違和感 と 急行
俺は着々と、ドワーフ国の転移魔方陣を完成しつつあった。
この日も、いつも通り小休止として応接室のソファーで寛いでいたのだが、そんな時、珍しく深刻な顔をしたサヴリナが部屋に入ってくる。
「……サヴリナ?」
俺はその徒ならぬ様子に、眉間に皺を寄せる。
サヴリナは何かを考え込むように、初めは口を噤んでいたが、一つ大きく息を吐き出すと、意を決したように口を開いた。
「……【腐死の森】から魔物が進軍中よ~目的地は~エルフ国と~このドワーフ国…………それから王都ね~」
「なっ?!」
俺はその情報に驚愕し、勢い良くソファーから立ち上がる。
けれど、すぐに一度心を落ち着かせる為に、目を瞑って深呼吸をする。
そして、改めてサヴリナに問う。
「……それで?数と到着日時は分かるか?」
「エルフ国と~ここには~凡そ三千……王都には凡そ五千くらいね~日時は~…………大体三日って所かしら~?ほぼ同時刻に~多分着くんじゃないかな~?」
「同時刻……?」
この情報に俺は違和感が拭えなかった。
まず第一に、その三カ国は俺が回った国である事ーー。
つまりは転移魔方陣が使用可能と言う事だ。
このドワーフ国も、後数日もすれば完成となる。
第二は同時刻と言う事ーー。
当たり前の事だが、【腐死の森】から三カ国までの距離はそれぞれが違う。
これは狙ってやってるとしか考えられなかった。
俺達の戦力を分断させる為?
それにしてもあまりにお粗末に感じる。
第三に気になったのは魔物の数だ。
まるでこちらの戦力を見越して“態と”その数にしているとしか思えなかった。
もしかしたら、戦況に応じて魔物の増員も考えられるが、本気でそれぞれの国を滅ぼすつもりなら、最初から一気に魔物をけしかければ話は早いのだから……。
確かに【腐死の森】の魔物は強いが、エルフやドワーフや王都の皆の力を侮っているとしか思えない。
特に俺達が間に合えば、戦況は確実にこちらに傾くだろう。
待ってるのか?
何を?
俺達を?
だとしたら目的は?
これも帝王の仕業と言うなら、その意図はどこにある?
俺は暫く一人熟考する。
そんな俺に、皆は黙って見守ってくれていた。
そこで俺は、頭を切り替える事にした。
今は分からない事をあれこれ模索していてもしょうがない。
「三日か……よし!二日で魔方陣を完成させるぞ!」
本来なら最低でも後五日はかかると予想していたが、今は悠長に構えているべきでないと判断する。
寝る間を惜しめば可能だろう。
「ベリアル、お前にも手伝ってもらう」
「分かった」
「ミシディア、すぐに精霊を就かせれるように準備していてくれ」
「は、はい!!」
俺達はそれから慌ただしくも、転移魔方陣の完成を急がせた。
それから三日目の昼頃ーーー。
実は、魔方陣自体は宣言通りに二日で完成をさせていた。
けれども、すぐに俺達が旅立とうとするのを、サヴリナが強い口調で制止したのだ。
俺達の体を気遣っての事であると分かってはいたが、俺はそれに反発しようと口を開きかけて……止めた。
サヴリナが今にも泣き出しそうな顔に見えたからだ。
なので、俺はサヴリナの忠告を素直に聞き、一日ゆっくり休んで体力回復に励んだ。
お陰で今は頭も体もスッキリしている。
俺は皆を見渡す。
「ミシディア、カルミアはエルフ国へ。気を付けて行ってこいよ?」
「はい!」
「……うん」
これは昨日話し合って決めた事だった。
ミシディアとカルミアをエルフ国に選んだ理由は簡単だ。
エルフ国なら、二人の力を存分に出せると判断したからである。
「……カルミア、すまない。本当は君に戦わせたくないんだが……」
俺はカルミアの目線に合わせるように屈み、申し訳ない気持ちで一杯だった。
けれども、カルミアはそんな俺に軽く頭を振る。
「……戦うのは、本当は好きじゃない」
「………………」
「けど……初めてこの力が、誰かの助けになるなら…………嬉しいから」
そう言って、少しだけ微笑んだように見えた。
俺はそんなカルミアに、軽く頭を撫でてから、もう一度ミシディアを見る。
「ミシディア、エルフ国と…………カルミアを頼んだぞ」
「っ!!はい!!」
ミシディアは、力強く俺の願いに返事をする。
そして、ミシディアとカルミアは、一足先にエルフ国へと旅立って行った。
それから、ベリアルとアヤメとサヴリナの方に向き直る。
「三人とも、ここは任せたよ?」
「誰に言ってる?」
「大丈夫です!任せて下さい!!」
「安心して行ってらっしゃい~今度貴方が帰ってきたら~一杯甘やかしてあげるわ~」
ベリアルは不敵に笑い、アヤメは笑顔で頷く。
サヴリナに至っては、相変わらず妖艶に笑いながら人をからかってくる始末であった。
俺はそんなサヴリナに苦笑しつつも、彼女を胸に抱く。
「今度はすぐに会いに行くよ」
「……え~待ってるわ~」
俺は、王都の件が片付けば、次は魔都に行くつもりであった。
だから、また暫くはサヴリナとは逢えない。
それでも、今回はこれが最後の別れではないのだ。
俺はもう一度、サヴリナをキツく抱きしめてから、ゆっくりと体を離して軽く口付けをする。
そして、アルテミスと共に転移魔方陣の上に乗る。
「んじゃ、行ってくるわ」
俺は満面の笑顔で三人に手を振った。
魔方陣が眩く発光する。
笑顔とは裏腹に、俺は生徒達の安否を……善文達の無事を心から願わずにはいられなかった。
そうして、俺達はそれぞれの国で、それぞれの想いを胸に、戦いに赴くのであった。




