瞬にして曇る。

自分達よりも優先したい事があると言われたのだ。

月陽のような女の子なら十分機嫌を損ねるに足る物言いだ。

遠鬼とてそれぐらいは分かっているだろうが……やはり、こいつは嘘はつかない。


「……だから、その人を治せって言うんだ」


目を逸らし頬を膨らませて怒りと不服の感情を伝える月陽。


「治して欲しい。でないと困る」


「……私、それで遠鬼が怪我するの嫌」


「俺の怪我などどうでもいい。

 お前が気に病む必要はない。そもそも戦士は戦う為に生きている。

 だから戦いの怪我などは戦士にとって当たり前のものでな……

 そう、服を着ているぐらいに当たり前の事だ」


「……じゃあ、怪我しない戦士って服を着ない裸の人になるの?」


「そうだ」


(いや、そうだじゃねぇだろ……それだとただの変態じゃねぇか)


遠鬼の言いだした喩え、

俺にとってはおかしなもののように聞こえたんだけど。


「……なぁに、それぇ」


月陽にとってもそれはおかしく面白いもののように聞こえたようだ。

怒りに膨らませた頬が、クスクスという小さな笑みとなって萎んでいく。


「遠鬼。その私達よりも楽しみにしてる事って……何?」


機嫌を直した月陽は、感情的に遠鬼の言葉を否定するのではなく、

興味を持ってそれを理解しようとしていた。


「……言葉にするのは難しい」


だが珍しく遠鬼の方が言い淀む。


「なに? それって変な事なの?」


「俺はそうは思わんが……お前達にとってはそうかもしれない。

 だから少し言いづらい」


「……そっか。じゃあ聞かないであげる。これ、貸しだからね!」


「分かった」


それで月陽は何かを納得したようだった。

しかも遠鬼に貸しを作った事が余程嬉しいのか、

これ以上ないぐらいの上機嫌。


遠鬼の目的を聞きそびれた事……

傍で聞く俺なんかはちょっと残念に思ったのだが、

月陽は遠鬼を困らせるのをあまり良くは思わなかったらしい。

相変わらず優しい子だ。


それから月陽は笑顔のまま俺と遠鬼を見比べたり、

その場を少しグルグルと歩いたりといった挙動不審を経てから、

遠鬼を指差しこう言った。


「じゃあ遠鬼! その人を治してあげてもいいけど……

 一つ、私と約束して!」


「何だ?」


「絶対に勝つ事! 出来れば怪我もせずに!

 ……分かった!?」


眩しいまでの満面の笑み。

その約束が果たされるものだと微塵も疑っていない。


(そういや……そもそも月陽は遠鬼の強さには

 絶対の信頼を抱いていたからな……)


遠鬼が負けるなんて想像する事も出来ないだろう月陽だから、

『山嶽王』がどれだけ強いと聞かされてもそうやって笑えるのだ。


その月陽の笑顔で話が纏まるものだと思った。

そう思ったんだが……遠鬼は、やはり嘘だけはつかないのだ。


「それは出来ない」







……結局、それから月陽がどれだけ妥協しようとも

遠鬼は約束を交わさなかった。


「……じゃあやっぱりその人治してあげない!」


へそを曲げて月陽がそう言って怒ろうとも、

遠鬼は困り顔をするだけだった。


……結局、最後は月陽の方が折れて約束は交わさなくていい事となったが、

その時には既に陽が落ちており、

『山嶽王』の下へ向かうのは次の日、という事となった。


それにしても、自分より遥か年下の少女のささやかなお願いすらも

へし折る遠鬼の強情さは、正直……頭おかしいんじゃないか、と俺は思うのだ。


(そこはいつものように分かったと言えばいいじゃないか……)


だが遠鬼が言うには、戦いの結果などは

やってみなければ分からないものなんだそうだ。

たとえどれだけ戦力差があったとしても、

それだけで勝敗を予測する事は出来ないんだと……

そう言って最後まで折れなかったんだ。

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