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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百十七話 一方その頃 鹿野戸の場合 その一

(一体……何が起こっている! 

 幕府の奴等め、この期に及んで何の沙汰もないとは……!)


思い返す度に怒りが沸き上がってくる。

男は馬での行軍の最中にもそうやって怒りをありありと顔に出しては

部下を怯えさせていた。







その男は王都軍に属する戦士であり、

山城国にいくつかある砦の一つを守っていた。

その砦は丹波国の国境に近い所に建てられたもので、

五十年ほど昔、魔族の反乱が激しさを増す中で、

王都への守りとしての役割を期待されていたという。


だがそれも昔……今はもう太平の世の中である。

砦に攻めてくる者などいる筈もなく、

男の日々は敵と戦う血なまぐさいものでは到底なく、

ただ安穏とした空気に弛みがちだった

部下達の監督にのみ費やされていた。


男はそんな安穏とした日常を愛していた。

百を超える部下を持つ男は戦士としては屈強で知られていたが、

比較的穏やかな性分でもあったから、戦いを好まなかった。

長門国での反乱の噂は聞けど所詮他人事。

王都軍の自分にまでは声が掛からないだろうと安心しきって

緩やかな日々を享受していた。


それが二月ほど前から状況が俄かに変わり始める。


まず丹波国守護の厳容という者から、

賊が跋扈し始めて街道の治安維持すら難しくなってきたため

暫く国境の関を閉めたいとの申し出があった。


そこで不幸にも丹波国の国境付近にいた男の部隊には、

その日から旅人を見つけては丹波国は関が閉ざされてるからと

摂津を通る街道を案内するという仕事が加わった。


それは別に楽しい仕事でもないのは確かであったから、

男とその率いる部隊は嫌々ながらも方々を回った。

久々の行軍に草鞋を駄目にする者が続出し、

経費のやりくりに頭を抱えたものだ。


そうして旅人の案内として砦の近隣を回る事一月、

その賊とやらの討伐も終わったから関を開けるという連絡があり、

実際に関が解放された。


その後一時期は以前のように旅人が国境を越えられるようになった。

世は概ね平穏を取り戻しつつあり、

男もようやく雑務が一つ片付いたと喜んでいたのだ。


だがそれからすぐ、丹波国との国境付近の村々が襲撃されるという事件が起きた。


男が自慢する事でもないかもしれないが山城国はこの世界で最も治安がいい。

魔王様のお膝元という事で近衛軍に王都軍、その殆どがこの山城国にいるからだ。

勿論賊が一人もいないという訳ではないが、目立つような事をすれば

即討伐されてしまうというお国柄、細々と小さな盗みを行う者がいるのみだ。


だというのに村が襲われた。しかもその蓄えを収奪する為ではなく、

ただ焼き払っていったというから到底信じられるものではない。


当然のように即座に討伐隊が組織され、

王都とその近隣からかき集めた百を超える戦士達が国境付近の調査に向かった。

ここで男に不幸が重なる。どうせ近くにいるのだからと

男の指揮する部隊もその後詰めとして駆り出されてしまったのだ。

そんな訳でもう二月も男の愛した安穏とした日常と会えない日々が続いている。







「旦那……旦那」


深く考え込んでいたせいか、外への注意が疎かになっていた。

馬上の男はその呼びかける小さな声でようやく外に気が向いた。


「ん……なんだ? 用があるなら大きな声で話せ!」


だが胸に燻ぶる怒りはまだ冷めてはおらず、

どうしてもその返答は荒っぽくなる。


「ひっ……す、すいません……」


呼びかけていたのは男の部下だ。

力も立場も下の者がその激昂を浴びては縮こまるしかない。


これは拙いと男はすぐに態度を改める。

これまで培った部下からの信頼をこんな事で失うのは不本意だからだ。


「……いや、謝る必要はない。

 お前に怒っている訳ではないのだ。

 で……何があったのか?」


「は、はあ……旦那、そろそろ討伐隊の御遺体が

 転がっていた場所ですぜ」


そう聞いて辺りを見渡すが、そこは街道沿いにある何の変哲もない草原だった。

話題に上がった遺体の山は回収され弔われた後で、

ここに百近い戦士の遺体が転がっていたなどと、

今となっては想像する事すら出来はしない。


「……どう見ても、最近百人の戦士が敵と争った場所には見えんな」


「ですね。やっぱり何処かで殺された後、

 ここに捨てられたんでしょうかねぇ……」


曇天に吹きすさぶ風が不吉な予感を運んでくる。

だが草原には争いの痕跡一つなく、ただ虫の音が聞こえるのみである。


討伐隊は文字通りに全滅していた。

だから後詰めでしかない男の部隊がこうして敵の捜索を行っているのである。

しかしこれもおかしな話で、普通の戦いならば部隊が全滅する、

なんて事は到底有り得ない。部隊同士の戦いならば、

片方が敗色濃厚ならば全滅するより前に撤退を選択するからだ。


「……不気味ですねぇ」


部下のその呟きに男は馬上で唸る。

確かにそう……不気味なのだ。

まず相手の意図が読めない。村々を焼き払い、討伐隊を全滅させる。

そんな事をして一体何になるのだ。


次に……相手の強さが読めない。

いかなる強さがあれば、このような事が出来るというのか。


「旦那、討伐隊を全滅させるってぇ……只の賊に出来るもんですかね?」


男と同じ疑問を部下も持っていたらしく、そう聞いてきた。


「まぁ……無理だろうな。言わせてもらうが私達にも当然無理だ。

 近衛軍の戦士の方々ならば可能かもしれんが、

 あの近衛軍がこんな事をする訳もなし」


「……ですよねぇ」


ならばまだ見ぬ敵は近衛軍と同等の力を有しているとでも言うのか。

……とすれば、平和にだらけきっていた男とその部隊が歯向かえる筈もない。

だというのに、男の部隊にはどうにも緊張感が無い。

それもその筈で、近衛軍と同等の力を持つ部隊、

そんなものが何の予兆もなく現れる筈がないのだ。

少なくとも、ぽっと出の山賊か何かがそんな力を持っている、

なんて事は絶対に有り得ない。それ程までに隔絶した強さが近衛軍にはある。


だから危険な何かがこの辺りを徘徊しているかもとは頭では分かっているが、

現実感が伴わない為に危機感も持たぬままこうして敵を捜索している。


「じゃあ結局、この辺を荒らしてる敵ってぇのは何なんでしょうかねぇ」


「それを探るのが今の私達の仕事だ。

 ……勿論、戦って勝てんようならさっさと逃げる」


「え!? いいんですかい?

 逃げちゃならねぇって魔族の掟に書いてありやすぜ」


「お前はいつの時代の魔族だ。今はもうそんなものを守る必要などない。

 仕事が最優先……とにかく、私達は情報を持ち帰らなくてはな」


「そりゃあそうでしょうなぁ。

 やっぱり旦那の下にいて正解でしたぜ。

 ……俺も長生き出来そうで助かりやす」


「ぬかせ」


そう言って男は笑う。

……いつものだらけた調子が戻って来た。

太平の世で戦士がいつも真剣な顔をしてるのもそれはそれで良くない。

男はそう考えていたから、

普段は部下に多少からかわれようと笑って流している。


「でも……するってぇと都で流れてる噂の

 信憑性って奴が上がっちゃいますねぇ」


「何だ、その噂というのは?」


「いや、本当にただの噂なんですがね……。

 幕府の連中が、朝廷への反逆を企んでるってぇ……」


「……馬鹿な。幕府にそんな力があるか」


部下が言うのは噂だとしても信じ難いもの。

だから男は即座に否定する。

だが部下はそれでも引き下がらない。


「いや俺もそう思ってたんですよ。

 何よりその噂の出所って奴も奇妙なんで……」


「……出所?」


「へぇ。何でも鳩が文を運んで来たっていうんですぜ」


「鳩が……? お前は一体何を言ってるんだ?」


「いや、噂の話ですよ、噂。それがですね……」


王都に流れている噂。その詳細は部下の話によるとこうだ。


幕府が反乱を企んでおり、王都に軍を差し向ける途中である。

そして既に丹波国まで攻め上がっている幕府の軍勢は、

丹波国守護の厳容を軟禁し新坂の町を掌握している最中らしい。

軟禁中の厳容は、見張りの隙を突いて

鳩に文を持たせるというやり方で王都に窮状を伝えたのだという。


「噂というのは荒唐無稽になりがちというが……」


男はそう言って再度その噂を否定しようとした。

だが部下の言葉がそれを遮る。


「ですが旦那、鳩の下りはともかくとしましても、

 今回の件が幕府の仕業とすると色々と辻褄も合うんでしょう?

 何でも、こちらから使者を差し向けても

 誰一人として帰って来てねぇんでしょう?」


「そうは……そうなのだが……」


最初に男が怒っていた理由もそれだ。

朝廷もそうだが、男自身も部下に文を持たせて丹波国へ向かわせている。

それが十日も前の話だというのに、未だその部下は帰って来ていない。

話によると、朝廷が送った使者も同じような状態だという。


「旦那……これは流石に怪しいんじゃないですかね?」


そこで男は考え込む。

もし幕府が反逆を企てているとして、

ここ山城国で野盗紛いの騒動を起こしているのは何故か。


「……挑発か?」


「挑発? 何がですかい?」


「先程のお前の話だ。幕府が反逆を企んでるとする。

 そして今ここで起きている騒ぎの元凶も幕府だとしてだ。

 こんな事をしている理由として思い当たるのが挑発だ」


「はぁ……すると何ですか、幕府の奴等は俺達に攻めて欲しくて

 こんな事をしてるんですかい?」


「かもしれんというだけだ。

 ほら……知ってるだろうが王都の守りは鉄壁だ、攻め落とすのは無理だろう。

 それよりは幕府としては攻めてきた者を地の利のある丹波国で

 迎え撃つ方が勝ち目がある、そう考えたんじゃないか」


「はぁ、なるほど……」


部下は相槌こそ打つものの、男の言った事をよく分かっていないようだった。

だが男も殊更その仮説をしっかり説明する気はなかった。

何の根拠もないそれは、今はただの妄想の類である。


「……とにかく、そういった事をはっきりさせる為にも敵の捜索は続ける。

 討伐隊の足取りを追う事は出来るか?

 いや、それが無理だとしても遺体をここまで運んできた何者かの

 足取りぐらいはどうだ?」


「……殺されてからここに運ばれたんでしたら、

 荷車か何かを使ったんだと思いやす。

 百を超える御遺体、そうでもしないと運べませんからね。

 ですが……旦那」


「ああ……そうだな。言いたい事は分かる」


荷車や馬車が通った時に作られる轍。

それを追えば足取りが追えるかもしれないが、

この場所、比較的旅人の多い街道だからか幾つもの轍が引かれてしまっており、

どれが遺体を運んできたものかなど、このままでは分からない。


その轍、多少のぶれはあるものの、

その全てが東西に続く街道に沿って引かれている。

西は丹波国との国境の関へと、東は勿論王都へと続いている。


「……この轍の中のどれかが遺体を運んで来たっていうのなら、

 それは関か王都、どちらから来たのだと思う?」


男は部下に聞いてみる。

まぁ常識的に考えれば答えは決まっているのだが。


「そりゃあ関の方からでしょうねぇ。

 王都に近づけば近づく程敵にとっちゃ危険になりやすから……」


「つまりはそういう事だろうな……」


「そういう事……ですか?」


「そうだ。敵に近づこうと思えば西に行くしかない。

 ……関に行くぞ。色々と幕府の役人どもに言いたい事もある」

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