王都襲撃①
その日、突如齎された凶報は、王都を震撼させる事となった。
「御報告申し上げます!!【腐死の森】より、突然魔物共がこの王都に向かって進軍中!!その数………………凡そ五千!!!!」
「何だと?!」
アレク王は、その報告に驚愕の声を上げる。
【腐死の森】とは、【死の砂漠】と【こちら側】を隔てた森の事である。
その森は【死の砂漠】程ではないにしろ、瘴気や魔素が充満しており、強力な魔物達が我が物顔で跋扈してる場所だった。
これまでは、その魔物達が【腐死の森】から出てくる事など殆ど無かったのだ。
(何故じゃ?!今迄も何度か魔物が襲ってきた事はあったがこれ程の大軍など前代未聞じゃぞ?!)
だが、アレク王は考える事を止め、すぐ様衛兵に指示を出す。
「今すぐに勇者の方々を謁見の間へ!!ギルドに伝令を走らせ、ギルドマスターを呼ぶのじゃ!!非番の衛兵達も至急王城へ集めろっ!!!!」
「はっ!!」
衛兵はその命に即座に行動する。
(これも帝王の仕業か?……いや、今は考えるまい。今必要な事は、目の前にある危機にどう対処するべきかじゃ!)
程なくして、生徒達が謁見の間に集められる。
皆一様に顔が優れない。
ここに連れてこられるまでに、衛兵から大まかな説明が成されていたのだ。
「もう聞いとるかもしれんが、この王都に魔物の大軍が迫っておる。無論無理強いはしない。たが、力を貸してくれ!頼む!!」
アレク王は生徒達に頭を下げる。
それに真っ先に答えたのは善文だ。
「当然です!俺達はその為に今迄訓練してきたんですから!」
「そうですよ!私も出来る限りお手伝いさせていただきます!」
「そ、そうだよな!七の言う通りだ!」
「わ、私も!が、頑張りましゅ!!」
「緊張しすぎだぞ、佐々木。訓練通りにやれば問題ねぇーって」
「そうだな。あまり肩に力が入り過ぎるのも問題だぞ?」
「そうね~。私も皆のサポート頑張るね」
善文の言葉に反応したのは、七鈴菜、楠木、一二三、龍二、世莉香、愛華であった。
他の生徒達も、緊張はしていたものの、皆一様に頷く。
その言葉に、アレク王は安堵し、深く頭を下げる。
そんな様子を黙って見ていたアリアは、徐にアレク王の前に立ち膝を折った。
「此度の戦、私も前線に立ちとう御座います」
「姉上?!」
「アリア…………」
周囲にどよめきが走る。
アレク王は、アリアがそんな事を言うのではないかと予想はしていた。
だが、だからと言って可愛い我が娘を戦場に放り出す事など、アレク王にはどうしても決断できるものでは無い。
アリアは、そんなアレク王の心中を知りながら、それでも真剣な瞳をアレク王に向けて言葉を続ける。
「私は【あの方】より、この王都を守って欲しいと言われました。私は王女として、この王都を守る義務があります。その為に厳しい修行にも耐えてきました。今この力を振るわずしていつ振るうと言うのでしょうか?異世界人である勇者の方々がこの王都の為に戦って下さると言うのであれば、私もこの国の王女として剣を取りましょう」
その瞳には一切の迷いもない。
確固たる意志がそこには宿っていた。
アレク王は長い溜め息を吐くと、アリアの瞳を見据えて一言だけ言った。
「………………死ぬなよ」
それは王としてではなく、娘を想う一人の父親の言葉……。
その言葉に、アリアはしっかりと頷き、満面の笑みで応える。
「勿論ですわ。お父様」
クルトは自らの唇を噛む。
自分の無力さに憤りを感じる。
そんなクルトに、アリアは優しく言葉を掛ける。
「クルト。お父様をお願いしますね?」
「…………はい!」
それでもクルトは、今自分が何をすべきかを分かっていた。
だから、今はただ無力さを嘆くべきでないと知る。
アリアの言葉に……アリアを安心させる為に、クルトは力強く頷くのだった。
そんなクルトにアリアも頷き返し、今度はティアナとアンナに向き直る。
「ティアナ様、アンナ様…………」
「そんな顔しなくていいよ。アレク王もクルト王子も私らがちゃんと支えるから」
「ええ、勿論ですわ。ですから、安心して戦って……そして無事に戻ってきて頂戴ね?アリアちゃん」
二人のそんな心強い言葉を聞き、アリアは泣きそうになるのをグッと堪えた。
今は亡きアリアの母親、アンジェナ王妃に変わり、二人はアリアとクルトを本当の我が子のように可愛がってくれた。
アリアもクルトも、ティアナとアンナを実の母親のように慕っている。
(お二方には感謝してもしきれませんわね)
だから、せめて最上級の想いを持って二人に応える。
「はい!行ってまいります!!」
その笑顔は、戦場に赴くには不釣り合いな程に輝いたものだった。
正門前には、勇者である生徒達面々と、ギルドメンバーのAランク以上、それから聖騎士四天王と騎士団員と魔導士兵団、それから勇者召喚に携わったエルフ五名と魔族十名、総勢凡そ2500名が集結していた。
魔物達は、何故か正門に一直線に向かっている。
兵を分断せずに済む為、これだけでこちら側が有利に思われるかもしれないが、如何せん、魔物達はあの【腐死の森】から来ているのだ。
それは楽観視出来るものでは無かった。
アリアは壇上に上がり、集まった面々を見渡して声を張り上げる。
「皆さん!現在、この王都に今迄にない程の脅威が迫っています!恐れるなと言う方が無理でしょう!けれども我々は戦わなければなりません!それは単に、大切なものがこの地にあるからです!!我々が戦わなければ、確実にこの王都は魔物達に蹂躙されるでしょう!そんな事は決して許されるべきではありません!私もどれ程皆さんのお役に立てるかは分かりませんが、それでもこの力の許す限りこの王都を守ると誓いましょう!!ですから皆さん!!どうかその力を、この王都の為に……いえ、皆さんが守るべきモノの為に貸してくださいっ!!!!」
「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」
アリアの演説を聞き、皆が雄叫びを上げる。
皆の心は一つであった。
けれど、その喚声に生徒達は萎縮してしまう。
「すっげぇー熱気だな。俺達も負けてらんねぇな!」
バンッーー。
そんな中でも、善文は自らに喝を入れ、気合を入れ直すように、両手で頬を一度強く叩く。
善文の傍には、世莉香が寄り添うように立っていた。
「…………勝とうね」
その言葉には様々な想いが込められる。
先刻はああ言ったはいいが、世莉香とて不安でない筈がない。
それでも、自分は皆の年長者で、弱味を他の生徒に見せるわけには行かない……。
善文は、世莉香の想いを誰よりも分かっているつもりであった。
だから、世莉香の手を強く握りしめて、安心させるように笑顔で言う。
「きっと大丈夫。俺が皆を……世莉香を守るから……絶対に!」
「善くん…………」
「それにな……」
善文は遠くの空を見詰める。
「負ける気がしないんだ。あいつはいつも危ない時には駆け付けてくれた……あいつは俺にとってもヒーローだから」
今はこの場に居ない親友を、善文は心から信頼していた。
(刹那が「危なくなったら必ず駆けつける」と言った……なら、俺がやるべき事は、あいつが来るまで皆を守る事だ!)
善文は、世莉香の手を更に強く握り締めるのだった。
七鈴菜は、心を落ち着かせるように瞑目する。
(大丈夫……思ってるよりは落ち着いてる。後は、実践で自分の力をどれだけ発揮出来るか……見ててね、刹那くん。私頑張るから)
七鈴菜もまた、ここには居ない刹那に想いを馳せる。
そんな七鈴菜に、声を掛ける一人の男が居た。
「七!心配しなくても大丈夫だ!俺が七や皆を必ず守るから!」
楠木は拳を握りしめ、白い歯を覗かせながら七鈴菜を激励する。
けれど、その言葉は七鈴菜に届く筈はない。
七鈴菜は内心舌打ちしたいのをグッと堪え、取り繕ったように楠木に笑いかける。
「……うん。ありがとう、疾風くん」
それを聞いた楠木は、更に笑顔を深くするのだった。
一二三は、本を両手で包み込むようにギュッと抱いていた。
(怖い……本当は逃げ出したい!戦いたくない!でも……戦わなくちゃ……皆も頑張ってるのに私だけ逃げ出すわけには……っ!!)
体は震えていた。
一二三は泣き出しそうになるのをグッと堪える。
そんな一二三に龍二が声を掛ける。
「……佐々木、大丈夫か?」
「あ……龍二くん……」
その声は弱々しく、今にも死にそうな顔をしていた。
そんな一二三に、龍二は苦笑しながら言葉を投げかける。
「……昔な、ある人が言ってくれたんだ。恐れる事は間違いじゃないって」
「………………」
「俺さ、喧嘩つぇーし、喧嘩っ早いけど、本当は喧嘩あんま好きじゃなくって……けどさ、目の前で理不尽に弱者が強者に殴られるのとか嫌いでさ……安っぽい正義を振りかざして……んで、皆に遠巻きにされて……そんな時あいつに会ったんだ」
龍二は過去を懐かしむように目を細めて語る。
「あいつはすぐに俺の事を見抜いた。俺が本当は喧嘩があんま好きじゃないって事を……それでもあいつは言ってくれた……「強い」って……」
それは嘗て、刹那が一二三に言った言葉と同じなのだと一二三にはすぐに分かった。
「逃げ出す事は簡単だけど、それから逃げずに一歩踏み出す勇気を持つのは、誰にでも出来るもんじゃない。だから俺は強くて凄いんだって……あいつは恥ずかしげも無くさそんな事言ってきやがった。そこには、俺への畏怖とかはなくてさ、純粋に俺を褒めてくれたってのは分かる。俺馬鹿だしさ……すぐ拳で終わらせようとするんだけど、そのたんびにあいつが間に入ってくれるんだ。そのお陰で、俺も昔程喧嘩ばかりしなくて済んだ」
「龍二くん……」
「だからなつまり俺が何がいいてーかっつーと……」
龍二は、思いの外自分が熱く語ってしまった事に、若干の気恥ずかしさを覚えながらも、最後に一二三の瞳を見て言った。
「怖いんなら、あいつの事だけ考えてろよ。あいつは絶対に来てくれる!!それだけは自信を持って言えるからよ!!」
龍二も刹那を心から信じていた。
龍二の言葉を聞いて、一二三は力強く頷く。
「うん!!」
もう体は震えていなかった。
一二三は前を見据え、一人の愛しい人の事を思い浮かべる。
それだけで、不思議と勇気が湧いてくるのだった。
それぞれが、それぞれの想いを抱きながら戦場に立っていた。
そんな時、とうとう戦いの幕が切って落とされる。
「皆さん!準備はいいですか?!皆の力で王都を守りましょう!!」
「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」
魔物の大軍を視界に捉えると、アリアが今一度皆を鼓舞するように叫ぶ。
今迄にない過酷な戦いが始まろうとしていた_______________。




