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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百話 恐怖

あれから結局一晩獣道を歩き通した。


そうして森を抜けてからもまだ逆徒と合流する事が出来なかった為、

今は更に逆徒を追って近くの川を遡ろうとしていた。


「えっと……この木に書いておけばいいのか?」


短刀を握る鉄のその言葉に俺は首肯で答えた。


「後は……地面にもちょっと大きな文字を書いておきたい。

 遠鬼はいい加減というか……はっきり言うと抜けてる所があってな、

 木に書いておいたぐらいじゃ見逃すかもしれない」


「分かった。じゃあそっちは俺が書いておくよ」


そう言うと青はもう手慣れた感じで木の枝で地面に大きな文字を書いた。


『川へ』


「……これでいいか?」


「ああ、ありがとう。後は一応矢印も頼む」


「分かった」


ここから北側を流れている小川へ向けて、青は大きな矢印を書き加える。

鉄の方も、木の幹に同じような文字と矢印を刻んでいた。


追ってくる筈の遠鬼への指示を書き残す……本当は俺がやりたかったんだが、

短刀を掴むのも難儀する程に全身傷だらけだったから、

青達が代わりにやってくれている。


「森の中でも二つ書いたけど……気付いてくれると思う?」


不安げに咲が聞いてくる。


「あれだけ目立つように書いたんだ。多分……大丈夫」


遠鬼は戦いの事しか興味が無いような顔をして

意外な事に読み書きが出来る。だから文字らしきものを見つけたとすれば

それを見逃す事はないと思うのだ。


というか、遠鬼が書いた文字を何度か見たが

妙に小奇麗な文字を書くもんだから可笑しかったのを覚えている。

鍛錬の合間に習っただけならばあんなに綺麗な文字を書けるとは思えないが……

何処かでしっかり読み書きを習った事があるのだろうか?


相変わらず謎の多い男だが、今はそれよりも逆徒である。


「あの川を上れば、逆徒が向かっているっていう隠れ家があるんだな?」


「うん。ここからだと多分、まだ一日ぐらいかかるんじゃないかな?」


咲の返事に表情には出さないが少々うんざりする。


(……今からあと一日か。流石に体が持ちそうにないから、

 その前には逆徒に追いつきてぇなぁ……)


進む先を流れる小川を眺めるが、人の気配はどこにもなかった。







それから森を出て小川沿いの砂利道を歩く事数刻、

日が昇って育ち盛りの子供達のお腹が朝食を求め不平を漏らし始めた頃になると、

流石に皆疲れてきたのかその足取りが心許なくなってきた。


「そろそろ……休むか?」


ここまで急かせた本人である俺が言い出さないと誰も休もうとしないだろう。

そう思って休憩を提案したんだけど……。


「いや……ここが俺達の踏ん張りどころなんだ」


「だな。ここで先生に合流できるかどうかで俺達の人生が変わっちまうんだ。

 多少の無理は承知で進むしかない」


「私ももう足が棒みたいなんだけど……まだ歩けるよ、大丈夫」


青、鉄、咲と誰一人として不平を零さない。

この同調圧力の前に、正直怪我が痛んで歩くのも厳しい俺だが

空元気を見せる他なくなってしまった。


「よ、よし……それじゃあ何か喋りながら進むか。

 楽しい事を話してると疲れも紛れるってもんだしな」


それならせめて気分だけでも明るくいこうとそう提案した。


「楽しい……事ねぇ」


そして誰かがそう言ってから、沈黙が訪れる。

先程までと何も変わらず、誰も一言だって発しない。

疲労を感じさせる息遣いだけがやけに耳に響き、余計に気が滅入ってくる。


……不味かった。お互い、楽しいという概念を学習する事が

出来たかどうかすら怪しい人生を送ってきたんだ。

いきなりそう振られたとしても話題になるものが無いに違いなかった。


「そ……それならさ、今回の騒動が終わったらやりたい事とか……ないか?」


趣向を変えて今後の希望を聞いてみる。

これなら何か楽しい話が聞けないだろうか?


「わ、私ね……家を建てたい!」


普段は口数が少ない方の咲が、この話題に真っ先に食いついた。


「……家?」


「うん! 沢山部屋がある、二階建ての家!

 大きな竈があって、沢山ご飯を作れてね……

 皆で一緒にご飯を食べる大きな部屋もあるの!」


これはまた……壮大な夢である。


「沢山部屋があるから、一人とか二人に部屋が一つずつ。

 全部の部屋に窓があってね、そこから外が見渡せるといいな!」


どうやら咲の中にある夢のお家はかなり具体的になっているようだ。


「……確かに大きな家は欲しいな。

 そうじゃないと俺達はちょっと人数が多過ぎるし」


青も話に乗ってきた。


「でしょ!? 最初は小さな家しか作れなくても、

 どんどん部屋を追加していくの!

 そしたらあっという間に大きな家になるから!」


「ああ、そうなると家の中央には武器庫も作っておきたいな。

 いざという時に皆がすぐに武装出来るようにしたい」


「え!? 青、そういうのはちょっと……」


青の現実的な提案に、咲の夢の間取りが侵されはじめた。


「高所から弓を射る為に、二階から屋根に上る梯子も必要だな。

 包囲された時の為に地下に脱出口なんかも欲しい」


「えっと……青。もっと楽しい方向にね、お願いだから……」


「青は固いなぁ……俺ならさ、隠し部屋を作りたいな!

 なんかこう、壁を押すとくるりと回って入れるんだ。

 で、その中には俺の秘密の鍛錬場が……」


「止めてぇ! 私の家に変なのばっかり作らないでぇ!」


鉄まで無茶苦茶を言い始めてしまい、咲が悲鳴を上げる。

皆と楽しく暮らせる夢のお家の筈が、青と鉄に引っ張られて

武装要塞のように成り果ててしまいそうだった。


「……ハハハハッ!」


咲には悪いが笑ってしまった。

三者三様の発想の違いも面白かったし、

最後の咲の悲痛な叫びが特に笑いを誘った。


後は俺につられて青と鉄が、そして最後には咲も楽しそうに笑った。


……悪くない。重かった足取りが心持ち軽くなっている。

やっぱり楽しい事を考えていると体も調子を取り戻すものだ。







「……あっ! あそこ! 煙が見えてない!?」


軽くなった足取りで半刻は歩いただろうか。

咲が北の空を指差して声を上げた。


「……確かに、煙が昇ってるな。

 とすると……あの下で誰かが野営をしてるって事か?」


「だろうな。で……こんな辺鄙な場所で野営をしてるって事はさ、

 多分……」


「先生か!」


青と鉄も呼応するかのように声を上げた。


俺の方でもこの時皆が言う煙を視認出来た。


(あれは……かなり近くだな。

 恐らくは、目の前の林を抜けるとすぐに見える位置だ)


空から視線を下ろすと、先を行く子供達が揃って走り出していた。


「こら、ちょっと待て……!」


その声はどうも届いてないようで、俺を置いてどんどん先へ行ってしまう。

仕方が無いと痛む体を押して俺も走り出す。


そうして青達より少し遅れて、

俺は林をかき分けて開けた場所へと足を踏み入れた。


「先生っ!」

「みんなぁ!」

「せんせえ……っ!」


青達が大声を上げながらひた走っていた。

その先に見えるは十人程度の人の群れ。

焚き火を囲んで座っていたその群れも

青達の声を聞いて俄かに歓声を上げる。


(合流……出来たのか)


怪我のせいか前を走る子供達程体力が残っていない俺は、

ゆるゆると脱力するかのように歩く。


羽膳との戦いから一晩中歩き通して、

今のこの昼に差し掛かろうかという時にようやく追いつけたのだ。

逆徒と会える……そこに緊張を感じはするが、

今はそれよりもちょっと休みたかった。


遂に体力の限界と、俺は川辺の岩に腰を下ろした。

川のせせらぎを背に感じながら、走り行く青達を眺める。


(あれだけ歩いたのに、元気だなぁ……)


同じ距離を歩いていた俺がここまで疲れ果てているのにと、

ちょっと老け込んだ感想を持ってしまうが、これはまぁ怪我の有無の差だ。

それでも何とか、歩き通せた。青達と一緒じゃなければ絶対に無理だっただろう。


(……ありがとな)


声にならない感謝を述べて、俺は目を閉じた。







しばらくすると歓声が一層大きくなった。

多分、青達が人の群れに合流出来たんだろう。

その嬉しそうな声に俺もちょっと気分が良くなる。


何を話しているかまでは聞き取れない。

だけどもこれは、死に別れるかもしれなかった仲間との

二度目の再会である。話す事も一杯あるだろう。


その楽しげな歓声に耳を癒されながら、俺はじっと目を閉じていた。

腰を下ろした岩に尻が貼り付いたかのように動かない。


(これは……このままだと居眠りを始めてしまいかねないな)


それは流石に良くない。俺にとってはこれからが本番なのだ。

気を張ってどうにか重たい瞼を持ち上げる。


視界に映る人々の群れの中に、一際背の高い男がいた。

その男も俺に負けじと包帯だらけで、かなりの怪我人である事が窺える。


(あれが多分……『偏愛逆徒』)


その男が青達から何やら話を聞いて視線をこちらに向けた。

……見られている。それを知った俺は残る力を振り絞って腰を持ち上げた。


ゆっくりと、だけどしっかりとした足取りで進む。

ここからは弱みを見せる訳にはいかないからと、背筋を伸ばして歩を進める。


そうすると、逆徒の方も子供達を引きつれて俺の方に歩いて来ていた。

……すぐにその姿がはっきりと見えるようになる。


顔を覆い隠すような黒い長髪。

身の丈は遠鬼ほどではないが、春夜さんよりは高い。

草臥れた袖の長い上着に袴、それに脚絆を履いているが、

どれも黒に近い色でちょっと不気味に感じてしまう。

足の後ろにたなびく蜥蜴の如き尾もそれを助長しているように見える。

一方でその顔や腕、至る所に手当てのあとがあり、

その包帯の白さが妙に強調されて白黒斑の男……という印象を持った。


逆徒の方でも俺をじっと観察しているのか、

その鋭い眼差しが俺の体のあちこちを探っているのを感じる。

昔の怪我で片目を失ったと聞くが、そうと分からない程に強い視線だった。


そして五歩程の距離に近づくとお互いに歩を止めた。


「……君が、毛人と共に生きていたという人間の子供、界武君か」


「貴方が、青達を使っての反逆を企てたっていう……逆徒さんか」


挨拶と呼ぶには少々穏やかさに欠ける言葉。

だがそれも仕方ない。

よくよく考えれば、俺はこの男の名前すらも知らないのだ。


「まず……俺の方から君に感謝がしたい」


「……感謝?」


次に続ける言葉を探していた俺に向かって、逆徒はそう切り出した。


「青、鉄、咲……。俺が目的の為に犠牲にした筈の子供達を助けてくれた。

 また……砦を守っていた子供達を逃がす為に体を張って毛人と戦ってくれた。

 そして……俺達の下に青、鉄、咲の皆をもう一度連れて来てくれた……」


その言葉は途中から涙声に代わり、見ればその眼から涙が流れていた。

その長い足を折りたたんでその場に跪いた逆徒は、

額を地に擦り付けるようにして子供の俺を拝んだ。


「……ありがとう……界武君」


感謝を表す方法は世の中に数あれど、

これはその中でも最上級のものではないだろうか。

そしてその態度に全くの嘘を感じない……という事はだ、

この逆徒という男は恐らく、心から子供達を大事にしているのだ。


思わず言葉を失ってしまった俺は茫然と立ち尽くすが、

その耳に嗚咽の合唱が届く。見れば逆徒の後ろにいる子供達が皆号泣していた。

それは一体何の涙か。ただの嬉し涙か、それとも別の何かなのか……。

それが分からないながらも、子供達の方も心から逆徒を

慕っているのは十二分に察せた。


背筋を走る奇妙な悪寒に、何か喋ろうと開いた口が震えだした。

何かを言わなければいけない。それだけは分かるのに

その先に思考が至らない。


(この逆徒という男は、ここまで深く子供達を愛しておきながら……

 そして、ここまで深く子供達にも慕われておきながらだ、

 その命を使い捨てるという最悪の手段を選んで、反逆を始めたんだ)


俺は多分、今ここで思い知ったその事実の前に語る言葉を無くしたんだ。


以前から感じていた逆徒に対する恐怖。

自分の理解出来ないものに対する本能的な恐怖が、

実際に逆徒その人にあっても尚膨らみ続けているのを感じた。


つまり俺は……目の前の感動的な光景に、ただ恐怖していたんだ。

ちょっと忙しくて遅れてしまいましたが、記念すべき百話目を投稿する事が出来ました。

これからもマイペースに続けていきますので、よろしければ感想や評価、ブックマークをお願いいたします。

モチベが上がりますので。

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