百二十四話 誘拐
「せっ……『閃刃』様、どうしてまたこの集落にお戻りに……?」
別に毛布の下に隠れてる俺達の事を考えての発言じゃあないだろうけど、
春夜さんが今俺が一番知りたい事をしっかりと聞いてくれる。
「それがですねぇ……色々ありまして、
まずはこの子を降ろしてから話をしたいのですが」
「この子って……その、脇に抱えた?」
「はい、この少女ですね……よっと」
毛布の下からは外の様子は窺い知れないものの、
それでもそこまで厚くもない毛布が一枚だ。
何かが上空で陽を妨げれば、
当然毛布の下からでも影が濃くなったことでそれを知れる。
丁度今この状況のように、だ。
「きゃっ」
何か重たい物が俺達の上に乗せられた。
結果吃驚した月陽の出した小さな声……それが漏れた。
「……ん?」
その可愛い声を怪訝に思う延老さん。
「今月陽君の声が……」
「私の……私の声です!
ちょっと驚いちゃったんで……こう、『きゃっ』と……」
春夜さんが精一杯可愛い『きゃっ』を披露する。
それを聞いた男三人の反応は分からないが……何故か、沈黙が痛い。
(……ごめん、春夜さん)
何故かは分からない。だけど心の中で謝った。
「まあ……それはいいでしょう。
この子の猿轡が緩かったのやもしれませんし」
延老さんの言葉から察するまでもなく、
今俺達の上に乗っかっているのは人間の子供だ。
先程からもぞもぞと毛布の上で暴れており、
月陽を庇う俺の背中が痛いやらむず痒いやらでちょっと困った事になっている。
「ん~んんん~!」
何かを言っているのだろうが猿轡のせいか言葉になってない。
そしてお願いだから俺の上で暴れないで欲しい……。
「この子についてちょっと界武君と話がしたいのですが……」
「か、界武君……ですか……」
春夜さんが言葉に困っている。
そりゃそうだ、延老さんが今下ろした子供の下に隠れています……
とは言えない。春夜さんも俺が鋼牙と会いたがってない事を
先程のやり取りで知っているからだ。
「『閃刃』よぉ……俺、俺を覚えていないか?
ちょっと前に街道であったと思うんだけど……」
その延老さんと春夜さんの会話に参戦したのが鋼牙だ。
鋼牙の言う通り、確かに鋼牙と延老さんは会った事がある。
あの時も俺は月陽を連れて逃げ出したんだったか……。
「ん? ……ああ、あの時の敵討ちの方でしたか。
そういえばあの後、新坂の酒場でそれとなく
あなたの敵討ちの噂、広めてみましたよ」
「お、それはありがてぇ」
「ただ……ちょっとですね、困った事がありまして」
「困った事?」
「あのですね……あの後すぐに逆徒の騒ぎがあったのでしょう。
守護様まで襲撃されたと聞いております。
そうなると……多分、私が広めた噂などはもう、
とうに消し飛んでいるかと……」
「あ、ああ……まぁ、そうなっちまうよなぁ」
何やらがっくりとしている鋼牙。
どうやら鋼牙と延老さんにも積もる話があるみたいだ。
だけど俺はそんな事よりも、背中で暴れてる子供の足が、
ばたばたと俺の尻を蹴っているのを何とかしてほしい……。
「それについてはまぁ……今は諦めるよ。
で……今はちょっと別の用事でな」
「はぁ……別の用事、ですか。
よろしければそれは私と界武君の話を終えてからでよろしいでしょうか?」
「ん? 別にいいよ。
というか俺にもその話を聞かせてくれよ。
羽膳と戦ったっていうその界武ってガキもちょっと見ておきてぇし」
「それは別に構わないと……」
(構う。俺は構うんだよ、延老さん……)
だけども今は喋れない。
誰か何とかしてほしいと祈っていた俺に春夜さんが応えてくれた。
「ちょ……ちょっと待って、『閃刃』様!」
「……何ですか、春夜殿?」
「えっと……あの、界武君の話ですけど……!」
「はい」
「その……何と言うか……ちょ、ちょっと遠鬼!
アンタもなんか言いなさいよ!」
「……面倒だ。俺はもう出る。お前達で勝手にしていろ」
遠鬼はそう言うと馬車を走らせた。
俺と月陽は勿論、延老さんが持ってきたという子供までも
その荷台に乗せたまま……。
「ちょ……ちょっと待ていっ!」
動き始めた荷台が急に止まる。
拍子に俺の上で暴れる子供が頭突きをしてくれる。
痛いは痛いが、俺はこの痛み、誰に文句を言えばいいのか。
「何故この状況で逃げるの!? しかもその人間の子供まで連れて!」
「乗せたのは『閃刃』だ、『閃刃』に聞け」
「いやあの……ちょっと降ろしただけでして。
持っていかれると、少し困るのですが……」
流石の延老さんも遠鬼の無作法に苦笑いを交えてそう答えた。
「ですよね『閃刃』様!
ちょっと待ってください! この馬鹿に言って聞かせますので……」
「言って聞かせるも何もだな……」
「うるさいっ! 偶には……本当に偶にでもいいから
私の話も聞いたらどうなの!?」
この混沌とした場を治めようと孤軍奮闘する春夜さんの悲鳴は、
次第に大きくなっていく。
「……そこの狼人族が何処にも行かんからしょうがないだろう」
「じゃあそこの鋼牙さんが何処かに行けばいいのね!
それでいいのね!?」
「……ああ」
「分かった!」
「ちょ、なんで俺に話しをふんだよ!」
「いいから……もういいから! 鋼牙さん!?」
「お……おう」
有無を言わせぬ迫力を帯びた春夜さんの声に、
鋼牙の返事もどこか神妙だ。
「先程の話! 『閃刃』様から聞いた逆徒の話ね!
教えてあげるから私に付いてきなさい!」
「あ……でもよ、『閃刃』はすぐそこに……」
「うるさいっ!」
「……分かりました」
それでどうやら話は終わったようで、
強い歩調とそれに続く弱い歩調の足音が次第にここから遠ざかっていく。
(……多分、強いのが春夜さんだな)
相当……怒っているようだ。
あの鋼牙ですら逆らうのは不味いと知ったか最後の方は大人しかった。
「……行ったぞ」
足音が完全に聞こえなくなってから少し、
その遠鬼の声で俺は毛布の下から這い出した。
「はぁ……一時は、どうなるかと……」
その後を追って月陽も出てきた。
「ちょっと暑かったけど……楽しかったよね!」
ごめん月陽。俺はちっとも楽しくなかった。
「おや……そんな所に隠れていたのですか。
でもどうして……」
「延老さん、その話は後でいいかい?」
一旦延老さんの言葉を遮って荷台を見る。
……手足を縛られ、猿轡を噛まされた人間の少女が横たわっていた。
衣服は鹿野戸さんに従う子供達が羽織っている着物。もう見慣れたものだ。
その表情はぼさぼさの黒髪に多くが隠れていて窺い知る事が出来ないが、
特徴的な茶色の瞳からは怯えは感じ取れず、怒りや憎しみの情が強く出ている。
「この子、なんで猿轡なんか……」
「それはですね、こういう訳でして」
延老さんが左手を見せてくれたが、そこにははっきり綺麗な歯形が残っていた。
「この少女、捕まえたはいいものの舌を噛み切ろうとしましてね」
「そりゃあ……」
俺は言葉を無くす。
自傷を阻止するために止む無くの処置らしいが、
前に延老さんに捕まった青、鉄、咲の三人はそこまで苛烈な抵抗はしなかった。
「舌を噛み切った程度で人は死ねませんよと諭しても止めそうもなかったので」
「事情は分かったけど……そもそもこの子、
どうして……そしてどこで捕まえて来たんだよ……?」
「その事も含めましてちょっと相談があり戻ってきたのですが、
遠鬼殿と何処かに出かける所でしたか」
そう……これから岩童の所に向かうつもりだったんだけど、
こうなったら今は取り止める他ない。
「もういいよ。一旦それは中止。
遠鬼、春夜さんと鋼牙がどこに行ったか分かる?」
「……恐らく、春夜がいつも世話になってる民家だろう」
「じゃあ俺達が使っていた家とは逆方向か……。
ならまたそっちに戻ろう。この子の事をどうにかしておかないと
流石に不安でここを離れられねぇ」
もう一度少女を見るが、露骨に目を逸らされた。
「この少女ですが、この集落を見張っていた者達の一人なのです」
家に戻って一息つくと、延老さんが事情を語り始めた。
「者達……?」
「はい。気配から察するに、これまでは常に二人以上で
近隣に潜みここを見張っていたのですよ」
「へぇ……」
全然気が付かなかった。
延老さんが言うには、鹿野戸さんが襲撃に来た後にはもう
この集落を見張る者の気配に感付いていたらしい。
だとすると……十日近くは潜伏していたというのだろうか。
「それがですね、いざ先程その者達を探してみれば、
今は何故か一人しかいなかったのです」
「……延老さん、それはつまりどういう事なんだ?」
「詳細はこの子に聞けば分かるかもしれませんが、
ひとまずの予想で良ければ……この近隣で急に報告すべき何かが起き、
この子を残して他の者は報告の為に逆徒の下に向かったのでしょう」
「単に見張り役、交代の時間だったとかじゃないのか?」
「だとすればやはり代わりの者が来るでしょうからね、
それも居らずこの子一人という事はやはり何か予想外の事情があったかと」
「なる……ほどなぁ」
言われてみればそうなのかもしれない。
でもまぁ……そういった事はこの子に聞けばいいだけか。
そこで床に座らされている少女に目を向ける。
今度はその顔をちゃんと見れたのだが……
整った顔、とでも言おうか、綺麗な感じの少女だ。
月陽が可愛い感じなら、この子は綺麗な感じ。
雰囲気から察するに、俺と同じかそれよりもちょっと年上かもしれない。
そして荷台に転がされていた時は長い髪だと思ったのだが、
こうして座っている姿を見ればそこまで長くもない。首に少しかかる程度だ。
まぁ……そんな当たり障りのない感想を並べて現実逃避したくなるくらい、
とにかくその眼光が怖い。
殺気が容赦なく浴びせられるせいか、あまり直視したくない。
(まぁ……延老さんに誘拐されてきたんだから、こうもなるかぁ……)
「それで……延老さん。
肝心の質問だけど、どうしてこの子を誘拐して来たんだ?」
「誘拐……まあ、確かにそう言えますねぇ」
延老さんは悪びれずに笑う。
「簡単な事でして。報告の為か交代の為かは分かりませんが、
この子の仲間はついさっき逆徒の下に行ってしまったのです。
とすると……今から逆徒の居場所を知る為にこの子達を見張ったとして、
それがいつになるか知れたものではないでしょう?」
確かに、この子達が報告に行く際にそれを尾けて鹿野戸さんの居場所を探る、
延老さんの計画はそんな感じだった筈だ。
それがたった今報告に行ってしまったのなら、
次にまた報告に戻るのはいつになるか……五日後か、それとも十日後か。
延老さんとしてはそんなに待てやしないだろう。
「故にですね……界武君に協力してもらって、
この子に今の逆徒の居場所を教えてもらおうかと」
「教えてもらおうかって……そんな簡単に言われても」
「ですが界武君には実績があるでしょう?」
……確かに、青達はすんなりと教えてくれたけれど、
この少女も同じようにしてくれる保証なんて無いというのに。
「それに……延老さん、俺はどちらかというと
延老さんに鹿野戸さんを見つけて欲しくないんだけど」
そもそも延老さんより先に鹿野戸さんの下へ辿り着こうと
岩童を探しに行く筈だったんだ。
そう言って頬を膨らませても延老さんはただ笑うだけだ。
「であれば、その子の保護をお願いしますよ。
子供達が一人でも多く戦場から離れてくれるのであれば、
私も大助かりですからね」
「……なんだかなぁ」
延老さんにいいように使われてるだけな気がする。
気がするけど……どの道、この子を放ってはいけない。
「もう面倒臭いからこいつ外すよ。
月陽もその額当て、外してくれ。同じ人間としてこの子と話がしたい」
「え~……気に入ってるのに……」
「それは嬉しいけど、今はお願いな」
そうして額当てを外して人間であることを明かした俺達を見てか、
少女の目は驚きのあまり大きく見開いていた。




