計画 と 親友
翌日_______________。
朝日が目に染みる。
結局朝方まで打ち合わせが行われた為、睡眠時間は二時間弱程度だった。
「ふぁ……」
俺は欠伸を噛み殺しながら、今日の予定を頭の中で組み立てる。
確か今日から午前中は、社会勉強?と称して、生徒達は、この世界の地理やら風習、延いてはこの世界に住まう【種族】についてや【魔物】の種類や生態を学び、午後には早速実技練習を学ぶ予定だ。
だが、俺はどちらの授業にも出ない。
午前中は行きたい所もあったし、午後は、前段階として【例の事案】を早速実行に移す必要もあったのだ。
そして……俺は明日にはこの王都を経つ。
その話になった時に、アリアが真っ先に同行を願い出てきたのには正直困った。
「何故私を連れて行って下さらないのですか?!」
「何故って……アリアは王女で、この国を空けるわけにはいかないだろ?」
「それはっ?!でも、私も昔とは違います!!それだけの力も手に入れました!!」
それは恐らく【精霊眼】の事だろう。
それだけでなく、【精霊眼】が使用出来るようになったなら、当然の事に【精霊魔法】も使えると言う事で……。
ここで一つ説明すると、【力】には二種類のタイプがあり、それが【魔力】と【精霊力】である。
魔力とは、多かれ少なかれ誰しもが体内に内包しているもので、それを体外に放出する事で【魔法】を発動するものだ。
これには【魔素】が大きく関わっており、魔素とはこの世界の全てに存在する【自然エネルギー】の一種だ。
本人の体質にもより、魔素を受け付けやすい身体と、受け付けにくい身体がある為、魔力の使用量が大きく偏ってくるが……。
なので、体内に蓄積された魔力を使用しても、一定時間経過すれば魔素により魔力は元に戻るのだ。
そして【精霊力】とは、【精霊の力】を借り受ける事が出来る【力】と言う事になる。
もっと正確に説明すると、精霊力は厳密に精霊の力を借りる訳では無い。
この世界には【妖精】と言うものが居るが、この妖精は、精霊の【眷属】とされ、精霊力はその妖精の力を借りて【魔法】を使う事になる。
ここで【精霊魔法師】だが、精霊魔法師は直に精霊と契約する事にあり、契約者→精霊→妖精と魔法を発動出来る。
ただ妖精の力を使うよりも、精霊が妖精を使って魔法を発動した方が、遥かに威力は上がる。
これだけ聞くと、精霊魔法師の方がかなり条件は厳しいように見えるが、精霊の階級にもよるけど、一度契約をすれば、一定の力を使用する事が出来るし、何より魔力のように【枯渇】する危険性もないのである。
この世界の人間は、一般的にはどちらかの適正が高く、その適正により魔力か精霊力のどちらかの力を用いる事になる。
勿論例外はあって、全くの適正が無い者もいれば…………俺のように、両方併せ持っている者もいる。
ついでに言えば、人族の多くは魔力が主だ。
そこで話を戻すが、アリアは確かに戦力面だけを見れば頼れる存在である事は間違いはなかった。
だからと言って、旅の同行を容認出来る筈もない。
アリアが努力してきたのは、見てなくても理解してるつもりだ。
アリアは必死に食い下がってきた。
自分が今どれだけの力を持っていて、どれだけ俺の役に立てるのかを……。
そんな様子に、アレク王や他の者達も、アリアの気持ちが痛い程分かる為強くは出れず、困った顔をしていた。
なので、仕方なく俺はアリアを見据えて口を開く。
「…………アリア」
「ッ?!」
声のトーンを少し下げてみる。
それだけで、この部屋の空気も数度下がる。
アリアだけでなく、他の者達も息を呑み俺を凝視していた。
俺はそれを気にするでもなく、アリアの方を見ながら更に言葉を紡ぐ。
「お前の立場はなんだ?この国の王女だろ?この国の王女がこの国を見捨てるのか?」
存外な物言いだと自分でも思う。
王女に向かって「お前」なんて言葉、普通の者なら誰も口にしない。
そんな事をすれば、首を切り落とされても誰も文句は言えないのだから。
それでも敢えて俺は言う。
他の者達もそれを察して誰一人口を挟まず、事の成り行きを見守っていた。
「ちがっ……私はただ…………!!」
この空気の中でも、アリアは尚も主張を繰り返そうとしている。
身体は小刻みに震え、瞳を潤ませながら恐怖を押し殺してまでも……。
本気で俺の力になりたいと言ってくれるアリアに、心から嬉しく思う。
それでも俺はそれに見て見ぬふりをする。
いつもならここで俺の方が折れるのだろうが、今回は状況が違う。
だから俺は、アリアの言葉を遮って言葉を続けた。
「ただ……何だ?王女の一番の役目はこの王都を守る事じゃないのか?この王都が陥落する事態に陥れば、間違いなく人族は瓦解するだろう。王都とは……王族とは人族の希望で無くてはならない。それだけの人間達の想いを王族は背負うべきではないのか?」
「………………………………」
「俺はこれから各国の主要国に出向く。現在【転移魔法陣】が使えない今、容易に戻ってくる事は出来ないだろう。けれどこの【実験】が成功すれば、その都度必ず顔を出す事は約束する。けれどその間に魔物の襲撃や、【帝王】なるものが動かないとは限らない。お前の力を信じてるから、俺が留守の間この国を守ってもらいたいんだ」
そこまで言って、俺は体の力を抜いた。
それだけで、室内の温度が元に戻るのが分かった。
そして最後に、アリアの瞳を真っ直ぐ見つめながら言った。
「俺の帰る場所をアリアが守ってくれると思うだけで俺は心強いんだよ」
ふわりとアリアに笑顔を向ける。
アリアはもう何も言わなかった。
アリア自身もきっと頭では分かってた事なのだ。
それでも気持ちばかりが先走ってしまい、周りが見えなくなってしまった。
他の者達も、皆一様にホッと胸を撫で下ろしていた。
そこからは、アリアは王女らしく、今後の方針などについての話し合いをし、今度は何事もなく無事に終了したのだった。
そして、俺の問題が一つだけ…………。
どうやって皆の目を誤魔化すかだった。
30人もいれば、もしかしたら一人くらいいなくなっても気付かれないかもしれないが、それは『ぼっち』だった場合に限る。
良くも悪くも……いや、良い事なのだが、少なくとも俺の事を気にかけてくれる者はいるわけで……。
俺がそんな事を考えながら、食堂までの廊下を一人歩いていると、俺を気にかけてくれている者の一人が声を掛けてきた。
「おっす!刹那!朝からしけた面してんなー」
「……お早う、善文。余計なお世話だよ」
そうお互い軽口を言い合いながら、俺は後ろを振り返りながらも思考は別の所に向けていた。
善文か……昨日あんな事を言った手前、あまり詳しい説明は出来ないし、何より「俺がお前を守る」とか格好つけた舌の根も乾かない内に、「実は明日から俺は王都に居ないんだよね♪V」なんて軽々しくも言えないし……。
俺はその事にまたもや頭を悩ませていたのだった。
「んー?何だ?マジで何かあったのか?」
とは言うものの、この場合は、一人でも多くの協力者がいれば助かるのも事実で……。
俺は意を決して善文に向き直った。
「善文。悪いが少し相談……と言うか、頼みたい事があるんだが……」
「分かった」
善文は間を置く事もなく、あっさりと了承してみせた。
俺はそんな善文に苦笑しながらも、誰も居ないのを確認してから、近くの部屋に善文を招き入れる。
そこは、物置部屋のようなものだった。
所狭しと雑多に物が置かれている。
宝物庫とは違い、貴重な物は置かれてはいないだろうが、それでも容易に触れて良いものではないだろう。
善文にも、念の為にこの辺の物には触れないように忠告はしておく。
とは言っても、この様な王城なら当然の事で、盗られたくない物には、盗難防止用に【探知魔法】が組み込まれてるので、貴重な物が紛失したとしても、大体の物は捜索が可能となっているのだけれど。
さて、俺は改めて善文の方に向き直る。
「昨日俺が言った事覚えてるか?」
「当たり前だろ?そこまでボケちゃいねーよ」
善文は少しおとボケて言った。
「うん……それで、やっぱり説明は出来ないんだけど、実は俺だけ明日からこの王都を離れる事になったんだ」
「は?それは……」
善文はそれを聞くと、眉間に皺を寄せて真剣な顔になる。
当然と言えば当然だろう。
いきなりこんな訳の分からない世界に飛ばされ、右も左も分からない奴が、いきなり外の世界で生きてけるのか……と。
俺は善文の考えが手に取るように分かるが、それでも言葉を続けた。
「言いたい事は分かる。けれどこれはとても重要な事なんだ。この現状を打破出来るかもしれない程に、な」
「……それは俺も一緒に言ったらダメなのか?」
そう言ってくれる善文の気持ちは、正直に嬉しかった。
それだけ俺を心配してくれてるのが分かるから……。
それでも俺は首を横に振る。
「それは出来ない。ここで二人も抜ければ、他の者達も流石に気付くかもしれないし、その場合、色々説明しなくちゃいけなくなる。なによりも最悪善文のように、自分も連れていけと言い出す者まで出るだろう。今の善文達は力の使い方もまるで分かっていないし、一般人と変わらないんだから……」
「………………」
普通こんな事を言われれば、「じゃあお前は何なんだ?」と聞いてきてもおかしくはないんだが、善文は敢えて口を噤んだままだ。
俺はそんな善文の気持ちに甘えつつも、更に言葉を続けた。
「昨日言った約束は守る。いつかちゃんと一から説明はするし、善文達が危なくなったら必ず駆けつける。だから今は……勝手な言い分だと思うが、俺を信じてくれ……としか言えないな」
俺は苦笑しながらも善文に、正直に今話せる範囲で気持ちを伝えた。
自分でも気付いている。
どれだけ身勝手な事を言っているのか。
詳しい事情は話せないくせに、協力だけはしてくれ……などと、なんとも自己中心的な奴なのだろうか。
けれど善文は少し思案したのち、一度溜息を吐いてから、それでも真っ直ぐに俺の目を見て言った。
「……分かった。お前の居ない間は俺に任せろ」
「え……?いいのか?」
「おいおい。お前の方から行ってきたんだろ?」
「それは……まぁ、そうなんだが……」
俺は、拍子抜けする程あっさりと了承してくるこの親友に、俺の方が戸惑ってしまう位だ。
「そりゃ、正直な所、色々聞きたい事は山ほどあるさ。けど俺は知ってるからな。本当はお前は何でも出来るスゲェーやつだって!ただ、何か事情があってそれを隠してるってのも気付いてた」
「善文……」
「……ちゃんと無事に帰ってこれるんだよな?」
善文が少し不安そうに俺に聞いてきたので、俺は安心させるように善文に満面の笑顔を向けて断言してみせる。
「ああ!!勿論!!」
それを聞いた善文は、心底安堵した顔をする。
俺は改めて、【親友】と言うものがいかに重要かを思い知らされたのだった。
この先もきっと善文には頭が上がらないな……と思いつつ、善文に今日一日も所用で外出する旨を伝え、俺達は部屋を後にして、朝食を食べに食堂までの道程を並んで歩いていったのだった。




