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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百五話 反逆者

自分の意志とは無関係にその動きを縛られる。

その不愉快さと恐怖に一時牧場から退いたその管理者は、

その後すぐに部下をまとめて人間達が占拠した牧場へと攻め込んだ。


一度冷静になってみれば、あの牧場にいる魔族は拘束魔術師の鹿野戸ただ一人。

管理者の大男を含めた全員の行動を縛ったあの拘束魔術は警戒すべきだが、

それとてあの男一人から目を離さなければ済む話。

更にはあの牧場には戦えずに足手纏いにしかならない人間が六十人もいる。


つまりは足手纏い六十人を抱えたひ弱な拘束魔術師が一人。

それが敵方の全戦力なのだ。どう考えても負ける理由がない。







「拘束魔術師よ! 出て来い、臆したかぁ!」


意気揚々と牧場に攻め込んでみれば、

もぬけの殻でただ一つの人影すらも見つけられない。

部下を散らせて牧場中を探し回ってみるも、

乳飲み子も含めて人間は一人たりとてこの牧場には残っていなかった。


(人間を全て盗んで逃げだしやがったのか……!)


牧場の管理者をしていた犬人族の男はそう考えた。

恐らくは知られてしまったのだ、

鹿野戸が魔力を鍛え上げた人間達がどれだけの高値で売れたかを。


その金額を知ってしまえばそういう欲も起こるだろうと、

男は自分を基準にしてそう考えた。


ならばと部下を集めて次の指示を飛ばす。


「お前等……あいつらはここから逃げ出した!

 あの拘束魔術師が服従印を書き換えて、逃げられるようにしたのだ!

 すぐに追え! 一人たりとも逃がすな……!」


その指示を受けて牧場を抜け出そうとした魔族達に声が届く。


「……その必要はない」


魔族達が入って来た牧場の門から一人の男がやって来ていた。

誰だと問わずともその容姿から一目瞭然。この牧場に常駐していた

拘束魔術師、鹿野戸その人である。


「お前……よくも顔を出せたな! 人間達を何処へやった!」


「何処へも連れて行ってはいない。そろそろ仕込みを終えて戻ってくる」


「仕込み、だと……!?」


何を企んでいるかと身構える隙も与えられず、

魔族達へ向けて四方八方から何かが飛んでくる。

見れば、今までどこに潜んでいたのか

魔族達を取り囲むように二十を超える人間達がそこかしこから顔を出していた。


「なっ……こんなものがどうしたと……!」


手に持つ棍棒で飛んできた何かを打ち落とす。

人間の子供が投げた程度のものが脅威になる筈もなく、

他の魔族達も苦も無く飛んできた物体をはたき落した。


だが……空中で叩き落したそれは四散し液体をまき散らす。

人間達が投げてきたのは液体の入った小さな壺の様なものだったのだ。

その液体を頭から被った犬人族の男は、

その頬を流れるぬめりのある液体を手でなぞった。


「……油?」


「正解だ」


その鹿野戸の通る声が合図だったのか、

今度は牧場の周囲から一気に火の手が上がった。

鹿野戸が仕込みと呼んだものの正体を悟った魔族達ではあるが、

その時には全てが遅かった。


「なっ……お前、まさか……!」


「まさかも何もない。人間にとっては当たり前の戦術だ。

 魔力で劣るのならば、何も魔術で競う必要はないのだ。

 どれだけお前達が強かろうと……炎に焼かれ息が出来ねばそれで死ぬ」


「ひ……卑怯な! お前、それでも魔族か……!?」


その負け惜しみを鹿野戸は鼻で笑う。


「卑怯……?

 己が勝る分野で勝負を挑もうとしない敵を卑怯となじるか。

 ……馬鹿が! 何故そんな勝負にこちらが付き合う必要があるのだ!?」


「い、言わせておけば……!」


怒りに任せて飛びかかろうと身構えた魔族相手に鹿野戸の警告が飛ぶ。


「動くな! これ以上俺に近づくとかかる火の粉がお前達の身を燃やすぞ?」


「ぐっ……!」


それで足が止まる。鹿野戸の言葉は間違っていない。

ここまで油を浴びてしまった以上、少しでも炎に近づく事自体が

自殺行為に他ならない。


「たかが拘束魔術師一人に人間の子供達が相手と

 高を括って来たのだろうが……その油断が命取りだ。

 お前達は知らんだろうがな……人間とは千年の長きに渡り、

 そんな傲慢で粗野な魔族を打ち倒してきた狩人なのだ」


鹿野戸のすぐ後ろからも火の手が近づいて来ている。

火の粉がその髪を、服を、皮膚を焼かんと降りかかっているだろうに、

鹿野戸は微動だにしていない。

炎の明りに照らされたその身体をよく見れば全身が濡れている。

つまりは、事前に水を浴びておき火への耐性を高めていたのだ。


「水場……水場に逃げるぞ!

 水を浴びれば大丈夫……うわあああっ!」


その指示と共に我先にと逃げ出そうとした魔族達は、

迫りくる次の投擲物を見て恐怖に怯える。

それはなんて事は無い小さな松明。だが今の彼等にとっては、

そんな何でもない物ですら肌を掠めるだけで致命傷となり得るのだ。


上がる悲鳴。響く断末魔。

腕力ならば、魔力ならば人間の子供達など恐れる筈もない魔族の猛者達は、

只焼かれる痛みと恐怖に地べたを転げまわっていた。







「お前……これで、これで済むと思っているのか……!?」


全身を焼かれてもはや見る影もないこの牧場の管理者だった男は、

それでもその体躯ゆえの生命力からか焼死するに至らずに地に倒れ伏せていた。


「守護へ使いを出している。拘束魔術師が反乱を起こしたと……

 分かるか、すぐにでも役人どもがここに押し寄せてくるぞ……!」


「……それが、何か?」


最後のあがきとばかりに男が叫んだ脅しにも、

鹿野戸は全く狼狽えはしなかった。


「分かって……いるのか!?

 これでお前はこの世界の敵だ。死ぬまで追われ続ける事に……!」


「……あの子達を守る為になら、もう俺に迷いはない。

 世界の敵で結構だ。俺は……何を犠牲にしてでもあの子達を死なせない!」


鹿野戸がその言葉と共に振り下ろしたのは木槌。

鹿野戸が辛うじて持てる程度の重さしかないその木槌であっても、

弱る男の頭蓋を打ち砕くには十分だった。







「その時は心からそう思っていた。

 そして……それが出来ると信じてもいられた」


華々しい勝利の場面であるのに、語り手である鹿野戸さんの表情は暗い。

つまりは……そういう事だ。


「俺は西に逃げる事を考えた。

 だが、子供ばかりの俺達が全速力で逃げたところですぐに捕まるだろう。

 だから……陽動が必要だと考えた。この牧場に残って抗い続けると見せかけて

 その間に皆を西へと逃がす……」


鹿野戸さんはその頃の自分には知恵も力も無かったと自虐していたが、

ここまで聞く限りでは鹿野戸さんの対応は適切だと思う。

俺ならばそこまで考えて動く事が出来るかと問われても、

首を縦に振れやしない。


「まず幼過ぎて戦えない者達を護衛を付けて逃がした。

 そして……残った十数名と一緒に牧場に立て籠もり、

 役人達の相手をする事とした……。

 奴等、動きが早くてね。二日と経たずにやってきやがった。

 ……俺達は全力で抗った。子供達も一人たりとて恐怖に怯える者は無く、

 死ぬその時まで誇りを持って戦ってくれた……」


「それで……負けたのか」


「ああ……。子供達は皆殺され、俺もこの右目を失った。

 そこまでして稼いだ時間が三日……。

 それで……どうにか追手からは逃れられる筈だった」







「何だ……これは……!?」


怪我を押しての西への旅路。

一刻も早く合流しようと只管に駆けてきた。

残された皆を頼むと言い残して死んでいった子供達の為にもと、

これ以上の犠牲は決して生むまいと誓って西を目指した。


その鹿野戸が目にしたのは、略奪の果てに食い散らかされた何か。

それを正視する事すら拒みたかった。

このまま気でも狂わせて自刃して果てたかった。


鹿野戸はその血と肉片に塗れた地に立ち、

視線を地に下ろす事も出来ず天を仰いでいた。

そうして茫然自失と立ち尽くし、幾何かの時間が経つ。


「おっとぉ……旅人か。怪我をしてんな。

 まぁいい、ここに転がってるこいつらみたいになりたくなきゃあ

 持ってるモン全部置いていきな」


その言葉に天に張り付いたままの視線が下りてきた。

そして鹿野戸は出会ってしまう。この惨劇を起こした者を。

その憎むべき者達は……憎む価値すらもない、

世界のどこにでもいるただの野盗だった。


土地勘も無く旅人と出会うのすらも危険を伴ったであろう子供達は、

危険を覚悟して少し外れた道を選んで旅を続けたのだろう。

その結果……こんなくだらない魔族に殺されたのだ。


「これは……お前達がやったのか?」


野盗の脅しに答えずに、鹿野戸は質問を投げ掛けた。


「ん? ああ……そうだよ。

 どうしてかは知らねぇけどな。人間が何処からか逃げて来てたのよ。

 いやぁ……あれは最高の仕事だったぜ。

 なんせな、普段は骨までしゃぶる程の高級品をだ。

 こんな風に行儀悪くも食い散らかして……」


「もういい」


鹿野戸はその場に落ちていた頭を一つ拾う。

殺されたのは一昨日辺りだろうか。既に痛み始めていたその頭は、

鹿野戸の良く知る一人の男の子のものだった。

このように変わり果てたとしても、この子を鹿野戸が忘れる訳がないのだ。


その後ろ首を野盗達に示すように掲げる。

眼前の野盗は四人。その全てがこの首に刻まれた印を目にしただろう。


「跪け」


「なっ!?」


四人の野盗は全員血と泥で作られた沼に跪いた。

勿論それは彼等の意思でそうした訳ではない。

彼等は鹿野戸の命令に従わざるを得なくなったのだ。


「なっ……何をした!?」


鹿野戸は答えない。ただ冷たい目で野盗を見下ろし、

冷酷に命令を下した。


「そことそことそこの三人。

 己が首に短剣を突き刺せ。急がずに……ゆっくりとだ」


「なっ……何を言ってる!? あれ、ちょっと待て、

 俺の身体はどうなってるんだ!?」


懐から取り出した短刀を躊躇いもせずに喉に突き立てる自分の身体。

それに怯え叫びながらゆっくりと三人が息絶える。


残った一人の恐怖は相当なものだろう。

頬を涙で、袴を失禁で大いに濡らした男は、

助けてくれと繰り返し呟いていた。


「お前は助けよう。ただし、俺を仲間の下へ連れていけ」







「……これがね、俺が起こしてしまったあの反乱の顛末だよ、界武君」


この時にはもう俺は鹿野戸さんの顔を見る事すら出来なくなっていた。

その瞳に宿る深すぎる程の闇に呑まれそうになっていたからだ。


周りで聞いていた子供達のすすり泣きがまた心に堪える。

そりゃあ泣きたくもなるだろう。それ程の悲劇だ。

だけど……泣いて済む問題じゃないんだ、もう。

今ここで泣いている子供達は皆、

次の瞬間には今聞いた悲劇の登場人物に成りかねない筈なんだ。


「……それから、鹿野戸さんはどうしたんだ?」


ただ、そのようやく絞り出せた俺の声とて、僅かに嗚咽を含んでいた。


「野盗を皆殺しにしてから、俺一人でもと最西端、長門国へ向かった。

 そこで……反乱軍と合流出来てね。何とか仲間に入れてもらえた」


「え!? 魔族の鹿野戸さんがか……?」


「そう、随分と説得に苦労したけどね……どうにか、入れてもらった。

 それで反乱軍と一緒に戦い続けた。

 ……そうしている内に友と呼べる者も出来た。

 俺よりも年上だけども弟子を一人取ったりもした。

 何度も何度も戦って……少なくない数の子供達を

 牧場から救い出す事も出来た」


「それは……凄いじゃないか!

 鹿野戸さん……遂に、子供達を助け出す事が出来たんじゃないか!?」


その喜びと共に顔を上げてみれば、鹿野戸さんの表情は全く明るくはない。

先と変わらずの……絶望一色。


「助けたよ。その事を喜んでくれる子もいた。

 感謝してくれた子もいた。その度に報われたような気持ちにもなれた。

 でもね……助けた以上に多くが死んだ。

 救った数の倍を超える子供達を見殺しにした。

 一人でも助ける事が出来れば勝利だと……

 そんな薄っぺらい言い訳を百万回は繰り返した!」


そこで絶望に染まる瞳が俺を捕らえた。

鹿野戸さんと見つめ合ったその時、俺は目の前にいる男が何かを知った。


「界武君。俺はね、君のような英雄になりたかった。

 目の前の人間を救い、毛人にすらも手を差し伸べる……

 そんな優しく強い、本当の英雄になりたかった。

 でもね……俺はそうなれなかった」


その瞳に宿る闇も、いくら絶望を重ねても立ち止まらない意志も、

愛する子供達を使い捨ててでも戦う苛烈さもだ。

俺は、全てを理解出来てしまった。


「だから俺はね、この世界の反逆者になるしかなかったんだ。

 どんな残忍で卑劣な事も躊躇わない、そんな戦いをするしかなかったんだよ」


(鹿野戸さんは……もう一人の俺だ)


遠鬼と出会えなかった俺。延老さんから教えを受けられなかった俺。

そして……月陽を、助けられなかった俺。

それからも救えなかった皆に責め立てられるように戦いに飛び込んで

傷だけを増やして帰ってくる。それをただ只管に繰り返し……

全てを取りこぼした果てにいるもう一人の俺なんだ。


青、鉄、咲の三人、それに他の子供達をも助けたいと思ってここまでやって来た。

勿論、その気持ちは今も変わらない。子供達をこの騒乱から引き離して、

何処かで幸せに生きてもらいたい。


(でも……今回の騒乱で本当に俺が助けなきゃいけないのは、

 今目の前にいるこの人なんじゃないのか……?)


むしろそうしなければいけないとまで思ってしまったのは、

絶望に沈む鹿野戸さんの顔に、俺自身の顔を幻視したからだった。

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