百十二話 一方その頃 衛蒼の場合 その四
「か……管領様! 槍です。もう一本の槍です……!」
持ってきた大盾で頭を庇いながら役人が走り込んできた。
そして衛蒼まで十歩程の距離まで近づくと残りもう一本の鉄槍を放り投げる。
「……助かる! これでどうにか……!」
緩やかな放物線を描き飛んできた鉄槍を手を伸ばして掴む。
強化した瞬発力で一瞬で間を詰めてきた『山嶽王』、
その蹴り足を今受け取った鉄槍で払いのける。
無論ただの払いのけるという行為でも、
衛蒼が強化した鉄槍を使えば結果は普通のものとは大いに異なる。
それだけで『山嶽王』の蹴り足からは尖った骨が皮膚を突き破り露出……
つまりは骨をへし折られたのだ。
「へし折ったぞ……これでっ……!」
「足を折った!? それが……どうしたぁ!」
砕かれた筈の足で地を踏み砕き、衛蒼に覆いかぶさるようにして
上から拳を叩き下ろす。左拳が避けられれば右拳が……
それが弾かれればまた左が打ち下ろされる……。
「……『山嶽王』! 貴方の身体はどうなっているのだっ!」
迫りくる右腕を撫で斬りに、振りかぶった左腕を壁崩しで斬り落とす。
そうまでしても『山嶽王』は止まらない。
次の瞬間には再生した両腕が再度衛蒼を叩き伏せようと振るわれるのだ。
「どうなってるだと!? 巨人族とはこういうものだ!
そして最大にして最強……不死にして不敗!
それが巨人族の長、『山嶽王』よっ!」
……滅茶苦茶だ。こちらの攻撃はまるで通用しないのに、
『山嶽王』の連撃はその一撃でもまともに受けようものなら
衛蒼とて死を免れまい。そんな理不尽な戦いの訳を、
『山嶽王』はただ種族の特性だからで通す気なのだ。
「……そんな答えで納得いくかぁ!」
楼京にも数は少ないながらも巨人族はいる。
人が多い場所はまた労役も多いのだ。
その為に常駐に近い形で何人かの巨人族が住んでいる。
だがその内の誰もがここまで大きくはないし、腕が再生する事もない。
つまりは……この『山嶽王』の力には種族特性以外の理由がある筈なのだ。
だがそれもこの追い込まれた状況下では探りようもない。
(それに……後ろに役人の男が控えている以上、これ以上の後退も出来ん)
チラリと後ろを見れば、大盾を構えて男が震えている。
下手に退けばこの連撃に巻き込むのは違いないだろう。
だからこそ、今の衛蒼は防戦に徹するしかなかった。
武器同士が打ち合った際に響く高い音ではなく、
肉が抉れ骨が削れる音ばかりが辺りに響く凄惨な打ち合いではあったが、
不思議と地には肉片はおろか血痕すら残っていない。
そんな不可解な衛蒼と『山嶽王』の打ち合いは既に百を数えている。
「しかしっ……『山嶽王』よ、そろそろ休んだらどうだ?」
それは軽口のようにも聞こえたが、
口に出した衛蒼本人はそれなりに本気である。
何しろこれまでの戦いで衛蒼の魔力体力共にかなりすり減っている。
「休む……!? 冗談抜かせいっ、お前に受けた傷を全て返してやらねば
休む気にもなれんわっ!」
天穿は『山嶽王』の身体に痛みを残さなかったが、
その誇りを多少は傷つけたらしい。『山嶽王』は怒りに任せて
なおも荒々しい連打を衛蒼に打ちつける。
「あれを全て返されては私は何度死ねばいいのだ!?」
衛蒼は真剣な表情で言い返す。
体格の違いを考えて欲しい。
更に言うなら腕は斬られてまた生えてくるようなものではないのだ。
……少なくとも衛蒼にとっては。
「謹んで断るっ! そも私が与えた傷は全て治っているではないかっ!
故に今更返せるものでもないだろうっ!」
「抜かせいっ!」
こうして休憩の誘いは断られ、
衛蒼は何十本目かもしれぬ巨木の如き腕を斬り落とした。
しかし相変わらず拙い事に、『山嶽王』は腕を吹き飛ばそうが
斬り落としてしまおうが止まる事はない。
足首から全身を再生した姿を見せてしまったからか、
『山嶽王』はもう人体の体裁を取り繕う事すら放棄したかのように、
何をやっても瞬時に回復して更に速い拳打を見舞う。
(駄目……だ。このままではこちらの魔力が先に切れるかもしれん……!)
持久戦すらも勝率の高い選択だとは思えない。
故に衛蒼は一度戦いを仕切り直す必要に迫られた。
「盾……そこの大盾を貸してくれ!」
「は……はいっ!」
衛蒼の後ろで震えていた役人は言われるままに持ってきた大盾を
衛蒼の背中に押し付ける。
「よし……!」
『山嶽王』の振り払うような右手刀を打ち払ってから衛蒼は武器を持ちかえる。
「斬っても突いても効果が無いのなら……突き飛ばす!」
縦に五尺、横幅は二尺に足りない大盾、
武器として扱うとなるとその重量を利用して叩きつける事になる。
無論その重量とて『山嶽王』の巨体に打ちつけるには全く足りていないのだが、
衛蒼が強化して使うと話は違ってくる。
衛蒼が魔力を込めたその瞬間にその大盾は青白く光り輝き、
その盾を巨大化させたような青白い魔力の障壁を作り出した。
屈んで拳を打ちつける『山嶽王』の背をも越える高さの障壁は、
『山嶽王』が殴ろうが蹴ろうが震える事もない堅固さだ。
「うおおおおおっ!」
その強大な障壁ごと、衛蒼は大盾を振り上げては『山嶽王』に叩きつける。
「ぬぐあっ!」
やや屈んでいたせいか前に突き出していた顔面を
しこたまに打ちつけた『山嶽王』は、そのまま遥か後方へと吹き飛ばされた。
その巨体が地に足を引きずりながらも吹き飛ばされたのだ。
地鳴りに上がる砂埃、どれも一軍団の行進にも勝る。
砂埃はともかくも、その地響きは大盾の後ろにいる衛蒼と役人の男にも伝わる。
その地響き自体も恐怖を伴う恐ろしいものかもしれないが、
今の二人にとってはむしろ福音であった。
何しろその地響きは、大盾の向こうにいる『山嶽王』が
遥か遠くへと吹き飛ばされた事の証だからだ。
ため息。示し合わせた訳でもないのに二人同時に口から洩れる。
『山嶽王』が起き上がってこちらに向かってくるまでの僅かな間でしかないが、
それでもこうして一息つける時間というのを衛蒼達はずっと欲していたのだ。
「ちょっと……甘く見ていたな。
思った以上に『山嶽王』の相手というのは……しんどい」
額当ての下を流れる汗を手で拭い、衛蒼がそう弱音を吐く。
「ただの巨人だというのなら管領様はもう何度も倒してますよ。
でも……不死身っていうのは酷すぎますよ!
どうやって勝てって言うんですかね……!?」
愚痴を零す役人の男に至っては、
濡れる袴を乾かすかのようにバタバタと両手で摘まんで動かしている。
(いや……袴がそうも濡れているという事は……)
そういう事だろう。濡れて気持ちが悪いのは分からないでもないが、
近くにいる衛蒼の事も気にして欲しかった。
「ちょ……待て、その飛沫を飛ばすな」
「あっ……す、すいません!」
「……いや、気持ちは分かる」
少し気まずい雰囲気が流れるが、だからといってこの貴重な時間を
只の沈黙で浪費したくはなかった。
「……軽く状況を整理する。
今手元にあるのはこの鉄槍と大盾のみだ」
「あっ……もう一つ大盾を持ってきています。
ここに走ってくる時に後ろに置いてきましたが……」
「では後からそれも取って来てくれ。何かに使うかもしれん。
そして……だな、それでもこれだけの武器では多分『山嶽王』を殺しきれん」
「そう……ですか。
それじゃあ新坂まで戻って新しい武器を……」
「それもいいが、あの『山嶽王』を殺しきるだけの武器、
新坂に当てはあるのか?」
「それはちょっと……しかも今の新坂は大混乱でしょうし、
あったとしても持って来れるかは……」
避難民でごった返すあの新坂にもこの戦闘の余波が届いていよう。
遠目にも見える程の巨人が町の側で大暴れしているとなれば、
その混乱ぶりは想像するのも容易かった。
「厳しいか……」
『山嶽王』を殺しきれる程の武器、その心当たりが衛蒼にはある。
だが……その武器とて楼京にて厳重に保管されていて
今この場に持って来れる物でもない。
つまりは、二つの大盾と一本の鉄槍、
これだけでこの場は凌がねばならないという事だ。
「でも……『山嶽王』もあれだけ魔術を豪快に使っておきながら、
全く疲れる素振りも見せませんね……
本当に九十を超える老人なんですか!?」
役人の男の不平は『山嶽王』の体力にも及ぶ。
衛蒼としてもその気持ちは大いに共有できた。
「確かにそれは私も思う。
こうして戦ってみて、疲労が濃いのはまだ若い我々の方、
というのは不甲斐ない事この上ないが……不可解だとも言える」
あの『山嶽王』が言われている通りの老人であるのなら、
魔力量と体力で若いこちらが後れを取る筈もないのだ。
「『山嶽王』が痩せ我慢してるって事ですかね……?」
「痩せ我慢……なるほど、可能性としてはある。
最初から死を覚悟して残る力の全てを振り絞っているのであれば……
こういう事もあるかもしれん」
だとすれば持久戦をやってもいいのかもしれない。そう衛蒼は考えた。
どの道殺しきる術がない以上、相手がその命数を使い切るまで
付き合ってやる……というのも選択肢に入る事になる。
(その場合はこっちの体力が持つか、だな……)
流石にそれは口に出来ない。
持久戦では分が悪いのは衛蒼の方だと、
そんな不安をこの役人の男に抱かせてはならないからだ。
「いっそ『山嶽王』を海の向こうまでふっ飛ばしたいです……
不死身の巨人なんかと戦いたくなんてないですよ……」
そんな衛蒼の気持ちも知らずに弱音を吐き続ける役人。
だがその言葉に聞くべきものがあるように思えた。
「……吹き飛ばす?」
「え? で、出来るんですか!?」
出来るのかと問われれば、出来なくはない。だが……。
「海の向こうまで……は流石に無理かもしれん。
だが手持ちの武器でもやろうと思えばかなり遠くまで吹き飛ばせる。
ただ……それをやるとしても最終手段だ。
吹き飛ばした先の土地で暴れられては責任が……」
「衛蒼っ! いつまで盾の向こうに隠れている……!」
衛蒼の言葉を遮ったのは大盾が作る障壁の向こうから聞こえる大声だ。
見れば『山嶽王』がもう距離を詰めてきている。
どうやら作戦会議もここまでらしい。
「……しょうがない。まずはこの大盾を使っての持久戦を試す!」
「はっ……はい!」
衛蒼は手に持つ大盾をしっかりと構え直し、
半透明の魔力の障壁の向こうにいる『山嶽王』をしっかりと見据えた。
「隠れている訳ではない!
ただ貴方の拳をいちいち槍で捌くのも面倒なのでな、
しばらくはこの大盾で凌がせてもらう……。
不満があればこの障壁を砕いてからなら聞こう!」
こう言っておけばあの『山嶽王』なら障壁を砕くまで
魔力を浪費してくれるだろう。
「……なるほど、それを壊せばいいのだな」
だが結果的にはその挑発は余計だった。
『山嶽王』は大きく息を吸い込む。
それはもう肋骨胸骨の類を無視し、
その胸が胴回りの三倍ぐらいには膨張するほどに……。
(いや、実際にそれだけ吸気を取り込むために自身の骨すら一時的に
破壊してるのやもしれん。そうしても問題が無い程の治癒力が
今の『山嶽王』にはあるのだ……)
そして……『山嶽王』程の巨人がそこまでして吸い込んだ息を
一気に吐き出す時何が起こるのか。
それに気付いた衛蒼は思わず後ろを振り向く。
そこには怯え竦む役人と……その遥か後ろにはまだ民の避難が完了していない
新坂の町がある。
「伏せろっ! 全力を尽くすが間に合わんかもしれんっ!」
役人の男にそう警告し、大盾を限界近くまで強化する。
大盾を境に作られた巨大な魔力の障壁もそれに合わせ厚みと大きさを増す。
その直後に凄まじい風の音。
羽膳が使う風の投擲魔術にも似ているが……その規模、桁が違う。
「ぐうううっ……!」
この盾を触媒としたこの魔術障壁、渾身の一撃で突き破ろうとした者はいた。
だが……その呼気で吹き飛ばそうなどと試した者など『山嶽王』が初めてだ。
そしてそれを実現させ得る威力の風圧も……これが初めてだった。
じわり、じわりと障壁が押し込まれて行く。
盾を構える衛蒼のもまた、その盾ごと後ろへとさがる。
更に……この異常なまでの風圧は盾を纏う魔力自体を徐々に剥がしているようで、
触媒たる大盾が少しずつ風圧に晒されて軋みを上げ始めていた。
(駄目だ……この大盾を使い潰すつもりで強化しなければ、
この息吹を防ぎきれん……!)
「もってくれよ……頼むぞ……!」
借り受けた大盾の頑丈さを頼りに、ありったけの魔力で強化する。
大盾から放たれる魔力はその色を増し、
半透明だった魔術障壁は白く濁りその存在を誇示するかのように
『山嶽王』に立ち塞がる。
そして……強化の甲斐あってか、
風の勢いが弱まり始めるまで魔術障壁は耐え続けた。
完全に風が止むと同時に城壁の如くそびえ立っていた白き障壁はかき消え、
その場にはボロボロの大盾が一つ残された。
その大盾の後ろには地に膝を付き俯いて息を荒らげている衛蒼。
新坂の町とそこに住む民を守る為に全力を尽くし、
疲労困憊で盾に寄りかかっていた。
「ひ……ひええ……」
遮られて見えなかった魔術障壁の向こう側、
それを見た役人の男は恐れおののく。
直前まではだだっ広い草原があった筈が、
障壁があった場所を境に綺麗に抉り取られたかのように土肌を晒している。
かの『山嶽王』が魔力で強化して放ったであろう息吹は、
何もかもを薙ぎ倒しただけではなく地面すらも削り取ったのだ。
この威力では衛蒼の障壁が無ければ、自分とて命が無かったと男は思い知る。
「……これを耐えるか。
衛蒼よ、五十年前の戦……いや、わが生涯の中でも
お前ほどの猛者はそう居なかった。誇れい……私が許す」
流石にその息吹を防ぎきられると思わなかったのか、
『山嶽王』も衛蒼の強さに驚愕しているかのように男には見えた。
怒り故に冷静さを失っていたようにも見えたそれまでの表情とは違い、
強敵の健闘を称える戦士の顔をしていたからだ。
「か……管領様……?」
『山嶽王』の称賛の言葉に反応も出来ずに膝立ちで大盾に寄りかかる衛蒼。
その背中は『山嶽王』は勿論、この役人の男よりも小さい。
その小さな体でここまで色んなものを守りながら巨人と戦い続けてきたのだ。
だがその健闘も限界近くにあるのだろう。
まだ衛蒼は息を整えるのにすら時間を要するようだった。
「誇る事など……ない」
だが衛蒼は小さい声ながらもはっきりとそう言った。
「……何を言う。誇れ、お前は強い。
この私が戦うに値する戦士なのだ。もう一度言う、誇れい!」
「断る!」
その『山嶽王』の一方的な称賛を、それでも衛蒼は受け入れない。
「人は法に従い秩序を守って正しく生きた事こそを誇れば良いのだ!
多少力が強い程度の事を……どうして誇れるか!」
そこは衛蒼と『山嶽王』の決して相いれない部分。
力を求める魔族の戦士と、秩序を守る幕府の役人の矜持の違い。
「……解せん。お前の言っている事は分からん、衛蒼よ」
その時『山嶽王』が示したのは困惑という感情。
……ここに来て初めて見せた表情だった。
「貴方が分かる分からないは関係ない。
ただ私の前に立つからには……秩序にこそ、従ってもらう……!」
そう言い放つと衛蒼は寄りかかっていた大盾を投げ捨て、
鉄槍を拾っては構え直す。そして……。
「……持久戦は、中止だ」
呼吸の切れ間に小さな声で役人の男に指示を出した。
「後ろにある……大盾を……持って来い。
それで奴を……吹き飛ばす!」
「はっ……はい!」
役人の男は衛蒼と『山嶽王』に背を向けて後ろへと走りだす。
なけなしの魔力を総動員して体を強化し全力で大盾を置いた場所へと駆ける。
この時、男は後ろを全く気にしなかった。
『山嶽王』が自分に向けて攻撃を仕掛けてくるかもしれないと思いはしたが、
もしそうだとしてもその攻撃は自分に届かない確信があったからだ。
(管領様なら……その指示に従えば必ず結果を出してくれる!)
『山嶽王』との戦いを後ろから見ていた男はもう、
衛蒼の強さについて全幅の信頼を置いていた。
だからこそ……何の不安も抱かずに、これほども早く大盾を拾う事が出来たのだ。
「管領様ぁ! 大盾、拾いましたぁ!」
拾った大盾を掲げ振り返り、大声で叫ぶ。
男の目に映ったのは高速で四方八方に飛び回りながら戦う衛蒼と、
それを迎え撃つ『山嶽王』だった。
最後に残った一本の鉄槍を武器として、衛蒼は残った魔力を総動員して
『山嶽王』を牽制しているのだ。
消耗しきった今でもなおそうまで戦える衛蒼に深い尊敬の念を抱きつつ、
男は自分の務めを果たすべく声を張り上げる。
「大盾……投げます! 受け取ってください!」
恐らくはそれが一番早い。
そして……衛蒼も『山嶽王』との攻防の間隙を縫って
必ず大盾を受け取ってくれるだろう。
だから男は少しも躊躇わずにその大盾をぶん投げた。
「大盾……投げます! 受け取ってください!」
その声にチラリと後ろを振り向いた衛蒼は、
回転しながら宙を舞う大盾を視界に収めた。
そしてすぐに『山嶽王』へと向き直す。
少しの隙を見せるのすら危険、今対峙する相手はそういう敵だ。
(大盾の軌道も分かった。後三回……それだけ『山嶽王』の攻撃を凌げば
あの大盾が手に入る……!)
もう魔力を殆ど残していない身体に鞭打って、その最後の三回に備える。
まずは振り下ろされる手刀。
その威力と速さはこれまでの全ての攻撃に勝っている。
だがそれをギリギリまで引き付けてから横に跳んで躱す。
割れる地面の欠片や土煙に身を隠し、後ろに回り込んで鉄槍で両足を払う。
だが『山嶽王』も跳んでそれを躱したかと思えば
振り向くと同時の左手刀を振り下ろす。
その鋭さに回避が難しいと知った衛蒼は手に持つ鉄槍で打ち払おうとする。
手首を斬り落とすつもりで振り上げた鉄槍が……押し返された。
「ぐうっ!」
槍の強化を弱くした覚えはない。という事は……。
(ここに来て……『山嶽王』の手刀の威力が増している……!)
辛うじて手刀を受けきっては『山嶽王』の股を潜り距離を離す衛蒼。
その衛蒼を追いかけるように先程振り下ろされた右手が
今度は振り上がって衛蒼の背を狙う。
「それで……三回だぁ!」
その攻撃を高く跳び上がって凌ぎ……飛んできていた大盾を空中で受け取る。
「はあっ!」
なおも後ろから迫りくる『山嶽王』の右拳を大盾で打ち落とす。
その衝撃に流石に体幹を崩された『山嶽王』は二歩三歩と後ろによろめき、
ようやく体勢を取り戻した。
だがその直後に衛蒼が右手に持った大盾ごと
『山嶽王』の腹部に跳び上がっての体当たりをかます。
「むうっ!」
一度『山嶽王』を大きく吹き飛ばした事のあるその一撃が、
今度は体当たりという形で腹に突き刺さったのだ。
『山嶽王』の巨体は大きく上空へと打ち上げられた。
以前の一撃と違ったのは、吹き飛ばされた方向だ。
かつては後ろに、そして今は上空へ。
そしてもう一つ……衛蒼が体当たりをした際に大盾から手を離したのか、
その大盾も一緒に上空へと飛ばされている。
衛蒼が籠めた魔力が大盾を介して作り出す魔術障壁、
『山嶽王』はそれを抱え込むような体勢で空へと打ち上げられたのだ。
「衛蒼……お前、なんのつもりで……!」
どうして大盾から手を離したのか。
それを聞こうとした『山嶽王』が眼下に見たのは、
鉄槍を投擲しようと構える衛蒼の姿だった。
「貴方が抱え込むその魔術障壁、天穿とてそう簡単に貫けん。
するとどうなると思うか……『山嶽王』よ!」
「え……衛蒼、お前はぁ!」
その意図に気付いてももう遅かった。
衛蒼が『山嶽王』……正確には『山嶽王』の腹にある
大盾へと向けて放った天穿は、その腹を突き破らずに
『山嶽王』の身体を魔術障壁ごと遥か遠くに吹き飛ばす為の一撃だった。
「願わくば……地になど落ちるな……海に落ちろ、そして沈めいっ!」
全ての武器を使い果たした衛蒼は叫んだ。
だがその声は『山嶽王』には届かなかっただろう……。
何故ならば、その時には既に天穿を推進力として
遥か遠くへと飛ばされていたからだ。




