かごの中の白 7
マチコが来て、もうすぐ2年になる。確か7月の暑い日だったのを覚えている。
あの時、洗濯かごに入れられ泣いていたやつが、今では転んでは立ってを繰り返しニヤニヤしながら寄ってくる。『抱っこ』という、余計な言葉も覚えたらしい。
俺はマチコを抱き上げ、膝の上に乗せると二人でキッチンの大きな窓から外を眺めた。入ってくる風が、柔らかいマチコの髪を揺らす。生温かい風が何とも心地良い。もうすぐ暑くなるよと言わんばかりの真っ赤な夕焼けが、二人を照らしてくれ、ゆっくりと時間が流れている様な、素敵な一時だ。
(これからも、一緒に居られる事が良いんだよな…)
と、心の中でマチコに問いかけた。
ある日、台所で夕食を作っていた。マチコの好きなカレーだ。すると突然リビングにいたマチコが
「もっちゃん、これなあに?」
と何かを手に持ち、やって来た。
俺は、それを見て鳥肌が立ち固まってしまった。
(やばっ、注射器をテレビの横へ置いたままにしてしまった!)
動揺し、まだ鍋に入れなくて良いジャガイモを入れてしまった。
「マ、マチコそれはシャープペンと言って、お絵かきで使うんだよ」
何とも、間抜けな言い訳だ。マチコが全く疑う事なく、うんうんと頷きながら手に握っている注射器と言う名のシャープペンを見ながら思った。
(俺のやってる事は、マチコを完全に裏切ってる…何なんだ俺は…)
初めて覚醒剤をやった時の事や、今までの最低な自分の生き方が頭の中で映画の様に、写し出されていた。
(もう、ここしかないだろ!)
この時、二度と薬物に手を出さない事を誓った。
薬物への欲より、マチコの幸せを…そして…自分の幸せをと。
マチコから注射器を受け取り、バレない様に結晶の残ったパケと一緒に生ゴミの袋へ納めた。
この出来事以来、俺は新宿へ買い付けに行く事もなくなっていた。
ちなみに、マチコがあの時呼んでいた『もっちゃん』とは俺のアダ名らしい。名字が仲本なので、本をとって『もっちゃん』
(んー、何故名字? 何か微妙じゃん、マチコ…)