逸話~佐々木一二三の場合~
本日は二本投稿します。
私は自分が嫌い。
根暗で地味で太ってて……何一ついい所なんてない。
そんな私は、当然とばかりに小学校の頃からイジメられていた。
少し私とぶつかっただけで、
「げ!ネクラ菌が移った!」
などと言われたりしたけど、私は何も言い返さなかった。
それが当たり前の日常で、私は諦めてしまっていた。
教師は見て見ぬ振り……親には、最近妹が出来たばかりであまり心配をかけさせたくなかった。
ただ、私が我慢をすればいいだけ……。
言葉の暴力はいくらでも耐えられる。
けれど、イジメは更にエスカレートしていくばかり……。
私はただただそれに耐える事しかしなかった。
そんな私も中学に上がる事となる。
ーーーーーーーーーーー
中学に上がっても、私の日常は何も変わる事はなかった。
私の唯一の憩いの場は【図書室】ーーー。
本を読むのは好き。
恰も自分がその本の主人公になれた気になるから。
呪いにかけられたお姫様が、王子様にキスで目覚めさせてもらうお話。
姫騎士が勇猛果敢にドラゴンに立ち向かうお話。
王子が囚われの姫を助けるお話。
勇者が魔王を倒すお話。
その様々な物語は、私に勇気を与えてくれる。
けれど、現実はそんな事有り得ない。
これは、ただの現実逃避だ……そんな事は分かりきっていた。
それでも私にとっては、この一時が私の心を満たしてくれる。
その日も、私は昼休みに図書室に来ていた。
「んー…………」
私は、上段にある本に手を伸ばす。
けれど、私の身長ではその本に全く手が届きそうになかったので、台がないかと辺りをキョロキョロ見回した。
すると、横からヌッと腕が伸びてきて、私はビクッと体を強張らせた。
横を見上げると、一人の……多分上級生らしい男の人が、私が手にしようとしていた本を取り出す。
「これ?」
そう言って、私に笑顔を向けて本を手渡してくれた。
「え?あ、はい」
私は、その一言だけを咄嗟に言う事しか出来なかった。
その人は、私のそんな一言を聞くと、自分の本を片手にすぐに席に着いて本を開く。
あ……お礼…………。
そう思ったが、今更どう話しかければ良いのか分からず、私は後ろ髪を引かれつつも、その人と同じように本を読み始めるのだった。
それから、時折その人を図書室で見掛けるようになる。
友人らしき人が、その人の事を【せつな】と読んでいた。
その人が借りたであろう本の貸出カードを覗いて漢字も覚えた。
ーー神宮 刹那ーー。
それがあの人の名前……。
失礼かもしれないけど、見た目は私と同じに見えた。
太ってはいなかったけど、根暗で地味で、目立った特筆する点などどこにもないような……。
けれど、あの人は私とは違う。
普通に友人が居て、当たり前のように楽しく話していた。
私はあの人を目で追うようになった。
単純だと自分でも思う。
ただ一度優しくされただけ……。
ただ一度親切にしてくれただけ……。
ただ一度……笑顔を向けてくれただけ……。
ただそれだけで、私はあの人に【恋】をした。
あの人にとっては、ただ当然の事をしたに過ぎないのにね……。
きっと、そんな私の気持ちを知ったら、あの人は私を気味悪がるに違いない。
だから、決してこの気持ちを悟られてはいけない……。
私はただ、あの人を陰から見ているだけで幸せなのだから……。
ーーーーーーーーーーー
その日も、いつも通り私は校舎裏に呼び出されていた。
しかも、今回は上級生四人組……。
私はいつも通り諦めて、心の中で溜め息を吐くだけだった。
けれど、この時はいつもと違っていた。
何故か、この男の人達は私の体を舐め回すように見てきたのだ。
「へぇー……これは思った以上だな……」
「でも、マジで大丈夫なんか?」
「大丈夫大丈夫。こいつ何されても逆らわないらしいし」
「マジかー。俺一度こう言う事やってみたかったんだよね♪」
そう顔にイヤらしい笑みを浮かべながら、男が徐に私の胸に手を伸ばそうとしてきた。
その瞬間、私の体を悪寒が走り、この先の結末を瞬時に理解する。
い、いや!!誰か助けてっ!!!!
私はギュッと目を瞑り、助けなど来る筈もないのに心の中でそう叫んだ。
けれど、その最悪な時は訪れる事は無かった。
「ねえ……何やってるの……?」
その声は、いつもよりも低く感じられた。
けれど、私が聞き間違う筈はない。
私は恐る恐る目を開ける。
そこには、案の定あの人が立っていた。
何故か、その人の眦は上がり、まるで怒気を孕んだ瞳で男の人達を睨んでいた。
そう……それはまるで私の為に怒ってくれているような……そんな勘違いをしてしまう程に……。
「はぁ?何だてめぇーは!!」
「関係ねぇーやつは引っ込んでな!!」
男達があの人に凄む。
けれども、あの人は恐れる事無く私達の方に歩み寄ってきた。
そんなあの人に、男の一人が殴りかかろうと拳を振り上げる。
「ッ?!」
私は咄嗟に息を呑むが、その男の拳があの人に振り下ろされる事もなく…………何故か、男の人達はその場で硬直してしまう。
そんな男の人達など意に返さぬように、あの人は何事も無かったように私の傍に近付いてきた。
「大丈夫?」
初めて私に笑いかけてくれた時と同じように、私に笑顔を向けてくれる。
私は何が起こったか分からなかったけど、それでも私がこの人に助けられた事に間違いはない事だけは分かった。
だから私は……
「あ、ありがとうございます!」
今度こそちゃんとお礼を言えた。
あの人は、「どういたしまして」と言って、私に屈託なく笑ってくれた。
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それからは、刹那先輩と時折話すようになった。
とは言っても、私は自分から話しかける事も、話をするのも得意ではなくて……。
いつも刹那先輩の方から話しかけてくれた。
普通に友人に話しかけるように、挨拶をしてくれた。
私が、刹那先輩に対して【友人】なんて思うのは痴がましいのかもしれないけど……。
刹那先輩は、私の辿々(たどたど)しい話にも嫌な顔一つせず、いつも笑顔で話を聞いてくれた。
そんな貴方が好きです……。
私は何度も、心の中で刹那先輩に告白をする。
現実に告白する事なんて絶対に無い。
刹那先輩は優しいから……私を気にかけてくれているのだって、きっと私がいじめられっ子だから同情してくれているだけ……。
流石の私も、そこまで図々しくはない。
何より、刹那先輩を困らせたくはないから……。
ある日刹那先輩が聞いてきた。
「何でイジメられて黙ってるの?」
「え?」
その先輩の顔は真剣そのもので、私はその瞳から逃れる事が出来なかった。
だから、素直に自分の気持ちを言おうと思った。
「えっと……争いたくないから……?」
「……争いたくない?」
「は、はい。い、痛いのも苦しいのも嫌だから……自分が嫌だから……でも私は我慢できるから。でも、他の人が傷付くのはもっとイヤ…………」
私は頑張って、その言葉だけを勇気を振り絞って言った。
チラリと刹那先輩を見ると、先輩は少し驚いた顔をして目を見開いていた。
呆れられちゃったかな…………。
私がそう思って落ち込んだ時、刹那先輩は「そか」と一言呟いて私の頭に手を置いて撫でる。
私が刹那先輩を見ると、
「佐々木さんは強いね」
そう言って、今までで最高の笑顔を私に向けてくれた。
私はそれに堪えきれずに泣いてしまった。
そんな私に、それでも刹那先輩は優しく私の頭を撫でて、私が泣き止むまでそうしてくれたのだった。
刹那先輩が好きですーーー。
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私は白い壁に囲まれた部屋の中央に居た。
最初何が何だか分からずに呆然としていると、目の前に立っていた金髪碧眼の美少女が、私達を【勇者】だと宣言する。
ここには沢山の生徒達が居て、私は更に混乱して周りを見渡す。
「あ」
私は小さく声を漏らす。
見渡した先には、私の大好きな刹那先輩が居た。
先輩は、他の生徒達とは違い、いやに落ち着いているように見えた。
けれど、その違和感も、この訳の分からない現状も、先輩が一緒に居ると思うだけで心が踊ってしまう。
現金な私…………。
そしてその翌日にすぐに事件が起きてしまう。
「好きですっ!!!!」
「「「は?」」」
……え?あれ…………?
私は今何て言ったの?
私は今自分の口から発したであろう言葉に混乱した。
【異世界】に来ても、私の日常は変わる事もなく……最悪な事に、私のいじめっ子の同級生四人組も【勇者召喚】されたようだった。
そして、案の定午前の授業が終わって、お昼ご飯を食べ終わった頃に、私は彼らに呼び出される。
そこで、魔法の実験だと称して、私に【水魔法】を使用してきた。
私はいつも通りに諦めて、この場をやり過ごそうと思っていたのだけれど…………そこに、あの時と同じように刹那先輩が現れて私を助けてくれた。
私はちゃんとお礼が言いたかっただけだった。
だから、先輩が遠ざかりそうになって、慌てて呼び止めて……口を開いて…………告白をしてしまった。
そう…………告白…………しちゃったんだ………………刹那先輩に…………。
ど、どうしよう!!
刹那先輩を見ると、どうすれば良いのか分からず、少し困った顔をしているように見える。
や、やっぱり困らせちゃったんだ……。
私は自分が侵した失態に、どうやって誤魔化すか考えて、けど頭が真っ白になってしまって何も考えられなくなってしまう。
先輩が私に向かって何かを言おうと口を開く。
断られるっ!!
私は咄嗟にそう思って身構えたのだけれど、次の瞬間ーーー。
「「ちょっと待った(てください)!!」」
そんな声が耳に届いた。
私は恐る恐る、刹那先輩の背後を見ると、そこには何故か、別の女性二人が居て、先輩に詰め寄っていた。
「な、何かな?」
「何?じゃありませんわ!!この場は私にも告白する権利があると思いますの!!」
「そうよ!!私だってまだ告白もしてないのに!!」
口々にそんな事を言い出す。
私は状況に付いていけず、ただオロオロとするばかり……。
先輩も、そんな美女二人に迫られてタジタジになっている。
そして、いつの間にか一通り何か話が纏まったようで……けれど、次の王女様の言葉に、私は耳を疑った。
「ああ、そうでした。この世界では【一夫多妻】【一妻多夫】は常識なんですよ?」
「「本当 (ですか)?!」」
私は自分が思う以上の声で、その言葉に反応してしまった事に恥ずかしくなり俯いてしまう。
けれど、意を決して先輩に聞いてみた。
「で、でも……こんな太ってる子……先輩も迷惑ですよね…………?」
そう言う私に対して、刹那先輩は、
「ん?そうかな?そんな事無いと思うけど?俺には、佐々木さんは充分魅力的に見えるし、寧ろ俺の方が釣り合い取れてないと思うけど?」
いつもと変わらない……私の大好きな笑顔でそう言ってくれた。
そこには同情や嘘偽りがない……先輩はそう言う人だから……。
それから、刹那先輩の事をアリア様から色々聞かされた。
先輩が【転生者】である事ーーー。
【初代勇者】である事ーーー。
それから……先輩には沢山の【恋人】がいる事ーーー。
それはまるで、本当に物語りの主人公のようだった。
私はただただ驚くばかりだったけど、この世界には複数人と関係を持つのは普通で、それはある種のステータスにもなるんだとか……。
だから、誰にも平等にチャンスが来ると言う話だったけど……。
「で、でも……私じゃきっと無理ですよ……」
そう私が零すと、
「え?何故ですか?」
アリア様は、本当に分からないと言うようにキョトンとしていた。
「な、何故って……私みたいな太ってる子は、刹那先輩もきっと女の子としては見れないだろうし……」
「え~?そうかな?刹那くんも言ってたじゃん。「そんな事ないよ」って」
「で、でも……」
二人が私に言ってくれる言葉は素直に嬉しい。
けれど、私はやっぱり自分に自信が持てなくて……。
そんな私に、優しい眼差しを向けてアリア様が言った。
「セツナ様は人を見かけで判断したりしません。それに、あの方はあれでいて、結構ハッキリ言う方なのですよ?好きな事は好き、嫌いな事は嫌い、無理な事は無理。ですから、告白された方全てを受け止める事なんかないんです。そんなセツナ様が、貴方の告白を拒絶しなかった。それだけで、まだ可能性があると思いませんか?」
そう言われて、私の目からは自然と涙が溢れてきた。
「ほ……んとう、に……まだ、私にも……可能性、あります……?」
アリア様は笑顔で頷いてくれる。
「そだよ!だからお互い頑張ろっ!!」
七鈴菜先輩も、一緒に頑張ろうと言ってくれる。
だから私は決めたの。
この時を境に、自分を変えようって……。
そしていつの日か、今度は堂々と先輩に告白してみせるって_______________。




