百三話 成長
新しい事をする時は試行錯誤をするものらしい。
何事もすんなりとはいかず、失敗を繰り返しては手を変え品を変え、
より良い手段を模索する。そういう事をするのだと聞いた事があった。
だがそれを、今更自分がする事になるとは思わなかったのだ。
魔力とは意志の力である。
ならば子供達にもそれがある筈だが、単にそれの発現方法を知らないのだ。
その為の最初の一歩として、子供達の目の前で原始魔術の柱を見せて、
自分達にもこれを作れるのだと信じ込ませる事から始めた。
「魔力、そう呼ばれる力が君達の中に眠っている。
それを意識する事は難しいだろうが、まずは見様見真似でいい。
掌にその力を集中させて……輝く石ころを作り出す。
そのように意識してみて欲しい」
書物では、人間達は原始魔術の発現を魔力の兆しとしていたらしい。
その為、このような学習法が広く普及していたそうだ。
鹿野戸は魔族であったから、原始魔術など鍛錬するまでもなく
物心ついた頃には扱えるようになっていたからその鍛錬法など分からない。
だから最初は単に書物に従ってそのように教えていた。
……だが、これを三日四日と続けても何の成果も見られず、
最初は楽しげだった子供達も
その頃にはつまらなそうにぼうっとしている者が多くなった。
これでは良くないと鹿野戸はやり方を変える。
今度は鹿野戸が作り出した原始魔術の柱を実際に触らせたり、
子供達の掌に置いたりしながら、同じものを作れるようにと集中させてみた。
そして鍛錬を始めてから十日が経過し、それでもだれも原始魔術を発現しない。
……つまり、この手もまだまだ改善の余地があるという事だ。
(……もしかして、俺の完成した原始魔術を模倣させようとしたから
あの子達は勝手が掴めなかったんじゃないか?)
そう思った鹿野戸は、次の日からわざわざ質の悪い原始魔術の小石を作り、
今度はそれと似たような物を作れるように意識して欲しいと言ってみた。
同じ模倣させるにしても、こちらの方が数段容易な筈だからだ。
……拘束魔術を学ぶ際にはこんな事はなかった。
既に知っている術式を復習しているような錯覚に陥るくらいに
全ての教えが易しかった。
だからこの挫折と挑戦の繰り返しに
生き甲斐に似た何かを感じてしまっていて……
だからこそ、最初に成果が出た時などは嬉しくて仕方なかった。
「ほらっ、先生! 作れたよ、光る奴!」
一番真面目に授業を受けていた男の子だ。
最初にこの授業に興味を示してくれた子だけに、
なかなか成果の出ない鍛錬にも根気よく付き合ってくれた。
「おお……凄い、やったな!」
それは鹿野戸達魔族にしてみれば脆弱な魔力の兆しにしか見えない。
だが……この半月の鍛錬でようやく見えた一歩目だった。
鹿野戸はこの少年をどうにか祝ってやりたくて牧場の管理者に願い出た。
理屈としてはこうだ。
あの少年は魔力が伸び始めた。
となれば体もより大きく成長すればもっと高値で売れる。
だからこそ今は餌を出し惜しみするべきではないと。
その理屈の残酷さに鹿野戸は気付かなかったのか、
それとも敢えて見て見ぬ振りをしたのか……それはとにかく、
その願いは容易く受け入れられ、少年に与えられる食事は目に見えて増えた。
それから授業に取り組む子供達全体の真剣さが目に見えて変わっていた。
……どうも、ここで成果を見せれば沢山食べられる、
という噂が広がっているらしい。
(……そんな事で、こうもやる気を出すのか)
貧しくはあったが食べるものに困ってまではいなかった
自分の少年時代を思い返す。
……思えばそれからもずっと食には淡泊な方だったから、
子供達が日々の食事に執着があるなどと思いもしなかった……
これは、鹿野戸の失点であろう。
そして次に魔力の兆しが見えたのは、
あの少年より少しだけ年上の少女だった。
「ねぇ先生! これで私も沢山食べられるのかな!?」
そう言って喜ぶ少女に苦笑しながらも……。
「そうだな、掛け合ってみよう」
その熱意に報いる事が出来るのならと、そう約束した。
それからしばらくその少女は順調に魔力を伸ばし続けていたが、
ある日唐突にその姿を見なくなった。
身体でも悪くしたのかと他の子供達に聞くと、皆口を揃えてこう言った。
「あの子は魔族の人達が連れて行ったよ。
何でも早めに出荷させてくれるんだってさ」
「……すいません!」
管理者が休んでいるという部屋に押し入った鹿野戸は開口一番こう叫んだ。
「あの子はまだまだ魔力が成長する筈だった……!
何故、今出荷したんですか!」
その怒りの理由も分からないまま、
鹿野戸は喪失感に突き動かされるように管理者に食い掛った。
その管理者である犬人族の大男は……他の従業員と一緒に何かを食べていた。
肉だ、それは分かる。だが……何の、誰の肉だ?
「うるさい! 俺はお前の仕事の成果を確認せねばならん!
だから魔力が成長したという子供を試し食いしただけだ!」
試し食い……つまり、鹿野戸が魔力が成長したと報告した少女を選んで
どれだけ成長したのか食べて確認したという訳だ。
「た、食べずとも……! 原始魔術を見てみればいいだろう!」
「指図するな! そもそも……あれは俺の人間だ、
俺がそれを食って何故お前がそうも怒る!」
「それは……」
咄嗟に返事が出てこなかった。
あの少女はまだまだ魔力が伸びた筈だから、
ここで食べるのは単に勿体ないと思ったのだと……
そんな取り繕った理屈すらも口に出せなかった。
言葉を失った鹿野戸を見て論破出来たとでも思ったのだろうか、
大男は嫌らしい笑みを浮かべた。
「……まあいい。拘束魔術師よ、お前の言う通り確かにあの子は美味かったぞ。
魔力量も確かに増えている……今までの肉とは比較にならん程にな。
ああ……あれなら高く売れそうだ。その調子で俺の為に頑張れよ」
笑う大男の前で項垂れ、鹿野戸は何かに耐えるように拳を握り締めた。
そもそも、牧場の子供達にとって出荷とは名誉な事だった。
早く出荷されたというのはつまり、それだけ優秀であったことの証だったのだ。
だからだろうか、普通よりも三年は早く出荷されたという少女の噂が広まって、
子供達は競争するかのように魔力の鍛錬にのめり込み始めた。
その頃になると先に発現させた子供達が講師役を買って出て、
原始魔術発現のコツを伝授し始めた。
その教え方は鹿野戸のそれより遥かに上手く、
三ヶ月と続けた頃には全ての子供達が原始魔術を扱えるようになっていた。
鹿野戸はその成長が嬉しく、また誇らしくもあった。
だがそれと同時に……原因不明の苦しさに夜中目覚める事も多くなった。
「……先生? なんか疲れた顔してるけど平気か?」
そんな寝苦しさに悩まされていたある時、寝不足気味の表情を心配されてか
少年が声を掛けてきた。
最初に原始魔術を発現させたその少年は、既に自分の身の丈よりも大きい柱を
原始魔術で作れるまでになっていた。
今はその本数を二本、三本と増やしている最中らしい。
「いや……ちょっとよく眠れなくてな」
三ヶ月の付き合いでしかないが、
その少年から受ける印象は大きく変わっていた。
食事が良くなった影響か、痩せっぽちだったその身体が
目に見えて逞しくなっている。
原始魔術を誰よりも早く発現した事で自信をつけたのか、
その雰囲気も何だかずっと頼もしくなった。
(そういえば……そろそろ服従印を強化しないといけないな……)
魔力が強くなると、その分服従印も強くしないと効きが悪くなる。
拘束魔術師にとっては常識とも言える知識であり、
その為に魔力の強い人間にはそれ相応の強力な服従印を刻まねばならない。
これを怠る事は罪にすらなり得る為に王都できつく教えられていた。
(だが……服従印を強くするという事は、
その意志をより強く縛り……感情を奪う事でもある)
そうするとこの少年は、いつも見せてくれるあの人を和ませる笑顔、
こうやって疲れている鹿野戸を労わってくれる気遣い、
そういったものを全て失ってしまうかもしれない。
それが……鹿野戸は嫌で仕方なかった。
「少し……気分転換でもしようか?」
未だ気遣う少年に笑顔を見せてから、子供達を集めるように頼んだ。
「……魔力の鍛錬もあんまり根を詰めると効率が悪くなる。
だから今日は……お話をしようと思う」
人付き合いの得意な方でなかった鹿野戸ではあったが、
子供に聞かせるような話には事欠かなかった。
何しろこの世界に二つしかないという巨大な書庫、
その内の一つである王都の大書庫の書物を読み漁っていたのだ。
人間が残したとされる神話やおとぎ話の類も百や二百は話してやれた。
……まあ、そういったおとぎ話の主人公は常に人間で、
退治される側にいたのは常に魔族ではあったのだが、
鹿野戸はそんな些事など気にしなかった。
ただ、子供達が笑ってくれるのならそれでいいと思っていた。
あれから、鍛錬の代わりに話を聞かせる機会が少しずつ増えていった。
今思えば、それは魔力の鍛錬にのめり込む子供達の成長を
少しでも遅らせる為の抵抗でもあったかもしれない。
文字通り生き急ぐかのように成長する子供達への、
鹿野戸が出来る精一杯の気遣いだったのだ。
「なぁ……先生、出荷された皆ってさ、本当は何処に行くんだ?」
鹿野戸が教え育てた子供達、その中の年長者が出荷されていった次の日、
牧場の柵に腰かけてずっと馬車が駆けて行った先の景色を眺めていた鹿野戸に、
少年がそう聞いてきた。
声の方を振り向けば、少年は不安な感情にその眉をひそめていた。
「それは……」
すぐに返事が出来ない。
……というか、そもそもこの子達はこんな疑問を持てない筈なのだ。
服従印でその意志を縛られた人間達は、
魔族のやる事に疑問を持てないようにされているからだ。
(……服従印を、強化し損ねたか)
結局鹿野戸はこの少年の服従印を強化出来なかった。
そしてあれからずっと少年が成長するままに任せてしまっていた。
その結果がこれだ。
自分達の境遇、敵である筈の魔族に養われている人間という構図に
当然持つべき疑問を持ってしまったのだ。
「……教えられない」
その言葉を絞り出すのが精一杯だった。
悲痛な表情を隠す事も出来なかった。
「……そっか」
その反応から何となく昨日出荷された子達の末路を察したのだろう。
少年は悲しそうな表情で茜空を眺めていた。
鹿野戸は思い出す。
あの子供達の出荷を見送る管理者の大男の満面の笑みを。
これまでとは比較にならない程の高値で売れたのだと、
すこぶる機嫌が良かった。
……あの笑みを前に、嫌悪感で歪む顔を隠す事しか出来なかった。
喪失感に屈辱感……そして、絶望と怒り。
あの男に手放しに誉められた後の鹿野戸に残った感情はそれだけだった。
(俺は……何を、やっているんだ……?)
常駐の拘束魔術師としてはこれ以上無い成果ではないか。
褒められて当然だし、誇っていい筈だ。
だというのに、ちっともそんな気にはなれない。
(……今更、俺は人間に同情したのか?)
そもそも拘束魔術師として、ずっと人間を食糧として扱うこの世界に
積極的に加担してきた自分が……今更。
人間を食べた事とて一度や二度ではない。そんな自分が、今更……!
「なぁ……先生?」
あまりの悲痛に項垂れていた鹿野戸にかかる声は、優しかった。
「……どうした?」
顔を上げた鹿野戸の前には、心配そうに気遣う少年の顔がある。
その優しげな表情に似つかわしくない程に、
何かの決意を秘めた瞳が輝いていた。
「俺に……俺達に、戦い方を教えてくれよ」




