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【転生】と【転移】の二足の草鞋  作者: 千羽 鶴
第四章 王都と人魚姫をストーカーから守り抜け!!
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楠木疾風の心情

本日三本目を投稿しちゃいます。

俺は昔から何でも出来たんだ。

運動も勉強も……特に何もせずに簡単に出来た。

両親も、そんな俺を自慢の息子だと言ってくれる。


だけど、いつからだろう……出来るのが当たり前と言われ始めたのは……。


少しでも成績が落ちる事は許されなくなった。

運動会で一位以外認めてもらえなくなった。


だから俺はトップで居続けた。

周りには出来て当たり前を装い、陰で努力を惜しまなかった。

完璧であり続けた。


この高校を選んだのは、もしかしたら両親に対するちょっとした反抗だったかもしれない。

偏差値は悪くないが、俺ならもっと上を目指せただろうと周りに言われた。

俺もそう思う。

この高校は、良くても中の上くらいだろう。

それを俺は、親に「家から近い」からとか「進学校」だからとか、色々な言い訳を並べて両親を説得した。

今思うと、もう疲れていたのかもしれない。

良い高校に入れば、俺はまたこれまで通りに陰で努力をする必要がある。

普通の所に行けば、少しだけ頑張れば良いだけの話なんだから……。

そう思いこの高校に入って…………彼女に出会った。

彼女は言ってくれた。


「楠木くんって、凄い頑張り屋さんなんだね!」


そう言って笑いかけてくれた。

久しく誰からも言われなかった言葉……。

心の底から嬉しかった。

だから彼女と仲良くなる為に頑張った。

いずれ頃合いを見て告白するつもりだった。

きっと上手く行くと思ってた。


だってそうだろ?俺だよ?

小学校の頃から、それこそ数え切れない程の女子に告白されてきたんだ。

だから今回も……て、そう思ってた。

だけど違った。

彼女は俺じゃなく、別の奴を見てたんだ。

それはすぐに気付いた。

と言うか、分かりすぎだった。

寧ろ、何故アイツは気付かないのか不思議なくらいだ。

俺だけじゃなく、他の連中も気付いてたくらいだしな。


そいつは一言で言うなら地味な男だった。

特筆する点なんて何処にもない……そこら辺に居る普通の奴に見えた。

何で彼女がそこまで入れ込むのか、全く理解出来なかった。

そう思ってたのは、きっと俺だけじゃない筈だ。


何故?!


ずっとそう思ってきた。

俺よりイイ男が相手なら、もしかして諦めがついたかもしれない。

けど、あの男が相手ならきっと勝てる。

彼女を振り向かせられる。


そう、思ってたんだ…………。


ーーーーーーーーーーー


今、そいつは俺達の前に居る。

聖騎士四天王が、態々あの男に模擬戦を申し込み、全員で鍛錬場に来ていたのだ。


「はぁ~……マジでやんの?アル」


アイツは面倒臭そうに溜め息を吐く。


「おう!これでやっと堂々とお前さんの相手が出来るんだ!コイツらにもいい刺激になんだろ?」

「んー……まあ、そう言う事なら……」


それを聞くと、聖騎士四天王は一様に喜色満面になり、構えを取る。

四対一って、それはどうなんだ?とも思うが、本人達はまるでそれが普通だと言う感じだ。

しかもあの男は武器も何も持っていなかった。

きっとアイツは、心の中で見下してるんだろう……四天王の事も……俺達の事も……。


あの男が実は【初代勇者】で、この世界を救った【救世主】だなんて、誰が信じる?

あんな地味で目立たなくて弱そうな奴…………きっとすぐに化けの皮が剥がれる。

そう思ってた……。


決着は一瞬だった。

恥ずかしながら、何が起こったのか全く分からなかった。

他の生徒達も同様のようで、皆ポカンとしていた。


「くっそ~!やっぱ駄目だったか」

「そんな事ないよ。相変わらずアルとシルバの動きは息ピッタリで、正直焦ったし」

「気を使わんくていいぞ?」

「ん?何で?本当の事だよ?ただ、アルがちょっと急ぎ過ぎたかな?てのは感じたけど」


けれどアイツは、さも当然のように、聖騎士達にアドバイスまでしだした。


「ぐわ~!!俺のせいか~!!」

「あはは。もう少しギリギリまで待った方が良かったかもな。それでも、充分シルバならアルに合わせれるだろうし」

「成程。今後の課題……と言う事だな」

「いや……だからね、課題とかじゃなくて……はぁ~、もういいや」


アイツは何かを諦めたようにまた溜め息を吐く。

何故皆は、あそこまであの男に対して下手に出るんだろうか?

俺には理解出来ない。


「じゃあさ!じゃあさ!私らは?」


ケイトさんが手を挙げて、子供のようにピョンピョン跳ねる。


「ん?ケイトのは、俺の視界を奪う戦法は面白くていいと思うよ?」

「ほ、ほんと?」

「うん。ただ、シーナが殺気出し過ぎかな?」

「あ、あら?そうかしら?」

「あはは。別に俺を殺しに来る分には構わないんだけど、もう少し抑えないとモロわかりだよ?」


………………何でこいつ笑ってるんだ?

自分を本気に殺しにかかってきたって事だろ?


「ふふ。そうね、今後気を付けるわ」


何故か皆がアイツを慕う。

強いからか?

初代勇者で救世主だからか?

どうせ心の中では碌な事を考えてないのに決まってるのに……。

そんな事を考えてると、下級生の一人が勢い良く手を挙げる。


「は、はい!俺達にも訓練お願いします!」

「は?何で?」

「え……何でって……」

「皆にはアル達が居るんだし、俺が出張る必要はないと思うけど?」


アイツは首を傾げる。

俺は下級生の言わんとしてうる事が何となく分かる。

あの聖騎士四天王に、簡単に勝てる奴に教わりたいと思うのは至極当然の事だろう。

それなのにアイツは……。


「え?そんなの、弱い人に教わるより強い人に教わった方が……ッ?!」

「「「「「「?!」」」」」」


皆が息を呑む。

一瞬にして場の空気が凍り付くのが分かった。

まるで心臓を素手で鷲掴みにさているような…………そんな恐怖…………。

体中から汗が一気に吹き出す。

何が……起こってるんだ…………?


「ん?ごめん……今何て言ったか聞こえなかったから、もう一回言ってくれるかな?」

「あ……あ…………」


下級生は顔面蒼白で、今にも失禁しそうな程に震えていた。

アイツは笑っているのに……笑っていなかった。


何だ?怒ってるのか?何故?


この恐怖はコイツから発せられてるのだけは分かった。

けれど、何をそこまで怒るのかが分からない。


「おいおい。そのくらいにしとけよ?このままじゃコイツら死ぬぞ?」

「……ジーク」

「そ、そうだぞ!俺達の事なら気にすんな!な?」


アルフォートさんの言葉に、他の三人も勢い良く頷く。


「……皆がそう言うんなら」


フッと場の空気が元に戻るのが分かった。

俺の息が上がってるのが分かる。

冷や汗で、服がぐしょぐしょに濡れていた。


まさか、あの下級生が言った言葉だけで怒ってたのか?


そんな筈はないと思っていると、アイツは下級生に向き直って言ったんだ。


「ひっ!!」

「俺は仲間を侮辱されるのが嫌いだ。今後言葉には気を付けよう、ね?」


下級生が恐怖で小さな悲鳴をあげるが、アイツは別に気にする風でもなく、悪戯っぽく人差し指を口に当てて笑って見せた。


本当にあんな事で怒ってたのか……。

しかも本気で…………。


仲間と言われて、聖騎士達は皆照れながらも嬉しそうにしていた。

この時思ったんだ。

碌でもない事ばっか考えてるのは俺じゃんか、て……。


「それに、アル達は弱いんじゃないよ?皆にとってはアル達が一番の適任者だと思うけど?」

「え?それどう言う事?」


七がすかさず質問する。


「まず、俺と四人はタイプが違う。俺の場合は、俺対多勢……つまりは、単独戦闘の戦法なんだよ。俺は単独行動が多いから、逆に他の奴に合わせると力が発揮されない事もある。俺とまともに息を合わせれるのは、極僅かばかり……それも、アッチが合わせてくれるから、俺も助かるんだけどね」


アイツは苦笑しながらも、生徒達を見回して、どれだけ聖騎士達が素晴らしいかを説いた。


「その点、アル達は見ての通りにバランスが良く取れたパーティーだ。団体戦に特化されている。皆が本気で強くなりたいと思うなら、アル達から学ぶ事は沢山あると思うよ?個々の強さより、まずはチームとしての強さを身につけなくっちゃ」


皆が、最早アイツの言葉に耳を傾けていた。

ああ……こう言う事なのだと思った。

誇張でも何でもなく、コイツが本気で言ってるのが、流石の俺にも分かった。

皆がコイツを慕うのは、別に強いからだとか、初代勇者だからとか救世主だからとか、そんなんじゃないんだ。

コイツの人柄なんだって…………。


勝てない。

勝てるわけがない。


この時俺が、生まれて初めての……本当の意味での敗北した瞬間だった。

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