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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百二話 英雄

「俺はね、界武君。今までずっと戦い続けてきた。

 本当に……長い間だ」


暗い表情のまま、鹿野戸さんは喋る。

絶望の漆黒に濁ったようなその瞳がこちらを映してはいるものの、

恐らく何も見えてないだろう。この人は今、その瞳で自分の過去を見ているんだ。


「別にね、英雄になりたくて戦った訳じゃない。

 正直最初は戦う気すらなかったんだ……」







適性があった。

意志を矯正せずとも拘束魔術を扱えるようになる。

数は少ないがそういう者が偶にいるとは聞いていたが、

それが自分だとは思いもしなかった。


拘束魔術師になれば食いっぱぐれる事はない。

元々貧しい出自だったからか、その才を見込んで

王都で拘束魔術を学ばせてくれるという話に飛びついた。

逡巡すらしなかった。


王都で思い悩む事は殆ど無かった。まるで以前から見知っていたかのように、

拘束魔術の術式に服従印の描き方なんかを身につけていけた。

適性があるとはこういう事なのだと自覚したその時には既に、

講師役と同等の拘束魔術を扱えるまでになっていた。


ただ……生来目立つ事は嫌いだったから、ずっと平凡な学徒を演じ続けた。

そして暇な時間は王都の大書庫に入り浸った。

読書の趣味はそうやってこの王都で自然に身に付いた。

ちなみに魔族は文字を書かない訳ではないが

書として纏める意識に欠けており、

大書庫にある物もその殆どが人間の著作だった。


……思えば、その書庫が人間への興味の出発点だったのかもしれない。


幾年月が過ぎ、自分の将来に何の疑問も持たぬまま拘束魔術師になった。

若い頃は赴任地を選べないという不自由さはあったが、

住む場所に拘りを持たない自分にとってはどうでも良かった。

つまりはこれで、順風満帆な未来とやらが鹿野戸に約束されたのだ。







「優秀な若者を王都から連れてきたと聞いてたが……」


脂ぎった顔の犬人族の大男が鹿野戸を睨みつけながら言う。

それは脅すかのような低く大きな声に、

力を誇示するかのような大仰な口調。


「……こと拘束魔術に限って言うのなら、

 他の者に出来て俺に出来ない事はない。

 そう思って頂いて結構です」


それに怖じる事もなく鹿野戸は無表情でそのように答えた。

鹿野戸はこの手の男が嫌いだった。

魔族はとにかく力で優位に立とうとする傾向がある。

そうする事でこちらを従わせる事が出来るとでも

思っているのだろうがいい迷惑だ。

拘束魔術に必要なのは力などではなく、術式への理解度のみだ。


「ふん、拘束魔術師とかいう奴等は皆変わらんな。

 表情も変えずに小難しい事しか言わん……!」


脅しに効果が無いと分かると男は途端に不機嫌になった。

脅しが効くようなら給金を減らそうとでも思っていたのだろう。

牧場の管理者は荒くれ者が多いからか、よくある話だった。

そうと知っているからこそ、鹿野戸もまともに相手をする気はなかった。


……拘束魔術師となり、出雲国に赴任して、それが初めての常駐先だった。







拘束魔術師の仕事、というのは普段は全く無いに等しい。

子供が生まれた際に決められた服従印を刻むのと、

年に何度か人間達の服従印の効果を確認する程度だ。

だから基本的には拘束魔術師が牧場に常駐する意味など無く、

流れとして赴任先の国内にある牧場を旅して回るのが常だった。


「人間の質を上げたい……ですか?」


「……そうだ」


相変わらず不機嫌のままの牧場の管理者が答えた。

この男が言うには、最近は長門国からきな臭い話が流れてくるという。

なんでも、力を持った人間達が反乱を企てているかもしれない、との事だ。


「もしそうなればだ、強い魔力を与える高級な人間の肉が

 より高値で売れるようになる。だから今の内に準備をしておきたいのだ」


「……なるほど。それで常駐可能な拘束魔術師を探していたと」


牧場に常駐するとなると流れの者より高度な技能を求められる。

その要求に応えられる拘束魔術師が、

この出雲国には鹿野戸しか居なかったという。


「それで、俺は何をすればいいのですか?」


元より拘束魔術師に仕事を断る権利など無い。

だからその牧場の管理者が嫌いな類の者であろうとも、

鹿野戸は淡々と仕事の内容を確認する。


「魔力が強くなった人間に特殊な服従印を刻むのは勿論だが……

 その前提として人間の魔力を強くしてもらいたい」


「……魔力の鍛錬でもさせよと?」


「鍛錬? そんな面倒な方法ではなくてだな……

 人間の魔力を強くするような特殊な印は刻めないのか?」


「拘束魔術はそうまで万能ではありません。

 精々、自発的に魔力の鍛錬をしたくなるような命令を刻める程度です」


その回答に更に不機嫌になる犬人族の男。


「貴様は優秀な拘束魔術師ではないのか!?」


そう大声で吠えはするが、鹿野戸とてその対応は手慣れたものだ。


「ご不満でしたらまた別の誰かをお呼びになるがいいでしょう。

 ただ断言しますが、そのような都合のいい印が刻めるなどと言う輩は

 詐欺師以外にいませんよ」


「……ならば、どうしろと言うのだ……!」


不貞腐れる大男の姿は滑稽なものだ。

建設的な提案が無いのなら黙っていればいいものを、

ああやって無様にも周りに当たり散らす……その醜態を鹿野戸は心中で笑う。


ただ……どうすればいいのかという問いへの答えには心当たりがあった。

ただそれは拘束魔術師の業務からは多少外れているようにも思うし、

それにこれみよがしに解決策をひけらかすのも鹿野戸は良しとしない。


言われた事だけをやればいいのだ。それで全ては恙なく進む。

自分を出す必要などない。目立つような危険を冒してはならない。

そう自戒して噤んでいた筈の口がだ、

その時は何故か自分のものではないかのように流暢に動いた。


「人間用の魔力の鍛え方、というものがあると書物で読んだ事があります。

 効果の程は知りませんが……もしかすれば、

 お望みの結果が得られるやもしれません」







別に、あのような事を提案する必要など無かったのだ。

この牧場に常駐する事になったとしても、

いつもの仕事を多少複雑にした程度……

それを淡々と済ませておけば良かったのだ。


特にこの世界に望むものも無く、また将来に不安も無い若者は、

その欲の無さ故に目立たず静かに生きる事を身上としていた。


それが……何故か鹿野戸は今、大勢の子供達の前に立っている。


「俺はついこの間からこの牧場に常駐する事となった拘束魔術師だ。

 君達の印の管理はこれから俺がする事になる」


牧場の中央にある大きな広場、集められた子供達は四十を超えるだろうか。

だがそれだけ子供が集まっておきながら騒めき一つ聞こえない。

鹿野戸の目からは、皆おどおどしていたように見えたが、

これは……躾が行き届いていると言うべきか、それとも……。


(……考えるな。俺はただ仕事を済ませればいい)


そう、この子供達がどういう状況に置かれていようと

それは鹿野戸にとってどうでもいい事だ。


「印の管理の他にも、君達の魔術指導も受け持つ事になっている。

 だから……これまでの拘束魔術師とはちょっと付き合い方が異なると思うが、

 まあ……よろしく、頼む」


何をどう頼むのか、言っている鹿野戸自身もよく分かっていない。

そもそも何かを教えるという事自体初めてで、しかもそれが人間相手と来た。


(……本当に、何故俺はあんな事を言ったんだか)


後悔はしているが、もう口から出してしまった事で、飲み戻すのは無理だった。

だからどうにか子供達に自分の事を知ってもらおうと

こんな自己紹介の場を作ったのだ。


そしてその鹿野戸の挨拶を聞いた子供達から、

少しずつだが騒めきが聞こえてくる。


「なんだ、まじゅつしどーって……」

「俺達を叱り飛ばす為に呼んだんじゃないのかな……」

「というかあのおじさん、弱っちそうに見えない?

 あんまり怖くないね……」


微かに漏れるひそひそ話、その内容から察するに、

鹿野戸がどうしてここにいるのか、そして挨拶をしているのか……

それが全く伝わっていないように思えた。


これは骨が折れそうだ……とうんざりしていた時だ。

最前列にいた小さな少年が元気良く手を挙げた。


「なぁ! しどうって何するんだ!?」


そのよく響く声、明るい表情に輝く瞳……その輝きの元は好奇心か。

周りの子供達と同じくの見ずぼらしい服を着たやせっぽちの少年は、

その表情だけは周りとまるで異なって見えた。


「ん? ああ、指導というのはな……君達の中に眠っている力、

 みたいなものをな、頑張って成長させる事だ。

 そうするとな……例えば、こういう事が出来る」


そう言うと鹿野戸は、掌に集めた魔力で原始魔術を発動する。

その掌の上に作られた短い円柱が、子供達の目の前で七色に光り輝いた。


「す、スゲェ……!」

「何これ何これ……」

「……きれい」


するとどうだ、暗い顔をしていた他の子供達までも食い入るように

輝く円柱を見入っている。その並ぶ瞳の輝きに、

円柱を見てもいない鹿野戸すらも眩しさを感じ目を細める。


「えっと……君達にはこういうのを作れるようになってもらう。

 その為に明日から畑仕事が終わった後、ちょっと時間を貰う事になる」


「え!? 俺がこれを作れるようになるのか……!?」


さっき手を挙げた少年が鹿野戸に向けるは嬉しそうな笑みだ。

その無邪気な喜びに心がざわつくのを感じながらも、

鹿野戸は冷めた表情を貼り付けたまま返事をする。


「そうだ。君達人間は魔術の鍛錬にこの原始魔術を使っていたらしいからね、

 明日からこれをしっかり学んでもらう」


その言葉を聞いて、やったぁと大声を上げて喜ぶ子供達。

さっきまであった怯えたような雰囲気などその場に微塵も無く、

四十を超える子供達がそれぞれ思い思いにはしゃぎ回っていた。


(……これが、人間の子供か)


自分の幼い頃を思い返してみるが、

ここまで素直に何かを喜べるような経験があっただろうか……。

その追憶はまたも少年の言葉に遮られた。


「ねぇおじさん! それじゃあさ、おじさんはどう呼んだらいいんだ?」


「どう呼ぶか……だって?」


おじさんと呼ばれるのは正直避けて欲しかった。

かといって名前で呼ばれるのも抵抗がある。

もう既に何年も名で呼ばれた記憶が無いからだ。

他人からは魔術師、術師様などとは呼ばれていたが、

子供達にそのように呼ばせるのもどこか違和感がある。


「それなら……先生と、そう呼んでくれ」


「せんせい……?」


「そうだ。人に何かを教える者はな、そのように呼ばれる事が多いからだ」


「そっか……じゃあ、先生!」


「なんだ?」


「明日から……よろしくなっ!」


その少年の言葉の後から、よろしく、よろしくと木霊のように

周りを取り囲む子供達から声を掛けられる。


(……どうやら、何か困った事になった)


これからの人生が不可逆的に変質してしまう予感。

それに鹿野戸の心は静かに震えていた。







「……そっか。それで先生って呼ばれるようになったのか」


焚き火に薪をくべながら自分の過去を話し始めた鹿野戸さん、

その瞳は相変わらずに暗かったものの、表情は少しだけ明るく見えた。

それは多分、鹿野戸さんにとって本当に大切な、幸せの記憶なんだろう。


「……で、それからその子供達はどうなったんだ?」


別にその問いに深い意味は無かった。

鹿野戸さんに話の続きを促す為の相槌のようなものだったんだ。


だけどそれを聞いた鹿野戸さんの表情が、瞬く間に絶望に醜く歪む。


「皆、死んだよ、殺されたんだ。

 ……俺はね、あそこからただの一人だって助ける事が出来なかった……!」


……それから語られたのは、英雄になろうとしてなれなかった、

一人の男の絶望の追憶だった。

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