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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百七話 悪あがき

「……無茶な話だ! 今から魔族を殺し尽くす……!?

 鹿野戸さん、それが不可能だって事ぐらい、

 アンタ自身が一番分かってるんじゃないのか……!?」


……ここからは悪あがきだ。

情による説得が不可能ならと理屈で戦おうとした。


でも仕方ないだろう……無理だとしても諦めていい筈がないんだ。

ここで俺が退いたなら、青達はどうなる? 

延老さんだってまた危険な目に遭うかもしれない。

それに……この鹿野戸さんが更に傷付く破目になる。


「そこは心配いらない。

 俺には先人の知恵って奴がある」


「先人……?」


「歴史だ。人の歩んだ千年の歴史、争いが全く無かった筈もなく……

 いや、むしろ人間同士の戦いの方が毛人とのそれよりずっと多かった。

 その戦いの中で、人は兵法を使う。毛人のように力押し一辺倒ではなく、

 機知をもって強大な敵と戦う術だ。つまりはね……

 寡兵で大軍を破る術なんてのは、

 ずっと昔に幾つも幾つも考えられていたんだよ」


……言ってる事が難しい。

煙に巻かれているような気分にすらさせられる。


(まあ、よく分からない話を聞かされるのは

 俺の得意とするところだからな……)


姉さんの講義を思い出してみればいい。

よく分からない単語を無視して分かる言葉だけを繋いでいけば、

大まかな意味も読み取れるというものだ。


「……つまり、大昔に今と似たような状況で反逆側が勝った例が

 あるってのか?」


我が意を得たりといった風に鹿野戸さんは大きく頷く。


「そう。歴史などには目もくれない毛人共には

 思いもつかないかもしれないけどね」


「……それ、どんな方法なんだ?」


歴史の授業は受けていない。

だからと答えまで聞いてしまおうとする欲張りな俺を

鹿野戸さんは咎めない。


「……毛人共を同士討ちさせる。

 朝廷と幕府に別れて毛人同士で争ってもらうんだよ。

 これまでの計画はその為の布石。

 全てが上手くいけば……次に起こるは毛人同士の大戦争だ」


後は疲弊しきった魔族を駆逐し尽くして新たに人間の世界を作る。

……そう言って鹿野戸さんは笑った。


「そんな事が……そんな事がそう簡単に……!」


そこまでは口に出せても、出来ない……とまでは言えない。

俺はこの世界を、魔族の事を鹿野戸さん程には知らないから、

その言葉に説得力が生まれようがないんだ。


(……駄目だ! 理屈をこねるのなんてそもそも得意じゃない。

 こんな言葉じゃあ鹿野戸さんを説得出来る筈がねぇ!)


……分かっていた事だ。

理屈では鹿野戸さんには勝てっこない。

自分がまだ世間を知らない子供でしかないという事実と共に、

その事を改めて自覚するしかなかった。


「……そういう事だよ。

 確かに戦力差は目を覆うばかりだけどね、勝機は無くもないんだ。

 どうかな、改めて……俺達と一緒に戦ってくれないか?」


改めて差し伸べられる手。

それを掴めば、皆が喜んでくれるのだろうか。

ここにいる子供達を一人でも救う事が出来るのだろうか……。

そう思えば、その傷らだけの掌に強い誘惑を感じてしまう。


気弱になったか、鹿野戸さんに威圧されたか、

それとも……もしかして、この場の空気に流されそうにでもなったのか、

俺は鹿野戸さんと協力するのもやむを得ないんじゃないか、

なんて考えだしてしまっていた。


だがそんな時、月陽の泣き顔が頭をよぎった。


あの子は、人が死ぬのを悲しいと泣くんだ。

……誰に教えられてもいないのにそうなんだ。

だからきっと、それはとても自然な感情で……。


「……駄目だ。鹿野戸さんや青達の命を賭してまで

 するような事じゃない! 鹿野戸さんのやり方はただ

 悲しみと憎しみを増やし続けるだけだ!

 まだ他にさ、何かやり方が……」


「無いんだ。そんなものがあるのならとうの昔に縋っている!

 そんなものがあったなら、俺はこうまでなっていない……!」


心の底から絞り出すような鹿野戸さんの声。


そりゃそうだろう。そんな事は分かっている。

鹿野戸さんの傷だらけの身体を見ればそんな事は一目瞭然だ。

でも、それでも……。


「……駄目だ! それでも俺はその手を取れない!

 死んで欲しくないんだ! 傷ついて欲しくないんだ!

 だから……だから!

 どうしたって俺は鹿野戸さんと止めないといけない!」


俺は鹿野戸さんを警戒するかのように後ろに飛びのいて構える。

敵意なんて持てる筈もない相手に、それでも必死に抵抗の意を示す。


「それは……何のつもりだ、界武君?」


「鹿野戸さん……! 俺はどうしてでもアンタも

 子供達も死んで欲しくない!

 だから……勝負だ!」


その子供じみた我儘を鹿野戸さんは小さく笑う。


「……勝負?」


「そう……俺が勝ったら鹿野戸さんは戦いから降りてもらう!

 子供達を守ってここから逃げてくれ!」


今度は笑わない。何と言うか、呆れたというような表情だ。


「……言った筈だ。何があろうと戦いからは降りない。

 たとえ、ここで界武君に負けたとしても。

 ……もしどうしても俺を戦わせたくないというのならね、界武君。

 君は俺を殺すしかない」


「それは……!」


「出来ないのならね、

 そんなに簡単に勝負などと口にするものじゃないよ」


のっそりと鹿野戸さんは立ち上がる。

その六尺は越えるかという長身故に俺を見下ろす格好になるが、

その鋭い視線に気圧されたか冷や汗が流れる。


「この俺の足元にはね……

 数え切れないほどの屍が横たわっている」


そう言って一歩前に出る鹿野戸さん。

その土を踏みしめる音を何故か、乾いた骨を踏み砕く音と聞き間違えた。


「この手は何人もの毛人を殺してきたし、

 この眼は何人もの子供達の死を見届けてきた」


気圧された俺は鹿野戸さんが一歩前に出る度に

それに合わせて後ろに下がる。


「今更もう少し屍が積み上がるのを躊躇う意味は無いし、

 界武君の協力を乞うのに手段を選ぶ必要だってないんだよ」


その言葉を聞いた時、俺の身体が自分のものではなくなったかのように

全く動かなくなる。


「ちょ……これ、鹿野戸さん……」


辛うじて喋る事と……瞬きぐらいが出来る程度だ。


「動けないか? 『閃刃』からも聞いていると思うけど、

 これが俺の拘束魔術だ。先程説明しておいたじゃないか」


言葉による命令はおろか、殺意や敵意といった魔術発動の前兆すらなかった。

完全なる不意打ちに、俺は四肢の自由を奪われた。


「遊びでやってるんじゃないんだ、全てを犠牲にして戦っているんだからね。

 だから何としてでも仲間になってもらう」


子供相手の不意打ちを恥とも思っていない。

いや……違う。鹿野戸さんはこれまでの魔族のように、

俺を子供と侮っていなかっただけだ。

最初っから尊敬すべき英雄として……また、警戒すべき強者として

俺を見ていただけなんだ。


「……服従印を刻んでも、だ」


その言葉を聞いて思い知る。

油断をしていたのは俺の方、甘かったのは俺の考えの方なのだと。







屍山血河を踏み越えて、鹿野戸さんが俺へと迫る。

その血塗られた手が、俺の首に絡みつこうとその鎌首をもたげ……。


(いや……違う、こんなのはまやかしだ!

 ここはただの川沿いの空き地で、

 鹿野戸さんの手だって血塗られてなんかない!)


分かっている、そんな事は分かっているのに

俺は身じろぎもせず口をつぐむばかりだ。

この口を開いてしまえば、多分悲鳴を上げる事しか出来ない。

身体が動かない事への恐怖故か、鹿野戸さんの闇の深さに当てられたからか、

怖くて怖くてどうしようもない。


「せ……先生! 違うだろ、これ! こんなんじゃないだろ!」


よく知る声。同じ男で性格も似ていたからか、

ここに一緒に来た三人の中では一番仲が良かった鉄の声だ。


俺に向かって走ってきている。

誰もが鹿野戸さんの迫力に圧され動けなくなっていたその場で一人、

俺の為にと走って来てくれていた。


そうして、俺をその背で守るように鹿野戸さんと対峙する。


「違う……とは?」


鹿野戸さんとしても鉄の行動は意外だったようだ。

有無を言わさず跳ねのけるような事はせず、まずその意図を聞いた。


「界武は俺達の為に戦ってくれて……

 そして、俺達の為に……俺達が幸せに暮らせるために

 ここまで来てくれたんだ!

 こんな風にするためじゃ……ないんだっ!」


そう言って鉄は既に決着がついた話をこの土壇場で蒸し返す。

それが許されるのも子供の特権かもしれないが……

この場で、鹿野戸さん相手には無理な相談だ。


「……鉄。俺も君の幸せを心から願っているよ」


「そ、それなら……」


「でもね……鉄。君は耐えられるのか?」


「え!? た、耐えられるって……何がだ、先生?」


「ここに来るまでに何人もの子供達が死んだ。

 鉄、その中には君の知ってる子だっていた筈だ。

 彼等も皆幸せになりたかっただろうに……それでも

 俺達の為に犠牲となったんだ。

 鉄、君は彼等の犠牲から目を背けて、

 一人幸せに生きていけると思うのかい?」


「そ、それは……」


迷いが生まれた鉄の心に、鹿野戸さんの優しい声が侵食していく。


「出来ないよ、鉄。君は優しい子だ。

 絶対に……目を背けた命の重さに耐えられなくなる時が来る。

 だからね……鉄。君達を幸せにするためには……

 この戦いで勝つしかないんだよ。

 毛人を駆逐し、人間の世界を取り戻して……

 その犠牲に報いてからしかないんだよ」


鉄はその言葉に反論も出来ず、ただ項垂れるだけだった。

鹿野戸さんの言葉は正しいと、認めるしかなかったのだ。


……確かに鹿野戸さんの言葉は正しいのかもしれない。

いや、正しいかどうかという事よりも、

実際の犠牲の数々をその目で見届けてきた鹿野戸さんの言葉だからこそ、

とても、とても深く重く心に響くんだ。


その重さに抗える程の何か……。

それを自分の中に見つけられないのならば、

この場を覆す事など到底無理だった。

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