友人 と 諜報部隊
本を読みだして少し経つと、誰かが俺の部屋をノックするのが聞こえた。
恐らく王国の者ではないだろう。
時間が早いし、なにより人の目を気にするなら、皆が寝静まった後に接触をしてくる筈だ。
なので、俺は相手の気配を探り、その気配が見知った気配である事を確認してから、読んでた本を【亜空間】にしまって扉を開けた。
「よ!刹那。生きてたか?」
などと目の前の男は、第一声に失礼な事を口にしてくる。
この男はーー倉本 善文ーー。
俺はそんな善文に苦笑しながらも返事をする。
「まー、一応は、な」
「そかそか。それなら良かった。お邪魔するぜ」
そう言うが早いか、善文は俺の了承を得る前に、ズカズカと部屋に入ってくる。
だが俺はそれには何も言わない。
善文とは、中学時代からの、俺の数少ない友人の一人であった。
性格は豪快で、ボクシング部のエースであり、180cmの高身長で身体もがっしりしている。
普通なら、これだけで威圧感が半端ないが、屈託なく笑った顔や、これでも意外と面倒見が良いため、一部の者には絶大の人気があるらしい。
因みに、男子に『兄貴』と呼ばれるのだけはどうにかしてほしいと、愚痴を聞かされた事があった。
お互い勝手知ったる仲なので、俺も特に文句はない。
善文が椅子に座るのを確認してから、俺も向かいの椅子に座った。
「さっきの見てたぞ」
「ん?何がだ?」
「何がってお前、学年一の美少女とイチャイチャしてたじゃねぇーかよ」
「イチャイチャって……普通に友達と話してただけだろ?」
面白そうに茶化してくる善文に、俺は半ば呆れつつもそう返すと、何故か心底驚いた顔をされた。
「お前……それマジで言ってんのか……?」
「?」
俺は本気で意味がわからなかったので、キョトンと首を傾げると、善文は何故か俺を憐れむように見て「マジか~」と呟くのだった。
俺は益々意味が分からくなる。
けれども善文が俺の部屋に来た理由が別にあるのに気付いていた為、すぐに頭を切り替えて本題に移させる事にする。
「で?何か用があってきたんじゃないのか?」
「んー?あ~……まーそうなんだが…………」
善文にしては珍しく、歯切れが悪く言い淀む。
俺は善文が自分から口を開くまでただ静かに待つ事にした。
すると暫くの沈黙ののち、善文が意を決したように俺に話だした。
「別に大した事でも無いんだけどな……何か大変な事になったよな~、って思ってさ。まさかマジで【異世界】なんてファンタジー世界に飛ばされるなんて思ってなかったしな」
大変だと言いながらも、善文は楽しそうに笑っていた。
けれど俺は、その僅かな変化を見逃さなかった。
「…………やっぱり不安か?」
「ん?ん~……まぁ、不安じゃないと言えば嘘になるけどな……」
善文がバツが悪そうに頬を掻く。
「ほら、俺ってボクシング部じゃん?これでも一応腕には自信がある方だと思ってるけど、実際にリアルに戦って……殺しが出来るのかはまた別問題だろ?」
どうやら善文は、この現状にちゃんと冷静に物事を判断していたみたいだった。
そう、それこそが一番注視する問題なのだ。
他の生徒達は、自分の力や【勇者】と言う立場に心が踊り、半分周りに流される形で、アレク王の願いを聞き入れた。
アレク王の人柄もあっただろうが、それでも誰しも『特別』扱いされれば嬉しいもので、だがしかし、一番肝心な事を失念しているのに気付かない。
確かに皆は力を手に入れたが、所詮は平和な日本と言う小さな世界で生きてきた、矮小な存在である事を……。
実際、善文の言う通り例え魔物であろうと、殺す事には変わりない。
しかも【帝国】と言うものが敵である以上は、同じ人間と戦う可能性もあるし、最悪死ぬ事も有りうるのだ。
善文のように、そこまで頭が回っているのは、後何人いるのだろうか……?
なので、俺はそんな善文を素直に賞賛したい気持ちになっていた。
そこでふと思った。
善文に俺の全てを打ち明けるべきかどうかを……。
善文ならきっと、話た所で今までと何ら変わる事なく俺に接してくれるとは思っている。
それだけ俺は、『倉本 善文』と言う人間を信頼しているのだ。
「?どうした?」
思考の渦に飲まれていた俺を不審に思ったのか、善文が首を傾げる。
「…………いや、何でもない」
それでも俺は、やはりまだ全てを話すのは早計だと考えた。
俺は正直友人と言う者にそれ程の拘りはない。
それは、【転生者】が故か……或いは元々の俺の性格なのか……
なので、俺は常に周りの人間と線引きをして過ごしてきた……昔も今も。
決して深く関わらず、決して浅く関わらず、常に一定の距離を持って人と接して来たのだ。
過去の例を鑑みても、目立つ事を極力避けたいと言うのも理由の一つである。
けれど幸せな事に、そう言った人生の中でも、どの時代でも必ず最低一人は心の許せる友人が現れた。
『倉本善文』もその一人であった。
だから俺は、善文は勿論の事だが、同じく召喚された生徒達には、出来る事なら五体満足に【地球】に帰還してほしいと心から願っている。
「なー、善文……」
「ん?」
「俺はお前に黙ってる事がある……」
「……………………」
善文は、先程までとは打って変わって、俺の言葉に耳を傾けていた。
俺の雰囲気がいつもと違う事を察したのだろう。
「けど……今は何も説明は出来ない。いつかちゃんと説明はするだろうが、まだその時でない気がするから」
「…………ん」
「だけどこれだけは約束出来る。俺がお前を守る。何かあったら必ずお前の力になる。詳しくは言えないし、信じられないかもしれないが……俺にはそれだけの力があるから」
俺は聖人ではない。
どれだけ皆の無事を願おうと、その全てを守りきれるほど、俺は自らの力を驕るつもりもない。
けれど、せめて目の届く範囲、自分が大切だと思う人達だけは、必ず守ってみせると……この時俺は新たに己の心に深く刻んだ瞬間であった。
そこまで聞いた善文は、小さく「そうか……」と口にするだけだった。
それ以上は何も聞かない。
聞く必要も無い。
善文も俺同様に、俺の事を信頼してくれているのが何となく伝わってくる。
それからは、他愛のない話をしながら時間を過ごし、深夜近くに善文は部屋に戻っていった。
その後は、俺がまた読書の続きをしていると、二時間程経ってから今度は控えめのノックがした。
俺は確認する事もせずに扉を開ける。
そこには誰も居なかったが、少し目線を下げると一つの影が目に止まった。
片膝立ちで、上目遣いで俺を見ている、黒装束に身を包んだ女性の姿がそこにはあった。
「やぁ、久しぶりだね。君は確か……リアさん……だっけ?」
「は!名前を覚えていただき光栄の極みです!」
気配を殺し、声を殺しながら、そんな堅苦しい挨拶をしてくる彼女に俺は苦笑した。
リアが所属しているのは【諜報部隊】で、主に情報収集が仕事だが、必要なら殺しも厭わないと言ったものだ。
日本で言う所の【忍者】みたいなもである。
なので、普段は決して表舞台に立つ事はなかった為、俺も最初の頃は彼女達の存在に気付かなかった程だ。
「夜分遅くに失礼かと存じますが、早急に王に謁見を願いたく存じます」
「あ~……うん。それは別に構わないんだけど……その喋り方は何とかならないかな?」
「ッ!!何か気に触る事でも?!」
リアは、これでもかという程に双眸を見開き、顔は蒼白になって狼狽していた。
「い、いや!大丈夫だから!うん!それじゃ早速行こうか!!」
そんなリアの様子に、俺の方が狼狽えてしまう。
俺の言葉を聞くと、リアはすぐに安堵した顔になり、先頭を歩いて先程まで居た謁見の間に俺を案内する。
【諜報部隊】の人間が、そんな簡単に感情を顔に出していいのか?とも思ったが、俺は敢えて口にしなかった。
程なくして、俺は謁見の間の前に再度立っていた。
この時には、もう扉の前に騎士が居なかったが、下がらせたのだろうか?
「それでは私はこれで」
「うん。有難う」
そう俺が礼を言うだけで、リアは感極まったように瞳を潤ませ、勢いよく一礼してから、スッと影に溶け込むようにその場を後にした。
…………何かが違う。
俺はそのあまりの態度に戸惑いと違和感が拭えなかった。
何故俺なんかにあそこまで遜る必要があるのだろうか……分からん。
取り敢えずは考えるのは止めにして、俺は謁見の間の扉を押し開けた。
重々しい扉は、されど呆気なく放たれた。
そして次の瞬間、金色に煌めくものが俺の視界に飛び込んできたのだった。
ここまで読んで下さり有難うございますm(_ _)m
主人公はハーレムだけにあらず!
ちゃんと友情も大事にしますよ! 笑笑
でも上手く纏まらないな~ 汗