かごの中の白 5
俺は、43歳。出身は宮城県。
色々な事情が重なり、数年経営していた喫茶店を去年たたんだ。と同時に、10年付き合った既婚者の女性とも別れた。自分を取り囲む、仲間・知人・親までもを裏切り、全てを捨てた。
色々な誤解もあったが、その誤解を解く気力も無くなっていた。
こんな俺なので、人から信用されず自分が人を信用する事もなく、ゴミ同然の人間だった。自身の事も、ゴミの様に捨ててしまえば良かったんだと思うが、それすら出来ない情けない男。
気付いた時には、東京行きの夜行バスに乗っていた。
東京に来てからも、決して楽ではなかったが、なんとかかんとか今である。
15年位前からだったかな。俺は、地元の先輩達と遊んでいる中で、覚醒剤というドラッグを知った。最初はアルミホイルで炙っていたが、途中からは注射器へと最悪な進化を遂げていた。
何となく思い出し、久しぶりに買おうと思い、新宿のとある場所で購入してきたのが、ついさっきの話なのだ。
こんな事を考えている俺の隣で、彼女はミルクを飲んで安心したのか小さい寝息をたてて、夢の世界へ行ってしまっていた。
目の前のリュックサックから、2つに折られた銀行の封筒を取り出した。中には覚醒剤1グラムが入ったパケと、注射器が2本入っていた。そのうち1本の封を切り、押し部分の棒を抜き15メモリくらいまで結晶を入れた。針先から、ミネラルウォーターを吸い上げ水溶液を作る。注射器内部の空気を抜き完成。針先を自分の血管へ刺し、ゆっくりと棒を引いた。すると透明な液体の中へ、科学の実験でも見ているかの様に俺の真っ赤な血液が入り込み、アートな水溶液へと変化する。
それを1メモリずつ…ゆっくりゆっくりと体内へ流し込んだ…
寝ているとはいえ…彼女の隣でしている行為に複雑な気持ちになった。
(そういえば、この子に名前はあるのだろうか?我が子を平気で捨てれる位だ、名前すら付けてやることもしなかったのだろう…)
覚醒されたばかりの頭で思い、そして考えた。
(俺が付けてやらなくて、誰がつけるんだ!)
覚醒した俺の頭が、彼女の名前を弾き出すのに時間はかからなかった。
(よしっ、これだ!)
俺は目の前で寝ている小さな彼女の耳元で、そっと小さく語り駆けた。
「いいか、お前はマチコだよ、カタカナでマ・チ・コ、素敵な名前だろ?」
夢の中にいる彼女が、俺には少し頷いてくれたように見えた。