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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百九話 一方その頃 衛蒼の場合 その一

「……鳩?」


この忙しい時に何故鳩のついての報告が上がるのか。

衛蒼はやや胡乱げな視線を報告に来た役人へ向けた。

その視線に恐怖を感じたか、慌てて報告を取りやめようとした役人を

それでも宥めて報告を続けさせた。

どんな小さな、関係の無い事からでも悪事の痕跡は辿れるのだと、

部下達が何度も証明してきたからだ。


……とはいえ、役人達が業務の処理に追われて走り回るこの新坂の守護屋敷、

その中枢である衛蒼のいる大広間に何となく長閑な雰囲気が漂う事となった。


「守護様の飼っていた鳩が……あの、逃げ出しておりまして……」


どうやら厳容の飼っていた鳩の籠の扉が開いていたらしい。

籠の中には十に近い数の鳩が飼われており、

それらの半数がどこにも見当たらないとの事だ。


……との事らしいが、それがなんだというのか。


「それは……厳容殿には申し訳ないが、どうしてそれを俺にまで報告するのだ?」


というか、厳容にそんな趣味があるとは全く知らなかった。

楼京でも動物を飼うものなど稀であろう。

衛蒼は自分がそうしたいとは思わないし、そうしているものも見た事などない。


「いえ、あの……時間が経つと大抵戻ってくるんです。

 というか、その方が多いくらいで……」


「なんだ、それでは尚更報告の必要も無さそうだが……」


報告内容は要領を得ない。

だがその後の言葉で、ようやくその意図を悟る。


「えっと……ですね、守護様は鳩を使って文のやり取りをしておられまして」


「鳩が……羽膳がやるような仕事があの鳩に出来るとでも言うのか?」


よく聞いてみれば、過去人間が鳩をそのように利用していたという文献を

王都で見たとの事で、何年も前から実験を重ねていたらしい。


何でも鳩はどれだけ遠くからでも自分の巣に帰ってくる事が出来るらしく、

その帰巣本能を利用して鳩を遠くへ運んではその足に文を縛り付け、

空に飛ばして情報伝達の助けにするという。


鳩をわざわざ運んでいかねばならないという不便を伴う辺りで

羽膳に敵わないが、空を飛んで文を運ぶその速度を考えるに

なかなか便利であるようには思った。


「……飛び立った鳩の巣はここ新坂にある。

 つまりは……鳩は餌を探しに外へ向かった程度で、

 またすぐ戻ってくるのではないのか?」


そう役人に聞いてみたが、事はそう単純でもないらしい。


「それが……あの中に数羽ほど、王都に巣を持つ鳩もいた筈でして」


はっきりしない物言いだが、王都で飼われていた鳩が

何羽かいた事は確からしい。厳容は実験的に王都の友人とそれで

文のやり取りをしていたのだという。


ならばその鳩も王都に帰っただけではないかとも思ったが、

問題はそこではない。


「……そもそもそんな便利なものがあるのなら、

 その鳩が逃げる前に俺に報告して欲しかったが」


王都への使者の人選は特に難航しているのだ。

何処に逆徒の手下が潜んでいるかも分からぬ現状、

その重要な役目を果たす者には馬術に武力、

咄嗟の機転も必要とされるだろう。


只でさえ人手不足であるのにだ、そんな都合のいい人材が

その辺で暇を持て余している訳もなく、

結局ずっと後回しになってしまっていた。


「いや、守護様が言うには帰って来ない事も多々あり、

 重要な文を運ばせるような段階ではないとの事でした。

 だから時折挨拶が書かれた程度の文を持たせては、

 届いた、届かなかったと友人と語っておられたようです……

 そんなものを王都への急報に使っては……」


「なるほど。そもそも届いたかも分からん文を

 当てにしてもいかんか。なかなか上手くはいかないな……」


そういう事ならばその鳩が逃げ出さなかったとしても、

王都へ人を送らねばならない事には変わらない。

ならば……鳩がいようがいまいが今の状況に特に変わりはない。

変わるとすれば、噂程度に信憑性の無い情報が

王都に届く時間が早まるかどうか、その程度だろう。


「噂程度……か。逃げ出した鳩には何か文を持たせていたのか?」


「そのような指示は受けておりませんので、

 手ぶら……と言っていいのでしょうか。

 とにかく、何も持たずに王都の巣へと飛んで行ったかと」


それでその役人の報告は終わった。







何の情報も持たない鳩が王都へと飛び立った。

それだけの話……気にも留める必要はない。

そう思ってはみたが、どうにも引っかかるものを感じる衛蒼だった。


「……厳容殿の容体は?」


側にいた役人に聞く。

その男は確認してきますと言ってから広間を出て、程なく戻って来た。


「時折意識を取り戻しはするのですが、

 それもほんの一時の間で、まだ面会は叶わないと医者に聞いております」


予想はしていたが、いつも通りの回答だった。


心に引っかかっているものの正体を探ろうと思ったが、

こうして鳩に関する知識の持ち主には会う事も出来ない。


……衛蒼がここ新坂に来る前に襲撃された後はずっとこの状態である。

緊急事態故にこの丹波国の役人達の指揮を執ってはいるものの、

これとて本来は厳容に承諾を取ってはおきたいのだ。

しかし、それも当分の間は無理だと思われた。


(鳩の行き先だけでも聞いておきたかったが……)


王都にいるという厳容の友人とは一体誰の事だろうか。

そしてその者が文を持たない鳩を受け取ったとして、

それをどう捉えるのか……。


「か……管領様! ただ今報告が……!」


思索を中断させられたのはその大声のせいだ。

この守護屋敷、多くの役人が各々の仕事に文字通りに走り回っており、

多少の喧騒は止む無しとしてはいるが、

ここまでの大声を張り上げていいとは言っていない。


「聞こえている。厳容殿の容体の事もある。極力静かに……」


「東より、老齢の巨人族がやって来ているとの事です!

 恐らく……恐らくそれは……!」


小さくならないその声に、衛蒼も事の重大さを知る。


「……『山嶽王』か?」


「体中に何やら印が刻まれていたとの報告があり、恐らくは……!」


「……その巨人族の他には誰かいなかったか?」


「い……いえ、そのような事は聞いておりません!」


つまりはかつて反乱を起こした魔族の一人が共も連れずに

この新坂にやって来ている、という事らしい。


『山嶽王』。

羽膳より報告は受けている。

厳容の襲撃に関わったと思われる大罪人だ。

ただ、二度と魔王様に歯向かわぬよう

それはそれは厳重に服従印を刻まれていると聞いている。


(逆徒がそれを解除出来るとも……思えぬが……)


資料によれば優等生ではあったが非凡とまでは言えない拘束魔術師、

それが逆徒の筈である。そんな男が誰も解除した事のない服従印を

解除出来るものだろうか。


そして……もし『山嶽王』の服従印が解除されていたとして、

何故今、たった一人でこの新坂にやって来ているのか。


(……陽動? だとして何の為に……?)


分からない。まだ情報が足りない。

ならば、直接聞きに行くが早いだろう。


「私が出る。少し聞きたい事もあるからな」


途端に慌てふためく役人。


「か……管領様自らが行くのは流石に危険なのでは……!?」


「危険かもしれんが……お前達は『山嶽王』をどうするつもりだ?

 関で止められるのか? それともこの新坂に入れるのか?」


「そ、それは……」


「そんな事をしてみろ……ここで暴れられてはこの新坂が滅ぶぞ」


それで反論は無くなる。

『山嶽王』が世に聞く昔話に違わぬ強さであるのなら、

勝ち目があるのはこの衛蒼を置いて他にはいない。


衛蒼は楼京から持参した愛槍を携え立ち上がる。

立ち上がるとよく分かるが、

衛蒼は決して戦士として恵まれた体格の持ち主ではない。

体格だけで言うならこの守護屋敷にも衛蒼に勝るものが何人もいる。

更にはその愛槍とて装飾の一つもない木製の貧相なものであり、

この屋敷の番人が持つ鉄の槍の方がよっぽどマシだと思える。


「その……本当に大丈夫ですか?」


報告に来た役人はその声の大きさもさることながら、

衛蒼よりも頭一つ分ぐらいは大きな体躯の持ち主であった。

だからこそ衛蒼の外見に不安を感じてしまったのだろう。


上役の身を案じた故のその発言ではあったろうが、

太平の世が長く続いたとはいえ未だ力が多くものを言うこの魔族の社会で、

上役の力を疑うその言葉は失言もいいところである。


「……不安か? なら丁度いい。かの『山嶽王』に会いに行くのに

 共も付けないのは非礼にあたるかと思っていたのだ。

 お前が付いてきてくれればその問題も解決だな」


肩を叩かれたその役人は悟る。今日が自分の最期の日であると。







新坂の町はごった返したかのような騒ぎになっている。


先の屠殺場の爆破にて皆が神経質になっているこの時に、

避難するようにとのお達しが役人達より発せられたのだ。

避難誘導に励む役人達の努力も空しく、

荷物を持ってあちこちを走り回る住民達で新坂の大通りは

かつてない程の人ごみだ。


一足先に新坂の関を出た衛蒼はその喧騒を見てため息をついた。


「……厳容殿は?」


聞かれた大柄の役人は、悲壮な表情で返事をする。


「先に籠に乗せて避難してもらっています」


「……結構」


衛蒼は鎧を着こんだその役人の持ち物を見る。

薄い鉄板を打ちつけた大盾を二つそれぞれの手に持ち、

背には鉄槍を二本と、かなりの重装備だ。


「装備は好きにしていいとは言ったが……

 そんなに持って動きづらくはないか?」


「……死にたくは、ありませんので」


「心配性だな……」


衛蒼は少し笑うと歩き始めた。

行く先は避難民とは逆方向……『山嶽王』がいるという東側だ。


ガシャガシャと金属がぶつかり合う音を鳴らし、

その衛蒼の後ろを役人の男が付いていく。


「失礼を承知で聞きますが……本当に、管領様はお強いんですよね!?」


「……今のところは、俺より強い奴に会った事はないな」


「でも……『山嶽王』とは会った事はないんでしょう!?」


「……それは確かにそうだ」


「じゃあ『山嶽王』の方が強いかもしれないじゃあないですかぁ!」


その悲痛な大声を流石に不憫と思ったか、

衛蒼は足を止めて後ろを振り向いた。

……今にも泣きそうな男と目が合う。


「そうだな、もし俺よりも『山嶽王』の方が強かったら……」


「……強かったら!?」


男は冷や汗を拭い、唾を飲み込む。


「……その盾と槍を貸してくれ。それで多分どうにかなる」


「……は!?」


耳を疑う男の胸板を軽く叩いた後、衛蒼はまた何も言わずに歩き始めた。


「ちょ……ちょっと待ってください!

 そんなんで本当にどうにかなるんですかぁ!?」







二人が行くその先に、二十尺はあろうかという巨漢が立っている。

眼のいいものならば新坂からでも視認出来るほどの体躯は、

疑う余地もなく巨人族のそれだ。

その巨漢が、やってくる二人の男を見て白い髭に覆われた口を歪めた。

戦いの予感に、笑ったのだ。

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