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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百二十一話 反面教師

「……私ね、出荷されるんだって。次の出荷日だから……六日後かな?」


魔力が無いせいで延び延びになっていた姉さんの出荷日が遂に決まったそうだ。

勿論そんな日付を全牙さんや鋼牙さんが直接教えてくれる事はないから、

姉さんがどこかしらで盗み聞きでもしたんだと思う。


出荷は喜ばしい事だった。出荷が決まると皆が喜んでくれた。

そう、魔力が強い人が優先的に出荷される決まりになってたから、

皆こぞって原始魔術を鍛え上げていたものだ。


でも姉さんは今にも泣きそうな顔で出荷日を俺に伝えた。

……その理由は、分からない。

その時に俺が何を言ったのかも、思い出せない。







唐突に次の場面に映る。


姉さんが泣いている。泣いて俺の胸を叩いている。


「ねえ……どうして!? どうして何も言ってくれないの!?」


分からない。俺が姉さんを泣かせたのだろうか。

……泣かせた事自体は何度かあったけれど、

でも俺はその度にすぐに頭を下げて謝っていた筈だ。

少なくとも、姉さんを泣かせたままにしておいた事なんて無かった。


でも、姉さんは泣き止む事は無く、俺も何も喋らない。


何だろうこの記憶は……危険だ。

この後に続くであろう記憶は、思い出してはいけないものじゃないのか?

その期待と恐怖が入り混じった感情に、

俺は震えながらも次を待つ。


でも……いくら待ってもそれ以降を思い出す事は出来なかった。

恐らくは、俺の記憶はここで壊れてしまっているんだ。







また次の場面。今度はもう実際にあった事なのかどうかすら分からない。


真っ暗闇の部屋の中で、姉さんが膝を抱えて泣いている。


俺はやっぱりそれをじっと見ているだけだったが、

しばらくして姉さんが顔を上げた。

その泣きはらした瞳を見るのも辛かったが、目は逸らせなかった。


「……どうして鹿野戸って人を助けたいって思ったの?」


何故か、姉さんが鹿野戸さんの事について聞いてきた。

とすれば、これは夢に違いなかった。

姉さんが鹿野戸さんの事を知る機会なんて無かった筈だからだ。


いつの間にか過去の記憶から夢へと移り変わっていたのか、

それとも……最初から俺は夢の中にいたのか。


記憶を殆ど失ってしまった俺だから、その問いには答えを出せないけれど、

それでも姉さんの問いには返事は出来た。


「……理由は色々あるんだ。あまりにも惨いその境遇への同情だったり、

 青達を幸せにしてもらう為に生きていて欲しいという希望だったり、

 それに……俺自身がこうなっていたかもしれないっていう共感だったり」


その返事は誰かに分かってもらう為の説明という体ではなく、

自問自答の自答の部分に近かった。

ある程度の共通認識が無ければ意思の疎通も難しいようなその返事を、

だけど姉さんはすんなりと理解してくれた。


「……でも、断られちゃったね」


「ああ……そうだね。でも俺は、それでもあの人を助けたいんだ」


「拒絶、されたのに?」


「そうだ。誰に頼まれたんじゃない。俺がそうしたいから助けるんだ」


つまりはもうこれは助けるなんて行動じゃない。

親切の押し売り、余計なお世話って奴だ。

鹿野戸さんの気持ちは無視して、

自分の都合だけ押し付けて戦いから退いてもらおうって話だからだ。

そうと分かっていても、当然辞める気はない。


「……死ぬかも、しれなくても?」


「覚悟はしてる。死ぬっていうのがどういう事かよく分からないし、

 それを理由に止める、なんてのはそもそも考えてないんだ」


「……そっか」


その素っ気ない返事に姉さんをよく見れば、

その視線が決して暖かいものじゃない事に気が付く。


「……あんなに死ぬのを怖がってたのに、変わったね」


「え!?」


俺は昔、死ぬ事を怖がっていたらしい。らしいが……全く覚えていない。


「俺が死ぬのを怖がってたって……いつの事なんだ?」


聞き返したが姉さんは答えない。ただ俯いてそれ以上は何も言わなくなった。


「姉さん!」


「もう……いい」


「もういいって何だよ! ねえ……」







「姉さんっ!」


「ひあっ!?」


返事をしたのは姉さんとは違う誰か。


というか……場面がまた変わっている。

さっきまでは真っ暗で冷えた部屋の中だったのに、

今度は陽光が差し込む暖かい家の中だ。

俺はどこかの部屋に寝かされていて……

さっきまで視界の端にいたのは知り合いの鬼人族の女性……春夜さん。

何かに驚いてのけぞったからか視界からは外れてしまったけれど、

ちょっと首をひねればすぐにまた視界に収まる。


「……なんで、春夜さんがいるんだ?」


ここにいたのは姉さんの筈だ。それがどうして春夜さんに代わってしまったんだ。


「界武君……気が、付いたの? 大丈夫!? 身体……痛くない!?」


「身体……?」


変な事を聞くなぁと思ったが、その心配そうな表情を無碍に扱うことも出来ない。

仕方なく俺はまず自分の身体の確認を……。


「痛っ!」


身体を起こそうとして、背中の痛みに耐えきれず倒れ込む。


「ちょ……ちょっと待って! すぐに月陽ちゃんを呼んでくる!」


寝てて……絶対に起き上がらないで、そう言って春夜さんは駆けていった。


それからゆるゆると俺は覚醒し、自分の身に何が起こっているのかを理解した。


(鉄に……いや、鹿野戸さんに刺されて、それで逃げて来たのか)


川に落ちた俺を、遠鬼がちゃんと拾ってくれたんだろう……多分。

それで……あの集落に連れ戻されて、治療を受けていた……のか。


「界武君っ!」


懐かしい声。離れていた期間は十日も無い筈なのに、

その声を聞いた瞬間、余りの懐かしさに涙までもが滲みだす。


「月陽……」


それ以上は言葉が続かず、俺は駆け寄ってくる月陽をただ待った。


「界武君っ! 苦しくない!? 痛かったりしない!?」


「背中がちょっと痛い。でも大丈夫……それだけだ」


その俺の言葉にほっとして緊張の糸が切れたのか、

月陽は寝床の側にぺたんと座り込む。後は……どんどんと目尻に涙が、

ああ……零れてしまった。こうなったらもう止まらない。

涙を零れるままにしていた月陽は、やがて大声で泣きだした。


「……馬鹿、界武君の馬鹿っ……!」


泣き声の中にそういった罵倒が混ざる。

伏している俺を攻撃する事は出来ないからか、

月陽は床を叩きながら只管に馬鹿と繰り返す。


どうしてそうも俺を罵るのかは分からない。

だけどそれをただ聞いているだけですまない気持ちになってしまう。


「……馬鹿でごめんな」


こうまで月陽を泣かせたのが俺のせいだというのなら、

やはり俺は馬鹿なのだろう。

そう思っての謝罪の言葉だったが、

月陽が泣き止む事はなかった。







「運んできた俺が言うのもなんだが……お前、元気だな」


もう体を起こして粥を啜っている俺を見ての遠鬼の言葉。


「元気で悪いみたいな言い草だな」


「悪くはないが、俺は半分以上は諦めていた」


そこで粥を貪る手が止まる。

遠鬼はこちらの体調に気を遣って言葉を濁す事なんてないだろう。


「……そんなに酷かったのか、俺?」


だからそう聞いてみる。

個人的には俺の身体、背中が少し……いや、かなり痛むぐらいで

他には特に問題が無いという認識なんだけど。


「酷かった」


「……どんな風に?」


「死体のように冷たかったし、

 川から引っ張り上げた際には息もしてなかった」


「え!?」


「腹を叩いて水を吐かせて、炭火の下に埋めて温めた」


「……」


それは本当に大丈夫なんだろうか。

応急処置として適切なんだろうか。


「それでも目を覚まさんから、馬に乗せてここまで来た。

 馬を乗り潰すつもりで急いだが……

 あれだけ揺すられてもお前は目を覚まさなかった」


「えっと……それで、ここに何日も寝かされて、

 それでやっと起きたってのか、俺」


「そうなる」


「なんか……それを聞いてから

 急にあちこちが痛くなってきたような……」


聞かなきゃよかったと項垂れる。

粥を食べていただけだったのに、もうどっと疲れている。


そうしてぐったりとした視線を遠鬼に戻すと、

何故か遠鬼も疲れているように見えた。

この男にしては珍しい表情だ。


「なんで遠鬼が疲れたような顔してんだよ?」


「ここにお前を連れて来た時の事を……思い出した」


「ここに……?」


一体何があったというのだろうか。

この体力だけは有り余ってる鈍感男をここまで疲労させるような……。


「月陽に……怒鳴られた」


「……ああ」


何となく遠鬼の気持ちが分かった。

今はこの場にいない月陽だが、あれが我儘を言い出すと俺も随分と手を焼く。


「俺が付いていながら何故お前がそんな目に遭っているんだと、

 怒鳴られて、叩かれて、蹴られて……」


「そりゃあ……災難だったなぁ。でも叩く蹴るって何だよ。

 いくら月陽でもそこまで乱暴になったりはしないと思うけど」


「戦士が戦って死ぬのは別に嘆く事ではないと言ったら……」


「……ああ、なるほどね」


俺ならまだ遠鬼の言う事が分かる。

お互い命を懸けて戦うんだ……その結果の生死も納得している。

でも勿論そんなのは俺達だけの理屈だ。


「その申し開きは通らねぇだろうな。

 遠鬼、月陽は別に戦士でも何でもないんだからさ、

 お前の理屈は通用しないと思うぞ」


怪我して帰ってきた俺が言うのもなんだが、そういう事なんだろう。

その時、俺は遠鬼が反面教師としてとても優秀な男に思えた。


(これは……俺の方も月陽に頭を下げないといけねぇなぁ)


月陽の方も怪我人の俺にちゃんと遠慮はしてくれてたんだろう。

そうでなければ俺も今頃同じように蹴殴り倒されてるに違いない。


「……だな。酷い目に遭った」


子供に泣かれるとどうにもならん、そう呟く遠鬼は少し面白かった。







そして粥を食べ終えた後、まだ残る疲労感に任せてちょっと休もうかと思った。

だが……そこで肝心な事に気が付く。


(いや……待てよ? そんな風に休んでいる余裕なんてあるのか、今)


そうだ。そもそも俺自身現状を全く把握できてはいない。


「遠鬼、俺は一体どれだけ寝ていたんだ?」


「どれだけ……? あの川からお前を引き上げて、

 ここに連れてくるまでに二日。それからここに寝かせて……三日か。

 つまりは五日はずっと寝ていた」


「五日……か。そりゃあ確かに月陽が心配しただろうなぁ……」


この後謝る機会を設けるつもりではあるが、気持ちが重たい。

全然持ち上がらない。

それに加えて……五日。あれから五日も経っている。

それだけあれば鹿野戸さんならどれだけの事が出来るのか。

あの人は確か朝廷と幕府を同士討ちさせようと企んでいた筈だ。

ならば……当然朝廷のあるっていう山城国でも何かしらやってるに違いなく、

そして当然、新坂にも何かしらの干渉をしている筈だ。

また、『山嶽王』って奴も結局出会えず仕舞いだったから、

山城国か新坂、どちらかで暴れている可能性が高い。


(もしかすると……この集落の外は今、

 俺達の思う以上に酷い事になっているのかもな……)


「遠鬼、この集落の外の様子って聞いているか?」


「知らん。最近は賊は勿論だが旅人も通らんらしい。

 新坂から新たな役人が送られても来ない」


「……そういうのって、珍しいものなのか?」


「だろうな。関所が閉められているかもと『閃刃』は言っていた。

 ああ、『閃刃』と言えば……どうも、この集落は見張られているらしい」


「見張られてる……誰に?」


「俺は知らんが……『閃刃』が言うには逆徒の手の者だろうとの事だ」


(鹿野戸さんが、ここを見張ってる……)


延老さんを警戒しての事、だろうか。

その見張りを使えばもう一度鹿野戸さんと接触できるかもしれないが……。


「なあ、遠鬼……」


「何だ?」


「皆を集めてくれ。これからの事を相談したいんだ」


何をするにしろ、ここでちゃんと皆に俺の意見を知ってもらわないといけない。

鹿野戸さんと会って俺が感じた事の全て……

それを伝えてからもう一度協力を頼むんだ。

この騒乱を終わらせて、鹿野戸さんを生き地獄から解放するために。

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