かごの中の白 1
「次は下高井戸、下高井戸」
俺は、暑い日差しのなか新宿での用事を済ませ、足早に帰宅する途中だった。
一週間ほど前に、この街に引っ越して来た。
駅の北口を出ると、昔ながらの店が並ぶ商店街がある。
俺はスーパーで買い物をし、一昨日も行ったお肉屋さんへ向かう。
(ここのコロッケ美味しいし、昔っぽい茶色の包み紙がまた、良いんだよな)
おじさんから茶色の包み紙を受けとり、小走りで線路を横切る。
パチンコ店の前を通り、可愛い雰囲気のフランス料理店を過ぎ、50メートル程先を右に曲がった突き当たりが、俺のアパート。
二階建てで、一階は大家さんの農作業用具の倉庫。右側の錆びれた階段をあがると六畳間二つの我が家である。
世田谷区になるので、高級感のある住宅と思いきや、我が家の向かいには畑が広がっている。
俺は、ゆっくりと時間が流れているような、ここの雰囲気が気に入り住むことを決めた。
もう少しで着く我が家に向かい、いつもの様に道路を右に曲がった辺りで、子供の泣き声が聞こえてきた。
最初は、近所の子供が泣いているのだろうと思っていたが、よく聞いてみると何かが違う…
(んっ?子供じゃない?っつうか…赤ちゃんの泣き声だ…)
アパートに近づくにつれ、その声は大きくなってくる。
蝉の泣き声に邪魔されながらも声を頼りに歩き、気付くと俺は自分のアパートの前まで来ていた。
汗だくで、買い物袋を両手に持ち仁王立ちしている俺は、大きく深呼吸をした。
そして…ゆっくりと上を見上げた。
(まさかな…)
下からだと、我が家の玄関は半分程しか見えないが、声の主は明らかにそこにいる様だった…