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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百一話 信頼形成

そりゃあ俺だって他の誰かが青達を助けてくれたら感謝もしよう。

嬉しさのあまりご馳走ぐらいは振舞おうとするかもしれない。

だけど……あんなにもだ、額を地に付けてまでっていうのは……

多分やらないだろう。


だけど、月陽ならどうだろうか。

月陽の命を救ってくれた人が眼前にいたらまあ……やるかも、ぐらいだ。

つまりは……逆徒にとって子供達とは、俺にとっての月陽ぐらいに

大切な存在だという事だ。


……それを使い捨て? 有り得ない、出来る筈がない。

そんな事をしようものならだ、たとえ目的を果たせたとしても

後悔に苛まれ、罪悪感に苦しみ、絶望にのたうち回るだろう……。


だけどこの男は恐らく、その絶望を何度も何度も味わってきたんだ。

俺ならば耐え切れず死を選びかねない程のそれを味わい尽くして、

それでもまだ戦い続けて来たんだ。


分からない。どうしてそんな事をする? 

どうして耐え続ける事が出来る!?

分からない、分からない、分からない……!







それから俺は何と言ったのか……それを覚えてすらいない。

ただ……逆徒と俺、お互いに立ったままでいるのも辛いってんで、

焚き火の近くで腰を下ろして話し合おうという事になったんだ。


「では界武君、特に急いでいるのでなければだが、

 君の身にこれまで起きた事を教えてくれないだろうか」


その俺の動揺を知ってか知らずか、逆徒は饒舌だった。


「ん? ああ……」


その逆に俺は……なんというか、頭が働かなかった。

逆徒に会ったら聞きたい事に言いたい事、色々とあった筈なのにだ。


(このままじゃ……駄目だ。俺には責任があるんだ)


逆徒を説得し、青達のような子供を戦いから解放する。

その為に俺はここに来た筈で、失敗なんて許されちゃあいなかった。


「分かったけど、その前に……一つ約束して欲しいんだ」


「……約束?」


「そうだ。俺は嘘偽りを一切喋らない。

 聞かれた事には……何もかも話すって訳にはいかないかもしれないけど、

 それでも嘘だけはつかない。

 だからそっちも、俺に嘘を付かないでくれ。

 えっと……簡単に言うとさ、俺はアンタを信用するから、

 そっちも出来ればそうして欲しいんだ」


俺はこの男を説得しなければならない。

そして、相手を理解出来ないままに説得なんて不可能だ。

俺はまずこの男を良く知る必要がある。

それと同時に俺の事も良く知ってもらわないといけない。


「それは勿論……俺は界武君を疑う気など微塵も無いよ。

 子供達を助けてくれた恩人なんだからね」


「それは良かった。ならさ……まず名前だ、名前を教えてくれないか?」


「……名前?」


「ああ、俺はアンタの通り名しか知らない。逆徒って奴な。

 それだってアンタにとっては正直印象の良くないものだろうし、

 だからといって青達と同じように先生って呼ぶ訳にもいかないだろ?

 俺は何も教えてもらってないんだ」


「そうか。別に好きに呼んでもらっていいんだがな。

 というか……名前か。別に意識してそうしていた訳じゃないが、

 もう十年以上は使った覚えが無いな」


「それはちょっと……俺達牧場育ちにしてみればな、

 名前を付けてもらう事もその名前で呼ばれる事も贅沢の内に入るんだ。

 アンタももうちょっと名前を大事にしたらどうだ?」


月陽が名前で呼ばれる度に嬉しそうにしていたのを

思い出しながらの言葉だった。


それを聞いた逆徒は、何か大事な事に気が付いたかのように目を見開いては、

周りに座る子供達を見渡していた。

そして全幅の信頼を寄せる子供達の視線を浴び、辛そうに苦笑いを一つ。


「……違いないな。俺の名前はカノトだ。文字にするとこうなる」


逆徒が焚き火の側に書いたのは綺麗で読みやすい文字だった。


『鹿野戸』


「へえ……先生、そんな名前なのか~」

「どうしようか、これから鹿野戸先生って呼んだ方がいいのかな?」

「いいな、それ。鹿野戸先生~」


周りに座る子供達すら知らなかったのだろう。ガヤガヤと周りが騒がしくなる。


「……皆、今は界武君と話しているんだ。

 少し静かにしてくれるか?

 ……ああ、でも鹿野戸先生と呼びたかったら呼んでいい」


その鹿野戸の言葉ですぐに静かになる辺りは大したものだと思う。


「ありがとう。じゃあ鹿野戸さん……これからはそう呼ぶな」


「ああ……懐かしい響きだが、悪くはないな」


そこでお互いに笑顔を作れた。

雰囲気もいいし、説得の第一段階は成功といえるのではないだろうか。


(……うん、信頼形成には成功したかな?

 なら今度は俺の番か……)


「それじゃあ……要望があったから、

 俺がここに来るまでのいきさつを話すけど……いいか?」


「ありがとう。お願いする。

 ……ああ、子供達も傍で聞くのは問題無いだろうか?」


「構わねぇよ。ただ、さっきも言ったように隠すような事もしないから、

 俺の話の中で聞かせたくない事があったならそっちの方で対応してくれ」


そしてここからは俺の身の上話だ。

俺は、絶対にここで嘘を付いてはいけない。

逆徒……いや、鹿野戸さんの信頼を得るのが第一の目的だからだ。







話の始まりは黒樹林の牧場。

服従印を破られ、記憶をも失っていた俺は

牧場から逃げ出して遠鬼に助けられた。


最初っから酷い話だと思うが、

鹿野戸さんは特に子供達の耳を塞ごうとはしなかった。


(……もしかしたら、この程度の事はありふれているのかねぇ)


この場を囲む子供達を不憫に思う。

牧場育ちは食べられるのが当たり前だ。

俺より酷い目に遭ったって奴も居てもおかしくないだろうと。


ちなみに、俺は努めて淡々と話していたつもりだったが、

やはり魔族と戦う場面や崖から飛び降りる所なんかは

ちょっと語りに熱が入った気もする。

だからだろうか。鋼牙を殴り倒す所なんかでは歓声が上がった。


「ちなみにさぁ、この黒樹林の牧場荒らし……

 鹿野戸さんかその仲間がした事だったりしないのか?」


牧場から逃げ出せた辺りまで話してから、

俺は鹿野戸さんにそう聞いてみた。

……聞きたいと思っていた事の一つだ。


今回の事件について、最初に春夜さんから聞いた話もそれを匂わせていたし、

延老さんも同じような事を疑っていた。

黒樹林の牧場荒らしの犯人は、この『偏愛逆徒』ではないかと。


「……いや、その全牙という男を殺すというのは計画に無かった」


鹿野戸さんはちょっと難しい顔をしながら言葉を続けた。


「包み隠さず話すとだな、当初の計画ではその全牙と鋼牙の兄弟に

 服従印を刻んで陽動の駒にするつもりだった。

 だから……こっちとしてもその牧場荒らしのせいで

 計画をかなり修正する事になっている。だから俺達の仕業じゃない」


「それは……また……」


まさか俺の与り知らぬところで、

あの兄弟を巡ってそんな計画が進行していたとは……驚きだ。


「付け加えるなら……この計画の修正が酷く難儀だった。

 全牙が計画より早く死んでしまったせいでな、野盗の跋扈が早まってしまった。

 本来は全牙を操って今回の騒動と同時に発生させるつもりだったんだ」


「ああ、それなら確かに今以上に混乱してる筈だな、この国」


「そうだろう。更にはだ、丹波国守護厳容はよりにもよってだ、

 その伝手を活かして野盗の跋扈を鎮圧するために

 とんでもない大物を呼び出した。

 それがあの『閃刃』だ。あれを聞いた時はな、

 俺は計画の実行すらも危ぶんだ」


そのまま中止にしてくれればよかったのにと思うが、これは勿論口に出さない。


「ああ、その『閃刃』……俺は延老さんって呼んでるけどな……

 本当に偶然なんだけど、新坂に向かう延老さんと合流したんだよ、俺達」


「何……本当か!?」


驚く鹿野戸さんに急かされるままに俺は話を続けた。

今度は……延老さんと出会ってから一度別れるまでの話だ。







今回の話、俺が最も力を入れたのは延老さんとの戦いの内容じゃない。

俺がどうして戦う事を選んだのか、という部分だ。


俺は人間だけど、魔族である遠鬼も延老さんも嫌いじゃなかった。

だからそれに俺と月陽を含めた四人で笑いながら食事がしたかった。

……本当に、ただそれだけの為に命を懸けて戦ったんだと伝えた。


自分の手の届く範囲で出来る限りの幸せを実現するために戦ったのだと、

そして……だからこそ勝つ事が出来たのだと、そう熱弁した。


少なくとも俺は、人間の世界を取り戻す……

なんていう崇高な目的の為には命を懸けられない。

でも、自分が幸せになる為になら躊躇うものなんて無い。

それを自己中心的だと責められるかもしれないが、

俺はそれでいいと思うのだ。


「……それで、『閃刃』は界武君を認めて刀を収めたのか」


話を最後まで聞いた鹿野戸さんは、真剣な表情でそう言った。


「ああ。それで後から言ってたよ。人間は食糧なんかじゃないってさ。

 それにな、剣技の師匠も人間だったんだって……

 そして、その人に女子供を殺さないって誓いを立ててたそうなんだ。

 それを思い出せたのを俺に感謝してくれてたよ」


周りで話を聞く子供達は少し複雑そうな顔をしている。

さっきまでの話と違って、これは人間と魔族の和解の話だからだろう。

だから……この子達の常識では理解しづらいんだ。


「……なるほど、君は確かに人間の英雄だよ、界武君」


そう褒めてくれる鹿野戸さんだが、その目が笑っていない。


「そうか、君と会っていたから『閃刃』は青、鉄、咲を殺さなかったのか。

 だから……俺はあの場で『閃刃』を仕留め損ねたのか。

 何という事だろうなぁ……」


「えっと……鹿野戸さん?」


どうやらこの人、俺の伝えたかった事と別のところで打ちひしがれている。

どうしたものかと頭を抱える鹿野戸さんを見詰めていたが、

鹿野戸さんはしばらくしてからポツリポツリと話し始めた。


「さっきの話にあった黒樹林の牧場荒らしからね、

 どうも俺の計画を邪魔する大きな何かがいる予感があったんだ。

 それが何かは今まで分からなかったけど、そういう事だったのか……」


「邪魔? いや、俺はそんなつもりは全然無かったんだけど……」


これは良くない。信頼形成の一環での経歴紹介だった筈なのだが……

俺が良かれとやっていた事は、

まわりまわって鹿野戸さんの計画を阻害していたらしい。


「ああ、界武君を責めてる訳じゃないよ。

 ただね、俺はもっと早く君の存在に気付くべきだった。

 そして……事を起こす前に会って話さなきゃいけなかった。

 そんな事にね、今更気付いたんだよ」


そう語る鹿野戸さんの瞳には怒りのような感情はない。

ただ寂しさや後悔よりももっと深いもの……

絶望のような何かがその瞳には見え隠れしていた。

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