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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百十六話 一方その頃 羽膳の場合 その四

夕刻には詰所に戻るとは言ったが、

昼過ぎにはもうする事が無くなってしまった。


魔王軍への援軍要請も意外な程すんなりと終わったし、

天下三槍の持ち出しについては衛蒼より一筆貰っていた事もあり、

他にやった事といえば今回の件の重大さを口頭で説明したのみで

明日には借り受ける事が出来るようになっていた。

所要時間は概ね四から五刻程度、まだ夕刻には随分と時間が余っている。


(……眠い)


時間があると思うと急に眠気が襲ってきた。

そういえばこのところずっと働き詰めだ。

この楼京に戻るまでも負傷を押して飛び回っていたし、

ここに着いた後もずっと気を張っていて気疲れが酷い。


幕府の廊下、その窓から空を見上げれば日差しが強く、

既に秋も中頃に差し掛かろうかというのに結構な暑さ……ややうんざりする。


(どこか……風通しのいい所で一休みした方がいいかな……)


しかし……そうなると問題になるのはこの後の予定だ。

楼京の街には羽膳が借り受けている部屋がある。

飛んでいけばそう時間もかからないだろうし、使い慣れた寝床も待っている。

ただ夕刻になれば侍所の詰所に戻らねばならず、

それまでに時間通りその寝床が羽膳を離してくれる保証がない。


もし遅刻……だけならまだしも、すっぽかそうものなら

何を言われるか知れたものではない。

仮にも羽膳は他の皆の上司にあたるのだ。

そんなみっともない真似は死んでも避けねばならない。


(となると……しょうがない)


半分夢の世界に足を突っ込んでるような体で羽膳は侍所の詰所に入る。

……中には誰も居ない。先程までここにいたであろう花南は、

他の二人を呼びに出て行ってしまったのだろう。


そしてその広い詰所の隅、日差しが届かない畳の上で羽膳は体を横たえる。

ここなら約束をすっぽかす事もないだろうと、

羽膳は安心しきってその瞼を閉じる。

普段はそのざらざらとした感触に慣れてないからと

ここに横になる事は無い羽膳だが、この時ばかりは不思議と鼻に届く

い草の香りを妙に懐かしく感じていた。







「へぇ……この子が衛蒼様が連れてきた鳥人族の子、かぁ……

 フワフワしてて可愛い子ねぇ」


最初に花南に抱いた印象は……三つの目が気持ち悪い、

それに……馴れ馴れしい、といったものだった。


羽の生えた子供がそんなに珍しいのかと

羽膳が怒り出したくなるぐらいにはその三つの瞳がこちらを凝視してくる。

ずっと鳥人族の里で暮らしてきた羽膳にしてみれば、

この三つ目の方が余程珍しいのにだ。


「……ちっこいなぁ。こんなのがほんとに強いんですかい、衛蒼様?」


そう値踏みするような視線を向けてきた失礼な男が虎鎧だ。

確かにその虎人族特有の屈強な体躯に比べれば

羽膳のそれは小さいのかもしれないが、

それにしても戦士に対してよくもそう不躾に物を申せるものだ……と

憤ったのを覚えている。


「しかし……あのずっと魔王様に従わなかった鳥人族がこうして

 人質を寄越したって事は、噂通り帰順するんですね、流石は衛蒼様です!」


羽膳を人質呼ばわりしたこのヒョロヒョロした竜人族……これが落葉。

どんな誤解が噂として広まっているのか……。


(俺はただ、衛蒼に鍛えてもらう為にここに来ただけだってのに……!)


だけど初対面の年長者三名にいきなり怒鳴り散らすのも

十二歳の羽膳には厳しいものがある。

だから横にいる衛蒼に誤解を解いて欲しいと怒りのこもった視線を向けた。


「皆……この子はな、名を羽膳といって……

 別に人質としてここに来た訳じゃない。

 ただちょっと縁があってな、弟子としてここに連れて来たんだ。

 何分ずっと鳥人族の里で暮らしてきた子だから知らない事ばかりだろうし、

 色々親身になって相談に乗ってやって欲しい」


「そうだ、俺は人質とかじゃなくて……

 この衛蒼って男の弟子としてここに来たんだ!」


どうも舐められてる気がするからと、そう言って羽膳は精一杯の虚勢を張る。

誇り高き鳥人族の戦士は、こんな奴等に舐められる訳にはいかないのだと、

当時の羽膳は大真面目にそう思っていた。


「弟子……だって、フフッ……。

 衛蒼様、これはまた可愛い弟子を貰いましたねぇ」


羽膳の言葉を聞いた後でも、

花南は変わらずに茶化すような口調で衛蒼に話しかけている。


……まるで相手にされていない。そう思った羽膳は思わず声を荒らげた。


「馬鹿に……するなっ! 俺は里で一番の戦士だったんだ!

 お前達なんかよりもなぁ……ずっと強いんだからなぁ!」


ああ……覚えてる。今思えば恥ずかしい事この上ない。

だがあの時は知らなかったのだ……自分の世界がどれだけ狭いのかを。


「へえ……そうなんだ。じゃあお姉さんと一勝負、してみる?」


相変わらずに羽膳を子供扱いするその花南の言葉。

ただ……その笑みがやや凄みを増したような気がする。


「お前達……ってのは俺も含まれるのか。

 じゃあ花南の次は俺とやってもらおうかねぇ……」


虎鎧は確かそう言っていた。今と変わらず短気な男だ、

きっと怒ってたのだろうと羽膳は思う。


「僕は多分一番弱っちいんで、羽膳君が疲れ切った最後に

 やらせてもらえれば……」


そんな風に遠慮がちな落葉だが、それでも勝負だけはするつもりらしかった。

大人しそうで引っ込み思案にも見えるが実は芯は強い。

落葉はこの時からそんな男だった。


「いいよいいよ、全員相手になってやる……!

 俺がどれだけ強いか思い知ってもらうからなぁ!」


そう叫んで詰所を出た羽膳は、

よく鍛錬に使うという大きな広場に三人の先達を引きつれて向かったのだ。


……勿論、そこでは羽膳自身が自分の弱さを思い知る事となった。

苦い記憶だ。







「……ねぇ、羽膳ちゃん?」


「何だよ……」


花南、虎鎧、落葉の順で散々に打ちのめされた後だ。

そうやって子供扱いする花南を咎める気はもう無かった。


だから羽膳は地に仰向けに倒れたままで不貞腐れ、

ぶっきらぼうに返事をする。

その負け惜しみの様な言葉に花南が笑って言葉を続けた。


「羽膳ちゃん、空飛べるんだから飛び回って戦ってたら

 もうちょっといい勝負になったんじゃないかな?

 それなのにどうしてずっと地に降りたまま戦ってたのぉ?」


花南が言う通り、空を逃げ回りつつ戦えば良かったのかもしれない。

だけど……羽膳にはそう出来ない理由があった。


「……鳥人族の戦士は誇り高いんだ。

 飛べもしない奴を相手にそんな事が出来るもんか……」


そう、傍から見れば馬鹿げた理由かもしれないが、

勝負から逃げないという誇りが、羽膳にとっては何よりも大事だった。


「……なぁに、それ。

 それでずっと私達に合わせて戦ってくれてたの……?」


花南は呆れたんだろう、その羽膳の言葉に。

そう思ったら情けなくなって寝返りを打ち花南から目を逸らした。


「……可愛いっ! なんて可愛いのこの子ぉ!

 ちょっと生意気な辺りがたまらないわぁ!」


だがその羽膳を背中から抱え込むようにして花南が抱きついてきた。


「ちょ、何やってんだ! 離れろ……!」


振り解こうとするが無理だ。手痛い三連敗の後、

当然体力気力共に残ってやしない。


「ああ……それに何これ。羽が凄い気持ちいい……フワフワするぅ」


「や、止めろ、まさぐるなぁ!」


止めてくれなかった。

結局それから花南の気が済むまで翼をいじられた後、

更に羽根を数本持っていかれた。


……あれからだ。花南が何かしら理由をつけては羽根を毟るようになったのは。


ああ……何もかも懐かしい。

だが夢中の追憶はそこで唐突に終わりを告げる。


……誰かが体を揺すっている。

それに気付くと徐々に意識が現実に引き戻されて行った。







「……起きたか、羽膳?」


「虎鎧……か」


「おう……よく寝てたぞ。だけど悪ぃな、もう夕刻だ」


「いや、起こしてくれてありがとう……」


未だ重い瞼を擦ってはこじ開ける。

夕陽が差し込む詰所にはいつもの面々が揃っていた。


花南、虎鎧、それに落葉……。

虎鎧はいつもと変わらず無遠慮に羽膳に接してはいるが、

花南、それに落葉は傷だらけの羽膳を気遣うような表情だ。


「実はちょっと前に全員揃えて戻って来てたんだけどねぇ。

 あんまりよく寝てるもんだから夕刻まで寝かして置こうって思ってさ。

 ……よく眠れた?」


「羽膳さん、おかえりなさい。

 えっと……怪我、大丈夫ですか?」


その二人の言葉に肯定とも否定とも取れるような曖昧な返事をして、

羽膳はヨタヨタと歩いては自分の定位置に座った。


……まだ頭がぼうっとしている。

夢で見た昔の出来事がまだ頭に残っているせいか、

それとも寝姿を晒してしまったせいなのか……

とにかくまだちょっと気恥しい。


でも……それでも態度だけはしっかりとしておきたい。

そう思って羽膳は気を引き締め直す。

皆の弟分だったのは過去の話で、今の羽膳は侍所所司代、皆の上司なのだから。


「では……ちょっと起きたばかりで格好がつかないけど

 会議を始めたいと思う。俺と衛蒼様が新坂に行った後も

 皆自分なりのやり方で情報を仕入れていたと思うから、

 まずはその共有からお願いしたい」


「おう。じゃあまず羽膳からだ。その傷の理由を教えてもらわねぇとな」


そう返したのは虎鎧。それをすぐにも聞きたがるという事は、

その態度からは読み取れなかったが

この男なりには羽膳の傷を心配していたらしい。


「分かったよ。隠すような事でも無いからこの後話すつもりだ。

 ……ただ、この傷を見て察してるかもしれないけど、

 新坂……というか、丹波国全体だな。

 想像以上に混沌として来てて……正直、衛蒼様はともかく

 俺の手には負えなくなってきてる」


「そんなに酷いんですか?」


その落葉の言葉にただ首肯を以て返事とする。


「俺一人じゃあもう手に負えない。それは確実……だと思う。

 だけど同時に一つ確信がある。

 ……ここにいる皆の助力があれば、俺はまだあの混沌とした状況に

 付いていける。衛蒼様のお役に立てる!」


「まだ頼りにしてくれるんだ。嬉しいねぇ……」


花南は嬉しそうに笑う。

羽膳の姉貴分として振舞っていた昔を思ってか、

何やら得意げに腕を組んで頷いている。


(花南も……やっぱり変わらないなぁ)


楼京に来てから二年……羽膳が力不足で悩んだ時はいつもそうだった。

侍所の同僚達が直接間接問わず助けになってくれたのだ。

ならば今回も……頼るべきは今ここにいる仲間達。


「そんな訳で……情報共有が終わったら、

 忌憚なく色々と意見を出して欲しいんだ」


「……おう」

「分かりました」

「任せてよ~」


二年前からずっと変わらず頼りにしている先輩達の返事に、

羽膳は力強く頷く。


(……『偏愛逆徒』、『同族殺し』。

 今まではお前達に後れを取ってばかりだったけど……

 次からはこっちが攻める番だ!)


百余名の援軍に天下三槍……それに何よりも心強い仲間達の助言。

攻め入る為の準備が今、ようやく整ったのだ。

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