港町 と 海の大王
本日二本投稿します。
アルテミスは、本来の【天馬】の力を最大限に生かし、俺達を乗せた馬車とともに大空を駆ける。
だが、俺はそれに心配する。
アルテミス一人だったり、俺一人乗せて飛翔するのとは勝手が違う。
重量もそれなりにあるし、風圧を防ぐ為に結界まで張っているのだ……それなのにスピードが落ちない。
かなり無理をしているのではないかと思い、俺はアルテミスに聞いてみた。
「大丈夫か?アルテミス。俺が頼んどいて何だが、あまり無理はするなよ?」
『うむ。だが、急いでいるのだろう?』
「それはそうなんだが……」
『ならば案ずるな。お主はセフィナの事だけを考えておれば良い』
「……ん。ありがとう」
俺はアルテミスのその心遣いに感謝して、労るように背中を撫でた。
アルテミスが目を細める。
アルテミスの頑張りのお陰で、本来は王都からなら一ヶ月以上はかかったであろう筈の距離を、半日も経たずして着く事が出来た。
俺達は、港町から少し離れた、人目の付かない場所に静かに着陸する。
「何だったら、アルテミスもミシディア達と一緒に……」
『我も行く』
俺が最後まで言う前に、俺の提案をアルテミスが撥ね付ける。
俺は、そんなアルテミスに苦笑するしかなかった。
これは、もう何を言っても無駄そうだな……。
アルテミスは、意外と頑固な所があるのだ。
こうなってしまったアルテミスの説得は無理だろうと諦めて、俺達は港町へと向かうのだった。
港町に入ると、まるで葬式でもあったのかと思わせる程の雰囲気が町全体を包んでいた。
「何だ?何かあったのか?」
俺は、その徒ならぬ雰囲気に眉を顰める。
ここでは活きの良い魚が捕れ、新鮮な魚が食べれると言うので有名なのだ。
その為、態々遠路遥々観光しに来る人達で賑わっていた筈だった。
今では、観光客所か町人の顔にも生気が感じられない。
「取り敢えず宿に行くか。そこで話を聞けたら話を聞こう」
俺はそう言って、皆で宿に向かう事にした。
宿の扉を潜ると、宿屋の主人らしき男に驚かれた。
「おや?お客人とは珍しい」
「部屋を一つ借りたいんだが構わないか?」
「一つ……ですか?」
主人が怪訝な顔をする。
確かに、俺達の人数で部屋を一つだけと言うのもおかしな話だろう。
「ああ。借りるのはこの二人だけだからな。俺達は、少し用事があって長居するつもりはないんだ」
「なるほど、そう言う事ですか」
主人が合点がいったと言う感じで頷く。
「部屋なら空いてますよ。見ての通り、今は旅人も観光客もいませんので」
「……それなんだが、何かあったのか?俺の記憶が正しければ、昔はもっと活気づいてたはずだが?」
「おや?知らないで気なすったんですか?」
俺が頷くと、主人が少しだけ思案する素振りを見せてから、この町の現状を話し始めた。
「実は、最近の情勢の悪化で、客足も大分遠のいたのですが、それでもまだそれなりにお客は来て下さいました。漁師達もその程度ではめげない屈強揃いですので……ですが、二ヶ月程前から魚がめっきり取れなくなったんですよ。流石にこればかりは漁師達にもどうする事も出来ませんで、それがお客さん達にも知られてしまったらしく……ご覧の通りの有り様です」
主人が肩を落とす。
「魚が取れなくなった原因は分かっているのか?」
「それは…………」
主人が言葉に言い淀むと、奥の方に居た娘が顔を出して、話を引き継ぐように言った。
「そんなの!あの海の大王とか言うやつのせいに決まってんじゃん!!」
「こ、これ!!ララ、お客さんの前だぞ?!」
「あ……すみません」
ララと呼ばれた少女が、主人に叱られてシュンとする。
「いや、いい。それより、その海の大王と言うのは?」
「はい。それが、どうやらその海の大王とやらは、人魚国の姫君に求婚を申し込んでるようでして……」
「…………………………あ?」
その言葉に、俺の声のトーンが一段下がる。
それに主人と少女が怯えたように俺を凝視してきた。
「……セツナ」
「……ふぅー……分かってる。悪い」
俺はベリアルの指摘で、一度大きく息を吐き出してから心を落ち着かせ、改めて主人に話を聞く。
「……で?その海の大王とやらが人魚国の姫君に求婚してるとして、それで何でこの港町がこうなってるんだ?」
「あ、ああ……それなんですが、姫君には既に将来を約束した相手が居るので、その求婚は即断ったんですよ」
主人が我に返ると、俺の質問に再び答える。
そして、俺達に聞こえるか聞こえなかくらいの小声で、内緒話のように話す。
…………俺達以外居ないのに無意味じゃないのか?
「ここだけの話ですがね……実は、姫君の相手と言うのが、かの有名な【救世主】様らしいんですよ」
「へ、へぇ~……そうなのか……」
仲間達の視線が突き刺さるが、俺は素知らぬ顔をする。
「そんで何を勘違いしたのか、その海の大王は、救世主様より力を示せば問題ないだろ!!とか訳の分からない事を言い出して、人魚国に攻め込んでいる最中らしくてですね」
「………………」
「そんで、その余波がこの近海にも影響を及ぼし…………今に至ると言うわけです」
主人は、やれやれと言って首を振る。
「……なるほど。それは随分身勝手な話だな」
「全くですね。この港町は代々海王様を祀り、人魚国とも懇意にさせてもらってます。皆も姫君の幸せを一番に考えているのですが…………如何せん、この状態が続くとなると……」
主人が苦渋に満ちた顔をしてそんな事を言うもんだから、ララが我慢出来ずに主人に食ってかかった。
「何言ってんのよ!!好きでもない男と結婚させられる姫様の方がよっぽど可哀想じゃない!!」
「ララ……」
鼻息荒く、憤怒の形相である。
もしかしたら、同じ女性として色々思う所があるのかもしれなかった。
「……話は大体分かった。取り敢えず、当初の目的通り二人の部屋を頼む」
「あ、はい。それは勿論です」
「後は……俺達が何とかする」
「「……え?」」
主人とララが声を揃えて驚く。
俺はそれには気付かないふりをして、適当に宿賃を見繕ってカウンターに置く。
「ミシディア、カルミア、なるべく早く戻るつもりだが、もしかしたら二、三日かかるかもしれない……待っててくれるか?」
俺は二人の瞳を覗くように再確認するように聞いた。
「はい!大丈夫です。もう我侭言ったりしませんから!」
「……うん。お兄ちゃん達、気を付けてね……」
「ありがとう。二人とも」
俺は二人に礼を言って頭を撫でる。
そして、そのまま足早に宿屋を後にした。
「さて、と……さっさとその海の大王とか言うふざけた奴をぶっ潰しに行きますか」
俺は気合い充分に、海港から少し離れた沿海の人気のない岩礁の所まで行くと、そのまま海に潜って行った。
海の大王がどんな奴かは知らんが、人の女に手を出すと言うのなら…………覚悟しろよ。




