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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百十八話 一方その頃 鹿野戸の場合 その二

山城国と丹波国との境にある関所、

そこを守っていたのは一人の陰気臭い男だった。

幕府の者が良く付けている簡素な鎧を袴の上に纏った、

貧相な関所を守る小役人……少なくとも男にはそのように見えた。


「何か……ちょっと怪しい感じの男ですね」


ただ、部下の方は異なった印象を持ったようである。


「何故そう思うのだ?」


「いや……あの髪型ですよ。前髪が長過ぎませんかね?

 片方は目まで覆っていて、

 あんなんで関の番なんて務まるんですかね?」


野郎の髪型など特に気にした事もなかった男だが

改めてその小役人を見れば、確かに前髪が鬱陶しい。

陰気臭い雰囲気の出所はその髪型にもあるのだろう。


「それに……何ですかい、あの大槌。

 幕府の連中は槍を好むと聞いてましたが、

 大槌を持つ奴もいるんですね……」


部下の男はその役人が携える武器にすらケチをつけ始めた。

確かに幕府の役人は管領に倣ってか槍を使う者が多いとは聞いている。

だが大槌は不器用な魔族が好んで持つありふれた武器の一つ。


「まあ……槌自体は別に珍しくもあるまい」


だから男はひとまずそう返す。

部下が警戒する程にはあの役人が怪しく見えないのだ。


……まあいい。とにかくこの陰気な男に関の状況を問わねばならぬ。

後は……幕府の謀反、その噂の真偽も確認ぐらいはしておいてもいい。

そう思った男は関に近づいて声を上げる。


「もし……そこの! この関を守る役人とお見受けするが!」


「……はぁ。貴方がたは朝廷の戦士……ですかね。

 こんな所まで見回り、ご苦労様です……」


最初、その役人の呑気な返事に少し腹が立った。

二つの村が焼き払われ、百人もの戦士が殺された事件が

付近で起きているというのに、危機感が台詞から微塵も聞き取れない。

だが……今はまだその怒気は態度に現れる程のものではない。

この関を守るのは幕府の役人だ。

朝廷の下部組織とはいえ別組織であるのも確か。

だからまずは丁寧に対応しようと試みた。


「少し聞きたい事があってこの関まで来たが……まず、

 最近起きている事件について聞き及んではいないのか?」


「事件……ですか? 一体何の事件で?」


こう聞き返すという事は、本当に何も知らないのだろうかと男は訝しむ。


「知らぬのか? この地に潜む何者かの手によって、

 すでに二つの村が焼き払われ、王都から送られた討伐隊までもが

 悉く殺されてしまっている!」


近年稀に見る大事件である。

誰が聞いてもそう思う筈なのだが……その役人は相変わらず表情を変えない。


「それはまた……大層な事件で。

 だけど私は今聞かされるまで、そんな事は知りもせずに生きてきましたよ」


他人事だとでも言うのか。

だとしても亡くなった者達へ言葉だけでも悼んでいいと思うのだが。

……その様が太々しく思えてしまい、自然と男の声も荒くなる。


「その物言いは何だ!

 無辜の民に加え、この世界を守る戦士の多くが殺されたのだぞ!」


その大声に怯え竦む事もなく、

その役人は表情を変えずにゆっくりと近づいてくる。


「そりゃあ俺も人が死ぬのは悲しいですよ。

 悼みもしますし嘆きもします……ただ、今回の件、

 殺されたのは毛人なのでしょう?」


「な……えみ……し……?」


知らぬ言葉。だがその嘲るような口調から知れるのは、

その言葉にいい意味を持たせて喋ってはいないという事だ。


その表情の殆どを鬱陶しい前髪で隠されたその役人、

近づいた事でその口元がはっきりと見えるようになったが……笑っている。


恐らくは……最初からこの役人は笑っていたのだ。

何に対してか……それは分からないが危険だという事だけは分かる。


「総員! 武器を構えろ!」


反射的にかけた号令。男も腰に下げた鉄鞭を手にとっては馬から飛び降りた。


(間違いない! その手段までは分からぬが、

 この男こそが一連の事件を起こした敵だ……!)


「勘がいいのは悪くないが反応が遅い……『動くな』!」


役人の声が響く。金縛りにでもかかったかのように体が動かない。

たった今手に取った鉄鞭までもがその重みを消し、

肺の伸縮すらも滞る。


(拙い……何か分からないが、何かされている!)


反射的に魔力の霧を展開する。それでどうにか体の感覚が戻ってくるが、

戻ってきたのは二割程度、残りの八割は未だ何処かに行ったきりだ。


「お前……何者だ! 一体……何をした!?」


「……動けるか。やはり田舎とは人材の質が違うか。やりづらいな」


その役人は大槌を手に取って男へ叩きつける。

……普段ならば軽くいなせるであろうその一撃、

生憎と二割の力では防ぐので手一杯だ。


「があっ!」


なんとか鉄鞭でその一撃を打ち払うも体勢が崩れる。

下半身に力が戻り切っていなかった為か、そのまま前のめりに倒れ込んだ。


「だ……旦那ぁ!」


部下の悲鳴が聞こえる。だがその様子を見る事が出来ない。

急いで立ち上がろうとした男だが、後ろ首を踏みつけられて体を起こせないのだ。


「人の心配など不要だ。お前達、『隣の仲間を殺せ』。

 で……その次に『自殺しろ』」


「なっ……何を、何を言っている……!?」


その悍ましい言葉に身の毛がよだつ。

先の動くなという言葉からも十分に察する事が出来る。

この役人の言葉には聞いた者の意思を無視して従わせるような力がある。

それがたとえ味方殺しという凄惨な命令であっても……。


「や……止めろっ!」

「うわああああっ!」

「な、どうして勝手に……!?」


倒れ伏す男の耳に届くのは、戦うような音、狼狽える声……

そして、断末魔の叫びが幾つも幾つも……。


「お……お前達、魔力の霧だ!

 それでどうにか抵抗するんだ……!」


たまらず男は叫ぶ。

だが……さっきこの役人が言ったように、反応が遅すぎたのかもしれない。

止まない、止まない。悲鳴が、嗚咽が、慟哭が……。


どれくらい経ってからか、後ろ首を踏みつける役人の男がボソッと呟いた。


「……十人も抵抗出来たのか。前の討伐隊よりも質がいいな」


「十人……たった十人だとおっ!」


その言葉が正しいのなら、男が率いてきた部隊の殆どが

今の一言で殺されてしまった事になる……。


「うああああああっ!」


手塩に掛けて育てた部下だ。

こんなふざけた事態で損耗する事自体許せないのに、

全滅させられるなど到底許せるものではない。


まだ力の戻らぬ四肢に無理矢理強化魔術を流し込む。

役人の足をはねのけ体を起こし、それと同時に鉄鞭を振り上げる。


「むっ……」


抵抗されるとは思ってなかったのだろう。

役人はかろうじてその鉄鞭を躱したものの、

たたらを踏んで大きく後ろへと下がった。


「大丈夫……か……」


その隙に後ろを振り向けば聞こえた通りの凄惨な光景。


先程まで愚痴を交えつつ笑い合っていた仲間達、

その殆どが同士討ちの結果か倒れ伏して血を流しており、

そうでない者ですら味方を殺めた動揺に武器を持つ手が震えている。

……あれではしばらく使い物になるまい。


「お前……お前はぁ! なんて事をしやがったぁ!」


すぐに振り向き直し怒りに燃える瞳で役人を睨みつける。


(殺す……この男は殺す!

 何があっても、何としてでも殺してやる……!)


その殺意に満ちた怒りを向けられても、役人の男は変わらず笑ったままだ。


「……もし人間が殺されたとしてもお前はそう怒るのか?

 怒らんだろう……いや、むしろ腹を鳴らして舌なめずりか」


「何を……戯言を!」


「戯言ではない。少なくとも俺にとっては。

 お前が人間がいくら死のうと何とも思わないのと同様に、

 俺はお前達がいくら死のうと何とも思わんのだ」


……男はその言葉を許せない。

何よりも、あの笑ったままの表情だ。

あれを踏み潰しでもしないと男の怒りは収まらない。


「黙れえええっ!」


怒りに任せて振るった鉄鞭。

それが役人の持つ大槌とぶつかり合う事三度。

押されたのは全力を出せない男の方ではなく、役人の男だった。


「ぐうっ!」


四度目の攻撃は鉄鞭の横薙ぎ。

大槌で防がれはしたがその一撃の重さに役人の男が呻く。

戦い慣れていないのか、それとも体調が万全ではないのか。

とにかく役人の男の体捌きが拙い。


「があああっ!」


強く一歩を踏み込む。

相変わらず痺れの残る両腕、

それにありったけの強化を施して再度鉄鞭を振るう。


その五度目の攻撃に役人の男は耐えきれず、

大槌を弾き飛ばされ尻もちをつく。


「死ねえぇい!」


逆手に持ち替えた鉄鞭を突き刺すように役人の男の喉に振り下ろそうと……

そうしたところで、強い衝撃に体が横に吹き飛ばされた。







「先生……先生っ!」


自分の弟子の一人である凪が近づいてくる……とすると、

今朝廷の戦士を吹き飛ばしたのは長弓の放った一矢か。


『閃刃』に軽々と打ち払われた矢の数々を目の当たりにし、

凪がその対策にと選んだ武器が

普段使う弓の倍はあろうかという全長十尺程の長弓だった。

強化魔術を使わなければ引ききる事も出来ないその長弓の放つ矢は、

鎧を容易く突き破り、そのまま体をも貫通する威力を誇る。


それを横腹に打ち込まれてはああいう風に吹き飛ばされるのだろう……。

その一撃に命を救われた事を知り、鹿野戸は軽く一息を付いて立ち上がった。


見れば、他にも十人ほど生き残っていた筈の者達が皆倒れている。

辺りに散らばる何本もの矢を見ればその理由も知れる。

凪の率いている子供達が放った矢が雨の如く降り注いだのだ。


「先生っ……ご無事でしたか!?」


凪が子供達を先導しつつ駆けてくる。

その姿に既視感を覚えつつ、鹿野戸は笑って迎えた。


「凪、お前はいつも危ない時に来てくれるな。

 ……今回も助かった、ありがとう」


「だから……言ったではありませんか!

 一人で部隊を相手にするのは無謀だと……!」


子供達の犠牲を一人でも減らしたいからと、

凪に残存戦力の全てを預けた決断をまたも責められてしまう。


「そうは言うがな、最初の討伐隊は俺一人でどうにかなったんだ。

 大半を同士討ちさせては生き残った者に死体を運ばせ、その場で自殺させた。

 今回も上手くいくと思ったのだが……」


矢を胴に打ち込まれて横たわる男を見る。

……後詰めの部隊の隊長か。この男が強かった。

動きを縛られておきながら、怒りのみで鹿野戸の拘束魔術に抗し切った。


「この男、調べておいて服従印を作っておくべきだったか。

 毛人用の服従印は作るのに時間がかかるのがやはり面倒だな」


「……先生ですら事前にその種族や強さを調べ

 印を設計しておかなければなりませんからね」


人間と比べ魔力も強く種族も多様な毛人に刻むものとなると、

それなりの時間と労力が必要となるのだ。

そしてそういった特殊な服従印を設計する術は、

未だ弟子にも伝授しきれてはいない。それ程に高い技量が要る。


「殺す、殺してやる……」


その部隊の隊長だが……矢が胴を貫通する程の傷を負いながら、まだ生きている。

微かな声でそう呟き、怒りに燃える瞳を鹿野戸に向けたまま

必死に起き上がろうとしているのだ。


「……流石に毛人はしぶとい」


「ですね」


凪は長弓に矢を番え、今度は倒れ伏す男の頭を狙う。


「……いや待て、まだ殺すな」


「先生?」


鹿野戸はしゃがみ込んで男の瞳を覗き込む。

……胴を貫いた矢は背骨すらも砕いた筈だ。この男は既に虫の息。

だというのに怒りのみで命を持たせている。その執念は認めるべきだ。


「……今回はお前達の負けだ。お前の連れてきた部隊は全て殺された」


「まだ……まだいる。俺の育てた部隊がまだ、砦に残ってる……!」


今にも死のうとしている男。その口調だけ聞けばそうとは思われないかもしれない。

それ程にはっきりとした言葉に声量……これが怒りの成せる業か。


「そうか……でも残念だが、その部隊も既に全滅している。

 お前の守っていた砦は今頃焼け落ちている筈だ」


「なっ……!?」


男が狼狽える。そんな事が出来る筈がない。

何故なら鹿野戸は砦ではなくこの関にいるのだから……。


「討伐隊とお前達を殺したのは俺だ。

 だがな、村の焼き討ちを任せたのはここにいる凪だ。

 その凪にはだな、村を焼いた後にまた別の仕事を任せてあった。

 ……何だと思う?」


「お前……まさかっ!」


男の動揺を見て鹿野戸は笑う。

下卑た笑みだと自分でも思う。だが……止められる筈もない。

魔族が苦しみ悶える姿を見ている間だけ、鹿野戸は仲間の死を忘れられるのだ。


「手薄になった砦の焼き討ちだよ。

 その凪がここに戻って来ているのだから、当然仕事は済んでいる筈だ。

 ……残念ながら、お前の部隊は文字通りの全滅だ」


「なっ……なっ……」


怒りに燃えていた筈の瞳が、今度は絶望に染まっていく。

そうして最後の望みまでも断たれた男は、戦意を失いそのまますぐに事切れた。


「……お前達毛人には、死ぬ瞬間まで希望すら与えてやらん」


そう吐き捨ててから鹿野戸は腰を上げた。

その表情にはもう下卑た笑みなど残ってはいない。

ただ悲壮な眼差しを天に向け、そして覚悟を決めたように凪の方を向く。


「凪……それに皆、大変な戦いだっただろうが、良くやってくれた」


「先生……」

「先生っ!」


凪の後ろに控える三十名近い子供達が、

鹿野戸の言葉を聞いて思い思いに感情を吐露していた。

座り込む者、鹿野戸や凪に抱きついて来る者とその反応は様々だが、

皆一様に涙を流していた。その理由が勝利の喜びなどではない事は

鹿野戸が一番よく知っている。


「凪……それで、誰が犠牲となったのだ?」


「……十六名です」


報告する凪の表情も鹿野戸と同じく悲痛なものだ。


「……俺は誰と聞いた。名を……教えてくれ」


そう鹿野戸に返されて凪は気付いたのだろう。

その悲しみから目を逸らす為、無意識にその名を口に出す事を避けていたのだと。


……そして、凪が十六の名前を報告した。


被害は確かに想定より少なかった。


人間の子供達だけで魔族の村を二つも焼き払い、

僅かな守備隊が残るのみとはいえ砦を落としたのだ。

……この程度の犠牲で済んで僥倖とすべきなのだ。

鹿野戸が一人で討伐隊を引き受けた意義はあったのだ。


だが……それが何だというのだろうか。


丹波国と山城国の国境。その関所の側に百に近い魔族の遺体が転がっている。

その地獄のような景色の中で、鹿野戸と凪、それに三十近くの子供達は、

十六もの仲間の死を想って泣いた。

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