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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百十一話 一方その頃 衛蒼の場合 その三

衛蒼の愛槍は八尺程度の木製の柄にやはり木製の槍頭を取り付けた簡素なものだ。

元々はその槍頭は鉄で拵えたものであったようなのだが、

それでは衛蒼が使うには強すぎるという事で木製のものに替えられた。


その九尺に届こうかという長さの槍が

すっぽりと『山嶽王』の首に突き刺さっていた。

殺さぬように喉を突くのは得意だと言った通りか、

その刺し貫く槍を滴る血は微量で吹き出すような事はない。


「さて……『山嶽王』。後はこの槍を横に薙ぐだけでこの太い首が飛ぶ。

 死にたくなければだ、貴方が知っている事全てを話してもらう」


上体を手で支え座り込んだ形となる『山嶽王』の巨体、

その鎖骨に足をかけ左手で顎を持ち上げたまま

右に持つ槍を脅すように捩じってから衛蒼はそう告げる。


「死になくなければ……か。温いぞ、衛蒼」


顎を衛蒼に抑えられているからか少し喋りにくそうではあったが、

『山嶽王』は衛蒼の脅しを嘲笑うかのように呟く。


「温い……とは?」


「戦士が死を恐れる筈がなかろうが!」


上体を支えていた左手を振り上げる。

『山嶽王』は喉にとまる羽虫にそうするかのように、

衛蒼を叩き潰さんとした。


「……阿呆が」


悪人を殺すのを躊躇う衛蒼ではない。

相手が抵抗するのならと速やかに首に刺さったままの槍を薙ぐ。

衛蒼の信頼の魔力で強化された木槍はまるで束ねた藁でも断つかのように

ざっくりと『山嶽王』の首を刎ねた。


短く整えられた白髪と髭、そして歳を感じさせる皺だらけの顔……

大罪人でありながらその名声で勝る者の無い豪傑、

『山嶽王』の首が宙を舞う。

間髪入れずに噴き出るはその身体に流れていた『山嶽王』の血潮であった。


その吹き出す血を避けるように衛蒼は飛び上がると軽やかに地に下りる。

愛槍に纏わりつく血を振り払うと濃い血の匂いに辟易としながら一息ついた。


「……倒せたのはいいが……この死体、このままなのか?」


魔術で大きくなったのであれば死ねば縮みそうなものだが、

倒れる巨体は動く事は勿論、縮む事もまたなかった。







「え、えっとぉ……勝っちゃいましたね、『山嶽王』にぃ!」


一部始終を見ていた役人の男、その気の抜けた声援に笑いながら、

衛蒼は手に持つ槍を揚げて応えた。


衛蒼は平時と変わらずのゆったりとした歩みで男に近づいた。

軽い運動をこなした程度には汗をかいたようで、

夏の末の陽光に火照る身体を冷まそうと

上着の衿を左手でバサバサと扇ぎながら言った。


「お歳のせいかな、思ったよりは強くなかった」


「いや……いやいや!

 そんな事はないですよ、管領様が強すぎるんですよ!」


先程までは『山嶽王』への恐怖の為か悲鳴を上げるばかりであったこの男も、

衛蒼の常識外れの強さにすっかり平常心を取り戻せているようだ。


そのおべっかに返事の必要を感じなかった衛蒼は軽く笑って流す。


「さて……では『山嶽王』の討伐も済んだので、

 新坂の民の避難を中止してもらおうか。

 屠殺場爆破の一件から民の間で蔓延していた不安も、

 これで少しは晴れればいいが……」


「そ……そうですね! では私は急ぎそれを伝えに……い……」


衛蒼を見る役人の男の顔が引き攣る。

いや……正確には、衛蒼の後ろにある何かに気付いた役人の顔が、だ。

見てはいけないものを見てしまったかのように

血の気がさっと引いて青白く成り果てた男の顔が、

後方で起きている尋常ならざる事態を衛蒼に悟らせた。


「うわああああああああっ!」


最早聞き慣れてしまったその大きな悲鳴。

何事か……首の無い死体が動きでもしたかと思って後ろを振り向けば、

目に映る光景は思ったままのものだった。


流れる血も枯れたかと思われた首なしの遺体がむっくりと上体を起こし、

その横に転がる頭を右手で掴む。

それを元あった場所に戻すとゆっくりと立ち上がった。


……不思議な事に、流れた筈の血が血痕一つとして

地面に残ってはいなかった。

首を刎ねた事など白昼夢でしかなかったかのようで不安になり、

衛蒼は自分の目を二度三度と擦った。


「ふぅ……死んだ死んだ……」


喋っている。先程までは死体であった『山嶽王』が喋っている。

衛蒼は額当てを伝って頬へと流れる汗の質が変わった事を感じながら、

それでも強気を装い先程までの死者へと叫んだ。


「とすると……今の貴方は亡霊か何かなのかな!?」


「亡霊……? なるほど、確かにそうかもしれんな……

 面白い事を言いよるわ」


今の言葉の何が面白かったのか、『山嶽王』は大声で笑う。

身体が大きいと声も大きくなるのか、

その笑い声は周囲一帯に響き渡って酷く耳障りだ。


(何が、そんなに面白いのか……!)


馬鹿にされている様にすら思えてくる。いや……そうに違いない。

死者が生き返ったという事への恐怖と不可解さ、

それを馬鹿にされた事への怒りで上書きした衛蒼はその怒りに任せて吠えた。


「もういい、分かった! 貴方は亡霊などではない!」


とにかくこの笑い声を止める。

負けた筈の『山嶽王』がさも勝利者のように哄笑するのが気に入らない。

その衛蒼の怒号に笑うのだけは止めた『山嶽王』だが、

その表情を見るにまだ怒る衛蒼を嘲っているようだった。


「亡霊ではないと……では私は何だというのか、衛蒼?」


「何でもいい、どうでもいい。

 一度で死なねば二度殺す。二度でも無理なら三度もだ!」


衛蒼は槍を構え直すやいなや『山嶽王』の足元へと走り込む。

油断していた『山嶽王』が反応すら出来ぬ速さで後ろに回り込んでは

両足の踵の腱を斬り払う。


「ぬおっ……!」


両足の腱を斬られて立てる者など居はしない。

それは巨人とて例外ではなく『山嶽王』は自重を支えられず倒れ始める。

巨木の伐倒を待つ木こりの気持ちで後ろに倒れ込もうとする

『山嶽王』を待ち構えていた衛蒼だが、

その巨人は眼前で信じられぬ動きを取った。


腱を斬られた足で跳び上がったのだ。

そしてそのまま後方宙返り……見事な着地まで決めた。

着地時に地震の如く地が鳴り響き流石の衛蒼も狼狽える。

いや……狼狽えたのはその地響きが理由ではなく……。


(その巨体で……やっていい身のこなしじゃあないだろう……!)


しかも……着地まで見事に決めたところから察するに、

斬った筈の腱は既に繋がっているだろう。

首を刎ねても繋がったのだ。腱ぐらいならあっという間に直るのだろう。

つまりは、理由は分からないが……この『山嶽王』には斬撃が効かないのだ。


「速いなぁ……衛蒼。あの一瞬で足元に迫られるとなると、

 流石にこの巨体では戦いづらいわ!」


『山嶽王』は笑いながらも敵である衛蒼を褒める。

だが衛蒼は軽口も返せず黙り込むばかり。

『山嶽王』の不死性と身のこなしに攻め口を失ってしまったからだ。


(……伝説的な悪漢だけある。ただ巨体になれるだけではないという事か。

 まずいな……今の装備で勝ちきれるのか?)


黙って槍を構えたままの衛蒼を見据えると、

『山嶽王』はなおも吠える。


「では……衛蒼。私も少しは速く動いて見せようか……!」


その宣言と共に『山嶽王』は魔術を発動する。

それは特別難しいものではない。ただの強化魔術だ。

稲妻のように『山嶽王』の全身を走る深紅の魔力の迸り……

瞬発力強化型の強化魔術の特徴だ。つまりは……。


(その巨体で……素早くも動けるというのか!)


先の身のこなしを見ていたからある程度予測は出来ていた。

『山嶽王』はその巨体による力強いが鈍重なる攻撃だけの戦士ではなく、

素早く軽やかな身のこなしで敵を翻弄する事すらも可能なのだ。


「さて……行くぞぉ!」


あの途方もない巨体が瞬きする間に眼前に迫り、素早い券打を地に打ちつける。


(速い……!)


予想を遥かに超えるその速さに辛うじて槍で打ち払うのが精一杯の連撃だった。

しかもその一撃を払う毎に槍が軋みを上げるのだ。


(この木の槍では……守り切る事も出来ないのか……!)


それは衛蒼にとっては滅多にない経験である。

その常識外れの武装強化魔術で強化した武器が破壊された事など殆ど無い。

だがその僅かにある経験が衛蒼に告げている。

このままではこの武器は壊されてしまうと……!


「ええいっ!」


悩むのを止めた。

書類仕事ならともかく、衛蒼は戦闘では難しく考えるのを苦手としていた。

最近になってようやく冷静さを保ったまま防御主体で戦う事も覚えたが、

今より若い頃は怒りに任せての突撃一辺倒だった。

そのせいか、少しでも劣勢に立つとすぐに昔の癖が隠せなくなる。


二十を超えたがまだ止まらぬ『山嶽王』の連撃、それを力任せに弾き飛ばす。

もう武器が壊れようと知った事かと言わんばかりの強振だった。


「ぐうっ!?」


強化された『山嶽王』の右腕は弾け飛ぶ事こそなかったが、

今の一撃で肩が外された。


そしてその隙を見逃す衛蒼ではない。


「はあああああっ!」


『山嶽王』の広い懐へ飛び込んでの連続突き。

木製の穂で心臓に二つ穴を開け、

石突で脊椎を三つ砕いてから強烈な横薙ぎを腰に見舞う。


だが吹き飛ばされた『山嶽王』はすぐに左掌で大地を一突きし高く跳び上がる。

そのまま空中で一回転し、またも軽やかに着地した。


「……やりおるっ!」


『山嶽王』はまだ余裕たっぷりに笑う。

その身体は宙に浮いている間に癒えてしまったのか、

胸の穴は既に塞がり右腕も難無く動かせるようだった。


「……埒が明かんっ!」


斬るのも突くのも砕くのも駄目……ならばどうするか。

こういう時の為の奥の手が、衛蒼にはあるにはあった。


「すまん……その鉄槍を貸してもらうっ!」


衛蒼と『山嶽王』の戦いのあまりの激しさに腰砕けにへたり込んでいた

役人の男に声を掛ける。

そして男の返事も待たずに男が背負う二本の鉄槍の片方を引き抜いた。


「えっ……えっと……でもその槍も安物ですよぉ!」


武器を奪われておきながら男は情けない声を出す。


「だが鉄製なのだろう!? それで十分だ……!」


これまで使っていた木製の槍を男の傍らに置き、

衛蒼は借り受けた鉄製の槍を使い心地を試すかのように振り回す。


「……良しっ!」


どうやらその使い心地に満足したらしい衛蒼は、

それだけ言うとすぐに戦線に復帰した。


「……何だ、木の槍では敵わぬから鉄の槍に替えたのか。

 で……それで何が変わる?」


『山嶽王』にとってみればあの小さな棘の様な槍が木製でも鉄製でも

大して変わらない。だからその衛蒼の奥の手もその効力が分からない。


「変わるのだ! 木と鉄ではなぁ……武装強化の上限に大きく差がある!」


先程まで振り回していた鉄槍、その石突に近い部分を片手で持ち、

『山嶽王』へと鉄槍を差し向ける。

その鉄槍は確かに青白く光っていた程度の木槍と違い、

青白い炎で燃え盛っているかのように魔力が滾っていた。

木の槍ではここまでの強化が出来ない……

とすれば、この鉄槍はどれほどの威力であるというのか。


「ほう……それは知らなんだ」


だがその青く燃える槍を見ても『山嶽王』の余裕は消えない。

いくら槍を強化しようと自分を殺す事など出来ないと悟っているかのようだった。


「ちなみに……私が名付けた訳ではないが、

 この槍を使った技が一つある。楼京では知らぬ者などいないのだがな……」


そんな『山嶽王』の慢心を戒めんと、衛蒼はその奥の手の名を伝える。


「天穿という。地に放っては山を削り、

 天に放っては雲を穿つその威力から付いた名だ」


「それは……凄まじいな」


衛蒼の言葉をただの脅しとは考えなかった『山嶽王』の表情からは笑みが消えた。

それ程の一撃ならば、確かに自分を殺しきれるかもしれないとでも思ったか。


「それは流石に痛そうだ……ならば、避けるとしようかぁ……」


『山嶽王』の全身から迸る深紅の稲妻が更にその激しさを増す。

……瞬発力を更に強化したのだろう。


「衛蒼、これで私はお前よりもさらに速く動けるのだが……

 その天穿とやら……当たるかな?」


「訳もない」


それだけ言うと衛蒼は手に持つ槍を軽く一薙ぎした。


それは何気なく一振りしただけ、『山嶽王』には勿論、

後ろで見詰める役人にすらもそのように見えたろう。

だがその一閃が起こした衝撃は凄まじく、草原を扇状に薙ぎ倒し、

風をも二つに切り裂いた。


「……ちなみにもう一つ名のついた技がある。

 こちらはどちらかというと悪名でな」


もう一つの奥の手、その名も衛蒼は告げる。


「この槍を魔力を込めて一薙ぎすると、その衝撃故か斬撃が飛ぶのだ。

 一度これで楼京の防壁、一画全て薙ぎ倒してしまった事があってな。

 故に壁崩し、などと呼ばれたのだ」


「なっ……」


『山嶽王』は驚愕する。

先の一撃、衛蒼の放った飛ぶ斬撃が……

『山嶽王』の両足を足首で両断していたのだ。


「勿論その程度の傷、すぐに治癒するのだろう、『山嶽王』……

 だが両足を足首で切断したのだ。治癒するまでは碌に動けまい!」


間髪容れずに間合いを詰めた衛蒼。辿り着いたは立ち尽くす『山嶽王』の股下。


「そしてこれが……天穿だ!」


そう言うと右手に持つ極限まで強化した鉄槍を真上へとぶん投げた。


山を削り雲を穿つ一撃とは、強化した槍の投擲の事だった。

その破壊力たるや……空気を切り裂く高音と共に直上へと放たれた天穿は、

『山嶽王』の足首から上を肉片も残さずに消し飛ばし、

少し間を置いては空に漂う綿雲の一つに小さな穴を開けたのだ。







……結果、草原に残ったのは巨大な足首が二つ。それだけだった。


「こうまですれば、流石に『山嶽王』も死んだだろうが……」


(強かった。連れてきたあの役人が慎重な男でなければ

 私が負けていたかもしれない……)


紛失してしまった鉄槍は安物と聞く。

衛蒼は経費で新しい槍を買って与える事で償いにしようと考えた。


そうして持ち主を無くして佇むその足首を眺めて一息。


「しかしこいつは……どうするか」


放置したままにするのはちょっと躊躇われる。

ならばいっそここに埋めてしまおうかと悩んでいたその時だ。

衛蒼は奇怪な魔力の脈動をその足首に感じたのだ。


「……まさか」


足首からも再生するとなるとそれはもう生き物ですらない。

最早自然現象の一つとでも考えた方がまだ辻褄が合うだろう……。


脛が、膝が、腿が再生されていく。

その再生が腰まで及んだ時、その腰巻までもが再生される。


(そういえば、あの腰巻も『山嶽王』と一緒に巨大化していたな……)


衛蒼がそんな益体も無い事を考えている間に、

『山嶽王』はその再生を終えてしまった。


再生が済んだ『山嶽王』だが、

流石に体の大部分を消し飛ばされた直後とあってその表情に笑みは無い。

口を開くよりも早く拳を固めた右手を振り下ろし、衛蒼を叩き潰さんとした。


その一撃を反射的に避けたものの反撃も出来ずに衛蒼はただ距離を取った。

反撃をしようにも……手元には何の武器も無い。

いや、武器を持っていたとしても……何をすれば反撃になるというのか。


「衛蒼。日に二度も私を殺したのはお前が初めてだ。

 誇れ。そして死ねい!」


武器を持たぬ衛蒼に向けて、怒りの形相の『山嶽王』が吠えた。

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