逸話~ベルナデッタの場合~
本日は二話投稿です。
わたくしが生まれた時、両親やエルフの皆は酷く驚いたそうです。
何せ、生まれながらにしてこの白い髪でしたから……。
それでも、皆はわたくしの生誕を心より祝福してくれました。
わたくしは、そんな人達の手により、スクスクと成長していきました。
わたくしが他のエルフ達と違ったのは、髪の色や精霊力の高さだけではありませんでした。
どうやらわたくしは、世界樹であるユグドラシルの言葉が分かるようです。
言葉……と言っても、漠然とした意識の流れを読む程度で、本当に会話をするわけではありません。
それでも、わたくしはとても稀有な存在なのでしょう。
両親にその話をした所、やはり驚かれてしまいましたが、それでもわたくしの日常が変わる事はありませんでした。
そんな変化の乏しい毎日が数百年と続いたある日、突然と平和な日常が瓦解する出来事が起こってしまいました。
急激に数を増やした人族が、エルフ国に攻め入ってきたのです。
ですが、それに怒りを露わにしたドリュアスを初めとした精霊達が、人族を見限ると脅した所、すぐにその事態は収束されました。
けれども、次に人族が狙いを定めたのが幻獣達でした。
幻獣とエルフは、とても懇意の間柄でした。
基本幻獣は特定の住処を持ちません。
それでも、自然豊かで精霊の多いエルフ国を、幻獣は気に入っており、良く遊びに来ていました。
人族は何処で聞きつけたのか、幻獣の角や血肉には強い力が宿っており、万病や破損した肉体さえも治す事が出来ると信じきっていたようでした。
ですが、幻獣を殺せば半精神体である幻獣は消滅してしまいます。
なので、殺さずに生け捕りにするそうです。
幻獣は、異常な程の再生能力があるので、よっぽどのことがない限り死ぬ事はありませんから……。
放浪癖があり、よく単体で行動している彼らは、人族が少し知恵を絞れば、容易に捕えられてしまうようでした。
妖精達も、自分達のお気に入りのエルフ国の地を土足で踏み荒らしさえしなければ、傍観する姿勢のようです。
日に日に幻獣の数が減少していきました。
わたくしはその事に心を痛め、エルフの者達に呼び掛けました。
ですが、あまり良い返事を頂けませんでした。
エルフと言うのは、斯くも消極的な種族なのです。
わたくしに共感を持って下さったのは、唯一精霊王だけでした。
わたくしは、精霊王と話し合いの上、世界樹と自らの魂を媒介として、幻獣達を保護する事に決めました。
これには、やはり両親もエルフの皆も猛反対してきました。
けれども、わたくしの意思は固く、皆の反対を押し切って禁術を行いました。
その代償として、わたくしの魂はこのエルフ国に繋ぎ止められる事となりました。
けれど、後悔はしていません。
これはわたくしが自ら決断した事なのですから_______________。
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気が遠くなる程の長い年月が過ぎ去りました。
最早、両親も親しかった友人もこの世にはおりません。
わたくしは、いつの間にか【大聖人】と呼ばれ、同族である筈のエルフ皆からも敬われる存在になってしまいました。
世界樹と意識を共有出来るようになったわたくしは、エルフ国に居ながらも、ある程度の情報を知る事が出来ます。
人族が更に数を増やし、幻獣が入手不可能となった次の標的が、魔族と獣人でした。
人族とは、何とも欲深く愚かなのでしょうか……。
わたくしは、あまり人族に良い印象を抱いておりませんでした。
そんなある日、ドリュアスが珍しく上機嫌で、わたくしの前に現れました。
〝ねえねえ、ベルナデッタ。私面白いの見つけちゃった!〟
『面白いの……ですか?』
〝うん!今ね、惑いの森に人族が来てるんだ〟
『……は?』
わたくしは、つい間抜けな声を出してしまいました。
何故なら、ここ何千年もの間、人族は決してこのエルフ国には近付いてはこなかったのですから……。
〝うん!しかも一ヶ月前から!〟
『いっ?!』
一ヶ月ですって?!
『な、何を考えてるんですか?!貴方は!!』
〝え~?私はちゃんと帰り道は残しといたよ?けど、あの子全然帰ろうとしないんだもん〟
わたくしが少し責めるように言うと、ドリュアスは唇を尖らせ、拗ねた素振りを見せます。
わたくしは、若干の頭痛を覚えながら頭を抱えました。
『はぁ~……それで?生きてはいるのですよね?』
いくら人族に良い印象を持っていなくとも、無意味な殺生は好みません。
わたくしは人族とは違うのですから……。
〝うん!それは大丈夫だよ!と言うよりは、本人が全く堪えてないから面白いんだけどね!〟
そう言って、ドリュアスは本当に楽しそうに笑っています。
ドリュアスの話を聞いて、わたくしも少しばかり、その人族に興味が湧きました。
わたくし程でないにしろ、ドリュアスもまた、人族にあまり良い印象を持ってない筈です。
そのドリュアスが、その人族の子には本当に興味を抱いているようでした。
兎に角、その人族と接触を試みる必要があるかもしれませんね。
どんな目的でエルフ国に赴いたのか……。
何故そうまでして、一ヶ月もの間惑いの森に留まるのか……。
しっかりとこの目で見て判断する必要があります。
もしも、再びこのエルフ国の地を踏み荒らそうとするならば、わたくしは決して容赦はしません。
そう思い、わたくしはドリュアスの案内の元、その人族に会いに行きました。
彼がわたくしの姿を初めて見た時、少し驚いたように目を見開いてからの第一声が、
「うわ~、凄く素敵な髪ですね。陽の光に当てられて、キラキラと輝いてとても綺麗だ」
そう彼は屈託なく笑って言ったのでした。
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ギンーー。
ギーンーー。
彼は今目の前に居ました。
エルフ国、エルフ王であるカーゼノスと現在剣を交えています。
「わはは!楽しいな!セツナ殿!!」
彼の名はセツナ・シラバネと言うらしいです。
あのカーゼノスでさえ、彼を相当気に入っている様子です。
「ねえ、カーゼノス。そろそろ休憩にしない?」
「何?まだまだこれからだ、ろっ!!」
ガギンッーー。
「……たく、しょうがないな」
そう苦笑しながらも、セツナは何だかんだといつもカーゼノスの相手をしてあげます。
カーゼノスは、正直精霊力はあまり高くはありません。
けれど、剣の腕は一流で、最早このエルフ国内では彼の相手を出来る者が居ませんでした。
けれどセツナは、カーゼノスと互角……いえ、それ以上の力量を持っていました。
ですから、そんな相手と剣を交える事が出来て、本当にカーゼノスは楽しそうにしています。
こんなカーゼノスを見るのはいつぶりでしょうか……。
「ふぅ~……漸く休憩に入らせてくたれたよ」
そう言いながらも、セツナの顔は笑っていました。
『お疲れ様でした。いつもカーゼノスが申し訳ありません』
わたくしがそう言うと、セツナはいつもの笑顔をわたくしに向けてくれます。
「いや、俺も楽しいからいいんだけどね」
セツナと言う人物はとても不思議な存在でした。
彼は、魔王討伐の為に人族が召喚した勇者らしいです。
魔王については、わたくしも知っている事でした。
獣人と手を組み、ここ数年で確実に勢力を伸ばしているとか……。
ですが、エルフには関係ありませんでした。
何故なら、魔王達の標的は人族だけでしたので……。
人族が狙われるのは自業自得としか言えません。
それをセツナに言った所、「全くその通りだよね」と笑っていました。
本当に不思議な方……。
何よりも、何故か世界樹が彼が傍に寄ると、とても嬉しそうにしている事でした。
今も、セツナは世界樹を背にしてもたれ掛かって座っています。
エルフの者でさえ、畏れ多くてそのような事はしません。
けれど、世界樹はそれをとても心地好く感じてるようにわたくしには思いました。
エルフの者は、そんな彼にあまり良い顔はしませんでしたが、カーゼノスの命により、今の所は表立った行動はしていません。
『セツナはいつまでこちらに?』
深い意味は特になく、何となく聞いてみたくなったので聞いてみたのですが……。
「ん~、そうだな……適当?」
『……はい?』
セツナは考える素振りをしてから、首を傾げてそんな事を言いました。
『えっと……魔王討伐は宜しいのですか?』
彼は魔王討伐の為に召喚された筈……。
わたくしには、とてもやる気があるようには見えませんでした。
そんな事を思っていると、セツナは空を仰ぎながら、何かを思案するように口を開きました。
「……この世界は本当に綺麗だね」
まるで眩しいものを見詰めるように、目を細めて言います。
「けどさ、それは表向きなものだ。皆臭いものには蓋をして、汚い部分からは目を背ける。俺の世界でも、国によっては紛争ばかりしてる場所もあるよ?皆それぞれ理由があって……何が正しくて何が間違いかなんて、所詮本人にしか分からないんだよ」
「…………」
「【正義】なんて口にするのは簡単だけどさ、その正義が本当の正義となるかなんて誰にも分からない。自分の正義が誰かの正義になるとは限らない……」
セツナは私の瞳を真っ直ぐ見詰めて言います。
「だから俺は、自分の目でこの世界を見て、ちゃんと自分で考えたいんだ。ただ周りに流されて魔王討伐をするのは簡単で、それはとても楽な事なのかもしれない。でもそれじゃ、きっと駄目なんだよ。それはきっと、この世界の人々の為にはならない」
そう言って、セツナは立ち上がり軽く背伸びをしました。
「魔王にはいずれ会うつもりだよ?けど、討伐するかどうかは……今の所保留かな?」
最後にそんな風に言ってから、悪戯っぽく人差し指を口に当てて、いつもの屈託ない笑顔をわたくしに向けました。
本当に……不思議な方…………。
けれど、不思議と嫌な気持ちにはなりませんでした。
この時わたくしは、もしかしたらこの者なら、この世界を本当に変えてしまうのでは?と、漠然とした予感めいたものを感じていたのでした。
ーーーーーーーーーーー
『は?今何と言いましたか?カーゼノス』
「はい。ですから、俺もセツナ殿と共に世界を見て回る旅に出とう御座います」
カーゼノスはわたくしに会いに来たかと思うと、突然に膝を折りそんな事を言ってきたのです。
『……それは、セツナに誘われたからですか?』
そうは思いたくありませんでした。
ですが、もしそうなら……一国の主を唆した大罪として、わたくしはセツナを許す事は出来ないでしょう。
ですが、カーゼノスはハッキリと口にしました。
「いえ。彼に感化されたのは間違いありませんが、セツナ殿は寧ろ、俺の同行に難色を示しております」
『でしたら何故……』
「……変わるべき時だと判断しました」
カーゼノスはわたくしを真っ直ぐ見据え、自分の思いを口にしました。
「俺はセツナ殿の話を聞いて……セツナ殿の考えを聞いて思いました。俺達は何とちっぽけな世界で生きてるんだろうと」
『………………』
「確かにこの国に居れば、平和を維持出来るでしょう。ですが、本当にそれで良いのか……この小さな世界で一生を終える……それはある意味幸せな事なのでしょう。けれど、俺にとってそれは、偽りの幸せでしかないように思います。これは飽く迄俺の考えです。ですから、この考えを皆に強要するつもりはありません。俺がこの国を出れば、皆に多大な迷惑を与える事は重々承知しております」
カーゼノスは一度そこで言葉を区切ると、今度は額を地面に擦りつけて懇願してきました。
「ですが!どうか!俺の最初で最後の我侭と思って聞いて下さい!セツナ殿と旅をすれば、何かが見える気がするのです!俺がずっと追い求めていた何かが!!ですから、せめてベルナデッタ様にだけは、この思いを知って頂きたく!そして、厚かましくもご助力願いたく思うのです!!」
今迄、これ程熱く語るカーゼノスは見た事はありませんでした。
わたくしも、常々彼にはこの国は狭すぎるのでは?とは思っておりました。
ですが、だからと言って簡単に承諾して良い案件でもありません。
そうわたくしが逡巡していると、世界樹がわたくしにある情報を知らせてきました。
『あら?そのセツナですが、今しがたこのエルフ国を出ていかれたみたいですよ?』
「なぬ?!」
それを聞くと、カーゼノスはガバりと下げていた頭を上げて、驚きに声を出しました。
「あヤツめ!!俺が中々諦めがつかぬから強硬手段に出やがったな!!」
ふるふると肩を震わせて怒りを露わにするカーゼノス。
「はっ!!こうしてはおられん!!すみません!ベルナデッタ様!!俺も行きます!!」
『あ……』
わたくしが止めるよりも速く、カーゼノスは目にも止まらぬ速さでこの場を後にしました。
わたくしは苦笑するしかありませんでした。
『何とも羨ましい……』
わたくしは、無意識にそんな事を呟いてしまい、自分でもその言葉に驚いてしまいました。
羨ましい?何が?
わたくしは、自分の意思でこのエルフ国の地に自らの魂を繋ぎ止めました。
その事については、今も後悔はしておりません。
ならば何故、羨ましいと思ってしまったのでしょうか?
ああ……そうです。
わたくしは、自由に“彼”の傍にいる事が出来るカーゼノスを羨ましく思ってしまったのですね……。
それは生まれて初めての感情でした。
けれども、決して不快な感情ではありませんでした。
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それから、数ヶ月が経ちました。
〝くすくす。ちょっとは落ち着いたら~?ベルナデッタ〟
『わ、わたくしは落ち着いてますよ?』
…………嘘です。
本当はソワソワして落ち着いてはおりません。
今わたくしは惑いの森に来ています。
世界樹の情報では、無事に魔王の件が片付き、二人が今こちらに向かっていると言う話でした。
この事を知っているのは、今ここに居るドリュアスだけです。
皆に要らぬ混乱を与えたくありませんでしたから……。
〝あ!来たよ!〟
『っ?!』
木々の間から、懐かしの二人の影が見えてきました。
「ん?あれ?ベルナデッタとドリュアス?」
「え?」
『あ……』
「ただいま。二人とも」
その笑顔はあの頃と寸分変わらず……わたくしも満面の笑顔で『お帰りなさい』と言ったのでした。
それからは、エルフの民達の前で、驚くことにセツナが土下座をしたのです。
「一国の王を、こちらの都合で巻き込んでしまったこと、申し訳ない」とーー。
これには、カーゼノスもエルフの皆も目を丸くして驚いていました。
セツナ曰く、ケジメらしいです。
そしてそれを見たカーゼノスも、勢い良く皆に土下座をしました。
それから、カーゼノスは皆一人一人に、自分が勝手な事をしただけで、セツナは悪くないのだと説得をして回りました。
その甲斐あってか、少しずつではありましたが、皆のセツナへの対応が改善されていきました。
セツナは、今回は一週間程滞在したのち、サリファム王国に戻ると言うことで、今日は世界樹の下で、わたくしとセツナとドリュアスで、楽しく紅茶を飲みながら談笑する事にしました。
因みにカーゼノスは、この数ヶ月皆に迷惑をかけたことを反省して、自主的に執務室に篭っています。
〝ねえねえ。セツナってベルナデッタのことどう思う?〟
突然、ドリュアスがそのようなことを口にしました。
「ん?どうって何が?」
〝だ~か~ら~、ベルナデッタって美人さんでしょ?〟
『ちょ?!ドリュアス!!いったい何を……』
「うん?そうだね。ベルナデッタは綺麗だよ?」
『?!』
セツナは事も無げに、そんなことを言ってきました。
今わたくしの顔は、間違いなく耳まで真っ赤になってる事でしょう。
すると、ドリュアスは更に信じられないことを口にしました。
〝うふふ。それじゃ、ベルナデッタをセツナのお嫁さん候補に入れるつもりない?〟
『なっ?!』
「は?」
何を言い出すんですか?!貴方は!!
見て下さい!!セツナも困ってるじゃないですか!!
〝ベルナデッタは実体にもなれるから、夜の相手もちゃんと出来るよ?〟
「いやいや。何で急にそんな話になるのか分からないんだけど……?」
そうですよ!!いったい何を考えてるんですか?!
わたくしは怒りと羞恥で、顔を真っ赤にしながら肩を震わせて、ドリュアスを睨みました。
ですが、ドリュアスはそんなことお構い無しに、更に更に爆弾発言をしてくれたのです。
〝えー?そんなの、ベルナデッタがセツナのこと好きだからに決まってんじゃん〟
「………………」
それを聞いたセツナは、口を開けて呆然としていました。
わたくしは、もうセツナの顔もまともに見れず、ただ俯くばかりです。
「えーと……ベルナデッタ?」
躊躇いがちに、セツナがわたくしの名を呼びます。
わたくしは、無意識に肩がビクッと跳ねてしまいました。
「……ドリュアスの言ってることは本当?」
そうセツナが聞いてくるので、わたくしは覚悟を決めて、こくりと頷きました。
後でドリュアスをどう懲らしめるかを考えながら……。
「………………」
すると、わたくしの返事を聞いたセツナが何も言わないのが気にかかり、恐る恐るセツナを見ました。
セツナは何かを考えるように、伏し目がちで口を手で覆っていました。
迷惑……ですよね。
いきなりこんな事を言われても……。
わたくしは、告白するつもりなどなかったのです。
困らせることは目に見えていましたから……。
わたくしは泣きたい気持ちになりました。
けれどセツナは、わたくしが思いもよらないことを口にしたのです。
「……うん、ありがとう。俺もベルナデッタが好きだよ?」
『……え?』
セツナは今何と言ったのでしょう?
「ドリュアスの、いつもの人をからかった発言ならどうしようかと思ったけど……」
〝え~?それ酷くない~?〟
「あはは。そうじゃないなら、俺がベルナデッタをどう思ってるか考えてみたんだ。ベルナデッタが俺を好きだと答えてくれた時、素直に嬉しかった。だから、俺もベルナデッタが好きだよ」
そう言って、いつもの変わらない笑顔をわたくしに向けました。
わたくしの頬を、自然と涙が伝います。
これ程まで嬉しかったのは、何千年ぶりでしょうか……。
そんなわたくしに、セツナは優しく頭を撫でてくれました。
ふふ。ドリュアスに感謝ですね。
ドリュアスを懲らしめるのは止めにすることにします。
その後は、カーゼノスにわたくし達の事を報告した所、酷く驚かれましたが、とても心から祝福してくれました。
その晩、わたくしは緊張した面持ちで、とある扉の前に立っておりました。
この部屋は、セツナが借りている王城内の一室です。
わたくしがノックを躊躇っていると、セツナの方から扉を開けて下さいました。
おそらく、既に気配で気付いていたのでしょうが、わたくしがいつまで経っても入って来ないので不審に思ったのでしょう。
「ベルナデッタ?どうかしたの?」
『………………』
わたくしが無言でいると、セツナは苦笑しながらも、わたくしに入室を促しました。
部屋に入ってからも、わたくしは一言も喋りません。
いえ、何かを言わなければとは思うのですが、中々言葉が出てこないのです。
「……ベルナデッタ?」
流石にセツナも、わたくの異変に気付き、心配そうに声を掛けてきます。
わたくしは一度大きく深呼吸をして、意を決して口を開きました。
『……今から実体になります』
「は?」
『べ、別にこのままでも特に問題は無いのですが!実体の方がやはり都合が良いですから!この体では何も感じませんし!やはりちゃんとした体でセツナと……!!』
「ちょっと待った!!話が全く見えないんだけど?!」
『あ……』
カァーと音が出る程、わたくしの顔はきっと真っ赤になってる事でしょう。
先走りました。
きっとセツナも呆れています。
穴があったら入りたい気持ちです。
「えっと……ベルナデッタ?」
『……昼間……ドリュアスが言ってた、こと、です……その……夜の…………』
わたくしは勇気を振り絞って説明をしましたが、最後の方は尻窄みして言葉になりませんでした。
ですが、セツナもそれだけでわたくしの言わんとしている事が分かったようで……
「え……?あ、あー……えーと」
セツナも言葉に困ってる感じでした。
「……無理してない?」
『してます』
「へ?」
わたくしはキッパリ答えます。
恥も外聞も無く……それでも、きっとセツナなら受け止めてくれると、そう信じて……。
『初めて、なんです……この歳で笑われてしまうかもしれませんが……』
「…………」
セツナは驚いたように目を見開いたかと思うと、今度は何かを考えるように頭を掻きだしました。
やはり呆れますよね……。
わたくしがそんな風に落ち込んでいると、セツナが口を開きます。
「ベルナデッタ、悪いけど少し屈んでくれるかな?」
『え?はい……』
わたくしは、セツナに言われるがまま、少し屈みました。
すると……
ちゅーー。
『?!』
「ん~……男としてやっぱ微妙かな?も少し身長が欲しいとこだけど」
などと、セツナが舌を出して悪戯っぽく笑います。
ですが、今のわたくしの心境はそれ所ではありません。
『えっと……セツ……』
「好きだよ。ベルナデッタ」
『っ?!』
セツナはわたくしの瞳を真っ直ぐ見詰めて、気持ちを伝えてくれました。
「……実体になってくれる?」
『っ!はい!!』
その日、わたくしは生まれて初めて、想い人と一夜をともにしました。
セツナは、それこそまるで宝物のように、わたくしに優しく触れてくれました。
この日のことは、この先も決して忘れることはないでしょう。
ーーーーーーーーーーー
セツナがサリファム王国に戻ってから数ヶ月が経ちました。
セツナは小まめにわたくしに文を送ってくださいます。
わたくしがエルフ国から出られない事を知っていますから、わたくしに寂しい思いをさせまいとしてくれているのは分かっています。
わたくしも、寂しくないと言ったら嘘になりますけど、セツナは今もまた忙しくしているのですから、あまり我侭を言って困らせたくはありません。
彼は、今度は魔王との約束を果たす為に、また各国を回っているそうです。
もしかしたら、近い内にまたエルフ国に来てくれるかもしれませんね。
そんなことを思っていると……
「ベルナデッタ」
『………………え?』
最初は幻聴かと思いました。
だってそうでしょ?
ちょうど彼のことを想っていた時に、そのような都合の良いこと……。
ですが、声のする方を振り向くと……
『な……んで……』
わたくしの声は震えていました。
「驚かせようと思って文にも書かなかったんだ。これは成功、でいいのかな?」
そう言って、わたくしの大好きな悪戯っぽい笑顔をします。
わたくしは、頭よりも先に体が動き、セツナを胸に抱きました。
「うぷっ!」
セツナが、何やら苦しげにしてる気もしますが、わたくしはあまりの嬉しさに気にしません。
すると、セツナの後ろにいる金髪碧眼の少女と、メイド服の少女に目が止まりました。
『あら?この子達は?』
二人の少女は、自らの胸に手を当てて、何やら落ち込んでる様子に見えました。
「ぷはっ!あ、ああ……この二人は、」
『セツナの新しい彼女ですか?』
「ぶっ!!」
わたくしは当然のように尋ねたのですが、セツナは何故か盛大に吹きました。
「い、いや……まあ、アヤメ……こっちのメイドの子はそうだけど、こっちの金髪の子は、俺がお世話になってるサリファム王国国王の王女、アリア・ウィル・サリファムだよ」
そう言って、セツナがわたくしに二人を紹介してくれました。
ですが、そう紹介された金髪の……アリアさんが更に落ち込んだように見えるのは、きっと勘違いではないと思います。
この様子では、セツナは間違いなく気付いていないのでしょうね。
わたくしは苦笑しながらも、二人に改めて自己紹介をし、カーゼノスに引き合わせました。
セツナがこの地にきたのは、勿論例の奴隷制度廃止の件についてです。
ですが、彼は時間の合間を見ては、わたくしに会いに来てくださいます。
嬉しくない筈はありませんが、無理をしているのではないかと心配になります。
ですから、それとなく聞いてみたのですが、
「ん?自分の彼女の為に時間作るのは当然だと思うけど?」
なんて…………ああ!もう!!
セツナはどれだけわたくしを喜ばせれば気が済むのですか?!
これで無自覚なのが一番タチが悪いですよ!!
などと、一人悶え苦しんでいたのは内緒です。
わたくしだけではなく、セツナはドリュアスの為にも時間を割いて会いに行ってました。
あのドリュアスでさえ、セツナの体を気遣って遠慮する始末です。
わたくしが言うのもアレですが、ドリュアスは結構ドライな所もありますし、いくら気に入っていても、ここまで相手に入れ込むのは滅多にありません。
セツナは本当に罪作りだと思わずに入られません。
それから、アリアさんやアヤメさんとも、だいぶ打ち解けて良くお茶をしました。
話題は、専らセツナの事です。
やはり、アリアさんもセツナに好意を持っているようでしたが、中々気付いてくれないらしかったです。
わたくし達に助言を求められたのですが、如何せん、わたくしの場合はドリュアスの後押しのお陰でしたし、アヤメさんに至っても、どうやら自分から迫ったようですし……アヤメさん、見かけによらず大胆です。
ですから、あまり役には立てず、アリアさんは肩を落とされてしまいました。
そうこうしている内に、あっという間に出立の日になってしまいました。
寂しくなくはないですが、こればかりは致し方ありません。
セツナは、わたくしがなるべく寂しく思わないようにと、昨夜は一晩中わたくしと一緒にいて下さいました。
その事を思い出すと、顔が赤くなってしまうのは仕方ありません。
セツナは、カーゼノスや皆一人一人に挨拶をしていました。
そして、最後にわたくしに向き直り、
「また暫くは会いに来れないかもしれないけど文も書くし、なるべく時間を作って会いにも来るから」
『……はい。お待ちしております』
そう言って、御三方は再び旅立たれて行かれました。
ーーーーーーーーーーー
それからも、セツナは言葉通りに、時間を見つけてはわたくしに会いに来てくれました。
あまり頻繁には会えませんが、セツナを想って待つ時間も、わたくしは嫌いではありません。
ですが、この日は違っておりました。
先日届いた文に、大事な話があると書いてあり、わたくしには予感めいたものがありました。
ですから、わたくしは一つのある覚悟を持って、今日はセツナに再会する気構えでいたのです。
わたくしがよっぽど酷い顔をしていたのでしょうか?
ドリュアスやカーゼノスにさえ、怖いと言われてしまいました。
いけませんね……。
こんな顔をセツナに見せるわけにはいきません。
わたくしはあくまでも何も知らないままでなくては……。
そして、セツナがこの日“一人で”エルフ国に訪れました。
昼間は、ドリュアスやカーゼノスや皆と楽しいひと時を過ごしました。
そしてその日の晩、わたくしとセツナは向かい合って座っていました。
セツナは、わたくしと二人っきりになってからはまだ一言も喋りません。
ですから、わたくしはただ待ちます。
セツナから話を切り出すまで……。
すると、セツナが一度息を吐き出すと、意を決したように、わたくしの瞳を真っ直ぐ見詰めて口を開きました。
「ベルナデッタ……」
『……はい』
「俺は近い内地球に帰還しようと思ってるんだ」
『そう、ですか……』
ああ、やはり……。
わたくしは、特に驚かずに話を聞きます。
この先のセツナが言うであろう言葉の答えを用意しながら……。
「勝手な言い分だと怒ってくれても構わない……だけど、俺はベルナデッタに幸せになってほしいから……だから俺とわか……」
『待ちます』
「っ?!」
わたくしは間髪入れずに返答しました。
迷いなどありません。
わたくしも、セツナの瞳を見つめ返しながら、もう一度言葉を紡ぎます。
『例え、二度と会えなかったとしても、わたくしは、生涯を貴方に捧げると既に決めています。その事に後悔など一切しておりません。ですから、決して別れたりなんてしません』
私は笑顔でそう答えます。
何て重い女だと思われるかもしれない……それでも、これがわたくしの偽らざる気持ちですから仕方ないですよね?
セツナは、暫く口を開けたまま硬直していましたが、長い大きな溜め息をついてから苦笑しました。
「……本当に、アヤメといいベルナデッタといい……適わないな」
『あら?ふふ、アヤメさんもわたくしと同じことを?』
「うん。二人とも、俺には勿体無いくらいにいい女だよね」
そして、セツナは再び真剣な顔で聞いてきました。
「…………本当にいいの?」
『……はい』
わたくしのその返事を聞くと、セツナはわたくしの隣に移動して、軽く口付けをしてくれました。
「ベル……ありがとう。愛してる」
二人っきりの時の呼び名で呼んで、優しく笑いかけてくれます。
『はい。わたくしも愛しています』
涙が頬を伝います。
こればっかりは止めることは出来ません。
そんなわたくしに、セツナは何度も啄むような口付けをし、深い口付けに変わっても、息が苦しくなる程何度も口付けをしてくれました。
それから一週間は、ずっとセツナとともに居ました。
ドリュアスやカーゼノスやエルフの皆にも帰還の話をした所、やはり驚かれましたが、それでも本人が決めたことであるならと、皆納得しました。
普段通りにしてほしいと言うセツナの要望もあり、皆努めて平静を装っていましたが、どうしてもぎこちなくなってしまうのは仕方ありません。
セツナも苦笑しながらも、気付かないふりをしていました。
そして、一週間後の最後の夜ーーー。
「んっ……ふ……」
「ん……」
ピチャーー。
「んん……」
「……ふ」
わたくし達は、何度目か分からないくらい、長く深い口付けをします。
「……は」
「あ……」
唇が離れてしまうと、わたくしはつい名残惜しく声を漏らしてしまいました。
恥ずかしいですね。
けれども、セツナはそんなわたくしに苦笑しながらも、再び唇を重ねてくださいます。
「……愛してる。ベル」
「ん……わたくしもです」
何度も何度も愛してると言ってくれる……それが何よりも幸せでした。
「……今日はベルに渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
「うん。これなんだけど……」
「っ?!これは……」
セツナが手渡してきた物は、【クンツァイト】の宝石が嵌められた指輪でした。
「本当は、ギリギリまで迷ったんだ……こんな縛る真似したら、余計苦しめるんじゃないかって……けど、もし良かったら受け取ってくれるかな?」
そんなこと聞くまでもありません。
わたくしは止めどなく溢れる涙を止めることもせず、ただコクコクと頷きました。
その返事を見て、セツナは優しくわたくしの左手に触れて、クンツァイトの指輪をそっと嵌めてくれました。
「愛してるよ。ベル」
そう言って、わたくしの大好きな満面の笑みを向けてくれます。
わたくしは感極まって、セツナに飛びつくように抱きつきましたが、セツナはそれを優しく受け止めてくれます。
そうして、今宵もまた朝までセツナの腕の中で安らぎを感じるのでした。
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あれから十年ーーー。
わたくしに取っては、十年など瞬き程の歳月です。
ですが、この十年はあまりに長く感じました。
わたくしの左手薬指には、今も尚、クンツァイトの指輪が煌めいております。
貴方に逢いたい…………。
やはり、そう思わずには要られません。
これ程長く生きていて、これ程恋焦がれた方など居なかった。
もう一度貴方の笑顔が見たいーー。
もう一度貴方に触れたいーー。
もう一度貴方に触れてほしいーー。
もう一度貴方を感じたいーー。
貴方は慎みの無い女だと呆れるでしょうか?
いえ……貴方ならきっと、苦笑しながらもわたくしを受け止めてくれるのでしょう。
わたくしは、今も貴方を想い続けています。セツナ……。
わたくしが今日もセツナに想いを馳せていると、世界樹であるユグドラシルが、信じられない情報を齎してきました。
『……え?嘘…………冗談ですよね?』
世界樹が嘘や冗談を言う筈がないことは分かっています。
けれども、わたくしはあまりにも信じられない事に気が動転してしまい、ついそんなことを聞いてしまったのです。
わたくしは、それが嘘偽りのない情報だと知るやいなや、居ても立ってもいられず、惑いの森に向かいました。
わたくしの視線の先には、何やら守備兵と話ている一人の少年が居ました。
姿は違えども、わたくしが気付かないはずがありません。
わたくしは努めて平静を装いながら、一つ大きく息を吸って彼に近づきます。
けれども…………
「やあ、ベルナデッタ。久し振り」
そんなふうに変わらず、わたくしの大好きな笑顔を向けられ、わたくしの体は勝手に動いて彼を抱き締めてしまいます。
他の者達の視線など気にしません。
『お帰りなさい。セツナ』
わたくしがそう言うと、セツナは「ただいま」と言って、更に満面の笑顔を向けてくれたのでした。
大人でしっかりしてそうなベルも、考える事はしっかり乙女ですね 笑
作者もびっくりですよ←え?




