魔素の影響 と セーレの覚悟
俺達は、お互いの現状報告などを話し合った後夕食を取り、そのままベリアルの家で休ませてもらう事になった。
俺は風呂から上がると、早速セーレから渡された書面に目を通す。
実は、ベリアルは東地区の領主を担っている。
ベリアルが俺の従魔になると決めた時、領主を退任すると皆に言った所、かなり強く反発された。
ベリアルがどれだけ皆に慕われていたのかが分かり嬉しかったが、当時俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。
ベリアル本人は、自分で決めた事だから気にするなと言ってくれたが、俺としてはそうも行かない。
あまつさえ、俺は地球に帰還する事を決めたのだから……。
その時は、まさかベリアルとアルテミスが付いて来ると言い出すなど、完全に誤算ではあったが。
そんなわけで、ベリアルは名目上は未だにこの東地区の領主となっている。
そして、そのベリアル不在の間、セーレが領主代行を務めてくれて、ラマシュトゥとベリトがその補佐をしてくれていたと言うわけだ。
この書面は、その間の東地区の記録が、事細かに記されていた。
セーレ達の話によれば、三年程前から魔素の影響が魔族にも及んできたのだそうだ。
それが昼間の現状に繋がる。
強い力・強い意思を持つ者は、今の所大した影響は出ていないらしい。
だが、それは現在までは……と言う話だ。
今後もこれ以上の魔素が増えないとは限らない。
今の所の対処法としては、セーレが考案した【鎮静くん(仮)】で何とか抑えてるらしい。
昼間の破裂音みたいのは、この魔道具が発動した音だったようだ。
だが、この魔道具も一時凌ぎと言う話だった。
また魔素が体内に蓄積されれば、弱い者からまた暴走する危険性が孕んでいた。
魔素とは魔力の源だと言うのは周知の事実だが、個人の魔力量が決まっているのも当たり前の事だ。
そして、勿論それに見合った魔素が一定量必要とされる。
なので、普通ならそれ以上の魔素が体内に入り込む事など有り得ないのだ。
既にこれだけで、異常事態だと言えるだろう。
本来なら、現況であると思われる帝国を一刻も早く何とかするべきなのだろうが、今はまだ地盤が固まっていない以上、時期尚早な気もする。
今迄の帝国の動向や能力を検討してみても、まず一つ目は、魔素を操る事が出来ると言う点ーー。
二つ目は、魔物を従わせる点ーー。
三つ目は、新生種の創造を可能とする点ーー。
四つ目は、他者に強大な力を与える点ーー。
五つ目は、レヴィアタンに術式を組める程の力を持っている点ーー。
勿論、これら全てが帝王なる者の仕業だと決め付けるべきではないかもしれない。
それでも、限りなく黒に近いだろうと俺は考える。
そして、これら全てを帝王一人がやってるにしろ、それだけで帝王の力は計り知れないものがあるだろう。
仮に、帝王だけでなかった場合でも、少なくともそれだけの力を持った者達を、帝王が傍に置いている可能性があると言うわけだ。
それならば、例えどれだけ時間がかかろうとも、こちらも万全を期して臨むべきだと俺は判断する。
そして、これはあくまで俺の考えだが、帝王は俺を待ってる気がしてならないのだった。
エーデル…………。
俺はそこまで考え、一度書面から目を離すと大きく伸びをした。
「んーー!はあ~、それよりも……」
チラリと俺は扉の方を見遣る。
「さっきから何やってるんだろうな?」
俺は当然気付いていた。
二、三十分前から、セーレが扉の前を行ったり来たりしているのを……。
最初は俺に何か用があるのかと思い待っていたが、中々入ってくる気配が無い。
俺は仕方無しに席から立ち上がり、扉の前まで近付く。
ガチャーー。
「あ…………」
「………………」
俺が扉を開けると、セーレが小さく声を上げる。
俺はそんなセーレの姿に、目が点になってしまった。
「はあ~……なんちゅー格好してるんだよ」
「うっ……」
俺は頭を抱える。
セーレはネグリジェ姿だったのだ。
いくら自宅とは言え、危機管理が無さすぎる。
「……取り敢えず入って」
「う、うん」
セーレが部屋の中に入るのを確認すると、俺はすかさず亜空間からコートを取り出しセーレに渡す。
「まずはこれ着て。話があるなら、それからゆっくり聞くから」
「……………………」
けれど、セーレはコートを受け取ろうとしない。
ネグリジェのスカートの裾をギュッと掴んで俯いたまま、微動だにしなかった。
「……セーレ?」
俺が不審に思いセーレの名を口にすると、セーレはバッと顔を上げる。
「…………やっぱりボクじゃ欲情しない?」
「……は?」
最初何を言われたのか分からず、俺はつい間抜けな声を出す。
セーレは今にも泣き出しそうな顔をして、体も小刻みに震えていた。
そんなセーレを見て、俺は頭を掻きながらどう対応すべきか思案する。
自分の思慮の無さに、舌打ちしたい気持ちをグッと抑える。
セーレがどれだけの覚悟で俺の所に来たのか、もっと考えてやるべきだった。
いくら考えに没頭しすぎてイライラしていたからと言って、そんなものはただの言い訳に過ぎない。
もっとセーレの気持ちを配慮すべきだったのだ。
俺は一度大きく息を吐き出すと、少し屈んで、努めて優しくセーレに声を掛けた。
「……セーレ」
「っ?!」
セーレの肩が一瞬ビクりと跳ねた。
俺はそれには気付かないふりをして言葉を続ける。
「セーレの事は好きだよ」
「っ!それじゃ……!!」
「けど、俺はベリアルの事も大事なんだよ。そんな大事な相棒の大事な妹に簡単に手を出すのは、やはり気が引ける」
「………………」
セーレは何も言わない。
「俺はこんなんだから、セーレの傍にずっと居れるわけでもないし、もしかしたら、今よりもっと苦しめてしまうかもしれない。だから俺は……」
「それでもボクは、セツナさんが好きだ」
「セーレ……」
セーレはそれでも尚、真っ直ぐに俺を見詰めて言う。
「例えこの先何があったって、ボクは乗り越えて行けるよ?ボクはそんなに弱くないよ?」
俺は少し目を見開く。
俺はもしかしたら、ベリアルの妹であるセーレを、知らず知らずのうちに子供扱いしていたのかもしれない。
何故なら、今目の前に居る彼女は、紛れもなく綺麗な大人の女性だったのだ。
俺は自分自身に苦笑する。
ここまで言われて嬉しくない男は居ないだろう。
俺はそんなセーレの頭に手を乗せる。
「!!」
セーレがまた体を強ばらせる。
俺はそんなセーレの前髪を掻き分けて、額に軽く口付けを落とした。
ちゅーー。
「………………え?」
セーレは一瞬何が起こったか分からず、呆けた顔をして俺をマジマジ見てくる。
「ありがとう。セーレの気持ちは素直に嬉しいよ」
「セツナさん……」
「だから、もう少し待っててくれるかな?勝手な事を言ってるのは分かってるけど、今はまだ色々立て込んでるし…………帝国の件が片付けば、今度は俺の方から言うから」
「っ?!」
俺の言葉を聞いて、セーレは涙を流しながら何度も何度も頷く。
俺は、そんなセーレを優しく胸に抱くのだった。
この日の晩は、セーレと共に夜を明かした。




