それぞれの変化
刹那が去った後、暫くは誰もその場から離れようとはしなかった。
「刹那ってさ…………いつ休んでるんだろうな?」
「「「………………」」」
刹那が歩いて行った方角を見詰めながら、龍二がボソリと呟く。
その問いに、誰も口を開かなかった。
一時静寂が辺りを包んでいたが、その静寂を最初に破ったのは楠木だった。
「……何でアイツってそこまでこの世界に肩入れするんだろうな?確かに、以前に勇者召喚されて、それなりの時間をこの世界で過ごしたらしいけど、普通ここまで頑張れるものか?こう言っちゃ何だけど、結局この世界は俺達にとっては所詮異世界にしか過ぎないよな?」
「……うん。そうだよね?いくら刹那君が優しくっても、行き過ぎてる感はあるかな?」
その楠木の疑問に、七鈴菜が同意する。
それを聞いた龍二が、少し逡巡してから躊躇いがちに口を開いた。
「…………俺も前に刹那に聞いた事があるんだ。「どうしてそこまでこの世界の為に一生懸命になれるのか?」って」
「……それで?」
「「この世界もあっちの世界も関係ない。どちらの世界も“同じ”なんだよ?」だってさ」
「……どう言う意味だ?」
楠木が眉間に皺を寄せる。
「この世界には沢山の種族が居て、俺達の世界でも似たようなものだろ?んで、それぞれが皆考え方や生活習慣も違ったりするわけだ。けど、俺達の世界でも、過去はどうあれ、今では大体が平和そのものになってる。それは、人間が過去の過ちを教訓にして、更に努力して掴み取った平和だ」
「「「………………」」」
「この世界も過去はどうあれ、刹那が切っ掛けだったとしても、皆が努力して掴み取った平和だ。どんな世界でも、皆がそれぞれ必死に生きようとしている。そんな努力を踏みにじろうとする奴は絶対に許せないらしいぜ?」
「刹那くんは正義感が強いのかな……?」
愛華が聞く。
正直、愛華からしてみれば、あまり理解出来ない心情だった。
「う~ん……違うと思うぞ?刹那曰く、ただの『自己満足』らしいからな」
「自己満足?」
「そ!刹那はこの世界でも、大切な者達が沢山出来た。刹那からすれば、やっぱそいつらには平和な世界で幸せでいてもらいたいじゃん?だから、その為に自分が今出来る事を精一杯やるだけなんだってさ」
「「「………………」」」
それはあまりにも簡単なようで、とても難しい事なのだろう。
刹那は一度この世界を救っているのだ。
本来なら、普通はそこで天狗になっても良い所を、刹那と言う男はそれを手柄としない。
それすらも、自分が出来る事をやっただけなのだと、至極当然に言って退ける男なのだった。
「……ほんと、刹那くんには敵わないな」
七鈴菜が呟く。
それを聞いて、一層昨日の自分の軽率な言動に落ち込んでしまう。
ただ自分は、刹那の役に立ちたかっただけ……その一心でこの魔都まで来た。
それは今でも変わらない。
けれど今思うのは、刹那の役に立ちながら、同時にこの魔都を救いたいと言う思いに変わっていた。
刹那のように、この世界を守り抜くなど、そんな大それた事は言わないし、言えない。
それでも、今守れるものがあるなら、それを全力で守りたいとも思う。
それは、ここに居る全員が同じ気持ちになっていた。
すると、愛華がいきなり爆弾発言を噛ます。
「……私ね、せりちゃんが好きなの」
「「「え?!」」」
皆が一斉に驚愕の声を上げ、愛華を見遣る。
「あ!勘違いしないでね?別にそう言う意味で好きとかじゃないから」
愛華がそれを見て、少し慌てたように弁明した。
「私はね、それなりに裕福な家庭の一人娘なんだけど…………自分で言うのもなんだけど、この容姿でしょ?だから家族からも周りからも、ずっと可愛いって言われ続けてたのね」
愛華は「それなりに」と言ってはいるが、彼女は有名老舗呉服店の一人娘である。
そして、愛華は自分で言うように可愛かった。
肩より少し長めの髪にウェーブが掛かり、目元はタレ目のおっとり女子だ。
親が所作だけは口煩かった為、とても洗練されていて、一目見ただけで釘付けになる程であった。
「男の人に告白されるのも日常茶飯事で、逆に女子には目の敵にされていたんだけどね」
「………………」
七鈴菜は、昔の自分を思い出す。
「でもね、当時はそれでも良かったの。女子の醜い嫉妬なんて!って思って全く気にしてなかった。けどね…………皆にチヤホヤされて、私自身もそれを鼻にかけてたのね。そしたら……気付いたら一人になってた」
「「「………………」」」
「そんな時、せりちゃんに怒られちゃった。あんま調子に乗んなよ!って……ふふ。怒られた事なんて一度もなかったから、正直嬉しかったな~」
愛華は空を見上げながら感慨に浸る。
「それ以来、私にとってせりちゃんが世界の全てなの。あ、でも、それで善文くんに嫉妬して二人をどうこうしたいとかは思わないよ?せりちゃんには幸せになってもらいたいから……確かにちょっとは寂しいと思わなくは無いけどね?」
愛華は少し悪戯っぽく片目を瞑る。
「愛華先輩……」
「だから、さっきは嬉しかったの。刹那くんって、絶対私を特別扱いしたりしないじゃない?あなた達と同じように接してくれる。私はそれが堪らなく嬉しかった」
「「「………………」」」
そう、刹那は皆を平等に扱う。
刹那の中では、確かに身内とそうじゃない者との落差は激しい。
けれども、それは決して差別するものではない。
時と場合によっては男女に違いはあるが、それが必要でない場合は、基本刹那は皆同等の扱いなのだった。
「私ね、本当にこの世界に来て良かったと思ってるの。自分がどれだけ狭い世界で生きてきたのかが分かったから。ほんのちょっと目線を上げれば、景色はこんなにも変わって見えるのにね?」
「…………そうですね」
皆も空を見上げる。
皆も思い思いに感じ取っていた。
理由はそれぞれ違うが、確かにこの世界に来て、刹那と言う人物を知って、少なからず皆の気持ちが変わりつつあった。
それが、刹那が意図した事で無い事は分かっていたが、刹那が切っ掛けである事は紛うことはないだろう。
再び静寂が辺りを包む。
すると、龍二が唐突に切り出した。
「あー…………俺ちょっと用事思い出したから、もう行くな?」
それだけを言うと、そそくさとその場を後にした。
「あ、あー!お、俺もちょっと…………」
次に楠木が、突然何かを思い出したように慌てて立ち上がると、小走りに立ち去っていった。
「…………もう。下手な芝居しちゃって」
「ふふ。そうね。私達はどうしようか?」
「え?そんなの決まってるじゃないですか!」
愛華と七鈴菜はお互い顔を見合わせて笑うと、二人もその場から離れたのだった。




