変貌 と 海坊主
本日は二話投稿します。
「おいおい……何だ?これは」
俺の見上げた先には、タナロアであってタナロアでないものが居た。
俺はすかさず鑑定眼を発動する。
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【ウミボウズ】
人工的に生み出されし失敗作。
タナロアと言う魚人の成れの果て。
攻撃力は高いがそれだけ。
特には何も無い。
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ウミボウズ………………海坊主?
日本で有名なアレの事か?
いや、今気にする所はそこではないだろう。
【人工的】とか【失敗作】とか…………何か最近こんなんばっかだな。
ニーズヘッグの時は【新生種】で、殻の欠片は【創造】だったしな。
今迄に例をみない事ばかりが起きやがる。
これじゃまるで、タナロアは何かの実験材料にされたみたいだ。
いや…………もしかしたら、本当にそうだったのかもしれない。
であるならば、先程までの意味不明な言動や力云々と言う話も納得出来るものだ。
おそらくは、あの胸元の石が何かしらの作用を及ぼし、タナロアに強大な魔力を与えたに違いない。
そして、急激な力を手に入れたタナロアは、その力に呑まれ精神が崩壊していってしまったのだろう。
俺は、今度は魔力眼にてタナロアを視てみる事にした。
「……………………」
それを視て、俺は眉根を寄せる。
「…………セフィナ」
「…………え?」
セフィナは突然のこの光景に、暫く放心状態だったが、俺の呼び掛けに我に返る。
「タナロアを…………殺す。いいな?」
「え……?」
セフィナは最初何を言われたのか分からず聞き返すが、俺の言葉の意味を理解すると、少し悲しげに目を伏せる。
「……もう……助けられないんだね?」
「ああ、残念だけどな」
俺は断言した。
無駄に慰めた所で現実は変わらない。
「魔力眼で視たが、あの胸の石から血管のような魔力の流れが体中に張り巡らされている。それは既に心臓まで行き届いて、おそらくは助ける事は困難だろう」
「………………」
セフィナは黙って俺の説明を聞いていた。
「辛いなら、セフィナは中に……」
「ここに居るよ」
セフィナは真っ直ぐ俺を見て、俺の言葉を遮り言い放つ。
「……ちゃんと、タナロアの最期を見届けたいんだ」
「…………分かった」
俺はもうそれ以上は何も言わなかった。
セフィナがちゃんと自分の意思で決めた事なら、俺がこれ以上何かを言うのは野暮というものだろう。
タナロア……いや、ウミボウズは、暫くぼーっと宙を眺めていたかと思うと、唐突に巨大な口を開口する。
ガ……ア……アァァァァァ!!!!
「「「「「「ッ?!」」」」」」
皆が一斉に両耳を塞ぐ。
最早人語すらも忘れたのか……それはウミボウズの咆哮ーー。
その尋常じゃない声の大きさに、皆が顔を顰める。
その声だけで、静穏だった海が逆巻く怒濤となって荒れ狂う。
そうして、ウミボウズはゆっくりと巨体を動かした。
その一動作だけで、海底が大きく揺れ、地底に亀裂が走る。
だが、動きは非常に鈍かった。
俺は、雷切と三日月を亜空間から取り出す。
「俺がやる。皆は手を出すな」
俺の言葉に皆が頷いてくれる。
俺は地底を蹴り浮くと、ウミボウズに向かって泳ぐ。
狙うはあの胸元の石だ。
元々の原因があの琥珀色の石だとするならば、俺はあの石を許す事は出来ないだろう。
きっと、タナロアは本気で純真にセフィナを想っていたに違いない。
それを、あの石の力により、狂った方向に向かせられたのだ。
どんな理由があるにせよ、誰にも誰かを想う気持ちを利用する権限は無い。
もしかしたら、本心ではタナロアも、力づくでセフィナを手に入れたいと思ったのかもしれない。
だから、全てを石のせいにするのは間違っているのかもしれなかった。
例えそうだったとしても、少なからず人の心には、そう言った闇が潜んでいるのを俺は知っている。
その想いを理性で思いとどまらせるのが人間であって、その想いをただ本能のままに一線を越えてしまうのは……………………ただの獣だ。
それをあの石が、タナロアのタガを外させて、タナロアをただの獣に落とした。
現に、この十年間タナロアは何もしてこなかったじゃないか……。
きっと、遠くからただ純粋にセフィナを想い続けてくれたのだろう。
その心の隙間に、“何者”かが言葉巧みにそんなタナロアを騙したに違いない。
俺はそいつを決して許さない。
胸元の石まで残り僅かとなった時、ウミボウズが俺の存在に気付き腕を振り下ろしてきた。
「くっ……」
動きが遅いので、攻撃自体は難無く回避出来たが、その攻撃の余波が激浪となって俺を襲う。
それを〈水魔法〉で拡散させる。
そして、俺は胸元の石まで辿り着くと、雷切と三日月をクロスさせた。
「……今、楽にさせてやる」
願わくば、苦しまず安らかに眠ってくれるようにと……。
俺は十字切りで石目掛けて刀を一閃する。
パリンーー。
石はいとも簡単に破壊された。
ウミボウズは石が破壊された瞬間、ピタリと動きを止めると、静かに横に倒れゆく。
俺は倒れる先に先回りをして、〈風魔法〉と〈水魔法〉でウミボウズを支えると、ゆっくり地底に寝かせた。
それを見届けたセフィナが駆け寄ってくる。
ウミボウズ……いや、横たわったタナロアの顔を優しい瞳で見詰める。
「タナロア……」
セフィナの頬に一筋の涙が流れた。
俺は、そっとセフィナを胸に抱くと、優しく頭を撫でてやる。
他の者達もこちらに向かってこようとしていたのを俺が目配せすると、それを察したアヤメ達が、他の者達を誘導するようにこの場を後にしてくれた。
すると、堪えきれなくなったセフィナが、堰を切ったように俺の胸の中で滂沱の涙を流した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は、セフィナが泣き止むまで、ずっとセフィナの頭を撫で続けたのだった。
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「あ~あ、やっぱ失敗しちゃったか」
少年が少しガッカリした様子で呟く。
「元々実験の為の贄さ。仕方無いよ」
クスクスと笑いながら、男が少年を慰める。
「うん。そうなんだけどさ……やっぱり失敗すると落ち込むよ」
少年が大きな溜め息を吐く。
「なら、今度は失敗しなければ良いだけの話だろ?」
「……うん。……うん!そうだね!次こそは必ず成功してみせるよ!」
「ふふ。楽しみにしているよ」
男と少年が顔を見合わせて、お互い笑い合うのだった。




