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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百二十七話 伝言

その馬車は鬱蒼とした森を少し入った所に、

茂みや木の枝などに覆われ念入りに隠されていた。


「えっと……遠鬼、こんなにしっかり隠したのか」


「借り物だったからな……盗られたくなかった」


確かに、青、鉄、咲の三名と一緒に鹿野戸さんに会いに行くときに使った馬車は、

延老さんから借り受けたものだった。

森を突っ切って進む事にしたためその馬車はここに置いてきたのだが、

遠鬼がこうやって念入りに隠したお蔭か、

それとも鹿野戸さんのせいでこの街道を旅人が通らなくなったからか……

あれからかなりの時が経った今もこうやって隠されたままだった。


その馬車に馬は繋がれていない。

というのも俺が鹿野戸さんに刺された後、

その俺を連れ戻る際に遠鬼が乗り潰すつもりで走らせた馬というのがそれだ。

幸い乗り潰される事はなく、今はあの集落で草を食んでいるという。


「正直、こちらの馬車の方が出来はいい」


遠鬼の言うのも尤もで、今回ここに来るまでに俺達が使ったのは、

俺達が新坂で用立てた即席の馬車だ。

即ち、春夜さんの馬に荷台を繋げただけの粗末なものだ。

延老さんの使っていたそれとはそもそもの出来が違う。


「……じゃあ、そっちのを使う?」


月陽としても馬車を取り換えるのに文句はないようだ。

まぁ……これは月陽にとっても馴染みの馬車だ。

なにせ、これに乗せられて丹波国まで連れてこられたのだから。


「じゃあ今使ってるのは……」


「代わりにここに置いていく」


遠鬼も特に道具にこだわりの持たない方だ。

もうすっかりその気のようで、

返事の次には馬車を隠すのに使っていた茂みを取り払っている。


「……そっか」


何となくだけど、俺は今まで使っていたその即席の馬車に愛着があった。

だからそれをこんな所に置いていくのを無性に寂しく思っていた。


(乗り心地はともかく、頑張り屋って感じだったんだよなぁ……)


ただ、小さな体で甲斐甲斐しく荷物を移動させようとしている月陽を見ては、

のんびりと感傷に浸ることも出来ず……俺は荷の移動を手伝うしかなかった。


(……前にここに来た時は、この森を抜けて行ったんだよなぁ)


そう思っては眼前の森を眺める。

この奥には、羽膳との再戦の舞台となった廃砦があるが、

今回はそこには寄らずに街道を直進し、岩童と出会った林の側まで進むのだ。


それが延老さん達と話し合った末に決めた、俺達の次の目的地なのだから。







「では……やはり界武君達はその岩童という男に会いに西へと向かうのですね」


あれから集落で一晩休んで、その次の朝に旅立つ事となった。

そして俺達は集落の入口に立ち、お互いを見送ろうとしている。

俺と月陽は遠鬼の操る馬車に乗って西へと、延老さんは澄を連れて東へと。


「ああ。そもそも遠鬼が『山嶽王』と戦いたがってるし、

 それに……さ、新坂が壊されてるかもって聞くと、

 ちょっと心配で見に行きたくてさ」


新坂に見知った人はそう多くはないけれど、

それでも街を壊されて大変な目に遭っていると聞けば心配で見に行きたくもなる。

そういう思いも手伝って、俺達は延老さんと共に国境まで行かない事とした。


ちなみにここに春夜さんと鋼牙はいない。

一応声をかけたが、共に酔いつぶれてまだ寝ているそうだ。

何でも、春夜さんは一晩中鋼牙を前に愚痴り続けたらしい。

……まあ、大人にはそういう日もあるんだろう。そういう事にしておこう。


「まぁ……そちらの方がいいでしょう。

 聞けば新坂は新坂で色々と大変であるようですし、

 私の方はこの脇差があればどうとでもなりますから」


延老さんはそう言うと、腰に下げた短い刀を軽く動かした。

シャンと金属がぶつかる小気味いい音が鳴る。


「……その短い刀で、本当に大丈夫なのか?」


確か延老さんはまだ右腕だって碌に動かす事が出来ない筈だ。

だというのにその脇差という短い刀一本で鹿野戸さんを斬る事が出来るという。


「この脇差一本での剣術もですね、

 少なくともちゃんとした戦いになる程度には形にしました。

 鹿野戸をがっかりさせる事は無いでしょう」


延老さんは笑う。

そしてそんな老人を見張るように目を光らせる少女が傍らに控えている。


「それで……澄、お前は延老さんに付いていくのか?」


「付いていくっていうか……見張ってるの。

 この毛人の言った事が本当なのかどうか」


澄は延老さんに付いていく事を選択した。

本当に毛人が信用するに足りるのか、それを確認したいんだという。


「それに……私も先生に聞きたい事がある。

 だからこの『閃刃』と共に、先生に会いに行く」


「そうか……」


俺としては澄は月陽との相性も悪くなさそうだし、

こっちで引き取っても良かったんだけど、

澄自身がそう決めたのなら文句はなかった。


「気を付けてな。絶対に延老さんの側から離れないようにな」


「……毛人から離れちゃ危ないっていうのが何か釈然としないけど、

 分かった。離れない」


そう言う澄ではあったけど、ぴったりと延老さんにくっつく程は近寄らない。

三歩程は離れた距離から延老さんをじっと見つめている。

まだその距離感を掴みかねているのだろうか。







「ですが……改めてもう一度聞きますが、

 私がこのまま鹿野戸を斬る事に、文句はありませんか?」


いざさらばという段階になって延老さんが俺達に聞く。

それは、恐らく俺と澄とでは少し意味の違う問いかけとなっている。


「俺は……正直延老さんと鹿野戸さんに戦って欲しくない。

 だけど延老さんはちゃんと澄から信頼を得て鹿野戸さんの居場所を聞いたんだ。

 それなら俺は止める事なんて出来ないよ」


俺としてはそう答えるしかない。

延老さんが澄を脅してその居場所を聞き出したというのならば

どうやってでも止めただろうけど、そうしなかったんだ。

ならば俺もその延老さんの人間に対する敬意を尊重しようと思う。


「私は……その時になってみないと分からない」


もう少し問い詰めれば泣き出しそうな表情の澄はそう答える。

勿論そんなだから俺達はそれ以上を澄に求めようとは思わない。


「でもさ、延老さん。

 俺は遠鬼から言われてちょっと思った事があるんだ」


「……何ですか?」


「鹿野戸さんは、力じゃあ延老さんに及ばないと思う。

 俺にだって力じゃ押されたぐらいだからさ。

 でも……鹿野戸さんは強いよ。今の延老さんじゃあ負けるかもしれない」


これは誇張なんかじゃない。

あの人は決して諦める事はない。どんな手段を使おうとも勝とうとする。

その意志の固さこそが鹿野戸さんの強さの源で、

俺は多分……そこを見誤って、負けたんだ。


「かもしれませんね。

 だからこそ……戦う価値があるのです」


負けるかもと言われた伝説の武人は、それでも不敵に笑った。


「負けるかもしれないってのに?」


「界武君。魔族の戦士はですね、勝つ為に戦うのではないのですよ」


「……じゃあ、何の為に?」


延老さんは、笑って答えた。


「戦う為に、戦うのです」







あれから一日西へと進み、

そしてあの廃砦の側で馬車を取り換えてからもう一日。

雨が降りそうな厚い曇り空だったからか、

昼だというのに少し薄暗い林の中での事だ。


「……そろそろだぞ」


その遠鬼の言葉に、目的の地が近づいている事を知った。


「ああ……ちょっと見覚えのあるような、ないような……」


荷台の上から辺りを見渡してから、俺はそう答える。

横にいる月陽も同じように見渡しているが、

特に見覚えのある様な反応は示していない。


俺が荷台でのんびりと休んでいた理由だけど……

今回の旅では馬車との並走を固く禁じられているからだ。

背中の傷がまだ完治していないからしょうがない。

だから今だって月陽から治癒魔術を受けていた最中だったから、

背中にまだほの暖かい心地良さが残っている。


「私達が作ったお墓はどの辺にあるの?」


「あれは……もうちょっと先だ」


月陽が言うお墓とは、守護への襲撃で殺されたと思われる魔族と、

破裂したと思われる子供達の墓だ。

あの時に月陽は死者を弔うという事を学び、

死への恐怖心を若干ながらも克服した。


それからもう少し馬車を走らせると、少し見覚えのある風景があった。

それまでは何の変哲もない林だったのに、

その場所はそれはもう豪快に荒らされている。

木々はへし折れ、地面は抉れと酷い有様だ。


「ここ……お前と岩童が戦った場所だよな」


「そうだな」


実際に戦った遠鬼がそういうのなら間違いないだろう。

俺達はようやく、岩童と出会ったこの場所へとたどり着いたんだ。


「それならお墓も……あ、あった!」


月陽が指差すその先を見れば、確かに幾つか土を盛っただけの簡素な墓があった。

とすれば……ここが待ち合わせの場所であるのは間違いないが、

来るのが遅すぎたからか、あのでかい図体の岩童が影も形も見えない。


「やっぱり……遅すぎたかなぁ」


随分と遅刻した自覚はある。延老さんを助けにあの集落に行って、

そこで拘束魔術対策の特訓をしてから廃砦へと進み、

更に鹿野戸さんを追って山道を進んでから背中を刺されて昏倒。

で復活してからようやくここまで戻って来た。

これだけの寄り道をしたんだから、そりゃあ待ち人も消えていなくなるだろう。


「あれ……? でもお墓の数、増えてない?」


岩童との合流を諦めかけた俺だが、その月陽の声に墓の方を凝視する。

土を盛り上げただけの墓らしきものが……五つ。


「月陽、俺達が作った墓ってさ、確か……」


「四つ……だったと……思うけど……」


そう、確か四つの墓を作った筈だ。

遠鬼がそれとは別に大小一つずつの墓を作ってはいたが、

それは少し離れた場所にあったのを覚えている。


つまりは……。


「あの中の一つに、岩童からの伝言が埋まっているかもしれないのか」


そういえば俺自身がそんな事を言っていた気がする。

もし他の場所に行ってしまうようなら、

あの墓の隅にでも伝言を残しておいてくれと。


ただ、俺の言い方も悪かったと思うけど、

伝言の残し方はもうちょっと考えて欲しかった。

間違えて本当の墓の方を掘ってしまったならば、

俺達はあまり見たくないものとご対面する事になるからだ。







幸い掘る場所を間違えるような事はなかった。

自分達で苦労して作った墓だ。五つの内の四つはそれとなく見覚えもあった。

だから残る一つが後から岩童達が作ったもの……伝言の残る偽の墓だ。


そしてそれは深く掘らずともすぐに見つかった。

引っ張り上げてみればそれは畳まれた大きな布で、どことなく見覚えがあった。


「この布が……伝言?」


「界武君、あの岩童っておっきな人にあげた布じゃない、これ?」


「あ、ああ……あの岩童の腕を吊り下げる為に貸した布かぁ」


そういえばあの時の麻布のようだった。見覚えの正体はこれか。


「広げてみれば……何か分かるのかねぇ」


土塗れで湿ったその麻布を丁寧に広げていく。ゆっくりと、ゆっくりと……。


「ねぇ……界武君」


「何だ?」


「私ね、ちょっとずつ読める文字も増えて来たんだけど……」


「……ああ」


「これ、読めない文字ばっかりで分からない」


「……だな」


麻布に書かれていたのは、何やら達筆で書かれた大きな文字だ。

あまりに達筆過ぎて、俺にもちょっと読みにくい。

だが……これは見る人が見ればとても綺麗な文字、なんだろう。

その素養が無い俺から見ても……どことなく芸術的だ。


「ええっとなぁ……ちょっと待ってろ」


土に埋められた麻布に書かれた文字だというのも

読みにくさに大きく貢献している。所々滲んでいるのか文字が潰れている。


「山……これ、山嶽王って書いてあるのかな? で、次は……」


「山嶽王が怪我で動けない。助けて欲しいと書かれている」


その俺達の解読をまどろっこしいとでも思ったか、遠鬼が答えを言ってしまった。


(というか……これ、読めるのか)


それがちょっと悔しい。でもこの際どうでもいい。


「怪我をしたって……!?」


「そうだ。場所はここから北側の森を抜けた先に見える山中の小屋だそうだ」


伝言の内容はつまり、救命の嘆願……しかも、『山嶽王』のだった。

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