アリア と デート
今日はアリアとデートの日だ。
昼の少し前に、研究所から共に出る約束をしているのだが…………俺は一つだけ気掛かりな事があった。
「おい……ベリアル」
「何だ?」
「「何だ?」じゃない!お前ずっと研究所に篭ってばっかじゃないか!」
「何か問題でもあるのか?アルテミスも基本俺と同じだろう?」
「そう言う意味じゃない!」
俺は頭を抱える。
「……たまにはラマシュトゥでも誘って外出しろって言ってるんだ」
「………………意味が分からん。そんなのは俺の勝手だ」
確かに、ベリアルの言ってる事は最もだ。
だが、この朴念仁をいつまでも放っておけば、この先何も無いまま終わってしまう。
俺は、出来るならベリアルに悔いを残して欲しくはなかった。
これが例え俺の自己満足だとしても……。
「………………ベリアル」
「…………っ」
俺の声のトーンが下がる。
ベリアルが息を飲み、俺をマジマジと見てきた。
「……命令だ。今日一日ラマシュトゥと出掛けて来い」
「……………………はあ~……分かった」
本当は命令なんて言葉は使いたくはない。
ベリアルやアルテミスがどう思おうと、俺は二人を対等の家族だと思っているのだから……。
けれど、こうでも言わないと、ベリアルは重たい腰を上げようとはしない。
案の定ベリアルは、渋々とは言え俺の命令に従った。
ベリアルとラマシュトゥが両思いなのは、見ていれば分かる。
もしかしたら、俺が現れなければ二人は今頃は?と思わずにはいられないが、過ぎてしまった事は仕方無い。
俺達は明日魔都を発つのだ。
今回は、今生の別れでないにしろ、また暫くは二人が会う事は無い。
俺が例え命令でここに残るようベリアルに言ったとしても、そればかりはベリアルも聞き入れてはくれないだろう。
なら、今日一日だけでも、二人の時間を有意義に過ごして欲しかった。
後は二人の問題だ。
関係を進展するか否か…………流石の俺も、そこまで首を突っ込むつもりは無い。
それこそそれは、ベリアル次第だろう。
兎にも角にも、俺も出掛ける準備をする事にした。
「本当にここで良かったの?アリア」
俺達は魔都の外れにある森に来ていた。
「はい!ずっと夢だったんです……セツナ様と森デートするのが!」
「…………そっか」
そこまで言われれば、反対する理由も無い。
何よりも、アリアが楽しんでくれる事が一番なのだから。
「あ、あの!それでですね…………」
アリアが急にモジモジしだした。
「?」
俺が訝しんでいると、アリアが背後手に持っていた籠をバッと俺の方に突き出してくる。
「これを!!一緒に食べて下さい!!」
「……もしかして、アリアが作ったの?」
それはバスケットだった。
アリアが何かを持っているのには気付いていたが、隠したそうにしていたので特に追究もしなかったのだ。
「は、はい!と言いたいのですが…………実は殆どアヤメさんに手伝ってもらいまして……」
アリアは、段々と声が小さくなり、落ち込んでしまう。
そんなアリアに、俺は笑顔で言う。
「それでも、アリアが作ってくれた事には変わりないんだろ?凄く嬉しいよ。ありがとう」
「セツナ様……」
俺の言葉を聞いて、アリアは頬を染めてやっと笑顔を取り戻した。
「それじゃ、早速頂こうかな?」
「はい!あ…………」
アリアが周囲を見渡すと、小さく声を上げた。
「ん?どうした?」
「…………敷く物忘れました」
アリアはまたもや肩を落として落ち込んでしまった。
俺はそんなアリアに苦笑する。
「気にしないで。俺が持ってるし」
そう言うと、俺は亜空間から敷物を取り出す。
「…………すみません」
「まあまあ。食事は楽しく食べるものだよ?そんな顔してたら、折角の美味しい料理が美味しくなくなる」
「そう…………ですね」
アリアは無理矢理自分を納得させるように呟くと、笑顔を作って敷物の上に座った。
そして、バスケットの蓋を開けると、中身を俺に見せる。
「うん!美味そうだ!」
俺はそれを見て、舌なめずりしたい気持ちだった。
それは二段重ねになっており、上段には一口サイズのサンドウィッチがあった。
種類は豊富で、様々な具材が挟まれている。
下段は惣菜だ。
玉子焼きや唐揚げ、魚の煮付けや漬け物やキノコの白和えが入っていた。
少し焦げてるものもあったが、きっとこれがアリアが作った物かもしれなかった。
まあ、それもご愛嬌だ。
「んじゃ、頂きます!」
俺は手を合わせて言うと、早速焦げた唐揚げにフォークを突き刺す。
「あ!」
アリアが驚きの声を上げた。
俺はそれを気にする事もなく、唐揚げを口に運ぶと、味わうように咀嚼する。
アリアはそんな俺を、固唾を飲んで見守っていた。
「……うん!旨い!」
俺はそう言ってアリアに笑顔を向けた。
アリアはそれを聞いて、心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。
それから俺達は、談笑しながらお弁当を綺麗に完食するのであった。
「ふう~……ご馳走様でした」
「ふふ。お粗末様でした」
俺は、アリアが水筒に用意してくれたお茶を飲みながら一息つく。
すると、アリアが少し躊躇いがちに口を開く。
「あの……一つお願いがあるのですけど……」
「ん?何?」
俺がそう聞き返すも、アリアは顔を赤くして俯いてしまった。
俺が首を傾げていると、漸く決心が付いたのか、呟くように言った。
「……………………膝枕」
「え?」
「そ、その!膝枕したいです!」
少し声を大きくしてそんな事を言ってきた。
俺は頭を掻き困惑する。
「…………別にいいけど、俺の膝じゃあまり寝心地良くないと思うけど?」
「……え?あ!違います!逆です!」
「逆?」
てっきり俺の膝枕をご所望かと思ったが、アリアは大慌てで否定する。
「あ、あの……私の膝枕で、セツナ様に休んでいただきたく……」
アリアは恥ずかしがりながら、上目遣いで俺を見てくる。
「ああ、そう言う事か……でもいいの?」
「は、はい!寧ろ是非お願いします!!」
俺が再確認するよう聞くと、アリアは前のめりになって懇願してくる。
「じゃ、お言葉に甘えて……」
「っ?!」
俺がそう言って、アリアの膝に手を触れると、アリアは一瞬体を強ばらせる。
俺はそのまま、アリアの膝の上に頭を乗せた。
「ど、どうですか?」
アリアが怖々と聞く。
「うん。凄くいい感じだ。このまま眠ってしまいそうだな」
俺はアリアを下から覗きながら、笑顔でそう言うと、アリアもはにかんで言った。
「もし宜しければ、そのまま寝て下さっても結構ですよ?」
「ん?そう?じゃ、そうさせてもらおうかな?一時間くらいしたら起こして?」
「はい!」
アリアは嬉しそうに返事をしてくれた。
そうして俺は、アリアの膝の上で眠りにつくのだった。
程なくして、俺は目を覚ますと軽く伸びをする。
「んー!良く寝た」
「ふふ。それは良かったです」
「アリアは大丈夫だった?重かっただろ?」
俺がアリアを心配して聞いてみるが、アリアは軽く頭を振る。
「……いいえ。凄く幸せな時間でした」
「…………そっか。それならイイんだ」
そう言ってもらえると、俺も幸せな気持ちになる。
それから俺達は、また談笑をしながら時間を楽しく共有した。
そして、日が傾いてきたのを見計らい
俺が切り出す。
「……そろそろ戻ろうか?」
「…………はい」
正直名残惜しくはあるが、時間は有限だ。
俺は腰を上げて先に歩く。
すると、背中にトンと軽い衝撃が伝わり、俺は横目で背後を見遣る。
そこには、アリアが俺の背中に寄りかかっていた。
「アリ……」
「好きです」
俺がアリアの名前を呼ぼうとすると、それを被せるようにアリアが言った。
「………………」
「好きです。セツナ様の事を……この十年の間も、ずっとセツナ様の事だけを想って来ました」
それはどれだけの長い時間だっただろうか?
俺なんかが、軽率に推し量って良いものでもないだろう。
何故なら、俺はそんなアリアの想いに全く気付いてもあげられていなかったのだから……。
それでもアリアは、こんな俺を未だに好きだと言ってくれる。
そう言われて嬉しく無い筈がない。
「…………ん。ありがとう。俺もアリアが好きだよ?」
俺は素直に礼を言うと、後ろを振り返り、アリアを優しく腕に包んだ。
「あ……」
アリアが小さく声を出す。
「でもごめん。今はまだ駄目なんだ」
「…………はい」
「……だから、今回の件が無事に解決出来たら…………その時は、ちゃんとアリアの気持ちに答えるから」
今後どうなるかは俺にも分からない。
帝国との事に方が付いても、俺自身が無事でいる保証はどこにも無いのだ。
なのに、軽はずみに今アリアの気持ちに答える事は出来ない。
それはアリアだけに限らず、七鈴菜さんやセーレにも言える事だった。
俺みたいなどうしようも無い奴を好きだと言ってくれる皆には、本当に感謝してもし切れない。
だからこそ、大事にしたいと思う。
だからこそ、軽率な言動で傷付けたくはなかった。
「…………はい」
そんな俺の気持ちが伝わったのか、アリアは俺の背中に手を回すと、小さく返事をするのだった。
「ズルい!!」
その日の晩、夕食を終えて俺達がまったりしていると、セーレがまたもやそんな事を言い出した。
「はあ~……今度は何が狡いんだ?セーレ」
俺がそう聞くと、セーレが詰め寄りながら捲し立てる。
「何がって!そんなの決まってんじゃん!!昨日はナナちゃんで、今日はアリア様!!ボクもデートしたかったのに!!」
「何だ、そんな事か」
俺が呆れながら言うと、セーレか打ち拉がれて、大袈裟に「よよよ」と言う表現が当て嵌るような仕草で言う。
「ひ、ヒドイ……今迄は愛情の裏返しだと思って、どんな仕打ちにも耐えてきたけど、今のはヒドイよ……」
そう言いながら、顔を手で覆った隙間から、俺をチラリと見遣るセーレ。
「………………」
俺は呆れて言葉も出なかった。
すると、それを見ていた二人が、バツが悪そうに口を開く。
「え、えと……ごめんね?セーレちゃん」
「も、申し訳ありません……」
「別に二人が謝る事じゃないだろ?」
俺がそんな二人にそう言うと、またしてもセーレが態とらしく泣き真似をする。
「冷たい!!ボクにだけ冷たいよ!!何で?!」
「………………さっき自分でも言ってたろ?愛情の裏返しだよ」
「うっ……」
俺が意地悪くニヤリと笑うと、セーレが言葉に詰まる。
「で、でも!ボクにも偶には優しくしてよ!!ほら!ボクって、優しくされて伸びるタイプじゃん?」
………………いや、そんな事は知らん。
そんなセーレに、俺は心の中でツッコミを入れながら苦笑する。
「しょうがないな。じゃ、今晩一緒に寝るか?」
「「「え?」」」
これにはセーレだけでなく、七鈴菜さんとアリアも驚く。
「ほ、本当にいいの……?」
先程までの勢いが嘘のように、セーレが弱々しく聞いてくる。
「別にいいよ」
俺がもう一度言うと、セーレが見るからに顔を輝かせて小躍りをしだした。
そんなセーレを見て、俺は笑みを浮かべる。
七鈴菜さんとアリアが、羨ましそうに見て来たが、俺は気付かないフリをしたのだった。
そうして、俺とセーレが俺の自室に向かう為に食堂を出ようとして、俺はチラリとベリアル達を見遣る。
ベリアルの隣には、ラマシュトゥが静かに座っていた。
ベリアルは普段通りの仏頂面に見えるが、ラマシュトゥは幸せそうだ。
例えどんな結果だったにしろ、二人の幸せそうな姿を見て、俺の中に温かなものが広がるのを感じたのだった。
活動報告にて、仕事の都合上暫く休止することにしました。
申し訳ありません<(_ _)>




