十話 意志の力
正直気味が悪かった。このまま俺を太らせて食べるつもりだとでも
言われた方がまだ納得もできた。
「お前はいずれ戦う相手の怪我を治すのか?
そしてそれに五日も付き合う? 馬鹿げてるって思うんだけどな。
それともあれか、俺が弱いから掟のせいで戦えないとでも言うのか?
ふざけるなよ! 今すぐだって俺から勝負を挑んでやろうか!?」
そう言って威嚇してもみたが……返ってきた言葉に戦意を削がれた。
「お前はあの数の追手から逃げきった。もう弱いなどとは思ってない。
勝負を挑まれれば喜んで受ける。
だが、どうせなら怪我が治ってからにしてくれ」
「怪我が治ってから……?」
「そうだ。勝負はそれからの方が面白いだろ?」
そう言って笑いやがった。……こいつはあれだ、戦闘狂だ。
そんな奴を喜ばせるために勝負を挑むのもまたくだらない。
だから俺は結局抵抗を諦めた。怪我が治る事については文句も無かったし。
そうして借りた毛布に包まって寝た次の日だ。目を覚ますと焚火が消え、
遠鬼が近くにいなかった。やっぱり馬鹿げてると思い直して立ち去ったかと
思っていたが、しばらくしたら葉っぱや木の芽をいくつも摘んで戻ってきた。
何かと聞くと、食べられる山菜らしい。育った場所が山奥で、
この手の山菜取りは手慣れたものだそうだ。
その日は山菜のいくつかと雑穀を焼いたものを食べた。
ちょっと苦かったりした物もあったが、
雑穀は美味しかったんで一緒に食ってしまえば問題無かった。
その次の日、起きると雨が降っていた。寝ている場所が木の根元だったんで
そこまで濡れる事は無かったものの、雨漏りにはうんざりさせられた。
……まあ、勝手に間借りしてる身なので、それは責められない。
「……何やってんだ?」
濡れる不快感で機嫌が悪い俺の横で、遠鬼が何やら騒がしい。
「水を集めてる。そろそろ少なくなってきててな」
持ってきた鍋や水筒を辺りに並べて、水を集めているらしい。
「ああ……俺の分もあるからなぁ」
俺にも責任があるんなら手伝った方がいいだろう。
というか、遠鬼のやり方は何の工夫も無く容器を置いておくだけだから
水の貯まりも悪く、特に口の辺りが細くなっている水筒ではそれが顕著だった。
その不器用な努力を見てられなかったのもある。俺はふと思い立ち、
天に向かって左人差し指を立てた。その周りに平べったい腕をグルグルと、
とぐろを巻くように伸ばし、透明な大杯を作った。これで人差し指を抜けば、
杯が集めた水がその穴からぽたぽたと流れてくるようになる。
そこに蓋を開けた水筒をあてた。
「どうだ?」
水が溜まっていく水筒を自慢げに振ってみる。
「器用だな……」
自分で集めるより効率がいいと判断したか、遠鬼は辺りに並べてあった
容器を俺に預けた。俺はそれらを受け取って、水を補充しておいた。
「しかし、そこまで器用に原始魔術を使える奴は見た事が無い。
どうやってそこまで鍛えた?」
「どうやって……? 別に特別な事をした覚えはねぇよ」
(……というか、どうやって鍛えたか俺も覚えてねぇ)
「そうか」
話を打ち切りはした遠鬼であったけど、納得はしてなさそうだ。
その反応から察するに、俺の原始魔術はかなり珍しいと思われた。
(……ん? というかそもそも原始魔術って何なんだ?
何も知らずに使えるから使ってるが、俺は何も知りはしないな……)
「そもそもさ、原始魔術って何だ?」
俺が使える唯一の魔術だ。
遠鬼が知っている事があるなら聞いておきたかった。
「原始魔術は他の魔術と違って魔術とは付いてるが、
定義上は魔術じゃない。ただ魔力を物質化するだけのもので、
魔力さえあれば誰でも使う事が出来る。
が、そもそもそんなものに使う魔力があるなら他の真っ当な魔術を使う。
誰もお前ほど極めない」
(え……これ、極まってたのか)
ちょっと驚いて今も容器に水を補充している杯を見る。だがまあ、
こんなのはただの杯の代用でしかないし、
他に魔力とやらの使いでがあるなら誰も使わないかもしれない。
(……ん?)
「魔力って何だ、他の魔術って何だ?」
俺の知ってる他の魔術は、あの爪長男の見えない刃だ。
あれだってかなりの脅威だった。それと同等かそれ以上の魔術が
あるのなら、せめて知識としてだけでも知っておかないといけない。
会話に集中しすぎたからか杯への注意を怠り、
容器が一杯になって溢れた水が左手を濡らす。
その冷たさが意識を乱すのを嫌って俺は水を捨てて杯をかき消した。
大事な事だから話に集中したい。
だが、いつもはすんなりと返事を返してくれる遠鬼が、
その問いには少しの沈黙を挟んだ。
「……魔力とは魔族の言葉だ。魔族が生まれついて持つ、
魔術の源となる力だそうだ。で、魔族はその魔力を使って体を強化したり、
傷を癒したり、敵を攻撃したり、またそれを防いだりと色んな事が出来る。
それを魔術と呼んでいる」
「……え? でも俺は人間だけど魔力があるんだろ?」
「人間に魔力があるのは魔族が食べて吸収するためだそうだ。
界武、お前からすればふざけた話だろ」
「……ふざけてるな。最初に言った奴ぶん殴ってやりたいわ」
「だろうな。こんなのは魔族が世界を支配してから作った方便だ。
昔の人間達は別の呼び方をしていた。俺はそっちの方が好きだし、
本質をついている」
一呼吸置き、遠鬼が言葉を続ける。
「意志の力だ」
「意志の力……?」
「そうだ。そもそもこれは意志のあるものにしか宿らない。
だから本能のままに生きるしかない獣や木は使えない。
そして意志が強ければ強いほど、意志を源とするそれもまた強くなる」
「意志が……力になる?」
「そうだ」
「……という事はだ。人間は魔族と同様に意志を持っている。
つまり魔力に関しては種族間の差は無いって事か?」
「そうはならない。魔力の強さは種族により適性がある。
そして、魔族は人間よりはるかにその適性が高い」
「そうか? 俺は魔族と何度も戦ったけど、勝てねぇ相手はいなかったぞ」
「個体差もある。お前は魔力だけなら魔族の戦士に匹敵する。
それに突然変異というものもある。種族関係なく、
異常に高い適性を示すものが偶に現れる」
突然変異。そういえば初代の魔王もその突然変異だったらしい。
では、今長門国で暴れているという人間はどうなのか?
「今長門国で暴れてるっていう人間も、その突然変異なのか?」
「魔王はそうだろうと言っていた。
魔族の戦士でもまるで歯が立たぬ強さらしい」
「え!? 遠鬼……お前、魔王と会った事あるのか!?」
こんなボロボロの服を着てる強面の乱暴者と、
世界の支配者たる魔王との間には何の接点も無さそうだが。
「一度だけある。二度は無いと思いたいが」
「……あんまり会いたくないか?」
「界武、お前は会いたいか?」
「全力でお断りだ」
「だろう。そういう事だ」
「……なるほど」
ちょっと話が逸れたが、魔力については聞ける事は聞いたと思う。
そして魔術。治療に攻撃に防御と、色々種類があるらしいが……。
「大まかな話は分かったけどさ、その魔術って奴、
遠鬼はどれだけ知ってんだ?」
「使えるのはそう多くはない。というか、大抵そんなものだ。
何十種類も使いこなす奴など見た事も無い」
「……それじゃあ、全部で何種類あるか、とか分かるか?」
「分からん。大別してならいくつか挙げられるが……
そもそも魔術は人の数だけあると思っておけ。
全てを知る者などいない」
(人の数……そりゃあ全ては分からないわなぁ)
どうやら魔術とやらは奥が深そうで、話を聞くだけじゃあ
全容を理解するなんてとても無理っぽかった。
少し話疲れたのもある。
今日はこれで話を切り上げ休息する事にした。
ちなみに夕食は山菜入りの雑炊だった。材料は昨日と同じだが
水が潤沢に使えたことで調理法が変わったらしい。
牧場ではいつも粥を食べてたからか、
これは口に合ってすんなりと腹の中に納まった。




