刹那が王都を発ってからの三人は?
アリアの場合
「お父様!!何故行っては駄目なのですか?!」
執務室を皆が退室してからも、アリアはまだアレク王に食ってかかっていた。
「……駄目とは言っとらんだろう」
だが、アレク王の顔は晴れない。
「では何故先程は渋っていらしたのですか?」
「うーむ……」
アレク王は唸る。
前回の王都襲撃の時は、渋々とは言え了承したが、それでも苦渋の決断だったのだ。
共に前線で戦った者達からは、アリアがどれだけ頑張っていたかを聞かされた。
けれど、かなり危うい状態だったとも聞く。
今回の魔都の件は、前回に比べればマシと言えばマシかもしれないが、刹那の話を聞く限り、現在の魔都の治安はあまり芳しくないように思われる。
それ故に、アレク王としてはあまり簡単に容認出来るものではなかったのだ。
アレク王がいつまでも煮え切らないのに業を煮やしたアリアは、強硬手段に出る。
「私は行きますからね?例えお父様がお止めになったとしても!」
「…………セツナ殿に嫌われるぞ?」
「ぐっ!ひ、卑怯ですわよ!!」
アリアは言葉に詰まる。
刹那は言ったのだ。
アレク王が許可してから来いと……。
アレク王は暗にその事を提起しており、それを出されればアリアはぐうの音も出ない。
アレク王は、アリアにとって刹那の名が弱点だと分かった上で、敢えて口にしたのだ。
アリアは最早半泣きに近く、涙目でアレク王を睨んでいた。
(さて、どうしたものやら…………)
アレク王は更に逡巡する。
アレク王とて、意地悪でこんな事を言っているわけではない。
出来る事なら行かせてやりたいとも思っている。
だが、一人の親として、愛娘を態々危険な地に赴かせたくは無かった。
顎に手を当てて、アレク王が考えに耽っていると、扉の方から声が掛かる。
「……行かせてあげてはどうですか?父上」
「…………クルトか」
いつの間に入ってきたのか、そこにはクルトが立っていた。
クルトのその言葉を聞いて、それまで黙って傍に控えていたトマルスが口を開く。
「私もクルト王子と同意見です。今回は、セツナ殿がちゃんと付いておられるのですから、何も心配ないのでは?」
「クルト!トマルス!」
二人が自分に加勢してくれた事にアリアは歓喜し、そしてアレク王に哀願の眼差しを向ける。
アレク王はそれを見て、長い溜め息を吐き苦笑しながらも言った。
「……決して無理はせず、セツナ殿の言う事をちゃんと聞くのだぞ?」
「っ?!はい!!」
それは許諾の言葉だった。
それを聞いたアリアは、大喜びで元気良く返事をするのだった。
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楠木の場合
楠木は自室でベッドに横になっていた。
天井を仰ぎながら思案に耽る。
楠木は刹那の言葉を何度も思い返す。
確かに、更なる力を求めるなら、これは又と無い機会かもしれない。
何故なら、あの刹那が直に教えると言ってきたのだ。
刹那は、身内とそうじゃない者との落差が激しい。
それは前回の事で嫌という程分かっていた。
その刹那が、態々自分を指名してくれたのだ。
先程はああ言ったが、楠木は実の所素直に嬉しかったのだった。
(だけど…………)
そう、楠木のプライドがそれを邪魔する。
そして何より、自分のこんな気持ちの変化に、楠木自身が未だに追い付いて行けてなかった。
先日まで、あれ程刹那を目の敵にしていたのだ。
今更ホイホイとついていくなど気が引けた。
(アイツも俺が自分を嫌っていたのは知ってた筈だ。いや……それとも気付いてなかったのか?)
そんな筈はないと、楠木は頭を振る。
いくら刹那が鈍いと言っても、あれ程分かりやすい態度をしていたのだから気付かない筈はない、と……。
もし分かっていた上で、それでも尚刹那は自分の力を認め、今回の提案をしてくれたとするなら…………。
そこまで考えて、楠木は勢い良くベッドから起き上がる。
そしてそのまま、足早に執務室へと戻るのであった。
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愛華の場合
「で?どうすんの?愛華は」
世梨香は愛華に問う。
「……せりちゃんはどう思う?」
愛華は迷っていた。
愛華が選ばれた理由は刹那から聞いた。
けれど、愛華はやはり、何故自分なんかが選ばれたのか分からない。
正直、刹那とちゃんと話をしたのは今回が初めてだった。
刹那は、生徒達の全データを見て、愛華と楠木が一番適してると判断したと言った。
果たしてそれは本当なのだろうか?
「どう思うって…………愛華が決める事だと思うよ?」
「………………」
最もだと愛華は思う。
それでも、まだ判然としないのだ。
「刹那も言ってたけど、嫌なら別に無理しなくていいと思いますよ?」
見るに見かねて、善文が助け舟を出す。
「別に嫌とかじゃ……善文くんはどう思う?」
「どうとは?」
「彼が私を選んだ理由…………」
「えーと…………弱いから?」
「あ…………」
そう言えば、と愛華は思い出す。
刹那はハッキリと言っていたのだ。
自分達は弱いのだと……。
「アイツは、たまにこっちが焦る事を平気で言うけど、基本間違った事は言わないんすよね。そのせいで、変な誤解とかされたりもしますけど」
善文は頬を掻きながら、苦笑交じりに言う。
けれど、その顔は優しかった。
「ただ、刹那は誰にでもそんな事を言ったりしません。ちゃんと相手を見て言います」
「……じゃあ、何で私達に?」
「んー……それに意味があるからじゃないですか?」
「意味?」
「はい。今回の事で言うなら、刹那は魔都を救いたい。その為の最善策を考えた。けど、刹那って男は、そこでは終わらないんです」
「………………」
「それと並行して、他に何が出来るのかも考える奴なんです。そこで思いついたのが、俺達のレベルの底上げだったんじゃないでしょうか?」
善文は親友と言うだけあって、刹那の事を良く分かっていた。
「勿論、それには誰でも良かったわけじゃないけど、逆に誰でも良かったんだと思います」
「んん?どう言う事かな?」
これには、世梨香も意味が分からず首を傾げる。
「えっと……説明がちょっと難しいんだけど、生徒達の底上げ目的だけなら、生徒の中からなら誰でも良かったんだよ。でも、それだけじゃ駄目で……その中でも特に目的に見合った者を更に選別したんじゃないかなーって……」
善文も少し自信が無いのか、最後の方は消え入りそうな声だった。
「…………つまり、私がその目的に合ってたって事?」
「た、多分?」
善文は曖昧に答える。
愛華はそこまで聞いて、僅かではあったが、刹那に興味が湧いた。
どうして自分を選んだのか……もしかしたら、その答えが魔都に行けば分かるのかもしれないと思った。
愛華はそこで足を止める。
「……愛華?」
世梨香が不審に思って声を掛ける。
「…………うん、決めた。私魔都に行ってみようと思う」
「そっか……愛華が決めた事なら、私も陰ながら応援するよ」
「うん!ありがと、せりちゃん」
こうして、愛華もまた魔都に行く事を決断したのであった。




